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幕間 フェリシア・グレイシス


 赤い夕陽が、村の周囲に聳え立つ渓谷を朱色に染め上げている。


 私と彼は、牧場の柵に座りながらそんな風景をボーッと静かに眺めていた。


「ねぇ、フェリシア。どうしてこの世界から魔物って消えないんだろうね」


 ふと、幼馴染のアレックスがそんなことを聞いてくる。


 私は、顔を動かさずに隣へと視線を向けてみる。


 すると、沈痛な表情を浮かべながら山々を見つめている彼の横顔が目に入ってきた。


 そんな彼に向かって、私は呆れた表情を浮かべつつ、静かに口を開く。


「どうしてって・・・・授業で習ったでしょう? 5000年前、人類の護り手である英傑様たちは命と引き換えに魔王を討ったけれど、その配下の魔物までは討伐することは叶わなかったって。だから、魔王軍の残党は未だに地下迷宮で息を潜め続けているの」


 そう口にし、一呼吸挟んだ後、私は彼が見つめる赤い山々へ視線を向ける。


「だから、魔王軍の残党を全て倒さない限りこの世から魔物が消えることなんてないんだよ」


「・・・・・・人間を襲わずに、ずっと迷宮で暮らしてくれていたらいいのにな・・・・・そうだったら、僕も、こんな憎しみを抱くことなんてなかったのに・・・・・」


 ぐぐぐと、彼は膝の上で組んでいた両手に力を込めた。


 彼のその気持ち・・・・やりきれなさや悔しさといったその感情は、私にも痛いほど理解できた。


 何故なら私たちはー----魔物によって両親を失った孤児だからだ。


「ねぇ、アレックス。風の噂で聞いたんだけど・・・・貴方、孤児院を出たら冒険者になりたいって、それ本当のことなの?」


 今まで気になっていてできなかったその質問を投げてみると、彼は穏やかな表情でコクリと頷いた。


「うん。本当のことだよ」


「それは・・・・仇を討ちたいから?」


「迷宮から時折外界に出ては、世界各地に広がっていく『はぐれ魔物』・・・・冒険者たちはそれらを討伐して金銭を稼いでいるみたいだけど、大元を叩かない限り、この世に真の平和は訪れないよね」


「・・・・・まさか、迷宮攻略を目指すというの? 本気なの?」


 人類が未だ踏破したことのない、ラストダンジョン。


 魔王軍の幹部が巣くう、魔窟の迷宮。


 一度行ったら戻った者がいないとされるあの異界とされるダンジョンに、彼は挑みたいと言うのだ。


 私は、そんな無謀な夢を語る彼の横顔を、口をパクパクとさせながら見つめることしかできなくなっていた。


「む、無理だよアレックス!! 最強のフレイモンド級冒険者たちに任せようよ!! とてもじゃないけど常人に挑める所じゃないよあそこは!!!!」


「そうだね。君の言うことは最もだ。でも、今の冒険者に迷宮を攻略しようと考える人は誰一人としていないんだよ。この前、ギルドに行って、フレイモンド級冒険者たちに魔王軍の残党を倒してくれと懇願したんだ。でもその時帰ってきた答えは嘲笑だけだったよ。中には『はぐれ魔物がいるから仕事にありつける』、『迷宮の魔物がいなくなったらメシが食えなくなる』って言っている不謹慎な人もいた。彼らに平和を築こうとする意志はまるでないんだ」


 そう言って、アレックスは涙を右手の甲で拭った。


 私より二つ下の十歳にも満たない少年は、必死に涙をこらえ、奥歯を嚙み締めることで悔しさに耐えていた。


「・・・・・フェリシア、僕はもう、決めているんだよ。将来、絶対に冒険者になる。冒険者になって、迷宮の魔物たちを全て倒すんだ。そうしないと、多分、僕はいつまでもあの光景を忘れることができないから。未だ眠ると夢に見るんだ。魔物たちに嬲り殺される父と、犯される母の姿を・・・・・」


「・・・・・・・・そっか」


「理不尽に他者の命を奪う存在は在ってはならない。僕は、この世界からそういった悪を全て消してやりたいんだ。それが僕の掲げる正義、僕が望む冒険者の姿だから」


 そう言って、少年は柵から飛び降り、前方を見つめる。


 彼の視線の先を追うと、そこには孤児院のシスターが私たちに夕飯の知らせを告げている姿があった。


「アレックス、君はあえて危険な道を行くって言うんだね。・・・・・分かった。もう止めない」


「ありがとう、フェリシア。確か君は、法王国の修道士を目指すんだよね? 応援している。お互いに夢に向かって頑張ー---」


「・・・・私も君のその道に付き合ってあげる」


「え?」


 柵を飛び降り、私は彼の隣に並んだ。


 そして、驚いた顔の少年にウィンクをし、とびっきりの笑みを見せてみせる。


「私は君よりお姉さんだからね。君のその夢が叶えられるように側で見守っててあげるよ」


「フェリシア・・・・冒険者の道は危険が付きものだ。その覚悟はー---」


「良いから。大人しく年長者の言うことは聞きなさい!」


「・・・・・あははは、分かったよ。うん。どうか近くで僕のことを見守っててくれ。僕はひとりだとどんな無茶をするか分からないからね」



 こうして私たちは冒険者への道を進むこととなった。


 けれど、この物語の結末を、私は知っている。


 アレックスはずっと求めていた念願の迷宮探索の最中、第二階層でハイゴブリンに無惨にも殺されてしまった。


 そして私は彼が殺される姿に恐慌し、泣き喚きながらむざむざと敗走を喫したのだった。

 

 私たちの求めた正義は、無慈悲な現実を前に敗れ去ったのだ。


 『他人のために行動した結果、何も結果を得られずに死んでるんだからよ。てめーらはただの無力なだけの馬鹿さ、それ以外の何者でもない』


 脳内に、迷宮で出会ったあのアンデッドの声が響いてくる。


 確かに彼の言う通り、私たちは無力なだけの馬鹿に過ぎなかった。


 はぐれ魔物をたくさん倒し続けたら、いつの間にか冒険者としての地位も上がって、英雄の領域に到達した者たち、なんて言われて・・・・舞い上がっていた私たちは、迷宮がどれだけ恐ろしいところかを理解していなかった。


 自惚れ、それが、私たちの敗因。


 『俺もてめーらみたいに馬鹿だった頃があったからな。お前なんて、特に昔の俺そっくりだぜ?? その身勝手な善人面はよぉ、見てるだけでイラついてくるぜ』


 そう言った時のジャック様は、とても悲しそうな顔をしていた。


 無力さを嘆き、大切な人を守れなかった今の私と同じ、何かを失った人間の顔をしていた。


 もしかしたら過去の彼は、アレックスと同じように、確固たる正義の心を持っていたのかもしれない。


 けれど、理不尽な現実を前にその正義、理想は粉々に砕かれてしまった。


 そして、自分自身の力を過信してしまったあまりに、大切な人を、失ってしまった。


 そうして彼は、現実に嫌気がさしてしまったんだと思う。

 

 今の私と同じように。


 

「・・・・もう一度再会したら、ジャック様はどうやって過去の過ちを飲み込んで、立ち直ったのか、聞きたいな」

 

 目が覚めると、空を覆いつくような木々が天井まで広がっていた。


 ここは、第5階層『禁断の楽園』。


 大蜘蛛タナトスが使った【アイアンクエイク】によって、私は一週間程前に、この階層へと落ちてきていた。


 第5階層は深い森林が延々と広がっており、脅威となり得る魔物の姿はそれほど見受けられず。


 光源も、所々森に生えている光り輝く巨大なキノコやゼンマイのような植物のおかげで、常時【ホーリーライト】を使わずに済んでいた。


 食糧も森にはたくさんの果実が実っており、空腹に困るなんてこともなく。


 それに加えて、綺麗な小川も近くにあったので、脱水症状になるなんてこともなかった。


 楽園という名前の通り、この階層は他のフロアと違って、非常に人間に馴染みやすい空間となっていたのっだ。



「グルルルルルル・・・・・」



 私が目覚めたことに気付いたのか、近くの切り株に座っていたスカルゴブリンさんが腰を上げて立ち上がった。


 そして、足元にあった大きな葉に乗せられた果実の山を、両手で持って私の前へと持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


「グル・・・・・・」


 私の言葉に頷くと、そのまま元の切り株の位置へと戻っていくスカルゴブリンさん。


 最初はアンデッドということもあり、どうしても忌避感がぬぐえなかったけど、この一週間、第五階層で一緒に過ごす内に、私は彼のことを怖がらなくなっていた。


 慣れ、というのもあると思うけれど、まず第一は彼が私の言葉を理解してくれるところにあったと思う。


 返答は首を振るか頷くかのどちらかだけだけど、それでも、コミニュケーションを取れる相手がいるとうのは気が休まるもの。


 ハイゴブリンやデス・スパイダーたちは問答無用でこちらに攻撃を仕掛けてきてただけに、スカルゴブリンさんと意思疎通を図れたのは今のこの遭難のような状況下にいる私にとって、非常に大きな心の平穏につながっていた。


 同じ魔物でも人間同じように平和的な存在もいるということが分かって、本当に良かった。



「しかし・・・・どうすれば私はこの迷宮から出れるのでしょうか」



 最初にいたフロアは第三階層だったのに、今や第五階層の、人類が到達したことがない未知のフロアに足を踏み入れてしまっている。


 この階層に住む魔物の情報は何もないし、どこに行けば上層に戻れるのかも全くもって分からない。


「せめて、スカルゴブリンさんをジャック様の元へ帰してあげたいのですが・・・・彼が今どこにいるのか私には分かりませんからね。彼も同じ第5階層へと落ちていれば良いのですが・・・・・」



 頭上を見上げる。


 15メートル程の高さにある天井には私たちが落ちてきた穴が開いており、さらにその向こうの果てには第四階層に開けられたであろう小さな穴がギリギリ見えていた。


 もしかしたらジャック様は第四階層にいるのかもしれない。


 だったら私が上へと戻れば良いだけなのだが・・・・この深い樹海を歩き回って上層に行く手がかりを探索するほどの胆力が、私にはなかった。


「元々、マッピングは私の仕事じゃありませんでしたしね。あれはジーウェルの専門でしたし・・・・何より下手に進んで強い魔物に出くわしたりしたら、私じゃ勝ち目なんてありません・・・・」


 あぁ、言い訳ばかりですね、私。


 こんな時、アレックスだったら絶対に迷わず探索の道を選ぶだろう。


 決して私みたいに、及び腰になったりはしない。


「・・・・・・本当、私って駄目な奴です」



「きゃはははははははははははっっっっっっ!!!!!! そうだね!!!!! 君はほんっとぉーに駄目な奴だね!!!!!!」


「・・・・・・えっ!?」



 突然、どこからか甲高い女の声が聞こえてきた。


 キョロキョロと辺りを見回すが、声の正体がどこにいるかはまるで分からない。


「グゥルァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」


 その時、突如スカルゴブリンが斧を持って立ち上がり、咆哮を上げ始めた。


 彼のその姿からは、明確な警戒の色が表れているのが見て取れる。


「おぉーこわこわー!!!!! その化け物はお姉さんのペットかなー???? 顔に見合わず凶悪なの飼っているんだねー!!!!!」


「だ、誰!? 誰なのですかっ!?」


「私ー??? 私はねぇー!!!!」


 バサッと、鳥の羽の音が隣から聞こえてきた。


 急いでその音の場所へ視線を向けると、そこには、目と鼻の先にー----少女の顔があった。


「私は第5階層支配者、サキュバスの女王、ムレア様だよーん」


 木の枝からぶら下がり、ケタケタと笑う赤紫色の肌で翼の生えた、10代前半くらいの幼い風貌をしたピンク髪の少女。


 彼女は大きく丸い紫色の瞳を私へ向けると、ニマッと、ギザギザの歯で不気味な笑みを浮かべた。


「私ねー、人間の不幸って大好きなの」


「なに、を・・・・・」


「サキュバスやインキュバスってね、普通、人間の性欲を喰らって生きる生物なんだけど、私、人のセックスしている姿見るのあんま好みじゃなくてさー。やっぱ見るなら人間の死を渇望する姿・・・・絶望している姿に限るかな、って」


 そう言って、口に手を当てクププププとムレアは嗤う。


「前に拾った冒険者に見せた幻想はねー、ヒュームの肉をミンチにして作ったハンバーグを無理やり食べさせるものでねー、そいつの悪夢にうなされる顔ときたら今思い出すだけでも笑えてくるわー」


「え、は・・・・?」


「ハンバーグの原材料が人間のものだって教えたその瞬間、わざと冒険者を幻想から目覚めさせてね。そんでその後に、腹の肉がない仲間の死体を見せてあげたら、ショックで痙攣しちゃったのよー!! 本当、ウケルよねー!! 腹抱えたよー!!」


「いったい、何を、貴方は何を言っているの??」


「ん? 君にはどんな幻想を見せようかなと思って。シアナ、その化け物の処理は終わったー??」


「終わったけど、こいつ、思ったよりも力が強かったから・・・・氷漬けに、しといたよ」


 新たな声の発生源に視線を向けると、そこにはムレアとそっくりの少年の姿があった。


 そして彼の隣には、魔法によって氷漬けにされたスカルゴブリンの姿があった。


「嘘ッ、スカルゴブリンさんー----!!!!!!」


「他人より自分の心配しなよー??」


 グイッと、両頬をつかまれ、無理やり視線をムレアの瞳へと向けられる。


「じゃあねー、お姉さん。すぐ壊れないように、私を長く楽しませてねー。ー----【チャーム・ファンタズム】」

 

 その瞬間、私の意識は闇の底へと沈んでいった。


 

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