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第4章 蹂躙、その果てに ④




「ー-----【エンファイア】!!!!」


 青い小さな火の球がこちらに向かって飛んでくる。


 我はそれを回避することも防御することもなく、堂々とその身に受けた。


 するとその火球は我の身体にぶつかると同時に、空気に溶けるように一瞬で消滅していった。


 予め予測できていたその光景に、我は鼻を鳴らし、大きく笑い声をあげる。


「フハハハハハハハハハハ!!!! いったい、何がしたいのだ貴様は!!!!!!」

「だから言っただろ!! 【炎熱属性魔法無効化】を持つ俺に火炎属性の魔法が効くわけないと!!!!」

「ア、アンデッドの考えることはよく分からないです」


 我らケルベロスの一門は代々、魔王様が残した願いを叶えるために、生涯生き続けている。


 その願いとは、『種を絶やさぬこと』、だ。


 魔王様は魔族をとても愛していたお方だったと聞く。


 故に、人間の勢力が増した人魔大戦末期の折、将来、魔物という存在が人間の手によって絶滅するのではないかと危惧した魔王様は、最期のその時まで魔物たちの行く末を気にしていたのだと、先代からそう伝えられていた。


 だから、魔王様の守護者(ガーディアン)である初代ケルベロスは、亡き魔王様の憂いをなくすため、種を脅かす存在から魔族を守るという使命を自らの一族末裔に課したらしい。


 そしてその末裔である我ー---このケルベロス23世も、その思想を引継ぎし今代のケルベロスの一頭だ。


 亡き魔王様のその願いを叶えるためにも、種を脅かさんとする者は、必ず我の手で葬らなければならない。


 そう、だからこそ、第四階層を不当に荒らしたこのアンデッドは、歴代ケルベロスの使命のためにも必ず倒さなければならぬのだ。


 我はアンデッドの群れの主、ジャック・オー・ランタンを睨み付ける。


「さぁ、かかってくるがよい。子孫累々まで伝えられたこの使命、今こそ叶えし時!」

「必ずや、偉大な魔王様の憂いを無くすために!」

黒狼族(フェンリル)を害した貴方を、僕が、滅ぼします」

 

 第四階層を脅かした下賤なるアンデッド、ジャック・オー・ランタン・・・・この、目の前にいる矮小なる存在といえども、我は容赦はしない。


 その頭蓋が粉々に砕かれるまで、守護者の末たる我のこの爪と牙によって、今ここで完膚なきまでに滅してくれよう。



「ー-------【エンファイア】」



「何?」

「は?」

「え?」


 またしても飛んできた、青い火の球。


 その理解不能な行動に、思わず呆けた声をこぼしてしまった。


 そしてその後に、理解する。


 このアンデッドは、我々ケルベロスが先祖代々継いできた信念を持ってして相手をする程の敵ではないのだ、と。


「フン、やはり所詮は下等なアンデッド、か・・・・」

「何、よくよく考えれば当たり前のことだな。アンデッドとは元来、知性なき魔物だからな」

「け、警戒すべきは、奴を守護する首のないゴブリンのアンデッドでしたかね・・・・」


 今更ながら、さっきまでの自分に呆れかえる。


 同じ魔法を無意味に繰り返し行うということは、アンデッドの群れの長といえども、あのジャック・オー・ランタンにこちらを害する能力はないということだ。


 すなわち、ジャック・オー・ランタンは喋れるだけのただの雑魚。


 最も警戒すべきは、最初に自身の尻尾を切り落としたあの首のないゴブリンだったのだ。


 まんまと奴の口八丁な挑発に乗ってしまい、ジャック・オー・ランタンを警戒すべき魔物であると勘違いをしてしまった。


「「「はぁ・・・・・」」」


 大きくため息を吐き、自分のバカさ加減に後悔した後。


 我はジャック・オー・ランタンを守るように守護する首のないゴブリンたちへ向かって跳躍し、全力で右腕の爪を振り下ろした。


 カボチャ頭が放った小さな青い炎が振り下ろした腕へと飛んでくるが、関係ない。


 耐性無視の加護があれば、我のこの身体にダメージは届くが、先ほどの効果を見るにあのカボチャにはそんな加護はなさそうだった。


 まぁ、届いたところで、低位の魔法である【エンファイア】に我の身体を傷付けるだけの力はないがな。


「終わりだ」

「死ね」

「消えてください」


 こちらの攻撃に対して、アンデッドたちは動作が遅れる。


 初動の攻撃を思い返してみても、あの首無し共とアンデッド化したフェンリルたちは、我の俊敏性に追いつけるだけの速さは持っていない様子だった。


 このまま爪を振り下ろせば、回避すらできずに、脆弱なアンデッドたちは一瞬で塵芥へと変わるだろう。


 我は数秒後に至るその確定的な未来に笑みを浮かべ、青い火球ごと、奴らの頭蓋をー-------。


「「「ぎぃぃいいいいああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!?!?!?!?」」」

 

 その瞬間ー-----いったい何が起きたのか、分からなかった。


 激痛の正体を測ろうと、右腕に視線を向ける。


 するとそこには、燃え盛る青い炎がメラメラと点火していた。


 「「「なッ!?」」」


 そして炎は瞬く間に勢いを増していき、気づいた時には振り下ろそうとした片腕全体が、青い火炎に飲み込まれていたのだった。


 轟々と燃え盛る炎は、我の身体を食らいつくそうと、どんどんと燃え広がっていく。


 腕を振って炎を消そうとしても、その灯が消える様子は一切感じられない。

 

「クククク・・・・やはり、そういうことか」


 アンデッドたちの群れの奥から、ジャック・オー・ランタンが不気味に嗤う。


 我は、この炎の力を知っていた。


 これは、どんな存在であろうと、どんな耐性や加護を持っていたとしても、対象を焼き尽くすまで止まらない怨嗟の業火。


 この迷宮の主、魔王軍のトップに立つ、ベヒーモス様だけが使える特別な力。


 その名を、ー----【終焉の炎】。


 悪魔の王だけが使える、相手に確実な『死』を与えることができる、最強の炎熱属性魔法。


 それが、この炎の正体だった。


「くっ、そがぁぁぁぁああああああああっっ!!!!!!!!」

「何故、貴様がぁぁぁぁ!!!!」

「この力を持っているんだぁぁぁぁぁ!!!!!」


 叫びながら、片腕の爪を使い、瞬時に右腕を肩先から斬り落とす。


 その後、斬り落とされた腕はボトリと地面に落ちると、即座に炎に飲まれて炭へと変わっていった。


 ゼェゼェと息を切らしながら、我はジャック・オー・ランタンを睨みつける。


 すると、ジャック・オー・ランタンは何故かキョトンとした表情を浮かべていた。


「何故この力を持っているって・・・・・どゆこと??」


「その力は、この世で唯一、ベヒーモス様だけが扱える特別な力だ!!!!」

「何故、お前のような下等なアンデッドが【終焉の炎】を使えるんだ!?」

「ベ、ベヒーモス様からその力を奪った・・・・そうとしか考えられません!!!!」


「ベヒーモス・・・・うーむ、悪いが会ったことねえ気がするなぁ。そんな魔物に【リビングデッドコントロール】を使った記憶もねえし・・・・」

 

 うーんとひとしきり頭を悩ました後、ジャック・オー・ランタン目を細めて笑みを浮かべた。


「まぁ、どうでも良いや。今回の実験で俺は【エンファイア】の仕組みを少し理解できた気がするからな。さて、お前にはさらに実験台になってもらうぞ」


 そう言って、ジャック・オー・ランタンは再び目の前に青い火球を浮かべる。


 我はその姿に、魔物や人間とは別種の、得体の知れない不気味な何かを感じていた。







 (やっぱり、【エンファイア】の力を強めるには明確な『殺意』が鍵なのか)


 俺は片腕を切り落としたケルベロスに視線を向けながら、先ほどの実験を思い返す。


 まず第一に分かったことは、相手を殺すと明確に念じることで、炎の威力が段違いに跳ね上がるということだ。


 敵に放った時は相手を燃やし尽くす時まで止まらなかった炎が、松明に炎を灯したその時は先だけを燃やしただけで、効果を発揮しなかった。


 その理由から俺は、敵意の有無が火力の要因であると睨んでいたが・・・・どうやら当たりだったようだな。

 

 (そもそもな話、俺は最初から自分のこの魔法、【エンファイア】には妙な違和感を感じていたからな)


 何故なら低位の魔法というのに、デス・スパイダーやハイゴブリンは、俺のこの魔法を食らった瞬間一撃で死んでいたからだ。


 即死級のそれはどう見ても低位の魔法の威力ではないし、レベル1,2の俺がレベル68のハイゴブリンに与えて良いダメージ量ではなかった。


 それに、フェリシアちゃんは俺の【エンファイア】を不可思議な力を持つ炎の魔法と呼んでいた。


 その発言から恐らく、世間一般の【エンファイア】と俺の【エンファイア】は、違うものなのではないかと、俺はずっと訝しんできていた。


 そして、今、【炎熱属性魔法無効化】を持つこいつにもその能力が効いたことから、その疑惑が確信に変わった。


 この魔法は、どんな奴をも燃やし尽くすことができる。


 いうなれば、即死系魔法に近いものなのだ、と。


「「「ぐ、ぐるぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」」」

 

 三つの顔で遠吠えを上げながら、なりふり構わない様子で、ケルベロスは突進してきた。


 それを迎え撃つようにガルムたちがその巨体に嚙みつこうと飛びかかるが、簡単に弾き飛ばされてしまう。


 例えるなら目に写る全てのものを破壊していく意思を持った砲弾のようだ。


 どうやら奴さんも、俺が自分を殺し得る敵であると認識したようだな。


 さっきまでの舐めた態度はどこへやら、完全にこちらを殺す気で攻撃してきている。


「前衛、抑えてろ。デュラハン・ゴブリンナイト、飛べ」


 俺を抱えるデュラハン・ゴブリンナイトに指示し、空中へ跳躍させる。


 それに気付いたケルベロスが、俺を警戒して、頭上に視線を向ける。


 しかしその隙を前衛のデュラハン・ゴブリンナイトたちが見逃すはずがなく、彼らは間抜けにも宙を見上げたケルベロスの背中に容赦なく石斧を叩き込んでいた。


「ぐぅぁっ!!!! 小賢しい!!!!」

「邪魔だ!!!!」

「し、死ね!!!!」


 その小さな斧では40メートルもあろう巨体に大したダメージは与えられていないだろうが、十分、奴の精神に焦りを見出すことに成功していた。


 常に冷静の敵ほど恐ろしいものはないが、ケルベロスは完全に俺の炎の魔法によって心を乱されている。


 いつ飛んでくるかわからない即死級の魔法。


 そんな存在があったら、いやがなんでも俺へ注意を向けなければならなくなってくるのは必然だ。


「ー----【エンファイア】」


「「「くっ!!!!!」」」


 ケルベロスがデュラハン・ゴブリンナイトへ炎の息を吐こうと口を開けたその時に、奴の背中に向かって空中から青い火球を放つ。


 その存在に気付いたケルベロスは慌ててその場から離れて、転がるようにして炎の着火地点から離脱した。


 そうしてゴウッという音と共に、ケルベロスが居た場所に青い炎の柱が舞い上がる。

 

「流石の俊敏性といったところか。まぁ、今ので消し炭になっていたらちょっと予定外だったから、避けてくれて一安心だぜ」


 俺は元々、炎で奴を殺す気はない。


 最初の一撃も、ケルベロスが腕を切り落とさなければ、俺が【スラッシュ】で代わりに奴の腕を切り落としていたところだった。


 何故、そんな周りくどいことをしているかって?


 決まっている。


 俺は、奴の力を【リビングデッドコントロール】で奪いたいからだ。


 (奴の持っているスキルは、他の魔物に比べて、圧倒的にスキル量が多いからな)


 それらの力はどれも強力なもので、この身に宿せば、これからの迷宮生活で役立つこと間違いなしだろう。


 けれどその中のひとつに、俺は他のスキルを差し置いてでも是が非でも欲しいものを見つけてしまっていた。

 

 それは、【毒属性攻撃無効化】だ。


 この先、またあのデス・スパイダーとやりあうことがあるかもしれない。


 そう考えると、あの一撃で肉体を溶かす毒の牙に対する対処法を身につけておかなければならなかった。


 故に、ケルベロスが毒無効化の耐性を持っていることは、俺にとって都合が良く、運が良い状況だった。



「必ず、喰らってやるぜ。お前の全てをー-----」



 そう口にすると、ケルベロスは再び雄たけびを上げ、猪突猛進に俺へと駆け、向かってくる。


 しかし、その動きには先ほどの俊敏性はなく、迷いがはっきりと見て取れた。


 片腕が無くなったこともあるだろうが、1番は俺の【エンファイア】を警戒してのことだろう。


 いくら素早い相手だろうと、一撃必殺の攻撃を持っている相手にはおよび足になるというもの。


 俺はそれを、この第四階層に落ちてすぐのデス・スパイダーと戦った時に、学ばせてもらっていた。


 明確な『死』の気配は、思考を鈍らせる。


 お前が俺と同じ単純な馬鹿で助かったよ、ケルベロス。








「もう、兄上は終わりですね」



 玉座を見下ろせる三階の手すりから、私はアンデッドと戦う第四階層支配者の姿に目を向ける。


 その体躯は首のないゴブリンにとアンデッド化したフェンリルたちによって無数の傷をつけられ、片腕は無残にも肩から先が消えてなくなっていた。


 戦闘が開始してから今までここで見てきたが、やはり、力はあってもあの兄上に頭が足りていなかったようだ。


 最初からアンデッドを下等と決めつけ、その身に宿る異様な気配というものに気付きもしない。


 私だったらあのカボチャのアンデッドー---ジャック・オー・ランタンの異常さには、一目で気付くというのに。


 油断して片腕を無くさなければ、まだ雑兵のアンデッドたちに遅れはとっていなかったんじゃないかしら。


 本当、馬鹿な兄上様。


「・・・・・それにしても、予想の何倍も素敵な方ですね、あの御方は」


 あの方は、まさに、死の権化だ。


 どんな相手だろうと等しく、あのお方の前では総じて炭と化すだろう。


 この世を破壊しつくすことができる、魍魎たちの王。


 他に類を見ない圧倒的な暴力を携えた彼こそが、新たなるこの世の支配者といっても過言ではない。


「フ、フフフッ、フフッ。私が大嫌いでたまらなかったあの古臭い、何千年も前の魔王信仰なんて、彼ならば簡単に風化させるに違いないでしょうね」


 彼こそが、魔物を導く新たな神。


 そして私がその神話を観測し、世に広める代弁者となる。


 あぁ・・・・・なんて、素敵なことでしょう。


 私が欲してやまなかった破壊を肯定する神が、こんな風に目の前に現れてくれるなんて。


 感動で涙と愛液が出てきそう・・・・クク・・クックックックッ。


 

「・・・・ルーナ様。あれが、ジャック様です」


 目の前の強大な力の奔流に感動していたら、横から糞フェンリルが声をかけてきました。


 私は肩越しに彼へ視線を向けて、数秒後、再びジャック・オー・ランタン様に視線を向けます。



「ヴァイス。あのお方は新たな第四階層支配者ー---いいえ、新たな魔王様となるでしょう」


「・・・・・・ルーナ様は、あのお方が恐ろしいとは思わないのですか??」


「恐ろしい?? どうしてですか??」


「だって、階層支配者を圧倒する力を持っているのですよ?? それに、彼はアンデッド。その性質は生きとし生ける者への憎悪。人間だけではなく、我ら魔物にも敵となり得る存在です」


「貴方、本当に魔物ですか?? 魔物の世は弱肉強食。強者にこそ従う意義がある。あの圧倒的暴力を見てください!! あの、全てを焦土に変えることのできる炎の力を!! 彼の力の前では魔物も人も関係ない!! 総じて炭に変わる!! あの傲岸不遜な兄上だって既に死に体!! 感動こそすれど恐怖なんて何もないわ!! とても素晴らしいことでしょう!!」


 そうだ、全てが全て、壊れてしまえば良い。


 彼についていけば、きっと、人間も魔物も等しく壊されていく姿がこの目で見られる。


 どちらでもない紛い物の私にとって、それは多分、とても気持ちが良いものに違いない。


 だって、今、兄が殺されようとしている姿に、私は酷く興奮を覚えているのだから。



「・・・・・・・ルーナ様。どうやら私は、貴方とは決して相容れることはできないでしょうね」


 そう、ヴァイスが嫌悪感まるだしで私を睨む。


「私は、弱者救済の世をあの方に求めております。ですから、あの方に破壊を望む貴方とはー---敵同士です」


「へぇ??」


 私は、ヴァイスへ黒く濁った瞳を向ける。


「フフフッ、では、競争、ですね。どちらがあの方の心に刻まれる存在になるのか。とても楽しみです」


 そう口にして、私は、崖下を見下ろす。


 そこでは傷だらけになった血まみれのケルベロスを取り囲む、アンデッドたちの姿があった。

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