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第4章 蹂躙、その果てに ②


 

 「やっぱ、ガルムの機動力は侮れないな」


 デュラハン・ゴブリンナイトから東西北全ての村の制圧完了の報せを受けた俺は、ほうっと安堵の息を吐いた。


 ここまですんなりと作戦が進めることができたのは、事前にヤオから村の位置情報を詳しく聞くことができていたからだろう。


 そうでなければ俺は今頃、黒狼族の村に未だたどり着くことができず、延々とこの広大な第四階層を彷徨っていたに違いない。


 やはり、こいつを仲間に引き入れて正解だったな。


 俺はデュラハン・ガルムの上から横にいるヤオへと視線を向ける。


「な、何でしょうか??」


 するとヤオは俺の視線にビクッと体を震わせ、恐る恐るこちらを上目遣いで見上げてきた。


 そんな彼女に対して俺はフッと、乾いた笑い声をこぼす。


「あ、あの・・・・?」


「いや、何。お前の持っていた情報のおかげで、楽々と第四階層を支配できそうだと思ってな。礼を言うよ。ありがとうな」


「い、いえ・・・・あの、それよりも、約束はちゃんと守っていただけるのですよね??」


「勿論だ。別に俺は好んで殺戮をしたいわけじゃないからな。ただ・・・・牙を向けてくる奴には容赦はしないぞ?? せっかく安寧の地を手に入れても、後ろから刺されたのではたまったもんじゃないからな」


「そ、そこのところは私めにお任せください。ちゃんと、同胞たちにはジャック様の偉大さは学ばせますので・・・・」


「任せるぜ、ヤオ。しかしまぁ、本番はここからなんだがな」


 俺は目の前に聳え立つ、城の形を模して造られた岩山を見上げる。


 そんな俺を見て、ヤオはゴクリと唾を飲み込んだ。


「・・・・ケルベロス様と、お戦いになられるのですね?」


「あぁ。北、東、西の3つの村の制圧に向かわせた3匹のデュラハン・ゴブリンナイトが戻って来次第、俺は籠城するケルベロスとの戦闘を始める。ヤオ、お前は戦闘には参加せず、制圧した村々を回って混乱する村民たちを落ち着かせろ。良いな?」


「はっ。了解しました!」

 

 俺の言葉に頷くと、ヤオはそのまま東の方角へ猛スピードで走っていった。


 最初に自分の故郷である東の村に行くということは、やはり、俺の言葉には完全な信頼を置いていないと見て良いだろう。


 まっ、無理もないか。


 何たってついさっきまで、俺に歯向かったらどうなるか、奴には南の村での虐殺を見せて十分な恐怖を植え付けておいたからな。


 そんな光景を見せられて、仲間を殺した相手に信頼を寄せろってのも無理な話だ。


 「あの犬っころは、俺の軍門に下る代わりに自分の家族と想い人の命を守るように嘆願してくるくらいだからな。奴にとっては東の村に住まう家族が何よりも変え難い存在なんだろう」


 そいつらが無事である限り、ヤオは決して俺を裏切ることはしないだろう。


 そういった点においては、脅しによる服従の楔はなかなか強力なものといえる。


 しかし同時に、相手に不信感と敵対心を募らせてしまうのがリスキーなところでもあるが。


 けれど、生粋の引きこもりである俺にコミュニューケションで信頼を勝ち取れっつーのも無茶な話だしなぁ。


 いずれは脅すのではなく、固い信頼関係で結ばれた仲間を得たいものだが、果たしてこのカボチャ頭の身でそんな存在を作れるかどうかは甚だ疑問だぜ。


「・・・・・・そういえばこの第四階層に落ちてから大分・・・・体感的に一週間くらい経つけど、フェリシアちゃん、どうしてんのかな」


 デュラハン・ゴブリンナイトという強力なアンデッドを手に入れてから、第四階層支配に躍起になってしまい、俺の中の優先順位がすっかり下落してしまったフェリシアちゃんの捜索。


 スカルゴブリンは繋がりが消えてないから何となく生きていることはわかる。


 そして、あいつが俺の意思に沿って、フェリシアを警護していることも何となくわかる。


 そのことから見て、無事だというのはわかるんだが・・・・。


 「にしても・・・・あいつら、いったいどこで何やってんだ??」


 第四階層はデュラハン・ゴブリンナイトとガルムを使って虱潰しに制圧してきたが、この最奥にある王城に至った今でも彼女たちの姿は見つかってない。


 ってことは、他の階層にいるってことなんだろうが・・・・全くもって探すのが一苦労だな。


 あの女にはいくつか聞きたいことがあったし、また生きて再会できると良いんだが・・・・・。


「ワォォォン!!」


「おっ、戻ってきたか」


 村に派遣していた三体のデュラハン・ゴブリンナイトが松明を持ちながらこちらに走って近寄ってきた。


 彼らの後ろには計40数体のガルムたちの姿もある。


 俺の今持てる全ての勢力、それがこの、40頭近いガルムと5体のデュラハン・ゴブリンナイトたちだ。


 彼らは俺の前へたどり着くと、一斉に座り込み、こちらに向かって一様に頭を垂れた。


「ミュー! ミュミューッ!」


 その光景に、俺の乗るデュラハン・ガルムの足元から、感動の声を上げる白蜘蛛ちゃんの声が聞こえてきた。


 戦の前のこの殺伐とした雰囲気を前にしても、このデス・スパイダーの様子はまったく変わらない。


 いつものように無邪気に目を輝かせるその姿に、俺は思わず子供を見守る親のような微笑ましげな笑みを・・・・・。


「・・・・・・・・・・」


 い、いやー、やっぱ虫のフォルムってグロイね、うん・・・・。


 直視した瞬間、毛むくじゃらで足が長いそのザ・虫な姿に思わず怖気立ってしまったので、即座に視線をそらしてしまった。


 やはり、生前から変わらず、俺は虫が未だに駄目なようだ。


 この蜘蛛は命の恩人で尚且つ俺になついてくれているんだけどな・・・・。


 迷宮で初めて出会った友好的な魔物だけになるべく良い関係を築きたいんだが・・・・本能には抗えない、な・・・・。


「ミュ?」


 不思議そうな顔をして見上げる白蜘蛛ちゃんを無視して、俺は再びアンデッドたちに目を向けた。


「コホン」


 そして咳払いをした後、声を張り上げ、アンデッドたちに指示を出す。


 「良いかお前ら! 今から俺たちは王城にいるケルベロスの討伐に行く! デュラハン・ゴブリンナイトは俺と共にケルベロスの相手をしろ! ガルムは城内にいるフェンリルを優先的に始末だ! 手の余ったやつらは後衛を務める俺を全力でカバーしてくれ! 良いな!?」


 「ガウッ!!!!」


 「アオォン!!」


 「ウオォンッ!!」


 ガルムたちが吠え、俺の命令に了解の返事をする。


 デュラハン・ゴブリンナイトたちも胸に手を当て、俺へ臣下の礼を示し、こちらの指示に対して同意の意を示した。


「では、作戦を開始する。行くぞ!!!!!」


 首のないガルム、デュラハン・ガルムの背中に乗り、俺はアンデッドたちを引き連れて歩き始める。


 こうして、俺たちは第四階層支配者との戦いに赴くべく、岩山の王城へと向かったのだった。











「・・・・・・・・これで、本当に良かったのだろうか」


 バルコニーから、この城に向かって来るアンデッドたちの群れを、俺は静かに見つめる。


 この王宮に勤めて早140年余り。


 先代ケルベロス様に実力を認められた俺は、近衛隊長として長くこの城で暮らしてきた。


 おかげでヴァイスという名前を、一族の中に深く刻み込むことができたといえるだろう。


 黒狼族にとって、自身の力を示し、一族に名前を残すということはとても名誉なことなのだ。


 『力を持たぬものは、力を持つ者の糧となるべし』


 これは古来から伝わる、黒狼族の言葉である。


 魔物とは本来、弱肉強食が常の社会であり、人間のように弱者に配慮する生き方は決してしない。


 その性質が、黒狼族は他の魔物に比べても顕著だった。


 障害を持った子供が生まれてもそのケアなど誰もしないし、狩りができぬほど貧弱な身体に産まれた雄は群れから容赦なくたたき出されるのが定めである。


 誰もそれがおかしいとは思わないし、強い者が全て正しいと認識するが故に、弱者の立場に立って物事を考えたりは絶対にしないのだ。


 だから、強者=正義だと、一族の同胞たちは皆そう思っている。


 俺は幼い頃からその考え方がひどく、気に入らなかった。


 強いからと言って、全てが正しいとは思わなかった。


 病気がちの弟を村から追い出して野に放った族長である自身の父親を見て、俺は幼い頃からこの黒狼族の生き方はおかしいと常々思ってきた。


 だから自分が黒狼族の中で一番強くなり、一族のその悪習を正そうと、そう志して今まで鍛錬に励んできたのだが・・・・・。


 けれど、いくら俺がフェンリルの中で最強になったところで、さらに上の立場である王、ケルベロスの上にいくことはできなかった。


 獣たちの王である彼は、根っからの「魔物」だった。


 自分の意にそぐわないことがあれば力で屈服させ、臣下の忠言も全く聞き入れようとはせず、自分の言葉が全て正しいと考える暴君だった。


 俺の「弱者救済」の願いなど一蹴され、俺は夢を叶えることができず、ただ強いだけの為政者に従う道を選ばざる終えなかった。


 このまま俺は、弱肉強食の魔物のルールに服従して、その中で腐って死んでいくんだろう。

 

 敬意の欠片も持つことができない王の下で余生を飼い殺しにされて生きるのだろうと、そう思っていた。


 だがー-----。



「ここでお前に選択肢をやる。俺について共にこの階層を支配して生きるか、今ここで死ぬかだ」


 一週間前。


 王の命令で第三階層の崩落現場を見に来た俺は、そこで、弟子のヤオとー---1匹のアンデッドを見つけた。


 アンデッドはジャック・オー・ランタンという名前の低級の魔物だった。


 我ら黒狼族の牙と詰めの前では一瞬にして消え去るだろう最弱のアンデッド。


 だが、その身から放たれるオーラは、かつて一度だけ見たことがある魔王軍最強のベヒーモス様と同等の・・・・・いや、それ以上の王者の気風が漂っていた。


 そして彼を守るようにして横に立つ首のないゴブリンと、背後に坐する腐肉を垂らす獣のアンデッドの群れ。


 そのアンデッドたちからはジャック・オー・ランタンからは感じられない圧倒的な暴力の匂いが感じられた。


 怨嗟と血を好む、階層支配者レベルの力を持ったアンデッド。


 そんな、指一つで相手を殺せそうな死神を前にして、我が弟子は顔を青ざめさせながら口を開いた。


「わ、私は、あ、貴方様の配下になりたいです。ですが、ひ、ひとつだけ、約束してもらえないでしょうか??」


 俺は、彼女のその発言に苦い顔をする。


 別に、命欲しさに敵の軍門に下ったことに対して非を問うつもりはない。


 それは忠義よりも生存本能が優った結果であり、俺だってあの頭の悪いケルベロスと自身の命だったら、迷いなく後者を選ぶだろう。


 だが、その後の圧倒的強者の前で約束を取り付ける発言・・・・その行いは無謀にも等しい愚策そのものだった。


 だから俺は、彼女がただの愚か者にしか見えなかったのだ。


 (素直に配下になるだけと言っておけば良かったものを)


 魔物の常識で考えて強者が弱者の、それも多種族の者の発言など聞くはずがない。


 ケルベロスならば、敵の魔物が軍門下に入る際に何かを願い出てきたら、即座に頭を嚙み砕くことであろう。


 正直、俺には彼女が数秒後に死んでいるであろうことが簡単に予測できていた。


 しかしー-----。



「約束? 何だ? 言ってみろ」


 圧倒的な力を持つ、階層支配者にも等しいカボチャの魔物は、弱者である彼女の願いを聞き入れたのだった。


 俺にはその光景が全くもって信じられず、カボチャのアンデッドがあり得ない存在に見えた。


 何故なら今まで生きてきて、力を持つ者が弱者を慮ることなど、絶対にない事象だと思っていたからだ。

 

「私の村に住む家族と・・・・私の想い人である師には手を出さないで貰えますか??」


「あぁ。まぁ、それくらいなら別に構わねえよ。けれど、そいつらが俺に牙を向けてくるのなら話は別だぜ??」


「あ、貴方様に害がないよう私が絶対に従順にさせてみせます!! ですからどうかっ!!」


「ふーん? そっか。なら、まぁ、別に良いぜ?? よろしくな。ええと、何だっけ、お前の名前?」


「ヤオと申します。あの、偉大なるお方、失礼を承知で尋ねさせてもらいますが、貴方様のお名前は何と申されるのでしょうか??」


「ジャックだ。よろしくな」


 

 彼は・・・・・・・真の「王」だった。


 吹けば飛ぶような綿を前にして、あのアンデッドは綿に対して対等に願いを聞き入れたのだ。


 それも、他種族の魔物は敵対心を持ちやすい性質があるというのに。


 いつ裏切るか分からない、リスキーな存在であるにも関わらず、彼はフェンリルを自らの軍門に受け入れた。


 それも、何食わぬ、嫌悪感もない平気な顔で。


 (あり得ない、他種族を自身の群れに加えさせるなど、普通の魔物ではあり得ない!)


 そんなことができるのは、伝承上に残る魔王だけだ。


 彼は神話の魔王と同じことを、平気でこの場で行っていた。


 「・・・・俺は、いったい、この真の王を前にして、どうすれば良いんだ・・・・?」


 今まで仕えていたケルベロスが紛い物の王に見えるほど、俺にとってあのカボチャのアンデッドは、まぶしい存在に見えていた。


 「・・・・・・・・・見極めるしか、ないな」


 あのアンデッドが、俺たちフェンリルを・・・・いや、魔族の弱者を救う存在になり得るかどうか。


 魔物社会の救世主になり得るかどうかを、俺は、見定めなければならない。


「ジャック様。折り入ってお話がございます」


「あ? 誰だ?」


「し、師匠!?」


 そうして俺は、カボチャのアンデッド、ジャック様の元へと向かっていった。


 真の王をいただくために、俺は仲間を売り払い、王を売り払い、裏切り者として彼の傘下に加わった。


 だが、まだ彼を完全に信頼したわけではない。


 彼が魔物たちを導く存在に足りえるかどうかを、俺は、これから彼のそばで見届けていくつもりだ。


 そのために、少量の犠牲を支払った。


 俺の父が住む南方の村を、彼の力を示すための場として差し出した。


 無論、これは俺が最も嫌う弱者を排除する行いだろう。


 だが、彼は他の村には手を出してはいない。


 その行動は明らかに、魔物たちが持つ弱肉強食の概念から逸脱した行為だった。


「・・・・・まだ俺は、観察を続けなければならない。そのためには・・・・犠牲になってもらいますよ、ケルベロス様」


 そう言葉を残し、俺はアンデッドたちが王城に全て入っていくのを見届けると、静かに踵を返した。

 

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