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第4章 蹂躙、その果てに ①



 おおよそ、300メートルくらいの距離だろうか。


 視界の果てに、大きな土の山が見える。


 人工的に作られたであろうその山には、無数の竪穴が蜂の巣のように空いており、近づくと麓には動物の骨などが乱雑に転がっていた。


 ヤオから聞いた話によると、黒狼族(フェンリル)は狩猟民族であり、農耕や畜産などはしないらしい。


 村の雄が第四階層内にいる獲物、食物連鎖の下位の魔物を採って食料とし、雌が子育てや料理などの生活基盤を整えるのだという。


 知能はあるといえども、人間と違って生産性がないところを見るに、その原始的な生活スタイルはやはり見た目通り獣なのだなと思った。


 まぁ、だからといって、下に見て舐めた態度などはしないがな。


 いくらフェンリルの平均ステータス値が俺や俺のアンデッドたちに大分劣るものだといっても、決して油断はしない。


 安寧の地を手に入れるため、俺自身がこの世界に存在を確立させるために、俺は第四階層に落ちてから今日まで蓄えてきた力の全てを今、容赦なくふるう。


 勿論、従属の意を示すのならばヤオのように命は助けてやるつもりだ。


 だが、最初から無条件降伏をするほど、奴らはバカではないだろう。


 手始めに、こちらとの力量の差を見せ屈服させるために、俺は完膚なきまでに奴らを・・・・・蹂躙する。


 殺し尽くし、その亡骸をを俺の兵団の一部とし、力を増強させる。


 運悪く犠牲になるこの村の奴らには申し訳なく思う気持ちはなくはないが、まぁ、お前らも他者の命奪って食ってんだから、俺に食われても文句は言えねえだろ。


 弱肉強食。


 前の世界もこの世界も、その自然の摂理は変わらない。


 弱き者は死に、強き者は生きる。


 いじめに屈して亡くなってしまったあの子や、前世の引きこもってしまったあの頃の俺のように。


 敗者は悲惨な末路を迎えるのが、必定の運命だ。



「行け」


「ウォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」


 俺が発したその命令に、腐肉をボタボタと垂らしながら、数十頭の猟犬たちが一斉に駆けはじめた。


 彼らが目指すのはかつての同胞が住む村、住居が掘られた巨大な土の山。


 怨嗟の遠吠えを上げながら、血に飢えた魔犬たちはこれから始まる殺戮に、邪悪な笑みを浮かべていた。






「ルーナ様!! 早くここから離れましょう!!」


 ヴァイスは、動き出したアンデッドたちの群れを見ると、即座に王女へそう進言する。


 だが、王女は、何故かその地獄のような光景に恍惚とした笑みを浮かべていた。


「・・・・素敵」


「は?」


 場違いなルーナのその甘い声に、ヴァイスは首を傾げる。


 訝しむ彼のその視線に気付きルーナはハッとすると、コホンと咳払いをし、ヴァイスへ焦燥した顔を見せた。


「このまま私たちだけで逃げても良いのですか!? 目の前にあるあの村はどうするのです!? このままでは、彼らは皆、あのアンデッドたちにー---」


「このまま村を守るために戦ったとしても、どのみち我らはあの村ともども殺される運命しか待ってはいません。ご理解ください! 最早、今のこの状況は第四階層の生命が生きるか死ぬかのの瀬戸際なのです!」


 その言葉に、ルーナは唇を強く嚙む。


「・・・・そう、そうですね。その通りです。わかりました。急いで王宮へと戻りましょう。まずはケルベロス様に報告をしなければ・・・・」


 そうして、ルーナはヴァイスと共に地面を蹴り、王宮に向かって踵を返した。


 駆け抜けているその途中、背後から聞こえてくるおぞましい悲鳴に、二人はグッと歯を食いしばる。



「や、やめて、殺さないでー!!!!」


「あなた!! 私が分からないの!? どうしてこんな酷いことを!!!!」


「お父さん!? 帰ってきたの!? ・・・・え? 何でお母さんを嚙んでるの? やめてよ、お父さん!! そんなに首を嚙んだらお母さん死んじゃうよ!!」



 村で巻き起こる地獄のようなその叫び声にヴァイスは苦悶の表情を浮かべ、彼の後ろを走るルーナはー----何故か楽しげに口元を綻ばせていた。


  





 「うーん、今回はあんましレベル上がらなかったなぁ。村民だから経験値不味かったのかな」


 フェンリルの死体が無数に転がる村で、俺はデュラハン・ガルムの背中に乗りながら、辺りを見回す。


 フェンリルの死体はデュラハン ・ゴブリンナイトによって一か所に集められ、俺が【アンデッドドール】をしやすいように横に並べられていた。


 特にそういった命令などしていなかったのに、自主的に動くとは、中々気が利くゴブナイちゃんだ。


 俺の命令だけじゃなく、こちらの意を汲んで行動してくれるから、デュラハン ・ゴブリンナイトは非常に使い勝手が良い。


 頭ないのに頭良いとか、本当、どんな原理なのかよくわからないけどな。


「それに比べてー-----」


「アォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!」



 腰を降って雌のフェンリルを犯すアンデッド犬を、俺はため息交じりに見つめる。


 フェンリルをアンデッド化したガルムという魔物は、簡単に表現するならば、本能だけで動くただの獣だった。


 殺せと命じれば必要以上に敵を痛めつけて死体をボロボロにするし、雄のガルムは雌のフェンリルを見つけたら指示を無視して無理矢理交尾し始めるし・・・・正直言って、スカルゴブリンとデュラハン ・ゴブリンナイトと比べて、こいつらはかなり頭が悪かった。


 まぁ・・・・単純な命令は聞く分、兵隊としてはいくらかは役に立つんだけどな。


 ステータス値も平均1200くらいで、ハイゴブリンやフェンリルより強いし。


 それと、機動力があるのも良い。


 デュラハン ・ゴブリンナイトをガルムに乗せれば、足の遅いアンデッドのカバーができるし、単独でも、逃げ出す敵がいれば即座に違う地点へとガルムを向かわせることができる。


 頭が悪い点をマイナスにして差し引いても、悪くない能力を持っているといえるだろう。


 デュラハン ・ゴブリンナイトを指揮官に添えれば、ガルムのバカさ加減も幾分か抑えることができそうだしな。


 残る欠点としては品がないところだけど、そこはまぁ、妥協するしかないか。



「終わったらちゃんと殺しとけよー」


「ガウッ!!!!!」


 交尾に勤しむガルムを無視して、俺は、蜂の巣のように空いたフェンリルたちの住居である巨大な山を見上げた。


 見た感じ、高さ、20メートルくらいはあるだろうか。


 粘土質な土で作られた簡素な造りのその山は、所々が血に赤く塗れ、最上階の高所にある穴からはこちらを怯えた目で見下ろす2匹の子供のフェンリルの姿が見られた。


「流石にあの高さじゃ、デュラハン ・ゴブリンナイトの跳躍力じゃ届かないな」


 フェンリルと大差ない身体能力のガルムだったら届くのかもしれないがー---あえて今ここで命令して無力な子供を本能のまま動くガルムに始末させるのも、な。


 老若男女問わず容赦なく村民を皆殺しにした俺がこんなことを言うのも今更感があるが、子供を主導して惨殺させるほど趣味は悪くない。


 村の主力である雄のフェンリルは全て殺したし、別段、無力な子犬を見逃したところで何の問題もないだろう。


 俺は、デュラハン ・ゴブリンナイトに2匹の子供の生存者がいることを一応伝え、注意するように言い残し、フェンリルの死体をアンデッドに変えるべく踵を返した。



「さて、あっちの首尾はどうなってんだろうな」










 「南方の村が壊滅した、だと??」

 「それ、本当?? 本当の話??」

 「そ、それは、じょ、冗談では済まされない発言だよ、ヴァイス」



 「冗談ではありません。誠の話でございます」



 ヴァイスは頭を下げ、ケルベロスに今さっき自身が見てきたことを全て話した。


 そして、その後、王宮を離れていた一週間、自分がどこで何をしていたのかも語った。


「ケルベロス様。私はこの一週間、アンデッドたちを率いる親玉を遠くから偵察しておりました」


「偵察?」

「親玉?」

「どういうこと?」


「ケルベロス様の疑問はもっともです。本来アンデッドというのは、知能を持たず、群れを成すことはおろか、ただ同じ場所をぐるぐると徘徊するだけの低脳な魔物ですからね」


 ヴァイスのその発言を捕捉するために、ルーナは口を開く。


「・・・・つまり、私たちのように群れを作って生活する上位種の魔物、知能があるアンデッドが誕生し、その魔物が同族をまとめ上げ第四階層を危機に陥れようとしている、と、ヴァイス近衛隊長殿はそうおっしゃりたいんですね?」


 ルーナの言葉に、ヴァイスはこくりと頷く。


「その通りでございます。ですが、アンデッドの親玉であるその魔物の種族は『ジャック・オー・ランタン』です。最弱として有名な下位種族の魔物でございます」


 そう、ヴァイスが言葉を発した瞬間、ケルベロスが3つの顔を怒らせながら玉座から立ち上がった。


「戯言を申すな貴様!! 我を愚弄する気か!!」

「ジャック・オー・ランタンって、ただの木の実だろ!! 餌じゃん!! 俺たちの!!」

「ヴァ、ヴァイス、ふざけたことを言うのは、そこまでにしたほうが良いです」


 巨大な三つの顔が今にもヴァイスを食い殺さんと、彼をにらみつける。


 しかし、彼は表情を変えずに、そのまま言葉を続けた。


「ただのジャック・オー・ランタンではありません。【アナライズ】を使用して確認したところ、ステータス自体は大したことはなさそうでしたが、彼の魔物は一目で分かるほど、尋常ではない力を奥底に秘めている存在でした。何の代償もなく死体をアンデッドに変えることができる能力を有しており、時間が経つごとにその力、勢力は増していくと思われます」


「・・・・・ヴァイス近衛隊長殿。そのジャック・オー・ランタンは、あなたから見てどのような存在でしたか? 会話が可能な知能を携えておりましたか?」


 ルーナは、ケルベロスに睨まれているヴァイスの状況など気にも留めず、口を開く。


 その光がない黒い瞳には、爛々と、ジャック・オー・ランタンに対する興味が秘められていた。


 だが、そんな少女の姿にケルベロスは怒りを募らせる。


 ケルベロスはバシッと巨大な尻尾を猛スピードで振ると、それを鞭のようにして薙ぎ払い、ルーナの横っ腹目掛けて放った。


 かはっ、と、肺の中の空気を全て吐き出し、吹き飛ばされた後、洞窟の壁に叩き付けられるルーナ。


 その光景を、玉座の間にいる臣下たちは啞然として見つめていた。


「黙れ忌み子!! 今は我とヴァイスが会話をしておるのだ!!」

「次許可なく喋ってみろ!! その頭をぺしゃんこに嚙みつぶしてやる!!」

「よ、容赦しませんよ!!」


 ケルベロスの殺意が、壁に背を付けてゴホゴホと血を吐くルーナに向けられる。


 こういった、ケルベロスがルーナに対して暴力を振るうことは珍しいことではなかった。


 イライラや癇癪などでケルベロスがその爪と尻尾を使って理不尽にルーナをいたぶることは多々あったからだ。


 だが、今まで彼女に対して、この階層支配者が明確に殺意を持って攻撃することは一度も無かった。


 それは臣下や部下にも同じで、彼がその殺意をこの階層に住む仲間へ向けたことはなかった。


 頭が悪いとはいっても、同胞を殺す行為に踏み切ったことが、このケルベロスには一度も無かったのだ。


 それ故に、その初めて感じる殺意に、その場にいた全員が、魔王軍幹部の血を引く圧倒的な力を持つ魔獣に対して、震え上がる。


 だが、殺意を向けられた当の本人はー------笑みを浮かべていた。



「あはっ・・・・あはっあははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!」


 長い青みがかった黒髪の中から、ルーナは恍惚とした笑みを浮かべる。


 その異様な姿に、気でも触れておかしくなったのかと、周囲の臣下たちは引きつった顔を浮かべていた。


 それは、彼女の兄であるケルベロスも同様だった。


 彼はその異常な姿に殺気を抑え、3つの顔で困惑気な表情を作っていた。


「な、なんだ、どうしたんだこの下等種族は」

「頭の打ちどころがおかしかったのか??」

「ちょ、ちょっと、引きます・・・・」


「あはははははははっ、はぁ、ったく、楽しいぜ。まったく、こんなことになるとは全然予想していなかった。なぁ、ヴァイス近衛隊長殿、ジャック・オー・ランタン様は、慈悲深くて聡明なお方かぁー??」


 突如口調が乱雑になったルーナに一瞬瞠目するも、ヴァイスは顔を引き締め質問に答える。


「・・・・・慈悲深く、はないでしょう。現にその目で見たでしょう? 村が壊滅するあの様相を」


「悪いけど、もうあたしはわかってるんだ。あんたが彼のお方と何らかの繋がりを持っているってことはね。あたしを簡単に騙せると思ってたんだろうけど、あんたの普段の行動と逸脱しているその動きは、怪しさだらけでバレバレだったぜ?? 村のフェンリルを一頭も助けずに見捨てるなんて判断、正義感溢れるあんたのできる芸当じゃねーだろ??」


「・・・・・・・・・・・・」


「あたしをあの丘に連れて行ったのは、彼のお方の圧倒的な力を理解させ、一応の王族であるあたしを降伏派の旗印にあげたかったってところかな。だったら成功だ。あたしはあの理不尽な力を前に、信仰に近い何かを感じ取ったからね」


「・・・・・・・貴方は・・・・」


「あぁ、安心しろよ。あたしは別に、あんたの邪魔はしない。むしろ応援するぜ。あたしも早く、彼のお方にお会いしたいからなぁ」


 そう言ってクックックッと笑い声をあげながら衣服についた瓦礫の破片を払うと、ルーナは立ち上がった。


「な、何を言っているかまるで意味が分からん・・・・」

「本当に頭おかしくなったんだな、愚かなる下等な妹よ・・・・」

「す、少し、強くたたきすぎてしまったことに反省です」


 困惑するケルベロスの前にルーナは行くと、スッと、膝をつけて頭を下げた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした、ケルベロス様。私はこれより、場を騒がしてしまったことを悔いて、反省のために退出させていただきます」


「うん? そうか。ならば疾く失せよ」

「わかれば良いんだ。ヴァイスとの話の邪魔をしなければ、な」

「は、早く、消えると良いです」


「はい。ではー----」



「ケルベロス様!! 報告致します!!」


 ルーナが玉座の間から出ようと立ち上がり、踵を返した、その時。


 彼女の視線の先にある入り口から、兵士のフェンリルが駆けて入ってきた。


「騒々しい!! 何事か!!」


 大臣が突如入ってきた兵士に怒鳴り声をあげる。


 普段だったらその声に若い兵士であるフェンリルは萎縮して怯えてしまうものだが、今の彼にとって大臣の怒鳴り声など、気にも留める要素では無かった。


 大臣を無視し、フェンリルはルーナの横を通り過ぎると、頭も下げずにケルベロスの前へ躍り出た。


「ほ、報告致します!! 東、西、北にある我ら黒狼族の村落が、アンデッドの群れによって制圧されました!! 続いて、その群れの巨大な本隊が、王宮に向けて直進している模様です!!!!!」


 その報告に、玉座の間にいるルーナとヴァイス以外の顔が、全て青く染まっていった。

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