第3章 死滅の兵団 ⑦
「ええい!! ヴァイスはまだ戻ってこぬのか!!」
「遅い!! 何やってんだよあいつ!!」
「ま、まさか近衛隊長ともあろうフェンリルが、やられたってわけじゃないよねぇ・・・・!?」
巨大な大空洞の中。
獣の皮で作られた玉座の上で、ケルベロスは苛立っていた。
その場にいるフェンリルの誰もが、その殺気立った様子のケルベロスに対して言葉を発せる様子はなく、皆、怯えた表情で静かに俯いている。
しかし、そんな中。
ひとりの少女がひれ伏す群れの中から立ち上がった。
「い、怒りをお沈めくださいケルベロス様!! 今こそは冷静になるべき事態です!!」
三角形の犬の耳とカーブ型のしっぽが生えた獣人の少女が、そう、ケルベロスに対して声を上げる。
その黒く染まった大きな瞳には、主に対しての心配げな感情が多分に含まれていた。
しかし、ケルベロスはそんな少女に対して忌々し気な視線を向けると、チッと舌打ちを放つ。
「先代が戯れに獣人族を孕ましただけの忌み子が!! この正当な血筋の王である我に意見するとは何事か!!」
「そうだぞ!! 恥を知れ!!」
「あ、あの、立場は弁えた方が良いです・・・・」
「も、申し訳ありませんでした・・・・」
少女はフェンリルの体毛と同じ青みがかった長い黒髪を垂れ下げながら、ケルベロスに対して頭を下げる。
彼女の名前は、ルーナ。
腹違いの、ケルベロスの妹である。
彼女の母親は金等級冒険者の獣人族だったが、第二階層でゴブリンによって捉えられ、その後彼らの慰み者としての生活を余儀なくされていた。
しかし、たまたまゴブリン・ロードに会いに第二階層を訪れていた当時のケルベロスが、ルーナの母親を大層気に入り、その後、彼女は愛唱としてここ第四階層で暮らすことになったのだ。
そうして先代ケルベロスと獣人族の愛唱から産まれたのが彼女、ルーナであった。
魔物は元来、人族、森妖精族、鉱山族、獣人族、龍神族を嫌っているが、先代ケルベロスはそうではなかったらしく、彼女は名目上王女として育てられた。
けれど、フェンリルの殆どが獣人族を嫌っていたせいもあってか、良い立ち位置にとはいえない立場にいた。
「また、まがい物の魔物の姫君が余計なことを・・・・」
「これだから下等な獣人族の血が入った、愛唱の子は・・・・」
膝をついて座るルーナの耳に入るほどの声量で、背後にいる族長や大臣たちの小さな声が届いてくる。
彼女にとってこういった侮蔑の声は日常茶飯事のものだった。
何たって産まれたその日から、彼女は魔物でもヒトでもない異物として、扱われてきたのだから。
(はぁ。この先もこの立場が続くと考えるとゲロ吐きたくなるわー)
がっくりと、ルーナは肩を落とす。
(幼い頃から我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢。我慢の連続。誰があたしを産んでくれって頼んだよ。冒険者なんていう無謀な夢抱いたバカな女と異種姦好きの変態魔物のせいでとんだ貧乏くじ引いちまったぜ。つーか、座敷牢にでも閉じ込められていた方がまだマシなんだけど。まさか馬鹿な兄上殿の世話係になるとはなー)
ルーナは表面上真面目で清楚な少女を演じているが、その内面は日々溜まっていくストレスのせいで鬱屈としていた。
数百年前に父が亡くなり権力の庇護下から外されてからというもの、第四階層で生きていくために、自分という立ち位置が曖昧な存在を危険に晒さないために、彼女は常に周囲が望む自分を演じてきた。
周囲が望む愛唱の子の立場。それは、政治に干渉しないお飾りの雛人形。
だから彼女は常にニコニコして、侮蔑に対しても何の反応も見せずに、日々怒りを飲み込み耐え忍んできた。
けれど、最近、そうもいかなくなってきた。
それは、第四階層をジワジワと蝕んでいく、謎の影。
数日前に第三階層が崩落した現場を調査しに行った巡回兵たちは悉く全滅し、近衛兵団長の単身赴いたが未だ何の便りもなく。
痺れを切らしたケルベロスが新たに大人数の兵隊を派遣するが、彼らも一週間たった今では終ぞ誰一人帰ってくることはなかった。
明らかに第四階層には、敵意を持った何者かがいると見て間違いない様子だった。
(普通、こんな状況に陥ったら、冷静に分析し、新しい手立てを考えなければならないのが常だ。それなのに、この第四階層の支配者ときたらー----)
「ヴァイスの馬鹿者め!! 報連相もできぬとは、帰ったら奴の位を下げてやる!!」
「本当にそう!! どうせどこかで遊び惚けているんだろう!! 王を不安にさせるとはなんたる不敬な奴だ!!」
「で、できれば怒りたくないけど、やっぱり怒らなきゃだめだね、こういったことは・・・・・」
(事の重大さに全く気付いていない・・・・)
どころか、戦地に赴いた戦士に対して、怒りを爆発させている。
下手をしたら他の階層支配者や、冒険者が攻めてきているのかもしれないのに、全くそんな事態を予想だにしていない。
ルーナはこの頭の悪い兄に対して、静かに呆れたため息を吐いた。
そして、周りにいる彼の臣下たちにも同様、呆れていた。
「・・・・まぁ、ヴァイス近衛隊長ならば大丈夫だろうが・・・・しかし、それにしても遅いな??」
「ほら、あいつのことを慕っていたヤオって雌がいただろう?? 奴も先遣隊のひとりだったからな。どうせあの雌と乳繰り合ってるんだろ。誰もいない階層の奥でな」
「はっはっはっ!! 確かにそれはあり得るな!!」
ケルベロスに聞こえないように小さな声で雑談を交わす臣下たち。
そんな彼らの姿に、もうルーナは呆れを通り越して諦めの境地に至った。
(あーもうこの国無理だわー。楽観主義な奴が多すぎるー。もういっそ、こんな国、一回滅んだほうが良いかもねー。いうて滅んでも、この第四階層以外で人間の形をしたあたしが生きていく場所なんてないんだけどねーあはははは・・・・)
投げやり気味にそう心の中でルーナが呟いた、その時だった。
「陛下ッッッッ!!!!」
玉座の間の入り口から、勢い良く一匹のフェンリルが駆けてはこちらに近寄ってきた。
「無礼者!! 謁見の間に入るときは、まず、名を名乗ってからー-----む? ヴァイス殿??」
大臣のその声で、玉座付近に座っていた者たちが、一斉に背後を振り向く。
するとそこには、顔を青くさせて恐慌した近衛隊長、隻眼の黒狼、ヴァイスの姿があった。
「遅い!! 何をやっていたのだ!! ヴァイス!!」
「そうだよ!! 何の連絡もなしに、いったいどこをほっつき歩いていたのさ!!」
「こ、今回ばかりは、ちょっと許されない怠慢です」
「申し訳ございません!! ですが、聞いてください!! この国は今、包囲されているのです!!」
「包囲・・・・??」
ルーナの疑問の声にヴァイスは彼女の眼を見てこくりと頷くと、再びケルベロスへ視線を向けた。
「落ち着いて聞いてください。今、この第四階層は存亡の危機に瀕しております。アンデッド化したフェンリル、それらに乗った首のない数体のゴブリンから連なる屍の兵団。その数ざっと50超。今にも領内の村に接近しようと足を進めています!!!!」
その言葉に、謁見の間にいる誰もが口を開き、数秒程、呆然とした。
しかし、皆、クックックッと笑い声をこぼした後、一様に笑い出した。
「ヴァイス殿。たかがアンデッド、でしょう?? 我らの爪と牙を前にして即座に塵と化す骸が、いったいこの国に何のダメージを与えるので??」
「アンデッドといえば魔物の中で最弱な種族じゃないか。知能も力もない、骨だけの腕を振り回す下等な魔物。奴らなど、村にいる子供だけでも倒せるレベルだ!」
「まったく、サボっていた言い訳にしてはつまらないですな、ヴァイス殿。もっと面白いことを言ってくれないと」
ワッハッハッハッと笑い出す国の重鎮たちを前に、ヴァイスは眉をひそめ歯を嚙んだ。
「アンデッドなど、放逐していても問題なかろう」
「それよりもヴァイス!! 貴様は今日から近衛隊長を解任だ!!」
「し、しばらく謹慎していてください。僕が許すまで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヴァイスは顔をうつ向かせる。
そしてボソリと、「この国は終わっている」と、小さく呟いた。
そんな彼の姿に、ルーナは立ち上がる。
「ヴァイス近衛隊長殿。今から私に、詳しく状況の説明をしてくださらないでしょうか」
この状況下で、ルーナだけは笑っていなかった。
彼女はヴァイスの下に行くと、その顔が見える位置までしゃがみ込み、焦燥を浮かべた顔を浮かべ口を開く。
「アンデッドというのは、どの程度の強さで、今はいったい何処に?」
真剣な表情で訪ねてきたルーナに驚くと、ヴァイスは絶望の顔から一転、顔を引き締める。
「・・・・・実際に見ていただいたほうが早いかもしれません。高台に赴いていただけますか??」
「わかりました。行きましょう」
立ち上がり、ルーナとヴァイスは駆け、玉座の間を出るために王ヘ背中を見せる。
「おい!! 待て!! まだ話は終わっておらんぞ!!」
「そうだぞ!! 何処に行く!!」
「む、無断で退出したらもっと位を下げますよ!!」
そんな背後から聞こえる王の声を無視して、近衛隊長と王女はそのまま外へと走っていった。
「噓、でしょう・・・・・??」
村の最南端にある丘の上。
そこから見える、アンデッドと化したフェンリルの群れと、それらの背に乗る首のないゴブリンの姿。
その姿を捉えた瞬間、ルーナは体から湧き出す悪寒を止められなくなっていた。
「あれは・・・・いったい、何なの??」
「分かりません。・・・・人魔大戦で敗退して、この階層に我ら魔王軍が住んで早5000年。その日々の中でこのような事態は一度も無かったと聞いています。あのような・・・・あのような、階層支配者レベルのアンデッドが自然発生することなど、一度もっ・・・・・・!!!!」
アナライズという、瞬時に相手の能力値が分かるとされる高等な魔法を使わずとも、ルーナは一目であのアンデッドの力量が理解できた。
あれは、理不尽な力を発することができる絶対的強者だ。
生命を憎む死者の怨恨の権化。
あのアンデッドの存在を許したら、全ては蹂躙され、人間も魔物も関係なく、この世は悉く死者の世界と化すだろう。
アレは、この世にあってはいけない存在であると、ルーナは確信をもって理解した。
そして同時に、その圧倒的な暴力の匂いを操る者に、何故か彼女は信仰に近い敬意のようなものを抱いてしまっていた。




