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第3章 死滅の兵団 ④

 


 ここは、魔窟の迷宮と呼ばれる世界最高難易度の地下大迷宮である。


 魔窟の迷宮は第1階層から第7階層までのフロアが重なるように連なっており、その各階層にはそれぞれ魔王軍の幹部であった王級モンスターが支配者として君臨している。


 第1階層 『地獄の釜口』には【強欲】の粘菌族、スライムの王、ヘル・タイラントが。


 第2階層 『惨劇の祭宴』には【嫉妬】の小鬼族、ゴブリンの王、ゴブリン・ロードが。


 第3階層 『死神の巣穴』には【憤怒】の蜘蛛族、デス・スパイダーの王、タナトスが。


 第4階層 『飢餓の堅牢』には【暴食】の黒狼族、フェンリルの王、ケルベロスが。


 第5階層 『禁断の楽園』には【色欲】の夢魔族、サキュバスとインキュバスの王、ムレアとシアナが。


 第6階層 『狂乱の食卓』には【怠惰】の吸血族、真祖の吸血姫、メルヴェドーサが。


 そして最終階層、第7階層 『終焉の闇』には【傲慢】の悪魔族、魔王軍No.2の大幹部、ベヒーモスが鎮座している。


 

 彼ら魔物たちは5000年前の第二次人魔大戦の折、魔王が人族の英雄に倒されてから今に至るまで、この迷宮の中でひっそりと息を潜めて暮らしてきた。


 中には寿命もあって世代交代した者もいるが、大半が討伐された魔王の直属の配下、もしくはその子孫たちなのである。


 故に彼らの魔王に対しての忠誠心は高く、魔王の仇である人族(ヒューム)森妖精族(エルフ)鉱山族(ドワーフ)獣人族(ガウルフ)龍神族(リザードマン)に対しては並々ならぬ憎悪を抱いている。


 大半の魔物たちは魔王の仇討ちを虎視眈々と狙っており、彼らは皆、いつの日か人間たちに復讐するためにこの迷宮の中で静かに力を蓄えているのだ。



 「・・・・・・・・・・」



 だが、この迷宮には時折、例外が発生する。


 魔物であれば誰もが産まれた直後に得る、魔王に対しての忠誠心、人間への憎悪。


 それらが宿らない、特別な“自己“を持つ個体が生まれてくるのだ。


 それは異世界から転生したカボチャのアンデッドや白き蜘蛛といった存在たちのことでもある。


 しかし、彼ら以外にもここに、そんな例外(イレギュラー)が存在していた。


 第4階層 『飢餓の堅牢』。


 三又の顔を持つケルベロスの配下、漆黒の体毛を持つ黒狼(フェンリル)、その群れの中にそいつはいた。



「隊長、崩落の様子を見に行った警備班が1日経っても戻って来ません。やはり、何かあったのでしょうか・・・・」


 クゥーンという鳴き声を発しながら、黒い狼は隣にいるひとまわり大きい隻眼の狼にそう声を掛ける。


 その声に対して隻眼の狼は疲れたため息を吐くと、青い瞳を虚空へと向けた。



「・・・・・・蜘蛛たちが不可侵条約を破るとは思えないが・・・・・あの振動は間違いなくタナトス様の【アイアンクエイク】だった。何か、彼女が魔法を放たなければならない事柄があったのだろう」


「ま、まさか、冒険者でしょうか?? でも、下等な人間どもがタナトス様の最大の呪文引き出せるとは思えないのですが・・・・」


「まぁな。何せこの迷宮が造られて4000年余り、第3階層を突破されることは1度もなかったんだからな」


 第1階層であれば、D〜Bの中級冒険者であれば余裕で踏破は可能だろう。


 何故なら第1階層に現れる魔物は、基本、突出したステータスを持たない平均的な能力値のスライム種ばかりだからだ。


 加えて、階層支配者である『ヘル・タイラント』は、魔道具(マジックアイテム)さえ渡せば攻撃してこないという、一風変わった性格を持った魔物だ。


 往々にして立ち回れば、何の問題も無く通過することが可能だろう。


 第2階層も、運が良ければ踏破可能だと思われる。


 ゴブリン・ロードが従えるゴブリン戦士団は徒党を組めばSS級冒険者チーム並みに強いが、奴らは滅多に階層の奥からは出てこない。


 そして、雑兵であるハイゴブリンは祝福魔法耐性が無い雑魚だ。


 中級以上の祝福魔法を行使できる神官がいれば、造作もない相手だろう。


 故に、今まで第1、第2階層を踏破した冒険者は決して少なくはなかった。


 だが————第2階層から上は、誰も踏破した者はいなかった。


 第3階層 『死神の巣穴』。


 デス・スパイダーの王、死神タナトスは、純粋な戦闘能力だけで言えば魔王軍でもNo.3につく実力の持ち主だ。


 No.2のベヒーモスでさえ、「かの大蜘蛛と本気で殺り合えば、こちらの身もただでは済まないだろう」と言わしめたレベルである。


 そして、その圧倒的力に加え、彼女はとても気が短い。


 気分を害せば、敵であろうと仲間であろうと容赦なく嬲り殺す。


 彼女は、怒りを抑えることを知らないのだ。


 それ故に、この迷宮で絶対に逆らったらいけない人物といえば、皆口を揃えて彼女の名前を口にする。


 そんな、同種の魔物でも恐怖の感情を抱く、魔王軍No.3。


 当然、脆弱な人間たちが彼女を倒せる手段を持つ訳がなく。


 大蜘蛛タナトスがいる階層を突破できる冒険者は未だかつて存在していなかった。


 (同じ魔物でもタナトスは恐怖の対象だからな。人間にしてみたら怪物以上のものだろう)


 眉間に皺を寄せ、隻眼の黒狼は天井を見上げる。


「・・・・・・全く、こう言っては何だが、我らが住むこの階層の上にあの方がいるのは厄介極まりないな」


「本当、そうですよね。・・・・っと、こんな話、ケルベロス様に聞かれたら不味いな。一日中説教をくらっちまいます」


「そうだな。ケルベロス様はタナトス様のことを崇拝しておられるからな」


 第4階層支配者 人狩りの猟犬 ケルベロス23世。


 彼は魔王軍直属の配下だった初代ケルベロスの子孫だ。


 初代ケルベロスは魔王が人間たちに殺されても尚、魔王の亡骸の前に立ち尽くし、たった1匹になるまで戦ったという逸話を持った伝説の魔物である。


 そんな初代様の残した子供の子孫が現ケルベロス様なのだが・・・・彼は、その、こう言っては悪いが、あまり群れの長としては相応しくないお方だ。


 なんというか彼は・・・・あまり頭がよろしくないのだ。


 「ヴァイス!! どこにいる!!」

 「どこ!? どこ!?」

「不安だよぉ、早く来てよぉ」


 2匹の黒狼が立つ背後の大穴から、三つの声が重なって聞こえてくる。


 その声が耳に届いた瞬間、2匹は同時に背後を振り向き、勢いよく大穴へと走っていった。



 「ケルベロス様! いかがなされましたか!?」


大穴に広がる大空洞。


 巨大な石造の平たい岩、そこに獣の皮をひいただけの簡素な玉座に、三つの頭を付けた全長30メートル程の犬が、足を横にしてダランと座っていた。


 犬は入ってきた2匹の狼を視界に収めると、体躯を持ち上げ、前のめりになって三つの口を一斉に開いた。


「ヴァイス! 呼ばれたら即座に来ぬか馬鹿者めが!」

「そうだよそうだよ! 近衛隊長ともあろう者が馬鹿なの!?」

「・・・・ご、ごめんね、ヴァイスも忙しいだろうに、ごめんね・・・・」


目を釣り上げ偉そうな顔をしている犬、小馬鹿にしたような顔の垂れ目の犬、そしてオドオドとした泣きそうな顔をしている犬。


 ケルベロスはその身に三つの人格を宿す魔犬だ。


 彼らの意識はひとつなのだが、同時に異なった人格が自身の意見を発してしまうらしい。


 何とも、不思議な体質をした魔物だ。



「遅れて申し訳ありません、ケルベロス様。それで、用件というのは?」


 ヴァイスと呼ばれた隻眼の黒狼がそう口にすると、ケルベロスは矢継ぎ早に言葉を発する。



「ほら、前に崩落があっただろう! タナトス様の魔法の!」

「そう! その崩落の調査に昨日、戦士たちを20頭ほど送ったんだよ!」

「そ、そしたら、その調査団の一頭がさっき村に帰ってきてさ・・・・何か怖いこと言ってるんだよぉ」



 「怖いこと、ですか?」



「そうだ! 奴はな、戦士たちは全員、首の無いゴブリンに殺されたと、そう言っておるのだ!」

「本当、馬鹿げた話だよね〜。だって、調査に送ったのはフェンリルの中でも選りすぐりの戦士たちだよ?? 第4階層の主力戦力だよ??」

「ぼ、僕も、信じられない話なんですが・・・・でも、首の無い魔物という話がとても怖くて・・・・」




「首のない魔物・・・・アンデッドでしょうか。しかし、脆弱で知恵も無いアンデッドにそんな芸当できるとは思えないのですが・・・・」



 この世界において、アンデッドほど脆弱な存在はいない。


 魔法にはある程度の耐性はあるが、基本、アンデッドは物理耐性が低い。


 鋭利な爪や牙といった武器を産まれながらにして持つ黒狼にとって、アンデッドとは敵として認識するまでもない、最底辺に位置する魔物。


 いや、黒狼以外とっても、アンデッドという存在は雑魚、といった認識が大きいだろう。


 何故なら魔法と違って誰でも行える物理攻撃に対して耐性が無いというのは、それだけで弱いと思われるのに大きな要因を作ってしまっているからだ。



「流石に我もアンデッドの仕業と思う程、馬鹿ではない」

「うんうん、多分、魔術師が使役するゴーレムか何かだよー」

「ゴ、ゴーレムなら、全てに納得がいくんです」



「ゴーレム、ですか。ならば、第4階層に冒険者が来た、という事態が考えられますね」

 


「その通りだ。だからヴァイスよ、貴様に任務を与える」

「その調査団が全滅した場所に行って、冒険者を倒して来てよ!」

「フ、フェンリル最強の近衛隊長ヴァイスなら、何とかできると思うんです!」



「畏まりました。では、お供に何頭分の戦士を貸して頂けるのでしょうか?」



「戦士? 貸すわけないだろう! ひとりで行って来い!」

「そうだよ! 20頭の戦士がやられたんだぞ!? この城を守るためにも、もう戦士は割けないって!!」

「こ、怖いので、残り120頭の戦士たちは僕の護衛・・・・じゃなくて、崖下の村に付いてもらいます」




「・・・・・は?」




ヴァイスは思わず口をパクパクと開けてしまう。


 ヴァイスは確かにフェンリルの中では随一のステータスを誇るが、第4階層最強という訳では無い。


 第4階層最強は勿論、目の前にいるケルベロスだ。


 ヴァイスが逆立ちしたところで、かの魔犬に傷ひとつ付けることはできないだろう。


 それなのに、彼の御方は戦場に赴かず、自分一人で20頭近くのフェンリルを倒した敵の対処をしろ、と言っている。


 いったい、何を言っているのだ、この御方は??


(俺に死ねとでも言っているのか? ケルベロス様は?)



 彼は自分自身の力をよく理解していた。


 20頭近くのフェンリルを倒した敵をひとりで倒せるほどの力は無いと、ヴァイスは自分の力量を明確に把握していた。


 けれど、目の前の主人は・・・・それを理解していなかった。



「お、恐れながらケルベロス様!! 私ひとりでは敵を討滅することは到底叶いませぬ!!




「何を言っておる? お主はこの第4階層において我の次に強いではないか!!」

「そうだよ!! 第4階層No.2の強者が、戦士20体分の戦力に及ばないはずがないだろ!! アホか!!」

「そ、そうですよ・・・・それに僕自ら行くのは面倒くさ・・・・いや、忙しいので、ここはやっぱり強い者が行くべきかと・・・・」

 

 


 「・・・・・・・・・・わかり、ました」



 

 こうなっては何を言っても駄目だと、ヴァイスは腹を括る。


 第4階層支配者ケルベロス23世は、自分の言が真実であると疑わない、そして他人の意見を聞かない、とても頭でっかちな性格をしているのだ。


 だから、どんなにヴァイスが自身の能力が劣っていると言おうと、ステータスを見せようとも、ケルベロスは絶対に信じない。


 彼の言を変えられるとしたら、彼が敬愛するタナトスの忠告か、この迷宮の支配者であるベヒーモス様の言葉だけだろう。


 いかに自身の思考が間違っていたとしても、絶対に自分よりも弱いものの発言を、受け入れることをしない。


 常に自分が正しいことをしていると信じているし、配下の言葉も、自分より劣る間違ったものとして捉えている。


 何というか・・・・とても頭が弱いのだ、彼は。



「それでは、近衛隊長ヴァイス、ケルベロス様の命令に従い、第4階層の侵入者を討伐して参ります・・・・」


 そう口にして、ヴァイスは顔を青ざめ、項垂れた。


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