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異世界オーバーホール  作者: ブルーハウス
序章
6/6

 序章:5 "名付けと生きる喜び"

 ナルは赤ん坊にリクエストはあるのか聞いてきた。しかし、今の自分に聞いても可も無く不可も無しといった答えしか返せない。


(…いや、これといって特には…)


 と伝え掛けた辺りでふと独り言をするように思った。

 

(………ボクはこの異世界で…どうなりたいんだろう?感情は戻るとして…前世の記憶は無いことに変わりはないし、特にやりたいことも目標だってあるわけじゃない…)


 この異世界で生きる道標が赤ん坊には無かった。

 そもそも赤ん坊は目的があって異世界転生をしたわけではない。たまたま死んで転生しただけだ。

 感情が戻ったとしても、記憶を無くした状態で新たに二度目の人生を前向きに送ることなんて出来ないかもしれない。


(……………ボクは…どうしたらいいんだろう)


 こればかりは今考えても出てこなかった。

 やりたいことというのは感情的な部分も関わっている為、思考だけではどうしても思い付かない。

 そんな時、声を掛けられた。


『…なら、キミがやりたいと思えることを探すところから始めればいい』


(あっ)


 気が付けば赤ん坊はナルを見つめていた。

 しかも赤ん坊の考えていることを聞いた上で、赤ん坊が求めていた言葉を見通していたナルは優しげに微笑みながら声を掛けてくれた。

 結局、知らず知らずのうちに赤ん坊はナルに頼ってしまっていたようだ。


『最初のうちは誰しもが答えや目標を持っているわけではないよ。人生を送る中で自分の答えを探し、様々な選択をしていくうちに自然と道が定まっていき、目標に向かっていくんだ』


(…様々な選択…)


『人生とは、人の数だけ存在する。必ずしも同じ道を歩めるわけではない。故に、キミの人生なんだから…』


 そう言いながらナルは立ち上がり、両手を赤ん坊の両脇に挟みそのまま両腕を上に伸ばし、赤ん坊を天高く持ち上げ、


『自由に生きれば良い』


 慈愛に満ち溢れた声音で言い切った。


(…自由……。っ!!)


 ふと赤ん坊の頭の中で何かが疼いた。しかしすぐに治まり落ち着いた。


(今…何か…?)


『もしかしたら、キミの深層心理の奥底に眠る記憶の残滓が自由という言葉に反応したのかもしれない』


 赤ん坊を見つめながらナルが補足してくれた。やはり彼の前では全て筒抜けのようだ。

 何より、彼はこう言った。

 記憶の残滓と。


(ボクの記憶の残滓…)


 本当にそうだとしたら、前世の頃の自身は自由であることに憧れていたのだろうか?

 考えてみれば転生者としてはともかく、赤ん坊が最初から何も持ち合わせていないのは当然な気がする。

 だったらこれから色々拾っていけばいい。無くした物も、これから拾う物も、一から全て始めよう。

 それにわざわざ反応を示してくれた、前世の頃の自身の意思を尊重しない手はない。


(…自由か…)


『どうする?決めるのはキミだよ』


 賽は投げられた、後は決めるだけだ。


(…うん…決めたよ。とりあえず自由を目標に生きるよ)


 少々、曖昧な答え方にナルはフッと笑い、聞き遂げた。


『分かったよ。それならキミには自由の意味となる名を付けるとしよう。ついでに家名も付けさせてもらうけど構わないかい?』


(それって、アナタの家名を?)


『いや、ワタシに家名は無い。だからワタシからキミへの願いを家名にしようと思う』


(…家名って、誰でもあるモノじゃ無いの?)


 この時にナルは赤ん坊に家名について教えてくれた。

 

『家名は個人の名とは別で、ある特定の者達が自身に近しい人物にしか名付けることができない特別な名証だ。一般的には無いのが当たり前だけど、あって損はしないはずだよ』


 聞く限り、この異世界では家名を持つ人達は限られているようだ。

 断る理由もなく赤ん坊はナルの言葉を信じてそのまま承諾した。


(…うん、それならお願いするよ。ところで願いって何を願うの?)


『ワタシが願うのは、キミが自身の意志を貫いて生きてくれることだ』


 ナルはここでハッと思い付いたように表情を変えた。


『自由を貫く意志、うん!これだ!キミの名前が決まったよ!』


(…あっ決まったんだ)


 どうやら赤ん坊の名前が決定した。自身の名前なのに赤ん坊の反応は薄いが、それも名付けが済めば全て解決するだろう。


『"リベル"』


 フードの奥から紅い眼でナルは赤ん坊を見つめ、微笑みながら力強く言った。


『今日からキミの名前は、 "リベル・ジャベロット" だ!』


(!!)


 リベル・ジャベロット。そう呼ばれた瞬間、赤ん坊の全身が輝き出した。

 身体の奥底から血の廻りが加速して熱を帯び、変わらなかった表情にも動きが見え、さらに虚ろになっていた瞳が輝きを取り戻していた。


(……ひょっとして、これがさっき言ってた自己の確立?)


 自身の身体の変化に気付いた直後、赤ん坊は一筋の涙を流していた。


(あれ?なんで?)


 目から頬に伝う熱い雫に赤ん坊は戸惑っていた。それからさらにポロポロととめどなく涙を流し続けている。


(なんだこれ?涙が止まらない!?)


 ゴシゴシと自身の目と頬を擦りながら止まらない涙に困惑している赤ん坊。次の瞬間、息が荒れ始め、急に苦しみ出した。


(ハァッハァッ!な、なんで!?く、苦しい!)


 今赤ん坊の小さな身体の中ではこれまでの出来事で起きた感情が爆発し、噴火した火山の如く溢れ出ていた。

・目を覚ましたら赤ん坊になっていた驚き

・記憶を無くし地に足がつかない浮遊感

・空間内の幻想的な風景を見た時の感動

・トカゲや蛇達が現れた時の不安

・獲物として追い詰められる恐怖と絶望

・世界の理不尽への激情

・ナルの放つ威圧に対する安堵と畏怖

・抱かれた時の温もり

・会話をする喜びと楽しさ

・感情を失くした時の哀しみと惑い

・そして最後に涙を流し同情してくれたナルへの感謝。

 それらの感情の嵐に赤ん坊は未だに定まらない表情を苦しそうに変化させていた。


(っ!ぁあっ!ぐっ!かは!)


 そして追い討ちをかけるよう、続け様に金槌で鉄板を打ち続けるような痛みが内側から赤ん坊の精神をすり減らしていた。


(痛い!気持ち悪い!目が回る!息が苦しい!誰か!誰か止めてッ!助けてッ!!)


 と過呼吸になりながらただ懇願した。


『落ち着いてッ!大丈夫だ、ワタシがいる。ゆっくり呼吸するんだ』


 ナルは赤ん坊を抱き寄せその小さな背中を摩りながら安心させるように呼吸を整えさせた。


『もう少しだ。次期に収まる』


(はぁっはぁっはぁっ…)


 ようやく赤ん坊を襲った感情は鳴りを潜めゆっくりと鎮静してゆく。赤ん坊の顔にはたくさんの脂汗が流れていた。


『落ち着いたかい?』


(だ、大丈夫…だと思う…)


 まだ精神が安定していないが、受け答えする余裕があるくらいには落ち着いたようだ。


『自己の確立の後だ。ゆっくり休んだ方がいい』


 赤ん坊を早く休ませようと移動を始めるナル、赤ん坊は慌ててナルを静止させた。


(ま、待って!)


『えっ?』


 突然の静止にナルは不意を突かれたような表情になり、驚いていた。


『どうしたんだい?』


(二つ目の質問…まだ、聞けてない)


 先の件で保留になってしまっていた二つ目の質問の返答。今も頭の中では鈍痛が響いていて、すぐにでも気を失いそうな状態の筈の赤ん坊だが、それを押してでも答えを求めようとしていた。


『今は休むべきだ。"揺り籠"の領域内とはいえ、キミの体力はほとんど残っていない。無理をすれば後遺症が残る可能性も出てくる』


 そう言われると自覚し出したのか赤ん坊はグッタリしていた。瞼も重く、開けているのもやっとだった。

ナルも答えたくないのではない。ただ精神が耐えられても体力は赤ん坊と変わりない。見た目以上に疲労しているのだから今は休むべきだと考えていた。

 だが赤ん坊はなおも食い下がる。


(で…でも……や…く…そく…)


 何故ここまでこだわるのか、赤ん坊自身も理解できていない。ただ縋るような思いでナルに返答を求めていた。


『次に目覚めた時に必ず答える。だから、今は休んでくれ。お願いだ』


 必ず答える、この言葉を聞き安心したのか赤ん坊の身体から力が抜け始めていった。


(スゥ…スゥ…)


 そして次第に無理矢理開けていた瞼を閉じていき視界が暗転した後、静かな寝息をたてて眠りについた。


 





ーーー



(…ん)


 度重なる疲労に長いこと熟睡していたが、ようやく目が覚めた赤ん坊は、最初に目覚めた時のようにゆっくりと瞼を開いたが、少し違和感を感じた。


(…眩しくない?)


 目を擦って見てみると、そこは墓のある茶色い壁の辺りだった。空間内全体が確認できるし、傍らには最初に触れようとした墓があった。

 しかし周囲を見ていると空間内の明るさが変わっていた。真っ暗、と言うよりは月に照らされたような暗めの光が辺りを照らしていた。


(なんか、満月の夜みたいに明るい)


『目が覚めたかい?』


(あっ)


 今の状態を説明すると、赤ん坊を抱きかかえたナルが壁に背をつけていた。そして目を覚ました赤ん坊の状態を窺っているところだ。


『気分はどうだい?』


(あっうん。もう大丈夫。それよりボクはあれからどれだけ寝ていたの?)


『時間にしたら約二十時間位は寝ていたかな?』


(えっ!にっ二十時間!?じゃあアナタは二十時間もこの体勢でいたの!?)


 目を覚まして間もなく、未だに眠気から覚醒しきれていないのにいきなりの事実に思わず驚き、目が冴えてしまった。そしてナルは事実である事を肯定して…。


『うん。それで重ねて聞くけど、気分はどうだい?』


(えっ?だからだいじょう……)


 何故同じ質問をするのか疑問に思ながら同じ返答をしかけたが、すぐに気付いた。


(って…あっ!)


 驚いている。長時間寝ていたこと以上に驚いていた。それもそのはず、自身の感情が戻っているのだから。

 それに気付いて自分の顔をペタペタと触り、感触を確かめた。


(…戻ってる。感覚も、何もかも!)


『良かったよ。記憶を失った状態でもあったから、何かしら影響があるのではと考えていたけど、どうやら杞憂のようだったね』


 赤ん坊を抱えながら腰を上げ、ホッと胸を撫で下ろすナル。彼にとっても記憶喪失での自己の確立には不安があったようだ。


(良かった。これでボクは……あっ!)


 不安要素があったと言われたのに、赤ん坊は気にも止めず少々興奮気味に自身の感情が戻ってきた事に喜び安堵し、ふと思い出した。


(そうだ!約束!)


『あぁ、もちろんだとも。二つ目の質問、約束通り答えるよ』


 ようやく聞くことができるナルの本音。赤ん坊は真剣な表情で聞く姿勢(気持ちだけ)になり、輝きを取り戻した瞳をナルの顔に真っ直ぐ向けた。


 ナルは遠くを見るような目をするように語り始める。


『…ワタシはね、此の世界に生きとし生ける者達には出来れば沢山の幸福をと願っている。特に生まれたばかりの赤子には尚更ね』


 赤ん坊はただ黙って聞いていた。余計な返答も相槌も必要はない。目の前のナルの話に意識を傾けるのみだった。


『赤子は世界の至宝と言っていい。たとえ、どんな金銀財宝よりも、はたまた特別な力よりも変え難い、生命の象徴とも言えるから』


 そして視線を赤ん坊に向けて話を続けた。


『しかし、キミが蛇達(アーマーサーペント)に狙われていた時、キミの瞳から光が無くなっていたのを見て、ワタシは思った』


 すると一呼吸挟んでから赤ん坊に向けて言い放った。


『キミの魂は "記憶や感情の有無関係無く"、生きる希望を見出せていないってね』


(えっ!?)


 ナルの言葉に赤ん坊は衝撃を受けていた。記憶と感情を失ったことが理由に、赤ん坊は全てのことに見切りをつけてどうでもいいと考えていた。

 しかし実際は記憶と感情、その両方があったとしても魂が生きようとしていなかったのだと言われたのだ。

 つまり、たとえ"自己の確立"がされていようとどのみち赤ん坊は生きる気が無かった…という事実が発覚した。

 赤ん坊すら気付いていなかったことをナルはずっと気付いていた。そのため敢えて感情を取り戻した時に伝えようとしていたのだ。


(そ、そんなっ、でもなんで…)


『おそらくキミの前世で、何かあったのかもしれない。それも生きるのを諦め、死にたくなるような出来事が』


(あっ………)


 ここで赤ん坊は気付いた。自分が転生した理由…いや、自分の死因が自殺であった事実に。

 思えば死んでいた自覚があった時も自然とその死を受け入れていた。更に感情を無くしていたことも相まって、死んだ事に自身が安堵していたのに全く気付けなかった。


(ボクは…ボクが望んで?)


 記憶を無くしている以上なんで自殺をしたのかは知らないが、自分が望んで死んだという事を知り、赤ん坊はかなりのショックを受け落胆していた。

 そんな赤ん坊の様子を見て、再びナルは語り出した。


『キミが覚えていない以上、キミの前世で何があったかはワタシにも見通せない。故に知ったようなことは決して言えない…』


(…)


『でもキミは生まれ変わっている。新たな人生を歩む機会を棒に振ってはいけない。生を受けた者は何があろうと寿命が続く限り、生を全うする義務がある』


(えっ?)


 前世で自殺した事実を知り生きていく希望を見出せずにいる中、ナルの言葉に赤ん坊は驚き、思わず息が詰まった。


『それでも生きる希望を見出せないのなら、ワタシがキミに教えよう。生きていく幸せを!』


(ッ!!)


 そう言い切った後、ナルは表情を和らげ、声の調子を戻して続けた。


『それが、ワタシがキミを救いたいと思い、キミを助けた…理由だよ』


「…うっ、ひっく!ひっうぅ!ふぇ!」


 赤ん坊は涙を流していた。無意識とはいえ、自身ですら見捨てていた自分をナルは見捨てず、生きる喜びを知って欲しいと手を差し伸べてくれているのだ。


(いい…の?ボっボクっは…)


 赤ん坊は伝えようとしているが感情が追い付かず、上手く伝えることが出来ないでいる。

 それだけナルの言葉が、想いが、赤ん坊に届いているいることをナルは理解していた。

 赤ん坊はただ泣いているのではない、魂で泣いているのだ。


(ボクは本当に…生きて…っ)


 先程まで、周囲は月明かりのように淡い光に包まれていたが、今は夜明け前のようにゆっくりと明るくなっていく。


『折角取り戻した感情だ。抑える必要はないんだ。だから…』


 ナルはゆっくりと自身の胸に赤ん坊を抱き寄せ、囁くように言った。


『今は思いっきり、泣いていいんだよ…リベル』


(…………っ!!)


 自身の名を呼ぶ声に赤ん坊は感極まり、大粒の涙を流しながら大きな声でナルに応えた。


「ほんぎゃあ!ほんぎゃあ!!ほんぎゃー!!」


 産声…。赤子が生まれて最初にあげる泣き声で、自身が生まれたことを泣くことで力一杯に主張し、呼吸して生きようとする行為だ。

 自身の感情を泣き声に乗せて表現しようとする姿は生命そのものを感じさせる尊いものだ。

 これまで赤ん坊は一度たりとも声を発していなかった。それまではまだ生まれ変わってはいなかった。いわばこれは、赤ん坊が………いや。

 "ボク" が "リベル・ジャベロット" として、本当の意味で誕生した瞬間だった。


「おんぎゃぁあ!!おんぎゃぁぁあ!!!」


 リベルの泣き声が天樹の揺り籠中に響く中で、気付かないくらいの声でナルは彼の誕生を祝福した。


『改めておめでとう、リベル。キミの誕生を、心から祝福するよ』


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