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異世界オーバーホール  作者: ブルーハウス
序章
3/6

 序章:2 " 心、ここにあらず "

 人は初めて訪れる場所に赴く時、大抵はまず警戒するものである。

 例えそれが、隣町であろうと海外であろうと勝手が分からない時は自分以外の周りのもの全てが危険に見えてしまう。

 それが異世界にいるとなるともはや笑うしかない。

 まぁ笑い事でも済まされないとは思うけど、少なくともどんな危険があるのか検討もつかない為、惜しみなく全力で警戒する筈だ。

 しかし、目の前の石板に触れようとした時、いや、目覚めて周囲を確認してた時ですら赤ん坊は特に何かを警戒していた訳ではなかった。

 そのため…。


ヒューーーッドオォォンッ!!!


(ひぃッ!?)


 急に背後で地面をもとどろかせる程の衝撃音に赤ん坊は思わず驚き、コテンとひっくり返っていた。


(なっ何!?今のは何!?)


 分からないだらけの状況で突然の出来事に未だ混乱しているが、少なくとも二つの影が上から落ちてきたのは確かだった。

 先程触れようとした墓らしき石板を後回しにし、赤ん坊はその場から離れ、落下した二つの影の正体を確認しに行った。

 二つの影はちょうど大岩の後ろ辺りに落下していたので、岩陰からこっそり覗いてみた。


(っきな木の実でも降って来たとか?)


 さっきの茶色の壁が木の幹で、ここが大きな木の下であれば、と危険性の無い事象である事を赤ん坊は願っていたが、その期待は見事に裏切られた。


「グオァアーーーッ!」

「「「シィ~~~ッ!」」」


 赤ん坊の前に落下して現れたのは二つの巨影。

 ひとつはタイヤのゴムの様な肌質で、指先には肉を食い込ませる事で掴んだ獲物を逃さないような刺々しい爪を持った巨大なトカゲ。もうひとつは六本の角を持ち、鎖帷子の様な鱗に無数の小さな蛇達をビッシリと絡みつかせている漆黒の巨大な蛇。

 その二匹が絡み付き合いながら互いを喰らい合っていた。


(……今、ボクが考える中で最悪の展開が起きてしまった)


 驚きが一周回って、逆に冷静な態度で赤ん坊は自身の運の無さを嘆いていた。

 抵抗は愚か、逃げるという手段すら持ち合わせていないただの赤ん坊にとって異世界に来て初めて見る生き物がまさかの魔獣…いや、魔物?の類で、しかも肉食であるというのはもはや運に見捨てられているとしか言いようが無かった。


(とりあえず、すぐに喰われることは無いのが唯一の救いだけど)


 今はまだ、二匹が互いを喰らおうとしているので気付かれていないがそれも時間の問題。片方が勝利すればいずれ赤ん坊の存在に気付き、確実に命を狙われてしまうだろう。


(とはいえ隠れる場所なんてこの大岩だけだし、トカゲの方がもうすぐ負けそう)


 既に首と胴体を大蛇に締め上げられ、さらに小蛇達がトカゲの身体中にまとわり付き、至るところを毒牙とは別の、本来の蛇に備わっていない筈の剃刀かみそりのような歯で噛み千切って体力を削っていく。


「ギュグァァッ……!!」


 数少ない武器である爪すら役に立たず、一方的に捕食され多量の血を流しているトカゲの命も風前の灯火だった。


(肉を喰い千切っている…。この世界の生き物はボクの知る世界の生態系とは違うのか?)


 赤ん坊の知る蛇は基本的に集団行動を取らない。

 そもそも蛇は獲物を丸飲みで捕食するように適した骨格の造りになっている。

 そのため小蛇達がやっていた噛み千切るといった行為は、ライオン等の顎が頑丈で鋭い歯を持った生物にしか使えない捕食手段のはずだ。


(って分析してる場合じゃ無い!)


 と、おそらく初めて見る命のやり取りに恐れつつも見入ってしまい、赤ん坊は我に帰った。

 ゴキゴキッと大蛇は顎を無理矢理外し、半ば虫食い状態のトカゲを噛み付きながらズルズルと呑み込もうとしている最中、赤ん坊は少しでも生き残れる方法を模索した。

 とはいえ、体力も機動力も無いこの身体では逃げる事も身を守る事も出来ない為、息を殺して隠れ潜むという選択肢しか取れない。


(とにかく、下手に動かずじっとして居よう!そうすれば狙われる可能性も低くなるはず…)

「チィ~」

(えっ……)


 大岩の上。そこには小蛇の一匹が赤ん坊の存在を視認していた。

 見つかったことに気づいた赤ん坊の間抜けな心の声が出たのと大蛇の捕食が終わったのはほぼ同時だった。


「「「ジャアァ~~~ッッッ!!!」」」


 蛇達の奇声に近い咆哮が響き渡り、隠れていた餌を逃がすまいと一斉に動き出した。


(バレたッ!?にっ逃げッ!)


 逃げ切れない事を理解していても、少しでも距離を取ろうと一心不乱に這う赤ん坊。

 しかし懸念した通り、ハイハイしか出来ない身体では間に合わず、周囲は小蛇達が逃がさないよう一定の距離を保ちつつ赤ん坊を包囲していった。


「「「チィ~~~ッ!!」」」

(うっ!)


 退路を阻まれた赤ん坊は身体を後方に方向転換し大岩の方に視線を向けた。

 そこには小蛇ではなく、先程トカゲを喰らった大蛇が鎮座ちんざしていた。まだ足りない、とばかりに黄色い眼光を次なる獲物である赤ん坊に対し向け、ジャラジャラと鱗を鳴らしながら這いずり、大岩を乗り越え近付いて来た。


(そんな…。あんなデカいトカゲを食べてまだ食い足りないのか!?)


 少なくとも小蛇達は赤ん坊を包囲はするものの、一匹たりとも襲い掛かろうとはしない。

 既にトカゲの肉で腹を満たしているのか、親である大蛇に獲物を譲ろうとしているようだ。どっちにしろ赤ん坊は蛇達に餌として狙われてしまった。

 ジリジリと赤ん坊に這い寄る大蛇。構図としてはまさに"蛇に睨まれた蛙"そのものの光景だ。


「シャハァ~~!」

(…もうダメだ。助からない)


 もう生き延びれないと悟った赤ん坊は、這う姿勢から尻餅をつくように座っていた。


(また…死ぬのか。ここがどこで…ボクが何なのか…何故転生したのか…まだ何も分かっていないのに…)


 視線は大蛇にではなく、自身の足元に向けていた。これから起こる残虐な最期を考えようとせず、これまで自分が得た情報と起こした行動を振り返っていた。


(分かっていることといえば、ボクが転生した事、ここが何者かによって創り出された森に似せた空間、あとはその空間内でボクはハイハイと移動しただけ…まだ起きて三十分くらいしか経っていないのに)


 約三十分。この異世界で赤ん坊が起きてから現在の状況に至るまでに行動した時間、そんな短い時間で人生を終えようとしている。

 これはあまりにも無慈悲で、救いようがない。

 されどここは異世界。それも自然の中であれば、弱肉強食が絶対のルール。生きるには強くなければならない。

 しかし強くなる術が無い赤ん坊にはそれが出来ない。これでは死ねと言われている様なもんだ。


(……いくらなんでも、こんな状況はあんまりだ。いったいボクが何をした)


 誰かのせいにしたい。だけどここには誰もいない。

 目の前の蛇達に悪意は無い。ただ自身の生存本能に従って動いているだけで恨む筋合いが無い。ならもう世界を恨むしか無いだろう。


(なんでこんな状況になった?本当にどうして…)


 ここまでの無い無い尽くしに赤ん坊は怒りを募らせた。死ぬことに変わりはなくとも、この怒りを曝け出して少しでも世界に抗いたかったーーー


(………ん?)


 ー--が言葉が出て来なかった、いや…。


(…怒るって、一体どうやってすればいいんだっけ?)


 怒り方が分からなかった。それも違う。もっと根本的な部分が抜けていた。


(今の状況もそうだけど、この空間で色々やっていた時や、自分が何者か分からなかった時だって何も感じなかったような…)


 赤ん坊は自分に起こっている不気味な違和感について振り返っていた。

 最初に転生する前の記憶が無かったことに慌てる事なく()()()()()こと。

 芝生に身体が触れてもチクチクとした()()()()()()()()()こと。

 自身が転生した事や周りの植物の成長に()()()()()()()()()こと。

 そして危機的状況である今も尚、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。


(…ひょっとして、ボクの心と身体は、何も感じる事が出来ないのか…?)


 それに気付いた途端、赤ん坊の瞳は感情が消えたような虚ろな眼をするようになった。


(…じゃあ芝生に触れた時痛みが無かったのも、植物の成長や前世の記憶が無い時の驚きも、今のこの状況に対する怒りすら感じれないのは、それが原因…?)


 人は喜怒哀楽という感情をしっかり表現出来る生き物だ。

 痛みを知っているからこそ恐怖を覚え、恐怖を知っているからこそ人を慈しみ、愛することが出来る。

 そんな感情が無い赤ん坊は人では無い化け物となったといわれてもおかしくはない。


(………そっか、ボクはもう人ですら無いのか…。けど不思議と納得出来るのが何よりの証拠だ…)


 その事実に気付いて赤ん坊はただ俯き理解した。


「「「シャアァーーーーーーッ!!!」」」

(…今、こうして喰われる寸前にも関わらず、恐怖するふりは出来ても恐怖だと感じ取れていないんだし…)


 小蛇達に囲まれ、大蛇が自身の目の前まで来て奇声を上げていても、気にせず赤ん坊は虚ろになった瞳を蛇達に向けて眺めた。


(…結局、ここにはボク以外の人はいない、それは確かのようだ…)


 こんな状況になっても誰かの助けが来る気配も無いことから、この場に赤ん坊以外の人がいない事も発覚した。

 もしかしたら、居たけどこの蛇達やトカゲ等に喰われて亡くなったのかもしれない。


「シィィィ」


 ついに大蛇が頭を低くし、身体をバネを押し込むような姿勢で溜めを作る。赤ん坊を喰らう準備をしているようだ。


(…これがボクの二度目の人生の終わり…か。実感とか湧かないけど、なんか短かったな…)


 こんな時でも赤ん坊は悲観する訳でもなく、黙々と喰われる事実を受け入れるだけだった。


(…ひょっとしたら、何も感じない今の状態はある意味良かったのかも。もし感情も痛みもあったら…………)


 間違いなく、最も恐ろしい思いと凄まじい激痛が赤ん坊を襲っていただろう。それを感じないだけまだマシだと言えなくもない。


(……でもそれって…ボクは人としての人生を終えているのかな……?)


 痛みも恐怖も何も感じず、人知れず死にゆく自身は果たして人といえるのか?もしかしたら化け物として死んでいくようなものと変わらないような気がしてきた。

 結局、赤ん坊にとってこれから起こる死は救いにすらならないと悟った。


(…いったい何だったんだろう。ボクの存在って…)


 そして、遂に大蛇が先程仕留めたトカゲよりも更に小さな赤ん坊を喰らおうと巨大な顎を開いた。


「ジャアァァァ!!!」


 次の瞬間、大蛇の頭が弓から放たれる矢の如き速度で赤ん坊を喰らいにかかった。


(…あぁ、でもこの状況が何なのかは分かる。…このどうにもならない…抗えないような感覚…そう、これは………)


 ……理不尽だ。


 そう思いながら、赤ん坊の視界は暗転しく…………………………。










ーー去れーー


 不意に頭の中から声が聞こえたと思ったら、ガキンッ!と金属類の堅いもの同士がぶつかった様な音が辺りに響いた。


「ジャガァアア!?」


 更に、ズゴォン!と何かが崩れ落ちる音がその後に続いて聞こえた。


(…?)


 虚な眼をしていた赤ん坊は視線を前方に向けた。そこで見たのは赤ん坊を襲おうとした大蛇が崩れた大岩の下敷きなっていた。


(…えっ?大蛇が…吹っ飛んでる…?)


『ここには絶対立ち寄れないようにした筈なのに。まさか…結界の効果が及ばない上部の穴から落ちてきたのか?』


 気付けばそこに、ひとりの人物がその場に立っていた。


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