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永遠は幸せか  作者: kio
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幸せは、永遠に続かないことを知っている



 (せん)は神様だ。



 『なんで』だとか、『どうして』だとか、そういうのは知らない。

 麻里(まり)は女だし、(たくみ)は男だし、少佐(しょうさ)は猫で、千は神様だ。

 世の中そういうふうになっているのだから、そうなのだとしか言いようがない。


「千、牛乳なくなった」

「"お母さん"でしょ。自分で取りな」



 そして私の母親でもある。



 これの理由は知っている。私がまだ赤ちゃんだった頃に、両親が事故で亡くなって、千が引き取ったからだ。でも、なぜ引き取ったかは知らないし、両親とどういう関係だったのかも知らない。私と千はそういう関係だ。


「ケチ。千はそこから冷蔵庫に手届くやん」

「"お母さん"だっつってんでしょうが」


 千は名前で呼ばれるのが嫌いだ。


 正確に言うと、私に名前で呼ばれるのが嫌なようだ。母親をしているから、というのもあるが、どうやら私の本当の母親を思い出すらしく、それが嫌らしい。


 名前で呼べる回数は日によってまちまちだ。一回のときもあれば、五回のときもある。

 今日は一回目で訂正されたから、虫の居所が悪いようだ。鏡で自分の顔を見すぎたのか?


 名前で呼ばれることが嫌いな千は、自分の顔も嫌いだ。


 なんでも千の身体は昔自分を封印した巫女の姿なんだとか。おかげで毎朝顔を洗ったあとはいつもしかめっ面だ。大変整った綺麗な顔をしているから私は好きなのだが、それを言うと眉間のシワがさらに深くなる。


「わかりましたよ。お母様」

「なんでそうなんの」


 しょうがないので私はコップを持ってわざわざ席を立ち、わざわざ四歩歩いて千の斜め後ろにある冷蔵庫に行き、わざわざ牛乳を取り出してコップに注ぐ。そしてわざわざ四歩歩いて自分の椅子に戻る。


 全く以て不毛である。千なら牛乳を取り出すだけで、この行動が完結するというのに。

 これが五十歩先のために椅子から立つのであれば、まあ仕方がない、で動くのだが、片道四歩のために立つのがどうにも据わりが悪い。


 麻里に言わせれば『くそメンドくせえ性格』なのだが、そういう性分なのだ。諦めてもらうしかない。その『くそメンドくせえ性格』の私と毎日学校で話してくれるのだから、彼女は大変いいヤツだ。


「今日、フルで入っとるから、帰りは遅くなる。鍵はちゃんと持ってって」

「わかった。私も今日麻里と帰りに遊ぶ約束しとるけ遅くなる」


 遊ぶ約束はまだしていない。が、言い返しておきたかった。


 この自分のことが嫌いな神様は、何故か人の生活に溶け込み、近所のスーパーでパートをしている。普通に考えれば、母子家庭で生活費を健気に稼いでいるのかと思うのだが、実際は違う。ただの趣味だ。

 生活費は全然別のところから身入れがあるらしい。何をしているのかは知らない。



 むかつく。



 そんな意味のわからない趣味に大層な時間をとるのであれば、もっと私に時間を使ってほしい。

 

 私は人間だ。時間は当然有限である。今の私は、今このときにしか存在しない。あと数年もすれば、見た目は千より年上に見えるようになるだろう。


 でも千の時間は違う。無限に等しいほどの時間がある。


 千は自分の顔が嫌いだから、写真を取られるのも嫌いだ。

 千の写真は、隠し撮り以外は幼稚園、小学校、中学校のときの、入園、卒園、入学、卒業時の写真しかない。全部で六枚だ。さすがに高校生になったときは、私が恥ずかしくなってお願いしなかった。


 その写真の私は、当然成長して見た目が随分変わっていっているが、その隣に立っている千は幼稚園の写真のときから何一つ変わらない。何一つだ(・・・・)


 私が幼稚園に入園するときに買ったというリクルートスーツを着込み、全く同じ顔、全く同じ表情、全く同じ姿勢で写っている。一枚目の写真をコピペしたんじゃないかと思うくらいに同じだ。明らかに違う時の流れを生きている。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 メイクもそこそこに家を出る。外は寒いしまだ暗い。日が昇ってないからだ。なんでこんな早くから授業があるんだ。意味がわからない。


 学校は家から徒歩十五分ほどだが、ずっと坂道だ。なんで高校というものは坂の上にあるんだ。全く以て意味がわからない。


「おはよ」

「はよ」


 そんなことを頭の中で愚痴りつつ、麻里と合流する。麻里は自転車通学だ。よくもまあこの坂道を自転車通学出来るものだと思うが、行きは私と歩いて登校しているから、帰りに下るだけで楽らしい。なるほど、実に合理的だ。


「麻里、今日帰り付き合って」

「なに? 千さんと喧嘩でもした?」

「しとらん」


 麻里は千のことを『千さん』と呼ぶ。人の母親を名前で呼ぶとは何事だと憤慨したいが、『おばさん』とか『お母さん』とか呼ぶのが躊躇われるらしい。まあ、しょうがない。見た目は私達と同年代にしか見えないからな。あの神様は。


「そっか。でも今日は無理。匠と帰る」

「あの野郎、私の許可なく麻里と帰るとはどういう了見だ」

「そっちこそ人の彼氏にむかってあの野郎とはどういう了見だよ。そして私は別にあんたのものじゃねえ」


 しかし困ったな。あてが外れてしまった。千はフルタイムといったから帰ってくるのは六時半頃だ。対して私は放課後すぐに帰ったとしたら四時半だ。


 まあいいか。麻里と遊ぶといったのは当てつけのようなものだし、私が先に帰っても実際のところ問題はない。


三上(みかみ)、今日も零限サボるってきとったけど、あいつ出席足りんのかね」

「そうなん?」

「グループにメッセージきとったやろ。少しは見ろ」


「マジや。ごめんごめん」


 とりあえず適当に返信しておこう。


「課外のくせに出席とるほうがおかしいと思うんやけど」

「それについては珍しくあんたと同意見だわ」



 そんななんでもない会話をしながら学校につき、眠い目をこすりながら授業を受けたらあっという間に昼休みだ。



「三上、今日も朝来んやったけど、出席大丈夫なん?」

「知らん。まだ呼び出し受けてないし、大丈夫なんやない?」

「あんた自分のことでしょうが……」


「サチ、その卵焼きくれ」

「ヤダ。絶対マズいって言うやん」


 サチというのは私のことだ。三上はたまに私のおかずを拉致る。拉致られたおかずは帰ってくることはない。そしてかならず言うのだ


「うん、安定のマズさやね」


 と。


「千が私のために作ったおかずを勝手に取っておきながらよく言えるなこの野郎」

「ごめんごめん。でもこのマズさがたまに食べたくなるんよね」

「腹壊して午後の授業サボりたいだけやろ。私の弁当をサボる理由に使うんじゃねえよ」


 ムカつくくらいに自由奔放なやつだ。麻里に言わせれば私も似たようなものらしいが、断じてコイツとは違う。私のほうが何倍もマシだ。


 私にとっては美味しいおかずも三上にとってはマズいらしい。しかも腹下し率百パーセントだ。


 ただ、三上の舌は正常だ。それはわかっている。おかしいのは私の舌であり、私の身体だ。千は私に合わせて弁当を作っている


 私は何故か世間一般的に美味しいとされるものがマズく感じる。というより千が作った料理以外がマズく感じる。牛乳は普通に飲めるが。理由はしらない。病院で見てもらったけど原因はわからなかった。


「三上、弁当もう食べんの?」

「うん。少佐にやってくる。その後保健室だから。じゃ」


 そういって弁当箱をもって立ち去った。ホントに何なんだコイツは。

 少佐というのは学校に住み着いている野良猫だ。頭の模様が軍帽に見えるからみんなからそう呼ばれている。三上は少佐以上に自由なやつだ。



 お昼も終わり、六限まで授業を受けたら放課だ。

 麻里は匠の野郎のとこにいったし、三上は部活に行った。放課後になると程よく腹下しが収まってるらしい。よく動けるものだ。



 下り坂をのんびり帰り、鞄から鍵をとりだし、鍵を開ける。


「ん? 回らん……」


 反対に回すとガチャっと音がして鍵がしまった。


「なんなん。開いとったんかいな」


 不用心な。千は出るとき鍵をかけ忘れたらしい。

 と、思ったが違った。千がいる。ソファーで寝ているが。どっちにしろ不用心だな。


 エアコンがよく効いて暖かい。結構前に帰ってきているようだ。フルから変わったということか。


 こうなると私がすることは一つだ。


 私はスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。アプリ内でカメラを起動し、千の綺麗な顔がよく映るように調整する。そしてシャッターのマークをタップする。カメラは直接起動するとシャッター音が鳴るが、何故かこのアプリ経由だと鳴らないのだ。


(よし! 綺麗に撮れとる。次は全身を……いや、バストアップが先か)


 そうやって何枚か写真を撮っていく。隠し撮りをしている私が悪いんじゃない。無防備な千が悪いのだ。断じて私は責められない。


 そうして満足のいく写真を撮れた私は、千の顔をまじまじと見る。


 綺麗な顔だ。髪も濡羽色で(つや)やかに輝いている。千を封印したという巫女はかなりの美人だ。でも、私が好きなのは巫女ではない。千のほうだ。この中に千がいるから、私はこの顔も、身体も好きなのだ。


 ピンク色の唇が艶めかしい。起きる前に、軽く触れるだけのキスをする。

 千は軽く身動(みじろ)ぎするが、まだ起きない。でもこれに釣られてもう一回はしない。私は引き際を間違えたりはしない。


 自分の部屋に戻って、今まで撮ってきた千の写真を眺める。至福のときだ。




 千は私の母親を思い出すことを嫌うし、自分の顔も嫌いだ。




 でも、それは正確には違う。千の嫌いは好きの裏返しだ。私はそれを知っている。

 そしてそれに気づいたとき、私は千を『お母さん』と呼ぶことをやめた。


 最初は千"さん"と呼んでいたが、今は呼び捨てでも通ってきている。訂正は入るものの、徐々に回数は減ってきている。



 コンコンとノックされる。


()るよ」

「帰り早くない? 帰ったんなら起こしてくれれば良かったのに」

「気持ちよさそうやったけそのままにしといた。千こそ帰り早くない?」

「シフト間違えったってメッセージ送ったやん」


 そうなのか?


 スマホの画面を見る。確かに上の通知欄にマークがある。写真に夢中で気が付かなかった。


「あんた、いつか友達なくすよ」


 そうかもしれない。麻里にもよく注意されている


「まあいいや。ご飯今から作るけ、先にお風呂入っとき」

「わかった」


 さっき、"千"呼びに訂正が入らなかった。たぶん、機嫌がいい。

 理由はわからない。でもそんなのはどうだっていい。徐々に私に染まればそれでいい。




 私は、明日も千のことを『お母さん』とは呼ばない。そして、私だけに合わせられた千の料理を食べる。


 これが永遠に続かないとしても、私はこれからも、このときを幸せに過ごすのだ。


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