婚約破棄劇を繰り広げたかった青年伯爵はまだ気付かない
社交界の花形男装令嬢に婚約破棄を申し込んでも、もう遅かった
https://ncode.syosetu.com/n4647gp/の婚約者サイドの話です。
彼は自分のことを一切否定しなかった。
好きに暴れ回りたいからと、兄の古着を着て遊ぶ自分に、彼は何も言わなかった。
勿論、遊んでいる最中に駄目なことがあれば、それはちゃんと口にした。
でもそれは、男とか女とか、そんな問題ではない、純粋に遊びに対してのことだ。
バーソロミュー・オールグッド。
彼のその実に公正な視点に、私はまず、惹かれたのだ。
母親の親友の従姉妹の息子は、正直初対面では只の平凡な少年としか思わなかった。
でも、母が「いい子なのよ」という理由は、段々と分かってきた。
彼は私の事をバカにしたり、否定したりしない。
私がどんな格好をしていようと、そのことで私をおかしいとは思わないのだ。
転んだり、木から落ちたりして、私が負傷したら心配はしてくれる。
でも、私が男装していることを、おかしいとは思っていない。
私が女の子だということは勿論分かっていて。
少し大きくなったとき。
行儀作法を教わる為にドレスを着ていても、それをおかしな目で見たりすることもない。
遊び友達の何人かは男女ーとか言って引いたり、なんだか挙動不審でこっちを見ていただけだったのに。
頑張っているんだね、と労ってくれた。
フランはすごいね。
色んなことをやりたいんだ、かっこいいなあ。
よくがんばったね!
笑顔で応援してくれる彼はいつもとても真っ直ぐに私を見つめてくれていた。
一緒に出来ることはやってくれたし、一緒にできないことも見守ってくれた。
成功したら称賛を、失敗しても慰めをくれた。
――彼はあるがままの私を認めてくれる、そんな存在を、好きにならずにいられようか。
彼は誠実で真面目で、とても真摯な存在だ。
其処が面白みがないというものもいる。
そんな連中はどうでもいい。
彼の魅力が皆に分かってしまったら、大変だもの。
叔母様が亡くなられ、叔父様が寂しがられて我を忘れている中、彼はどれだけ落ち着いていたか。
彼だって悲しみに打ちひしがれていたし、学業があったのに。
私は只傍に居ることしかできなかった。
男装で夜会に出るようになったのは、ちょっとした出来心からだった。
友人がパートナーに振られて、そいつに見せつけてやりたいと頼まれたのだ。
その振られた相手のことは前から気に入らなかったし、彼に話すと一緒に行くから気を付けて、と言われた。
結局その晩は娘たちが集まってきてしまい、彼とは殆ど過ごす時間が無かった。
……以来誘われる夜会では、男装で来てください!と招待状に付いてくるようになったりしたり。
楽しくはあるし、余計な男連中が余り近付いて来なくなったのはよかったけれど。
何より彼に対して近寄ってくる娘も居ないようにできたし。
伯爵家のお家事情が大変なことは、叔父様が亡くなってはじめて分かったことだ。
私もあの夜会の日まで知らずにいた。
あの後すぐ帰宅したら、両親から教えられたのだ。
私は、一つだけ尋ねた。
彼が行くであろう場所についてだ。
後から荷物は送ってくれと頼み、その場で出立した。
どうせ彼はゆっくりとあの古い馬車で向かうのだ、先に着くことは難しくない。
バート、君はいつだって私を否定しなかった。
だから私も君を否定するわけがないだろう、愛しの貴方を。