雪降る夜に7
ユイは魔導師から怖さがなくなっていることに気付いていた。最初に会ったときと同じ優しい感じだ。
そのうちメイドが扉をあけたのをきっかけに、魔導師クライムは部屋の外に出た。ユイもそのままついていく。
同じ階の部屋に行くと、夕食が用意されていた。
ユイ一人分しか用意されていないのに気付いて、どうしたらいいか迷ったが、魔導師様が何も置かれていない席に座って、メイドがユイのためにイスを引いてくれたので、素直にそこに座る。
目の前に置かれている料理はすごいご馳走だった。
「わぁ」
メイドが部屋を出て行くと、魔導師は黙って何かを待つ姿勢だ。
見たこともない料理がたくさん出てくる。ユイにはまったく見たこともない食べ物だ。いつもパンや、野菜、チーズ、干し肉などを食べていたので、こういった料理は食べたことがない。頬がおちるかと思うくらい美味しかった。
「おいしいね」
ユイは何度も美味しいを繰り返し、食べ物を頬張る。ナイフやフォークの使い方など分からなかったので、ユイは適当に食べた。
食事も終盤になると、果物が出た。
魔導師は結局何も食べなかった。グラスに入った水のようなものだけが、減っている。
ユイの食事が終わるころに、ようやく食事が魔導師へ運ばれてきた。
さっきのご馳走とは違う趣のものだ。パンにスープという簡素な食事を摂ると、ユイが食べ終わったのを確認して片づけが開始された。
それからメイドに連れられ、風呂に入れられた。
樽のような湯ではなくて、広くて大きなバスタブ、いい匂いの石鹸、それらを使って旅の汚れを落とすと、新しい洋服が用意されていた。
「わぁ」
きれいな服だった。あたたかくて柔らかくて。
ユイは着替えてからメイドに従って書斎へと戻った。
「魔導師様~」
部屋に入ると、書斎の主は机で書き物をしていた。ちらりと視線をあげたが、すぐに書類へと目を戻してしまう。
暖炉の前に座り込む。
ここ数日、雪の中にいたので火が嬉しくて仕方ない。
「あったかい~」
座り込んだのは、ソファとテーブルが置いてある敷物の上でふわふわしている。ユイの今までのベッドよりよほど高価なものだろう。
普通ならばすぐに眠くなりそうだが、ユイは魔導師の気配をずっと追っていた。緊張しているのかもしれないし、嬉しいのかもしれない。正直、ユイにもよく分からない。
体が充分に温まると、ソファに座った。メイドがすぐにお茶を運んできてくれる。そのあたたかい飲み物を飲んで、ユイは魔導師がまだ本を読んでいるのを見る。
難しそうな本だ。
ユイは壁いっぱいに並んでいる本を見渡して、ソファから降りると手近な本を手に取る。重くて両手に抱えて本をテーブルに置く。
静かな部屋に紙がこすれる音が響く。ページをめくると音が気持ちよく響く。ユイが見ているのは数箇所に描かれた挿絵だ。
近くに体温の気配を感じてユイは顔を上げた。魔導師はすぐそばにいて、ユイの手にそっと触れた。
「破れる」
魔導師が本をそっと取り上げた。あまりにも近くて、ユイは呼吸をするのも忘れそうだった。いつの間にか毛布がユイに掛けられた。暖かな感触に、本を取り上げられたショックを忘れた。
「寝るといい」
低い声に、ユイはふいに涙があふれそうになった。ゆっくりと机に戻って行く魔導師の背中を見つめながら、毛布をにぎりしめる。
声が聴けた。
ユイは、魔導師の大きな背中ときれいな金色の髪をぼんやりと眺めて、本を読む姿に安心して眠くなった。
真新しい靴を脱いで、ソファに横になると暖炉の火のはぜる音と魔導師のかすかな本を読む音、窓に吹き付けてくる風の音を聞きながら眠った。