雪降る夜に6
あのときは、魔導師様はとっても眠そうだった。ぼんやりしていて夢を見てるみたいな感じだった。けれど、今ははっきりと目覚めていて、圧倒的な存在感なのだ。
ユイはメイドが示した方向へ歩いていく。怖くないかと聞かれれば、ちょっと怖い。それでも、ぐっすり寝てしまうほど安心してもいるのだ。
メイドは階段を上がるとひとつの扉の前で立ち止まった。
「ここ?」
ユイは不安に思って話しかけるが、メイドはすでに背を向けて次の仕事へと向かってしまっている。
ひとり取り残されたユイは、扉のノブに手をかけて静かに開いた。
部屋は書斎だった。
扉より左手に広く間取りがあり、壁には窓以外はぎっしりと本棚に本が詰まっている。雑多な印象はなく、むしろきれいだ。
扉からすぐ左にソファとテーブルがあり、その奥に大きな書斎机が置いてある。さらに奥にカウチがあった。
入り口から右手には大きな暖炉があり、火がゆらめいていた。
廊下より数段あたたかい。ユイは思わず暖炉の側へ歩いていた。あたたかさに息をついて、ほっとして手を火にかざした。
書棚の奥で本を探しあてたクライムは、部屋の隅から机まで本を持って移動し、ユイの様子を眺めた。濃い灰色のローブをまとったクライムは、本をそっと机に置いた。
そのとき、ふいにユイは魔導師のいる方へ振り向いた。
「あ、あの」
暖炉の側からいそいで離れて、手に持っていた布の小さな袋を魔導師のところに持ってくる。
「食べたいって言ってたから、お菓子作ってきたの」
差し出された布切れをクライムは手のひらで受け取り、ソファのテーブルにある小皿へと乗せた。布を開くと白くて丸い菓子があった。
クライムはそのいかにも稚拙な菓子を一かけらつまんで、口に入れた。
「味が足りないな」
不味い、とは言えなかった。
「どんぐりの味、しなかった?」
ユイは残っているお菓子をひとつ口に入れる。その頬が美味しそうに笑みをかたどるのを、クライムは不思議に眺めた。
「どんぐりは嫌い?」
「そのようだ」
子供の晴れやかな笑顔を見ていると、おだやかな気分になった。
「そうかー、でもユイはこれしか作れないんだもん」
悲しげに眉を寄せるユイに、クライムは何も言えることがない。しかたなくもうひとかけら、口に運ぶ。
やはり不味い。
「魔導師様、ユイね、ずっと傍にいたいな。だめ?」
人が傍にいるのは久しぶりのこと。このクライムの傍にいたいと言う人間は、この数十年なかったはずなのだ。ただ、罠から助けただけで。
天に言わせると、これも偶然ではないのだろう。
「好きにしたらいい」
子供は目を輝かせてうれしそうに「はい」と頷いた。
相変わらず表情のない魔導師に、恐れ気もなくユイは返事をした。優しい声ではなかったが、ユイには「いてもいいよ」と耳に届くほどの優しい言葉だった。メイドに座ってもいいと示されたソファに座ると、心底安心した笑顔になった。
クライムは何の表情も変えずに、奥の机に戻った。