雪降る夜に5
歩き続けたユイは、いつの間にか深い森の奥にある、お屋敷の門の前に立っていた。門のなかも森のようで、中に入るのはためらわれた。けれど、すでに食料もなくなり、行く当てもなく、魔導師の家を聞かなければならなかった。
屋敷の扉をたたき、中に入る。しんとした室内に、ユイはひるむ。
誰もいなかったら、どうしようか。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
足音がして、低い声がした。
「何者だ?」
凍てつくような蒼い双眸がこちらを見ていた。
ユイは恐怖なのか、緊張なのかわからないほど体がこわばっていた。疲労もあっただろう。そのくせ魔導師から目が離せない。
「魔導師様」
ようやく声が出たが、つぶやきになってしまった。本当にこんな闇の中にいるような魔導師だっただろうか。
魔導師は瞳をゆっくりとユイに定めた。
魔導師は目を伏せると屋敷の中へ歩き出した。追っていいか迷ったけれど、どんどん暗くなる空と気温の低さについて行くことにした。
なんとか声をかけようと、勇気を振り絞る。
「魔導師様、焼き菓子を……」
白金の髪を背に流した魔導師はちらりと振り返るだけで、何も答えようとしてくれない。ユイはお菓子の入った袋を大事に抱えて、追っていった。
屋敷のなかはきれいに片付けてあった。人の気配もするようだ。やがて、メイド姿の女性がやってきた。
「こちらへどうぞ」
背中を追いたいが、せっかく案内してくれている。ユイはメイドについていった。にこりとも笑ってくれない。
「どこに行くの?」
メイドはただ前を歩くだけだ。
違和感が膨れ上がる。メイドは一度も笑わないばかりか、まばたきすらしていないようだ。ユイはただ黙ってついていくことにした。
「どうぞ」
部屋につくと、扉をあけてしめされた。ユイはおとなしく部屋に入った。大きくはないがが、豪華な部屋で一人待つことになった。ありがたいことに、外よりもずっと暖かい。
奉公先では絶対に触れてはいけなかったようなソファに座って、ユイは周囲を見渡す。窓の外では、雪が降ってきたようだ。
とても静かだった。
疲れがたまった体には、この暖かさと心地よさ、そして何よりも安心感が眠気を誘発して、ユイはそのままの姿勢で眠っていた。
気がついたら目の前に、無表情のメイドが立っていた。
「あちらへ」
ぼんやりとした頭でメイドの指すほうへと歩き出す。
「あっち?」
メイドはもう何も言わずに先を歩き始めた。どんどん先に行ってしまう。
廊下の窓を見ると、すでに暗くなっていた。
ユイはもう一度お菓子の包みを見ると、勇気を出して一歩すすんだ。さっき会ったときは、どうしたらいいか分からないくらい怖かった。本当にあのとき罠を外してくれた魔導師様なのだろうか。