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雪降る夜に  作者: 作楽 律
2/10

雪降る夜に2


 雪が凍りついて歩きにくい道に注意をしながら、ユイは一生懸命荷物を運んでいた。

少女はどこからやってきたのか、つぎはぎが目立つ粗末な綿入れを着ている。雪には慣れているが、こんなに奉公先から離れたことはない。それが不安だった。

 奉公先は優しくはないけれど、あたたかい寝床もあったし、三度の食事にも困らない。それは本当に幸せなことなのだと、周囲の大人たちには言われて育ってきた。

 それを疑ったりはしなかった。けれど、雪道のおつかいは思っていたよりもずっと大変だった。

「はぁ」

 つるりと滑りそうになりバランスをとる。

 もう一つの問題は、実はユイは道を失ってしまっていた。つまりは迷子だ。きょろきょろしながら、果てまで白い雪道と、暗い森の木々に向かう先が突然現われはしないかと進んでいる。

 白い息が気温の低さを伝えてくる。

 黒い髪が肩まで伸びている。同じく黒い瞳が不安そうに揺れている。けれど、年端もいかない子供にとって、迷子ほど不安なものもない。

「あっ」

 とうとう足を捕られて滑って転んだ。その拍子に、雪の小山になっている道の向こうに荷物が飛んでいった。痛さよりもそちらに心がいき、すぐに起き上がって走っていく。

 ユイは声を失くした。

 道の向こうは下へ傾斜になっていて、荷物は深い谷の底に落ちたらしい。跡形もない。

 ――どうしよう。

 とっさにそう思うが、ユイはめげない子だ。荷物はなくなっていた。そのまま侍女頭に伝えるしかない。怒られるだろうけれど、仕方ない。

すぐにそう考えると、帰り道を取ることにした。けれど、迷子なのだ。

 深いため息をつく。息が凍るように白い。荷物を持っていた手が冷たくて何度も両手を合わせるが、ちっとも温まらない。

 それでもユイはめげずに歩き続けた。

 徐々に空が暗くなっていく。そして、完全に道が分からなくなっていた。「道」がないのだ。

 泣くのをこらえて、それでも一生懸命に歩く。もう走るような体力はとうに尽きている。

 雪道は凍り付いていて、足元で氷がはじける音がしている。その音に混じって木から雪が落ちる音が轟く。

 雪国の夕暮れから夜にかけての日の光のなくなるスピードは速い。

 ユイは一生懸命に走り出した。もしかしたら森に棲んでいる生き物が、ユイを待ち構えているのではないかと連想していた。

 さきほどよりずっと森の中に入り込んでいる。うろうろと歩く。

 その時、鋭い金属音が森に響き渡った。

「きゃっ!」

 するどい痛みが足首に走る。同時に足を捕られて転んだ。

 うさぎ罠だ。

「痛い」

 やみくもに罠を外そうとするが、金属のそれはまったく動かない。血がにじみ出てきて、はじめてユイは心底不安になった。

 荷物はなくしてしまうし、帰る道も行く道もわからない。頼れる人は誰もいないし、きわめつけが罠にかかった。

 そして、夜が押し寄せてきている。

すでに感覚を失って等しい足先や手が寒さを強調している。まだ厳しい寒さの季節だ。

涙が滲み出てきた。泣いても仕方ないし、誰も助けに来てくれないことはよく分かっている。けれど、泣き止むことができなかった。

ユイには生まれつき母親がいなかった。ユイが生まれてすぐに亡くなっていたからだ。父親はユイの存在など知らないようだ。これも噂でしか知らない。

 今まで奉公先の侍女頭が育ててくれたようなものだ。彼女は優しくはなかった。ただ仕事として、育てていたのだ。ユイが将来、有能な侍女になれるようにと仕事を与えていた。彼女は独身で貫いているため、子供を育てる方法など知らなかった。

「たすけて」

涙のあふれるままに叫ぶが、雪に音が吸い込まれる錯覚におちいる。

 ふたたび鉄の罠に挑戦しつつ、泣きべそをかく。

 もうダメなんだな、このままここから逃げられないんだ。寒くて、疲れちゃったし、もうどうしようもできない。

 心の中で絶望が押し寄せてくるのをとめられずに、ユイはそれでも力の限り罠を外そうともがいた。指の皮膚が冷えた金属にはりつき血が出てきても、冷たくて何も感じなかった。怖くて、ただひたすら悲しかった。

 しんとした冷たい空気に、ゆいは何かを感じて顔を上げた。

 本当にそれは突然の気配だった。

 林にじっと目をこらすが、雪の積もる木々だけが見える。物音などはなかった。

ただ、次の瞬間に、突然に人が現われたように見えた。まるでそこだけ月の光が落ちたように、金色の長い髪がほんのりと光っていて、見えた顔はとてもきれいだった。なのに、蒼い瞳がものすごく冷たくて、ユイは一瞬だけ足の痛みを忘れた。

 魔導師の男はユイを見つけると、苦も無くそばに来て鉄の罠を外してくれた。大人の手なら単純な仕掛けなどすぐに取れてしまった。魔導師は自分の衣を手に取ると、適当に長衣を破った。ウサギ罠で傷ついた足を取ると、さらりと手当てをしてくれた。

 ユイは涙と寒さでこわばった顔に、感謝を伝えようと笑顔を浮かべて魔導師を見上げた。お礼を告げようとした口を、そっと閉じた。不思議な気持ちが、ふくれあがってまたたいた。

「おなかが空いてるの?」

 ユイはつい言っていた。

 足から罠を外してくれて、しかも手当てをしてくれた人だったが、綺麗な人はなんだかぼんやりしていたのだ。

「焼き菓子を……」

魔導師はふとそうつぶやくと口を閉ざした。

「焼き菓子、ユイも好き」

 はにかんだ笑顔でユイはそう言った。そして、もう一度魔導師を見ると、首に銀細工のペンダントをしているのが見えた。

「きれい」

 なぜそんな行動をとったのかユイは後になっても分からなかった。

 ユイの足を診ていた魔導師の首にあるペンダントの銀細工に触れたのだ。

「きれいだね」

 触れた手に気付いた魔導師は、そのペンダントを首から外して、何気ないしぐさでユイの首にかけた。

「もらっていいの? 大切でしょ」

 ユイは首に掛けられたペンダントをにぎった。ぬくもりが伝わってくる。今の今まで彼が身につけていたペンダントには、魔導師の体温が残っていた。

 温かい。

 魔導師は何も言わなかった。手当てを終えると、立ち上がって背を向けた。

 ユイは魔導師に話しかけても反応しないことが分かって、手足の冷たさにぬくもりを取り戻そうとさすりながらその場所を離れた。魔導師もこちらを一瞬も振り返らずにどこかへ向かった。

 不思議なことに帰りは時間はかかったもののすんなりと街へと帰れた。


続きの投稿の仕方を間違えていたので、再度投稿。2話です。

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