雪降る夜に1
「大好きな魔導師様」の本編です
短編の集まりのようなものです。ほのぼのな日常です
プロローグ
冬の近づく一週間、この近辺は霧が立ち込める。
濃厚な霧は森を閉ざし、日の暮れるのが早くなってきたこの頃は、村の人たちもあまり遠い外出をひかえ始める。
そんな中、いつもお世話になっているからと、森の奥の屋敷まで秋の収穫物を籠に乗せ向かった男がいた。彼は屋敷にいる魔導師を尊敬していた。だから、いつもこうして屋敷まで秋になると向かうのが習慣になっていた。
日が高いうちに着く予定だったのに、霧のせいでだいぶ遅れていた。
屋敷の大きな扉をノックすると、空虚にノック音が内部に響き、きしり音をさせながら扉が開いていった。ガランとした内部は、かつての美しさや活気が見られない。
おかしいな、と気付いたときには、男は「彼」を見つけて絶句していた。
「た、助けてくれ」
籠を取り落として、声を失いつつ言葉をつむぐ。
真っ暗な屋敷には、白金髪の冷たい印象だけがある青年がいた。その青い瞳は冷たかった。冷酷でさえあった。生きているのが不思議なほどの生気の乏しい表情、魔導師の灰色の長衣。
「彼」は、開いた扉の奥に居て、ただ、村人を見つめていた。特に常軌を逸しているとは思えなかったが、しかし、村人は後ずさり、階段に足をとられて後ろ手に転んでいた。
転んだ後は大きな悲鳴を上げて逃げ出した。
噂があった。
魔導師が何の目的もなくひどいことを繰り返している。川の水を逆流させたり、地震を起したり、天災を呼び寄せては近隣に災いをふりまいている。
人間ではできないその所業に、人々は彼を冷酷な「氷の魔導師」と呼んだ。悪魔とすら恐れられた。
その魔導師の容姿は、金の長い髪の蒼い瞳が印象的な端整なものだと言うのだ。
彼は、噂になっている。けれど、だれが最初にそう言い出したのだろう。
村人は屋敷にその魔導師がいたことを広めた。
危険だから近づかないように、何かあったときにそなえて準備をしたほうがいい。
その噂は風が流れるよりも早く人々の口に上り、あっという間にその辺りいったいの村や町には広がっていた。
いけないことに、屋敷に住んでいたヒューという魔導師がいないことも拍車をかけてしまっていた。ヒューは人々にとっていなくてはならない人物だった。老齢だったが元気で、あたたかくいつも笑顔の優しい魔導師だったのだ。
そのヒューに取って代わっている「氷の魔導師」。
彼はまたたく間に人々の恐怖と憎しみの対象となった。
深い森の奥、人里離れた地に忽然と立つ屋敷には、それ以来近づくものはまったくなくなった。
深い雪の時期が来て、重く寒く静かな冬が過ぎたが、屋敷にはまったく変化はなかった。魔導師が何かをやることもなく、ただそこに在るだけだ。
そんな冬が去りはじめた。森の木々も緑を取り戻すことを思い出し、川もゆっくりと凍りをとかす。村では春の祭りの準備がはじまり、農耕が始まった矢先だった。
人々は仕事に精を出し、氷の魔導師のことなど考えていなかった。
つづく