【憧れの車と仲間たち】
この物語はフィクションです。
登場する人物・施設等は全て架空のもので、実存するものとは
何ら関係ありません。
実際の運転は、マナーを守り安全運転を心掛けましょう。
【憧れの車と仲間たち】
今と違って、俺たちが二十歳そこそこの頃、車は必需品だった。
社会人になって、自分で稼いだ金で先を争うように車を買った。
車を持っていないなんて信じられない事だった。
ダントツ人気だったのが86。トヨタのレビンとトレノだ。
ちょっと裕福な家の奴等は、親に援助してもらって新型の92。
ハチロクに手が届かない奴等は、KPスターレットやランタボだ。
「今夜は何処に行く?」
「銀時上がって、永尾コースかな」
「OK、じゃ23時にマルカワでな」
まだ携帯電話なんて世の中に存在しない時代だ。
たったこれだけの会話で仲間を信じて集合場所へ向かう。
閉店した服飾店の駐車場にテンションの高い声が響く。
「うおっ、なんだコレ。ベッタベタじゃん!」
「おうよ、スプリング2巻カットしたからな」
「でもこれじゃ、車検に通らないべ?」
「スプリングを解体屋で見つけたんだよ、戻す時はヨロシクな」
本当に今では考えられない事だが、車高を低くするために、
サスペンションのスプリングを金鋸で切断するのが普通だった。
そしてそれら作業の全てを自分達でやった。
あーでもない、こーでもないと、何度も失敗を繰り返しながら、
車の構造を憶えていったものだ。
「お前こそ何だよソレ、バケット入れたのか?」
「あぁ、アニキのお古を貰ったんだよ」
「ちょっと座らせろよっ」
こんなやり取りをしてる間に、1台また1台と集まってくる。
何故だか判らないが、隊列の順番はいつも決まっていた。
タケ、テツ、グッサン、アツオ、リンゾー、ケンヂ。
今思えば運転の上手い順だったのかも知れないが、当時はそんな事は
どうでもよかった。
ヒール&トゥもロクに出来なけりゃ、荷重移動なんて考えた事もない。
とにかく前のヤツに離されないように走るだけ。
前のヤツが行けるなら、自分も行けると信じてアクセルを踏んだ。
そんなモンだから当然事故る。まぁ事故といっても生命に関わる
ようなモノではなく、ガードレールにお尻をヒットしたり、
側溝に脱輪したり、単独で壁にキスしたりと可愛い限りだ。
それでも誰かが事故ると、テンションは一気に下がる。
その日のルートの半分も行かないウチに解散になる事も多かった。
でもそんな週末が楽しくて毎週のように走りに行った。
いつからだろう、ツルるんで走らなくなったのは。
きっとそれぞれの事情があり、選択があり、生き方があるのだろう。
みな自分の人生を受け入れて、楽しんでいればそれでいい。
俺は、今でも気が向くと、当時と同じルートを走しることがある。
道は様変わりし、車が変わっても、高揚感と緊張感は当時のままだ。
そして少しだけ期待している。道中であの頃の仲間に出会う事を。
― 完 ―