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出発の日

 アイの部屋からは次々と荷物が運び出されていた。


 今日でこの屋敷ともお別れと惜しむアイではなく、むしろ工房から運び出す荷物を丁寧に扱うように指示を飛ばしており、屋敷よりも工房を惜しむ。


「向こうに着いたら、早速お願いしてみようかしら」


 リーンはアイの趣味に関して手伝える事があれば手伝うと言ってくれていた。頼めば、ここよりも大きな工房が作れるかもしれないと、婚約の事は一旦、端に寄せ、その事だけを楽しみにしていた。


「アイ様、これを」


 見送りに来てくれていたラムレッダが渡してくれたのは、花の刺繍が入った真っ白なハンカチ。刺繍は手作りであり、真っ白なハンカチを贈るのは、相手の無事を祈り、この世界での習慣でもあった。


「ありがとう、ラム」

「ジェシカが淋しがりますね」

「そうそう、忘れていたわ。どうも自分を作るってのは恥ずかしいのだけど……これをジェシーに渡しておいてちょうだい」


 アイがラムレッダに渡したのは、手のひらサイズより少し大きいぬいぐるみ。動物などではなく女の子のぬいぐるみで、髪の色はピンク色になっていた。


「これ、アイ様本人ですか。作ったのですか? ジェシカも喜びます」

「作っていて恥ずかしいなんて経験、初めてよ。自分のぬいぐるみなんて。あ、あとこれはラムに」


 もう一つぬいぐるみを取り出したアイ。それは眼鏡をかけている男性をモチーフにした人形。目付きは、本人より三倍増しで此方を睨んでいる。


「ふふ、ありがとうございます」

「こういうのもあるのよ。こっちはゼファー用」


 最後に出して来たのは、青い髪をした女の子の人形。それを見たモデルの本人は「まぁ!」と照れ臭そうに笑う。


「絶対、ゼファーに持たせてね。なんだったら、自分の髪の毛でもたっぷり仕込んであげなさい」

「髪の毛を? 何故ですか?」

「まぁ、一種の(まじな)いよ、(まじな)い」


 ラムレッダは何の事だか分からないようで首を傾げながらも、必ず渡すと約束する。


「必ず、遊びに行かせてもらいますね、アイ様」

「ええ、まっているわね、ラム」


 花が咲き乱れる庭で、二人は固く握手を交わすのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「それでは、またお会い出来る日を楽しみにしておりますわ、お父様、お母様」

「とは言っても、また数日したら私達も向かうのだがな」


 馬車に乗り込んだアイが挨拶するも、父親バーナッドの方は口を開いて笑ってみせるが、母親のレイチェルは、先ほどからハンカチを目頭にあて、泣き通しであった。


「お母様、行って参ります」

「うぅ……やっと、アイが片付いた……」

「お母様?」


 嬉し涙かよと、思わず嘆息するアイ。


「姉さん!」


 そこに仕事を終えてきた弟のレヴィとゼファー、そして弟の嫁であるサビーヌが駆けつける。


「レヴィ! これから、しっかり頑張って。ゼファー、レヴィのこと、お願いね」

「お嬢様も気をつけて」


 そう言いながらも何故かゼファーは睨んでいる。その手には、ラムレッダから受け取ったのであろう、アイが作ったぬいぐるみが、鷲掴みにされていた。


「サビーヌ。弟を頼むわね」

「はい、お義姉様。当然ですわ」


 まだ胸中に不安は残るものの、ハッキリと答えたサビーヌを信じることにしたアイは、惜しみながらも馬車の扉を閉めて前を向くと、御者の男性に「出して」と伝えた。


 初めはゆっくりと、そして徐々にスピードが上がっていくと、車窓からは長年住んでいた屋敷があっという間に小さくなっていく。やはり内心では惜しみつつも、アイは屋敷が完全に見えなくなると、前を向いた。


 ここ、スタンバーグ領はラインベルト王国最南端にある。向かう場所であるブルクファルト辺境伯領は最北端。ほぼ国を縦断することになる。


 車窓から流れる景色を見ていると、馬車の進む先には街と呼ぶには少し小さな村が見え始める。


「あら、ここは……。ねぇ、ちょっと、方角ズレているわよ」


 アイは見覚えのある村に御者に問い掛ける。老齢の御者は皺だらけの顔をくしゃりと歪ませ、微笑んでみせる。


「実は、少し遠回りするように頼まれましてね」


 アイは御者の言葉に耳を疑う。自分は頼んでいないし、御者もよく見ると見かけない顔であった。


 誘拐を初め、最悪の事態が思い浮かぶ。アイは慌てて止まるように指示をする。しかし──、御者は「へぇ、こんな所で止まるんですかい?」と、馬車を進める。


 顔を青ざめアイは、逃げる算段を講じる。幸いにも見覚えのある村へと向かっている。そこは、ジェシカのユノ商会のあるエンダ村。村に入れば馬車から飛び降りて逃げ出そう、そう心に決めていた。


 ところが、エンダ村に近づくにつれて異変が。普段以上に賑わっており、祭りでもやっているのではないかと思うほどの人の数が視界に飛び込んできた。


「えっ……これは?」


 村に入ると、一斉に歓声が沸き起こる。無数の彩りの紙吹雪が舞い、皆が自分の乗ってる馬車を見ていた。


「なんなの、これは!?」

「実はジェシカちゃんに頼まれていたのですよ。是非エンダ村を通って欲しいって」


 村の人たちは「アイ様ー、おめでとうございまーす!」「アイ様、ありがとうー!」と自分を称える声を次々と上げる。しかし、アイは不思議そうに目を丸くして何が起こっているのか、わからなかった。


 そこへ聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ジェシー! これはどういうことなの!?」


 馬車に並走するジェシカに尋ねてみる。普段、アイは外出をしないし、エンダ村にもジェシカに会いに顔を出す程度。村人に感謝されるなど思いもよらなかった。


「アイ様ーーっ!! 皆、アイ様に感謝しているのですー! ぶどう酒や魔晶ランプの売上でー、灌漑工事や、鋪装などしてくれたことにーー!」


 ジェシカの言葉でアイも合点がいく。確かに売上を使ってゼファーに、領地の為に何かしてくれとは頼んでいた。しかし、何に使うかはゼファーに一任していた。


「待って! それは、私じゃなくてゼファーが──」

「それでもですー! アイ様が行ってくれたのには変わりませんからー!」


 村の人々の顔を見ると、皆が自分の為に声を上げてくれている。その表情は心から感謝していることが伝わって来て、思わずアイの目頭が熱くなる。


 初めての経験であった。自分の趣味の物作りが、回り回って人々に感謝される。これ程嬉しいことはなかった。


「ありがとうー、ジェシー! ありがとうー、みなさーん!!」


 アイは窓から顔を出して村人達に向かって手を振ると、村人達も振り返す。


「良かったですね、お嬢様」

「ええ……あなたもありがとう。連れて来てくれて」


 こうして皆に密かに愛されている事を知ったアイを乗せた馬車はスタンバーグ領を出るのであった。


 因みに、アイが御者に見覚えがないのは、単に出不精故に、あまり御者の人達を知らないだけであった。

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