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リーンとゼロン

「ち、父だ……と、」


 辺境伯は頸動脈を斬られたのか血を吹き出したまま、床に這いつくばる。


「ええ。私は、貴方が遊びで孕ませた女の子供です。覚えているでしょう、生まれたばかりのリーン様を虐待していた侍女を。彼女は私の母なのですよ」


 辺境伯よりも誰よりもリーンは言葉を失っていた。ゼロンが腹違いの兄ということよりも、自分が叩かれ蔑まれた目を向けられる事に快感を覚える切っ掛けとなった侍女の子供ということに。


 何故、赤ん坊であった自分に対して容赦ない暴力を振るってきたのか、理由が判明したのだ。


 多くの血が流れ足元から崩れるように倒れたゼロンの傍に行き、リーンは、彼の長年の復讐の全てを聞く。


 辺境伯とゼロンの母は一夜の過ちにより、ゼロンを身籠ったこと。

ゼロンの母がリーンに虐待したのは、侍女として屋敷に入ったものの辺境伯が自分に気付きもしない事に腹を立てたのが原因であるということ。

そしてゼロンの母は、辺境伯により殺されたということ。

そして、自分は辺境伯、辺境伯夫人、そしてリーンに復讐する為に、ここに入り込んだのだと。


「ゼロン……。もしかして、母上も既に?」


 力なくゼロンは首を立てに振る。


「そうか……でも、まだ復讐は残っているだろ。何故僕を殺さない?」

「は、母を……。虐待していた母のことを、リーン様が嬉しそうに語るのを見ていると……どうしても憎めなかったのです」


 辺境伯が息絶え絶えにも関わらず、リーンはゼロンの手を握りしめ、弱って行く彼に「死ぬな!」と何度も呼び掛ける。


「最期に、リーン様の手を汚さずに済んで満足です」


 その言葉でリーンは全てを悟る。ゼロンが復讐の為ではなく、リーンが親殺しを背負わずに済むようにするための行動であったと。

何より、辺境伯の剣を自ら受けただと。


「ゼロン、お前は今回の事を全て自分の責任にするつもりで……」


 今回の事でブルクファルト辺境伯家は、取り潰しも免れないのは、リーンも重々承知で、だからこそ自らが爵位を受け取ることで、辺境伯家から出たと対外にアピールする意味があった。


 しかし、ゼロンが決着を着けたことにより『辺境伯は復讐の為に殺された』と国外、特に帝国に対して言い張る事が出来るのだ。


 今回の戦争後、帝国との対立は避けられないはずであった。

懇意にしていた辺境伯をラインハルト王国が潰したという理由に、元々表向きは貿易外交に関しては平等な関係性があった帝国が、今後も取引を続けたければ、と何かしらを要求してくるのは目に見えていた。


 ゼロンの行動により、ただの私怨、御家騒動として片をつけられるのは、ラインハルト王国にとっても有難い話である。


 リーンが握ったゼロンの握力が弱まっていく。背後で「辺境伯様!」と身の回りを担当していた侍女達の声が聞こえてくるが、リーンは見向きもせず、ただ、ただ、兄の手を握り励まし続ける。


「ゼロン。何故もっと早くに言ってくれなかった。僕の兄だと。そうすれば、嫌いな父上への密偵ではなく、もっと僕の傍にいて欲しかったのに……」

「すいません……。話をしてしまえば、きっとリーン様は家督を譲ると言い張るはず……。そうなれば辺境伯はきっと私を許さない。復讐も遂げられない。全ては私の身勝手なのですよ」


 間際でいても表情一つ崩さないゼロンだが、その頬を一筋の涙が伝う。


「ゼロン……いや、兄上。貴方でも涙を流すのですね」


 リーンは止めどなく溢れる涙を拭うことなく、真っ直ぐにゼロンの顔を見つめると、ゼロンの頬が少しだけ緩む。

それと同時に握った手から力が失われた。


「兄上! 兄上えぇぇ!!」


 フロストが事後の全てを終えるまで、リーンは父である辺境伯よりも、ゼロンの遺体から離れる事はなく泣き続ける。

その姿は、まさに年相応だったと、後にレントンは語る。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 辺境伯領は、一時フロスト第二王子預かりとなる。

ブルクファルト軍の本隊も辺境伯の死を聞くと、抵抗なく降伏する。

街の住民達には、辺境伯は隠し子による復讐の刃に倒れたとだけが伝えられ、それがゼロンであるという事は秘匿された。


 辺境伯と夫人の遺体は、絢爛豪華な棺桶の中に納められたが、ゼロンの遺体はひっそりととある場所へとリーンと共に運び込まれる事に。


 それはアイが待つザッツバード領内のナホホ村であった。

詳細を聞いたアイは、ゼロンの遺体から離れようとしないリーンに黙ったまま肩を寄せ寄り添う。


 リーンからポツリポツリとゼロンとの思い出が話すようになったのは、到着した日の夜であった。


 (さか)しい自分を警戒して、側近としてつけられたゼロンとの初めての対面。

心の何処かでいつも兄のように慕っていた事。

ゼロンが、自らリーンに辺境伯の命令で見張りとしてつけられた事を告白した事。

無表情ながら、いつも自分の事を気にかけてくれていた事。


 自分にとってかけ替えのない人物であったということを。


 アイは、それを黙ったまま相づちだけを打ち、一晩中聞き役に徹していた。

全てを話し終えたリーンの顔を自分の胸に押し付けながら「大事な人なら、ちゃんと見送ってあげないとね」とアイは伝えると、コクりと小さくアイの胸の中でリーンは頷いた。


 ゼロンの墓は、アイの両親と同じ場所へと建てられた。

それは、アイの両親同様、これからの自分達を見守って欲しいとの願いを込めてであった。


「アイ……。僕には君が必要だ。これからもずっと傍にいて欲しい」


 それは大切な人達の前での決意を込めたプロポーズ。

アイはリーンの両手をしっかりと握りしめながら、コクりと頷いた。

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