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ブルクファルト攻略戦 中編

 リーンは、フロストと合流した後、ブルクファルト辺境伯領の国境付近にまでやって来ると、思わず大きな溜め息を吐いた。


「どうしたのだ?」

「いえ。自分の生まれた場所だというのに、この先の土地が随分と薄汚れたものに見えて……」


 何度となく見てきた景色が自分の心境の変化だけで、こうも違うものかとガッカリした為の溜め息であった。


「リーンよ。これは年輩者としての儂の戯れ言だと聞いてくれ。たとえこの地が汚れたものに見えたとしても、それは領主のせいであり、領民はただ従っているだけ。実際には汚れてなんぞ、おらんよ」

「ラヴイッツ公爵」


 リーンはラヴイッツ公爵を一瞥したあと、改めてブルクファルト辺境伯領を見ると、灰色っぽく見えた景色に彩りが差す。


「ありがとうございます、ラヴイッツ公爵」


 リーンが素直に頭を垂れると、ラヴイッツ公爵は出過ぎた真似だったと思わず恐縮してしまう。

 娘のこともあり、公爵といえど立場はリーンより下である。


 リーンもその辺りは自覚していたのだが、公爵自らが今回最も危険な先陣を買って出たこと、何よりアイが公爵を許したことに、ようやく目を覚まし、再び礼を言い素直に頭を下げたのであった。


 ブルクファルト辺境伯領に足を踏み入れたリーンはすかさず、フロストに並ぶとフロストの周りを囲む白面を着けた者達を一瞥する。


 その内の一人に近寄ると、リーンは声をかけた。


「しっかり手柄を立ててくださいね。アイの為にも」


 白面の一人は、声を出すことなく、真っ直ぐ見据えたまま、力強く頷くのみ。

それでもリーンは何処か満足そうに、先頭に躍り出た。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「本当に出てこないのだな」


 時は夕刻。空の雲は橙色に染まる。


 小高い丘の眼下に向けてアイ特製の望遠鏡を覗き込むフロストは、リーンに一瞥をくれると、小さく落胆したように溜め息を吐いた。


 ここはブルクファルト辺境伯領内の丘の上。眼下にあるのは、砦でありリーンの実家もその先にある街の中にある。

街を帝国側とラインハルト王国側との砦で挟んだ形になっていた。


「砦の両脇は山で抜けれそうにないか……。しかし、迎え撃つならこの場所だろう? 普通は。出てくる気配無しとはな」

「僕はブルクファルト辺境伯の息子ですよ。父の事は誰よりも知っている。ま、向こうは本当の僕を知りませんがね」


 リーンは年相応な無邪気な笑顔をフロストに向けてくるが、背筋が凍りつく気分になり頬をひきつらせた。


(それって今よりも幼い頃から演技していたって事だろうが、恐ろしい子だ)

「今となってはだが、兵数だけを見たら此方は、リーンが連れてきた千の兵を加えても八千。その内二千は訓練もろくにしていない職人達だ。比べて辺境伯の方は万を超える兵士を有しているだろう? 野戦で迎え撃てば向こうが圧倒的に有利だろうに」


 現在、丘の上ではリーン達による急拵えの馬防柵により陣を構えていた。既に夜に向けて幾つもの篝火(かがりび)を焚いており、向こうからも此方の様子は筒抜けの筈であった。


「出てくることはあり得ませんね。僕の密偵が父の傍にいますが、それが原因ではなく、父の性格が原因です。傲慢な上、人の話をろくに聞きやしない。そもそも、あの砦の位置がそれを表しています」


 リーンはわざとらしく大袈裟に首を横に振って見せた。そして現在いる丘を何度も指差してフロストに何かを示していた。


「ふむ……」


 リーンの意図を読み取るべく何度も砦と丘を見返す。フロストは小さく「そうか」と呟くのに然程時間はかからなかった。


「野戦となれば、高い位置を取った方が圧倒的に有利だ。なのに、砦はこの丘より下にある。何故、砦をこの丘に築かなかったのだ?」

「僕が生まれる直前の話です。当初、この丘に砦を築く予定だったのですが、砦の幅が広くなる上、街にある自宅からは距離があるという理由で、彼処に造るように変更したそうです。想像してください、丘の上に砦があると。攻略は今より数倍難易度が跳ね上がる」

「確かにな。辺境伯があの位置に砦を造ったのは、そもそもラインハルト側から攻めて来る事はないと高を括っているわけか」


 圧倒的兵数を有する自信からか、たとえ地理的な不利があったとしても王国に負ける事など無いと辺境伯の考えがフロストにも理解出来たようだった。


 そこへ陣営の設置完了の知らせが届くと、フロストは次の作戦の段階へと指示を出した。


 日は完全に暮れたが篝火は煌々と焚かれ、望遠鏡も持つ辺境伯側からも丘の上のリーン達の動きは丸見えだろう。

それを見越した上で、少し丘を戻った下りでリーン達が率いて来た職人が黙々と作業を続けていた。


 木馬の組み立てである。


 最初から組み立てた状態だと、此方の意図が読まれると判断し、部品だけを輸送してきてこの場で組み立てるという手を取った。


 夜な上、砦からは死角の場所で、二千の職人による作業は夜通し続いた結果、空がうっすらと明るさを取り戻した頃には、二種類の木馬が各六体、計十二体が丘の上にずらりと並び、砦を守る兵士達を驚かせた。


「いよいよだな。ラヴイッツ公爵、本当にこの先陣は危険だぞ。良いのか?」

「心遣い感謝します。だが、是非娘の汚名を返上させていただきたい」


 それだけをフロストに伝えると、ラヴイッツ公爵は老体に鞭を打ち、馬を降りて準備に取りかかりに向かった。


 先陣の木馬は、首の無い胴体だけの馬の形をしている。足には正確に真っ直ぐ進むように六輪の車輪が取り付けられており、その大きさは六メートルを超える。

胴体内部は、ほぼ空洞で一体につき、十五人ほどの兵士により手押しで進ませるようになっていた。

丘に障害物らしいものは特に無いものの、砦に確実にぶつける為にも、やはり地面の凸凹に対しては人力により修正しなくてはならないからであった。


「銅鑼を鳴らせ」


 フロストの合図で開戦の銅鑼が砦の内部にある街にまで届く。


「よし、行くぞ!」


 ラヴイッツ公爵は、他の兵士と変わらない軽装のまま、力を込めて木馬を押す。

ゆっくりと斜面を進み出した木馬は徐々に速度を増して砦に向かって丘を降りて行くのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 銅鑼の音に早朝から身支度をしていたブルクファルト辺境伯の元に砦から木馬についての知らせが届く。


 話を聞いた辺境伯は思わず嘲笑った。


「はっ、リーンも未熟だな。恐らくそれを砦にぶつけるつもりなのだろうが、あの砦の造りはやわではないわ!」


 それを聞き、隣で既に控えていたゼロンの口角は辺境伯に分からない位に吊り上がっていた。

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