不信
ゼファリーが駆けつけたと聞き、いてもたってもいられずにアイはラムレッダを引き連れ、邸宅から出ていく。
ナホホ村の入り口にて出迎えた二人は到着したゼファリーの姿を見て驚く。
ゼファリーは全身泥だらけで、あちこちにかすり傷を作り、憔悴しきっていた。
何よりゼファリーを先頭に後に続く行列にアイ達は驚く。中にはちらほらとアイの見知った顔もあり、彼らがここに到着するまでの間、相当苦労しただろう、ゼファリーと変わらないほど疲弊した顔色をしていた。
泣きじゃくる幼子、裸足で歩く者、皆、服は泥だらけで怪我も多い。重傷者は台車に乗せられ、皆が力を合わせて引く。全員が命からがらここまで来たのだと一目でわかった。
ナホホ村の入り口が見えると、皆が一様に安堵の表情を浮かべる。
アイはゼファリーの迎えをラムレッダに託し、自分は怪我人の治療や炊き出しなどの手配に回った。
落ち込んでいる暇はなく、次から次へと村に入ってくる。
ナホホ村の人々にも協力してもらい、建設中の建物など全てを利用して休む場所を確保した。
「一体、何があったのゼファー?」
一気に水をがぶ飲みしたゼファリーは、呼吸を整え、アイに理由をポツリポツリと話始めた。
「俺はラムレッダが領地を出るのを確認したあと別行動に。もう一度スタンバーグ領に戻ったんです」
ゼファリーの隣で休む見知った痩せた男の顔に、彼が何故戻ったのか理由を聞く前にアイは理解する。ゼファリーの隣にいる痩せた男は、ジェシカの旦那であり、その周りにはユノ商会の従業員の姿も。
ゼファリーは、彼らを連れに戻ったのだろうと思われた。
「ありがとう、ゼファー。ジェシーももうすぐ帝国から戻って来ると思うわ。此方に寄るよう手配もしておくから。でも、それにしてもこの人数は一体……」
「全員、アイ様を慕っている人達です。つい、ポロっと戦争が起こるかもしれないと洩らしてしまって。スタンバーグ領から逃げ出したい人達がこれだけ集まったのです」
アイがスタンバーグ領に居たころ、魔晶ランプやぶどう酒の売上を領地経営に回しており、領民の暮らしは大幅に改善された。
仕事が無い者をアイの工房で雇ったり、ぶどう酒や魔晶ランプを買い求めに来る観光客で暮らしも豊かになっていた。
「ところがやはり人数が多すぎました。スタンバーグ領を脱出するまでに、人数は半分まで減ってしまいました。申し訳御座いません」
項垂れ頭を垂れたゼファリーは無念の想いに拳を強く握りしめた。
「待って……、それじゃ、弟が……レヴィが自分の領民を殺したというの?」
「それは、わかりません。何より俺たちを襲った連中は相当の手練れでしたし、正直、スタンバーグ領の正規兵だとは思えません」
「正規兵じゃない!?」
言われてみれば貧乏なスタンバーグ領に固定で兵士を雇う余裕はない。だからこそ、負け確定の戦争を回避したいとアイは願っていた。
「お嬢様。それと、もう一つ。お嬢様に謝らなければならないことが……。お嬢様のご両親の荷物の中にお嬢様宛の手紙を見たりとか……」
「手紙? 無かったわよ……」
ゼファリーはやはりと呟くと悲痛な顔をして再び頭を下げる。
「ちょっと! どうしたの、いきなり?」
「お嬢様のご両親が殺されたのは俺が出発直前に二人にお嬢様宛の手紙をお願いしたことに起因しているのかもしれません」
ゼファリーがアイに送った手紙の内容は、本当に些細な時候の挨拶みたいなものであった。しかし、レヴィ達は内容を勘違いしたのではという。
「俺がスタンバーグ領の経営から外されたことを、お嬢様に訴えたとでも思ったのかもしれません。間に合いませんでしたが、俺はお嬢様のご両親が殺されたところを目撃しました。その時、連中が荷物を漁っていたのです。それは多分手紙を探すつもりで……」
「そんな……、嘘よ。まさかレヴィがそんなことを……」
信じられない、そう叫びたいが数々の状況証拠がその一点を指し示す。
ゼファリーの解雇、不穏なお金の動き、領地の売却、両親の荷物の中には手紙など無かったこと、工房の職人の解雇、何より守るべき領民を襲ったこと。
壁にもたれかかり虚ろな目でアイは、一つの考えに至る。
(リーンは、初めから知っていた? それはつまり、スタンバーグ家を元々潰す気で……私は、私は……彼の企みに利用されたってこと?)
アイは酷くショックを受ける。リーンに惹かれつつあった自分を情けなく思い、両親が死んだのも自分が我が儘言わず、さっさと嫁入りしなかったからかもと。
足元覚束ないまま、少し一人になろうと歩き出したアイは、立ち眩みを起こし、その場で気を失う。
「アイ様っ!!」
「お嬢様!」
皆がアイに駆け寄る中、建物の陰に隠れて見ていたリーンは、思わず伸ばした腕を引っ込め、その場をあとにした。
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