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リーン・ブルクファルト

「産まれたはかりの僕にはね、お付きの侍女がいたんだ……」


 リーンは食事の手を止めて、一度天井を見上げると自分の過去を語り出す。リーンの過去に変態になるきっかけがあると睨んだアイは、彼の話に耳を傾けた。


「侍女ね……それで?」

「僕は赤ん坊の頃から絶えず痣の出来る子だった……。それもそのはずさ。その侍女が僕を虐待していたからね」

「虐待……」


 少し重い話になりそうだとアイも姿勢を正して態度を改める。その内容は中々酷いものでアイも少し口を閉じ、リーンの話を真剣な目付きで聞いていた。


 平手で叩くのは日常で床に落とす、蹴りを加えると、赤ん坊相手に容赦のない、まさしく虐待であった。


 もちろん、リーン本人は幼すぎて物心もついていない。リーンの両親も怪しいとは思っていたが、現場を見た訳ではなく追及出来なかったという。


「その侍女は……?」


 アイは自分の背後に並んだメイド達へ視線を移す。


「もちろん、発覚してクビさ。ここにはいないよ」

「そう……それならいいのだけど。その人はどうしてまだ赤ん坊だったリーンを?」

「僕は物心ついていなかったからね。後々聞くと、どうやら僕の父に恋い焦がれていたらしいよ。それで母への嫉妬が回り回って僕に来たみたいだ」


 辺境伯と辺境伯夫人に視線を変えると、二人は黙って頷く。どうやら、二人も周知だったらしい。


「あれは、僕が漸く物心がついた三歳頃かな。彼女は、その日何らかの理由で苛烈を増していてね。僕をベッドに叩きつけるように寝かすと、その上に股がって僕の頬を何度も何度も平手で叩いたんだ……」

「酷い……」


 アイは、リーンに同情を抱き始める。


(もしかしたら彼は、その現実から逃れる為に、こんな変態に……)


 所謂、現実逃避。痛みから逃れる為に、それを快感と置き換えたのでは。アイはそんな事を考えながら、リーンの話を聞き続けていた。


「今でも覚えている。小さかった僕の上からゴミを見るような彼女の視線を。僕は……震えたよ」

「怖かったでしょうね。酷い話だわ」


 リーンは目を瞑り、再び天井へ顔を向ける。当時の、その侍女の顔を思い浮かべているのであろう、アイはそう思った。


「そう……震えたんだ、心が。ああ、凄くいいって。もっと僕を蔑んでくれって!!」


 彼の顔はいつの間にか恍惚の表情を浮かべていた。


「え……い、嫌じゃなかったの?」

「全然! それなのに両親がその侍女をクビにしたんだよ。酷い話さ」


 両手を広げ立ち上がり嘆くリーンに、アイは真剣に聞くんじゃなかったと後悔する。


「君は、その侍女の目に良く似ている。一目見た時、そう思ったから、この話を受けたのさ」

「全っ然、嬉しくない!! って、ちょっと待って。一目見た? 私達初対面よね?」

「ふふ、君が覚えていないのも無理ないさ。外遊で君の家の側を通った時に見かけただけなのだから。君は庭で何か果実のようなものを踏んでいたよ」

「果実を?」


 アイは真剣に聞いていた自分が馬鹿らしく、手元に置いてあった瓶で頭をかち割って中身を確認しようかと思っていたが、「果実」と聞いて見覚えのある瓶を片手に記憶が思い返される。


「もしかして、ぶどう酒を作ろうとした時かしら」

「ああ、あれはぶどう酒を作ろうとしていたのかい? ちょうどいい、その手に持っている瓶の中身は、そのぶどう酒だよ」


 どうりで見覚えのある瓶だとアイは思った。ぶどう酒と言っても正確にはぶどうは使われていない。似た味であるアボロニというこの世界特有の果実を使ったお酒。


 結果、アイには発酵の仕方が分からず、そのアボロニという果実を潰して出た汁を、アルコールの味しかしない、この世界でのお酒“エール”で割ったものである。


 アルコール度数の強い“エール”に比べて、断然飲みやすいと、特に女性から人気が出た。アイは、そのぶどう酒の作り方を知り合いの商会を通して、スタンバーグ領の名産として儲けた過去があった。


 赤字続きだったスタンバーグ領の、今や貴重な収入源である。


「まだ僕は当時八歳だったけど、庭で果実を踏む君を一目見て思ったんだよ……」


 もしや一目惚れ的な展開なのかと、アイは期待を膨らませる。前世でも恋愛経験のないアイには、憧れのシチュエーションの一つでもあった。


「ああ……果実の代わりになりたい。君の素足で踏まれたいって!」


 想像を膨らまして再び恍惚な表情を浮かべるリーンに、思わずアイはこめかみを押さえて頭を悩ませる。


「ダメだ、根っからの変態じゃない。更正なんて無理よ」


 早くも匙を投げるアイ。この調子で五年間で彼を更正させる事が出来るのかと。


 アイは気づいていないのだ。簡単に更正出来るのなら、辺境伯夫妻がもう既にしているということに。そして、一度引き受けたということは、婚約が成立しているということに。


「しかし、そうか。そのぶどう酒()君が作ったんだね。この魔晶ランプと同じで」


 リーンはテーブルの中央に置かれたランプを目の前に持ってくる。ランプシェードからは、煌々と目映い白い光を発していた。


「この魔晶ランプは素晴らしいね。蝋燭(ろうそく)なんて比べ物にならないくらいに明るい上、火事になる心配がない!」

「そ、そう? そう言って褒められるのは嬉しいかな……」


 声高らかに褒め称えるリーンに、アイは少し照れながら満更でもない様子。


「蝋燭はダメだ! 熱すぎる! 軽度の火傷で済まないことがあるからね。それに比べて魔晶ランプは、素晴らしい。程よい熱さ、火傷の心配もない! 僕も良く自分を苛めるのに利用させて貰っているよ!」

「訂正するわ。全く嬉しくない」


 スンッ……と音がしそうなほど、無表情へとアイは一変する。一度投げた匙を拾って再び、力一杯ぶん投げたい気持ちになっていた。


「まぁ、リーンの使い方は兎も角として、私も素晴らしいと思っているよ」

「辺境伯様……」


 リーンのフォローをすかさず行う辺境伯に、アイは頭を下げて感謝する。


「良ければ、どういう経緯で魔晶ランプを作ろうと思ったのか教えて貰えないかい?」

「でも……」


 アイは両親の顔色を伺う。ぶどう酒にしろ魔晶ランプにしろスタンバーグ領の財源を潤すアイの発明であるが故に、一定の理解は示すものの、あまり家族で物作りの話をさせて貰えなかった。


 両親は快く頷きアイの表情は明るさを取り戻す。


「そ、それでは、話させて頂きます……」


 心から嬉しそうにアイは、自分の発明が初めて世に出た魔晶ランプと呼ばれる物の話を始めた。

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