晩餐会の幕引き
リーン自体が取り巻きに囲まれているため、アイは逃げ出せずにいた。中にはアイに取り入ろうとする者もおり、口々に「いざとなったらお味方になりますぞ」とか「是非、リーン様と二人きりになれるよう取り計らいを」などと、アイにとっては本人に言えよといった感じで、愛想笑いをし続けていた。
「アイリッシュ様、改めておめでとうございます」
ようやく、好好爺を装う男達の挨拶が一通り終わり、挨拶に伺ったのはロージーであった。
ここでも爵位順にズラリと女性ばかりが並ぶ。しかし、やはりそれはリーンに対してばかりであった。
その中でも公爵位を持つロージー・ラヴイッツが、リーンではなくアイに挨拶するのを見て、他の女性達はクスりと笑う。ロージーとアイが挨拶する横であわよくばと大胆に胸元を開いたドレスで、リーンを惑わそうとしていた。
当然、アイはそれに気づくもじとっと粘着するような目をリーンに向けている。リーンはその蔑んだ目に、ゾクッと体を震わせた。
「ロージー様、ごめんなさい。折角焼いてくれたクッキーなんだけど、誰かが持っていっちゃったみたいで」
「あの、それならロージーが……。形が歪で恥ずかしくなったので……」
少し落ち込み暗い顔をするロージー。恥ずかしそうに体をモジモジと動かしていた。
「そうなの? そんなにおかしくは無かったと思うけど」
「本当ですか? それなら今度はもっと練習して持ってきますわ。アイリッシュ様食べて頂けますか?」
「もちろんよ。それと、私を呼ぶときはアイでいいわよ」
「だったら、ロージーも。ロージーと呼んでくださいね」
急にパーっと表情が晴れ渡ったロージーを見てアイは、微笑ましく思い思わずロージーの髪を掻き撫でる。
「うふふ、嬉しい。ロージー一人っ子だから。アイお姉様、これからもロージーと遊んでね」
あどけなさの抜けない笑顔を見せながら、ロージーは父親のラヴイッツ公爵の元へ行き抱きついた。
「随分ロージーに懐かれたね。昔に戻ったみたいだ」
「昔って今は違うの?」
「そうだね……」と余韻を残しリーンは、ロージーの姿を目で追う。
「少し背伸びをしていた感じかな、最近は。けど、やっぱり子供っぽいな、まだまだ。ははははっ」
「子供っぽいって、リーンと変わらないでしょうが」
背伸びをしているのはどっちなのやらと、アイは小さく呆れるようなため息を吐いた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「はぁ……疲れた」
独りテラスへ出て柵に凭れかかるアイは、白い吐息を吐く。
「お疲れ様です。アイ様」
「ラム……それにゼファーも。本当に疲れたわ。もう二度としたくないわね」
「何を仰っているのやら。お嬢様、今回のこれは婚約の儀ですよ。結婚まで至れば、さらに豪勢になるでしょうに」
うへぇと、嘆息してアイは舌を出しながら星空を眺める。
瞬く星を見ながら「物を作りたい……そうだ、今度望遠鏡でも作ってみようかしら。凸レンズと凹レンズって作れるかしら?」と、頭の中は物作りへの試行錯誤で溢れているようだった。
「もう、あなた! アイ様がまた現実逃避し始めたでしょ!」
「ラムレッダ、これはお嬢様の病だ。もう治らないさ」
「やめてよね、現実逃避でも病気でもないわよ」
三人は顔を見合わせると、誰ともなく吹き出し笑い始める。婚約の儀で傷み始めたアイの心は癒されていくのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
二度の衣装替えを終えて晩餐パーティーも終盤へと突入する。
既に用意された立食用の食事は、彩り鮮やかなデザートへとテーブルに並べられる。
踊る者、音楽を楽しむ者、おしゃべりに夢中な者、酔って千鳥足な者、アイはそれらを端から眺めていた。
「リーンは、何処に行ったのかしら……あ、ロージーと話をしているみたいね」
人波の隙間から、ロージーと談笑しているリーンを見つけ、アイは「つまらないわね……」と無意識に口から出る。
自分の言葉にハッとしてアイは、首を横に振る。
(これじゃ、まるでリーンに構って欲しいみたいじゃない!)
部屋にでも戻ろうかと、アイは自室へと向かうべくリーンにせめて一言伝えておかねばと、人の波を掻き分ける。
正面からは、片手にグラス、もう片手にケーキを持ち食べながら、ふらふらとした足取りで向かってくる少し小太りの男性がご機嫌に歩いてくる。アイは何気に進路を開けるも、酔いが酷いのか男性は、ふらついてアイの肩とぶつかる。
「えっ!?」
アイは一瞬何が起こったのかわからなかった。ただ、みるみる血の気が引いていく。顔色も蒼白に変わり、ズキンと痛む脇腹を触り手のひらを見るとベットリと赤黒い血が付いていた。
その瞬間、アイは操り人形の糸が切れたかのように床にドサリと倒れた。
キャアアアアアアアアアアア!!
パーティー会場に女性達の悲鳴が響き渡り、一転凄惨な雰囲気へと変わってしまった。
ここで、一章は終了です。面白い、続き気になるって方は是非ブックマークなど、宜しくお願い致します。
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