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婚約の儀当日

 最初の儀は、ブルクファルト邸に隣接された聖堂で執り行われる。リーンに誘われるように開かれた扉から聖堂の中へと入るアイ。聖堂の壁沿いに並ぶ音楽隊が一斉に楽器を吹き鳴らす。


 鼓笛から弦楽器や管楽器と、一度、大きく曲が盛り上がりを見せ、そして徐々に抑えられていく。まるでベートーベンの『「運命」交響曲第五番第一楽章』のイントロのように。


 それはまさしくアイの『運命』の歯車が動き出すのを予兆しているかのようであった。


 二人は親族とラムレッダ達が見守る中、聖堂の奥まで慎ましげに歩き、最奥に鎮座している巨大な鏡の前に立つ。宗教に興味のないアイは、この鏡が神の世界への入り口だと教えられていたが正直ピンと来ていなかった。


 この巨大な鏡の前でキスを行うのだが、神様も見られているとの意味だという。


(この世界、ガラスに関しては結構発展しているのよね)


 アイは聖堂に嵌め込まれているステンドグラスに見とれており、心ここにあらずであった。


「アイ?」


 周囲は今か今かと待ち続け、背丈の違いから台に乗ったリーンも、ボーッとしているアイを心配していた。


(さようなら、私のファーストキス……。覚悟、決めたでしょアイ!)


 ベールをリーンに捲られると、リーンの顔に近づく。そして、アイとリーンは唇を重ねた。


「んんっ!? うぅ……んっ! ぷはっ!! ちょ、ちょっと舌入れるなんて聞いてないわよ」


 急に腰に腕を回されたアイは驚き声を荒げる。その顔は真っ赤に染まっていた。いきなり舌を捻り込まれ、思わず頬を叩きそうになったが、流石にそこはグッと堪えた。


「ど、どういうつもりよ……」

「ははは。別に普通だろう?」


 笑顔でリーンは満足そうに舌舐めずりをする。


 予行を重ねて来たが、こんな事は聞いていないアイは、普通の事だと言われて思わず見守っていたアイの両親や辺境伯夫妻を見た。すると、全員が違うと手を振りジェスチャーで伝えてくるではないか。


 我慢出来なくなりアイは手を振り上げる。


「お嬢様!!」


 突如、ゼファーが声を上げた。これには音楽隊も驚き曲を途中で止めてしまう。


 ゼファーは、たった一言に全てを込めたつもりであった。今、ここでアイが儀式をぶち壊してしまうと、実家に迷惑だけでなくそこに迫る危機を早めてしまうと。


「失礼しました。俺はお邪魔でしょうから退席します」


 咎められる前にゼファーは、ラムレッダを連れて聖堂を出ていく。ゼファーの言わんことに気づいたアイは振り上げた手を降ろしてグッと下唇を噛みしめた。


「お願い、他の二つの儀式では止めて、リーン」

「そうだね。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな」


 最初の儀式から幸先が不安になるアイであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 二つ目の儀式に向かうべく、二人は屋根の無い馬車へと乗り込んだ。馬車はぐるりと街を周回して広場へと向かう。

浮かない顔をしたアイを見ては集まったブルクファルト領の住民が不安そうにするので、リーンが手を振るようにと囁く。


 アイは言いたい事をグッと飲み込み、作り笑顔で手を振り続けた。


 広場にも巨大な鏡は置かれていた。舞台に上がった二人を見ようと住民達がワラワラと集まり始める。そして再び唇を重ねると、やはりというかリーンの舌がアイの唇をこじ開けて来た。


 ワーッと沸き立つ歓声を他所に、今度はアイも抵抗せずに、ただ受け入れる。いや、受け入れざるを得ない。それはまるでアイが抵抗出来ないと、初めから知っているようで、リーンに心が蹂躙されているようであった。


(悔しい……!! けど、)


 最早アイには大衆の視線に晒されていることなど気にしている余裕は無くなっていた。


 お祭り騒ぎの中、馬車は再び街を周回してブルクファルト邸へと戻って来る。

背後から祝砲の音が聞こえてくると、アイは聞きたくないと耳を塞ぐのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 晩餐パーティーまで、まだ時間はある。アイは疲れはてた顔をしてソファーで横になっていた。リーンは一足先に、パーティーの来客を出迎えていた。


 扉がノックされる。返事をするのも気だるいが、アイはモソモソと体を起こすと「はい」と小さく返事をする。


「おめでとうございます、アイリッシュ様」


 てっきりリムルだとばかり思っていたアイはロージーの登場に身だしなみを整える。


「お疲れのご様子ですね、アイリッシュ様」

「ロージー様。わざわざご挨拶、心痛みいります。どうぞお入りになってください」


 ソファーから重い体を起こすと、アイはロージーを出迎える。


「どうぞ、座っておいてくださいな。そうだわ! 疲れた時には甘いものがよろしいのよ。私、今日クッキーを焼いて来たの。良かったら召し上がって」


 ロージーは、いそいそとテーブルに可愛らしい絹のハンカチをテーブルに乗せ開くと、少し形は歪ではあるが美味しそうなクッキーが現れる。


「ありがとうございます、ロージー様。いただきますね」

「あ、ロージーがお茶を淹れてきますね」


 アイはクッキーを手に取ると、ほんのりといい匂いが。


(あら? この匂い……最近どこかで嗅いだような……)


 こうなるとアイの性格上、気になったことはとことん追求する。どこで嗅いだだろうかと、クッキーを持ちながら動きが止まっていた。


「アイ様、失礼します」


 リムルがノックすると同時に部屋へと入ってくる。


「リムル! ロージー様がいらっしゃるのに無礼ですよ!」

「えっ? あっ、すいません、失礼しました」


 アイはクッキーをテーブルに戻して、リムルを叱るとロージーに謝らせる。


「それで、どうしての?」

「はい。そのリーン様がお部屋でお待ちです」

「リーンが?」


 正直、今はリーンの顔を見たくない。けれども、そんなことを言うわけにもいかず、アイはロージーに謝罪して退室した。


「ちっ……運のいい奴。食べてさえくれれば、あとはどうにでも出来たのに……」


 一人部屋に残ったロージーは目角を吊り上げ、顔を歪ませる。そして、ハンカチを再び結び、クッキーを何処かへと持ち去って行った。

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