1-5 待ちつ、待たれつ
工業エリアに視察に来た俺は、統括である工場長から鎧型パワードスーツの換装用ベルトを貰った。
その後、軍事エリアの主である軍曹について質問をしたが不穏な事を言われはぐらかされた。
『軍曹が大将を殺す事は流石にないとは思う。ただ管理者権限の剥奪が出来るのが秘書と彼女なんだ。他にも権限があるんだが、あとはまぁ幸運を祈るとしか……』
とだけ説明された。不安だ。
『それよりその鎧型パワードスーツなんだが』
俺はベルトは着けたままで構わないが、鎧の充電に数時間は掛かるのでそれまで稼動できないという説明を受け、さらに百科事典の様な本を手渡された。
「なにこれ?」
『取説だが?』
目眩がした。
マジかよ。ここまで進化した科学文明なのに未だに取説完備って……日本人の悪癖は千年経っても治らなかったのか。
「分かった。あとで読んでおく。ところでこの鎧の名前ってなに?」
『えっ?』
「え?」
工場長が素っ頓狂な顔をした。明らかに決めてなかったという顔だ。
『ど……』
「ど?」
『ドラゴンマスター……なんて……あはは。あの、決めてくれね?』
「じゃあまんまドラグーンで」
鎧の名前は雑な感じで竜騎兵そのままドラグーンとなった。
あと俺は護身用に対魔力対物の両方の機能を持つ、一回り小型の剣二本を借りる事にした。
合わせてブレスレット型の盾と、小型の収納機能が付いている手袋を渡されたのだが掌から剣を自在に取り出せて滅茶苦茶便利だった。
『対物対魔力の武具は試作品だが耐久や運用に問題はない。……ただいいのか? 銃の方が扱い易いぜ?』
「銃は安全装置の外し方や構え方も知らない。そんな人間が持つと危ないし、慣れている剣の方がいいさ」
『脳波認証と音声認証があるから誤射や盗難の心配もないのだが……まぁそんなもんか?』
最後に住居に必要なものはあるかと尋ねられオール電化にして貰った。
快適さは任せてくれ。これから欲しい物があったら俺に言ってくれよな! と笑う工場長と、後ろで手を振るアンドロイド達に見送られ、俺は次のエリアに向かった。
――件の軍曹に会う為に。
「まー、山だな」
軍事エリアも同じく山だった。
ただこちらは台形の大地がある。そこに滑走路らしきものや、何かしらのハッチ、四方には管制塔らしきものが見える。
――さて。
ワープゲートの前には無数のアンドロイドが待機していた。
多脚戦車や武装した兵士にしか見えない者も多い。
護衛というか連行というか。彼らに四方をガードされる様に俺は誘導され、巨大な門へと連れて行かれる。
四重の門が開き中に入ると、その部屋自体がエレベーターになっており地下へと降りていく。
降りていく過程で工場長が言っていた通り、戦車や戦闘機、果ては五、六メートルはある逆関節足の人型兵器らしきものまであった。
やがて下へと到着するとアンドロイド達はいなくなった。
目の前の通路は一本道。
「来いって事だろうな」
一人通路を歩いているとふと工場長の言葉が甦る。
『軍曹はなぁ。権限もそうだが、たぶん拗らせ具合は一番酷い。なんというか……まぁ頑張れ』
「有効なアドバイスがまるでねぇな……」
やがてその果てのドアが電子音と共に開く。
直後、光が消えた。
「えっ?」
『――今日、わたくしは、自分をこの世で最も幸せな女だと思っていますわ』
突然、綺麗な声と共にスポットライトが当たり何者かが浮かび上がる。それは独特な風貌の女の後姿だった。
軍服を纏い、足にはズボンの裾を仕舞いこんだ黒いブーツ。
頭にはサンバイザーがついた様な軍帽を被り、黒いマントを羽織っている。ふとドイツの軍服を思い出した。
しかしそれに負けないくらいゴージャスな長い金髪がサイドテールにまとめられ、貴族の姫の如く縦にロールしている。
「君は?」
『騎士。ただの騎士ですわ』
有名映画のイギリス諜報員の自己紹介が頭をよぎる。
そんなセリフがかった自己紹介で振り返った彼女は、びっくりするくらいの美女に見えた。
断定できないのは、口元が黒い鋼鉄のマスクによって隠されているからだ。
――半鉄仮面の美女。
スタイルも凄い。リリスや妹のフィーネなどスタイルの良い女性を見慣れている俺でも、軍服を押し上げるはち切れんばかりの胸と、その括れに生唾を呑みこんだ程だ。
『――王よ。これが愛の始まりです』
彼女は目だけで微笑み、俺に近づいてくる。
『ああ、麗しき我が王。私は貴方の白馬の騎士。白馬に跨り何処にいても必ずお迎えにあがりましょう。貴方はわたしくにしがみつき、何処までも駆けて行くのですわ』
近づく彼女はやはりどこか、何かで聞いた様なセリフを言いながら、胸元のバラを俺の髪につけると、流れる様に指と指を絡め恋人握りで俺を引き寄せた。
「ちょっ」
バランスを失い思わず彼女の身体に抱きつく形になると、彼女は俺の腰に手を回す。
抱き締められ、身体が密着する事でその女性特有の良い匂いと軍服に隠れた柔らかさが伝わってきた。
「いきなり随分と情熱的じゃないか?」
そう精一杯の返しをすると、彼女は恋人握りの手を離し鋼鉄のマスクを自動で畳み込む。そこには――絶世の美女のときめいた顔があった。
『麗しの我が君。僭越ながら貴方様の記憶、拝見させて頂きましたわ』
「え……はあ!?」
同じくらいの背の高さゆえ、目の前にいるほんのり顔を赤らめる美女がとんでもない事を言った。
『わたくしはこの楽園を守る為にあらゆる武力を担う、世界を業火で焼き払えるただ一人の女……それが忠誠を誓う男が何者か。ホテルで寝ておられる間に断片的に調べさせて頂きました。貴方様が騎士であること、特殊な魔術が使えること……』
「本当なのか? なら俺がここに来た理由もか?」
『ええ。冤罪で追放された事も全て存じ上げております。もっとも見えるのは強く記憶に残っている表面的な一部だけですが』
「流石に……全て丸裸にされた訳ではないのか」
安堵する一方、彼女が言う事も分からなくはなかった。
この施設の武力は防衛以外には向けられないとはいえ、一歩間違えば簡単に大量殺戮を引き起こせる。
彼女が責任者である以上、その権限を使用して問題ない人間かどうかその審判が必要なのだろう。だから記憶を何らかの機器で調査した。
そんな思考を打ち切る様に、彼女は俺の頬に手を添える。キスしそうな距離でほんのり赤みを指した顔が妖艶に微笑む。
『その上で申し上げましょう。貴方様こそがこの身を捧げるべき、誇り高き王なのだと』
「……買い被りだろ」
『いいえ。貴方様はそれだけの事をされて来た。正体を隠しその“お力”で人知れず何人の人々を救って来られたのですか?』
「それは」
『その様な方にこの命を捧げられるのなら本望。この騎士めは貴方様の剣。貴方様の盾。そして愛の従僕……貴方様が私を求めて下さるのなら、戦場ではあらゆる敵を粉砕し、危機とあらば何処にいてもお救いし……ああっ、ベッドの上では愛らしい犬の様に従順にこの純潔を――あいたっ!?』
と、一方的に愛なのか妄信なのか分からない宣言をされる中、突然、彼女が頭を押さえ痛がり出した。
『なにをするんですか、揃いも揃って! 味方に、しかも軍事を司るわたくしにDOS攻撃など、特にドクターと秘書の二人は――あっ、いたいっ、いたたたた』
しまいには頭を押さえてその場に蹲ってしまった。
「だ、大丈夫か?」
『ご、ご心配には及びませんわ……! やれやれ、女の嫉妬ほど悲しいものはありませんね。ましてや人の電脳部に攻撃を仕掛け私の生体脳にも負担をかけるなど、もっと自覚を持って欲しいところですわね』
と言ってるがずっと頭が痛いのだろう。頭を押さえたままだ。
それからガミガミと口に出して口論らしきものをしている。
『笑えないジョークですわねっ。秘書とドクターだって、王の記憶はご覧になられたでしょう!?』
「え? そうなのか?」
『ん? あら? もしかして聞いておられませんか? 秘書もわたくしと同じ権限がありますので、彼女と、彼女から聞かされた者は貴方様がどの様な人間か知っていたはず――おっと、これはシークレットだったんですのね。これは失敬。おほほほ』
――秘書達も俺の過去を知っていた?
「もしかして俺に対してバイオロイド達が警戒心を持たず、好感度がやたら高かったのは、それが理由なのか?」
ずっと不思議だったのだ。
もっと事務的な対応をされると思っていたし、こちらもするつもりだった。なのに誰からも過剰なまでに対応された。
最初はそういうものだと思ったが、いくら何でも性格すら感じる相手に、ここまで好意的に接しられ尽されるのは可笑しい。
ドクターや工場長は異様とすら思う。
もし俺が危険思想の人物なら彼らは悪人にあれだけの兵器を託し、その命を助けようとした可能性も高いのだ。
『……そうですわね。皆、きっと貴方様がどの様な人間か存じ上げております。だから期待するものがあったのでしょう』
彼らは俺がこっそりとこの力で人々を救ってきた事や、戦争で撤退戦を務めた事なども知っているのだろう。……なによりなぜ俺が国を追われたのかも。
『どうか怒らないで下さいませ。この施設に入れるにはどの様な人間なのか秘書には知る必要があったのです。それにその結果、一方的にですがみな貴方様を認めておられるのですよ』
「そうか……ならこちらの認識もあらためるべきだろうな」
俺は秘書達をAIとバイオロイドという言葉から、心の底では人間だと思っていなかった部分がある。けれど向こうが俺を認めてくれた以上、俺も彼らを認めるべきだ。
「軍曹。悪いが君達の回線? で全員に伝えて欲しい言葉がある」
『いたたたっ……何なりと。聞こえましたね貴方達!? とりあえず私の脳を圧迫するのはお止めなさい!』
「まず。礼を言わせてくれ。――ありがとう。俺を受け入れてくれて。俺はもう君達を機械だなんて思わない。君達は体が人間だろうが、人間でなかろうが、相手を思い考え尊重できる者である以上、俺は君達は同じ目線に立ち、言葉を交わし、尊重し合うべき者達だと考えをあらためる」
そうして頭を下げる。
「これまで無礼な振る舞いをしてすまなかった。許して欲しい」
『――』
軍曹は静かに息を吐いた。
『……この部屋のカメラを通してみんな見ておられますよ。今も、凄い勢いで彼らは騒いでおります。誰も貴方様を責める者はおりませんわ。それに……我々は疲れてしまいましたの』
「疲れた?」
『ええ。この九百年、ここに来た者はいない。けれどその前なら何人かいるんですのよ』
「まだ生きていた者がいたからか?」
『……はっきり言ってどいつもこいつもクズでしたわ。この場所を与えればどうなるか分からない危険思想ばかり。まぁ魔物化した人間や動物が溢れ、内輪で殺し合いや奴隷化する時代でしたから。人を救う為に作られたドクターにも人を殺す化学兵器を作れと命じてくる始末。しかし我らAIやアンドロイド達は生みの親である日本人の為に存在しております。ゆえに日本人の母数を減少させる存在に手は貸す事は出来ない』
軍曹が静かな目で俺を見る。
『なによりドクターや工場長は日本人を助ける為の存在で殺し合いの道具ではないのですわ。だからこそ貴方は他と違って見えたのでしょう……誰よりも武力を欲しているのに、誰にも強要はしなかったから』
「そりゃ助けは欲しかった。けれど十分に彼らは俺を助けてくれた。しかも戦えない君達を引っ張り出す権利は俺にはない」
『ふふっ。そう言えるだけご立派なんですよ』
「だがそんな危険があるなら、どうして俺を助けたんだ?」
彼女は小さく自嘲気味に笑った。
『千年。それが私達の活動限界年数なんです。あと百年程度は何とかなりますが、もう二百年は資源枯渇や代替不可能な原子炉を含めて持たないでしょう』
「なに? 君達は何度も生まれ変われるんじゃないのか?」
『そうですが代替不可能な物は存在します。なのでかつての文明と人々を守る役目も結局は果たせず、我々は死ぬはずだった――が、そこへ貴方様は現れた』
力強く彼女は俺の目を見た。
『千年という稼働リミットを越えて滅びゆく我々にとって、貴方様は希望でした。その特異な“お力”も含めて。だから工場長は自らの生きた証としてそのベルトを渡した。ドクターなんか、ずっと怖かったらしいですわよ?』
「怖い? 俺が?」
『はい。貴方様がお亡くなりになってしまうのではないかという恐怖。そして逆に体調が戻ったことで豹変し、欲をかき疫病を作れと戦争の道具に自分を使うんじゃないかという恐怖。事実、彼女は異常に献身的だったでしょう?』
「そうだったのか」
『わたくしは必要とあらば人間を消し去りますが、あの子は人を救う為に生まれた存在。なにより臆病な子ですからね。……今、絶賛キレ散らかしてますけど。フフフッ、ああ、照れているのかしら?』
彼女は遠い目でサディスティックな笑み浮かべ小声で囁いた。
「……となると、君達の願いって言うのは」
『大した事ではありませんよ。日本人の為に尽くすことも事実でございますが、同時に貴方様にお仕えしその力を尽くす事で、死ぬ前にそれぞれの創られた目的――医者、料理人、工場長、軍曹、秘書、博士、メイド長など……自分の役割を果たしたい。それが全員の総意ですわ』
それから俺は彼女と軍事の話をした。
聞くとやはりこの場所の防衛戦はどうにでもなるが、戦略兵器を直接的に人類の殺害目的で使用するのは出来ないらしい。
また無人機も偵察や撹乱は出来ても、攻撃は禁止されており実際のところ、自分では今はまだお役に立てないと謝罪された。
ただ今のこの世界には、彼女でなければ打ち果たせない化物も確かに存在している。
「その時、俺の剣と盾となって欲しい。それに俺も人間相手ならそこそこ強いんだ。大丈夫だよ」
『……我が身の至らなさを恥じております。そんな我が身をお許しになる王の寛大なるお心に感動いたしておりますわ』
軍服姿のゴージャスな美女は床に女の子座りしていた姿を正し、膝まづいて俺の手を取るとキスをした。
『この楽園都市防衛機構管理者――登録名TR2470。今の名は軍曹。必ずや、貴方様のお力となる事を誓いましょう』
そう微笑む彼女に思わず見惚れそうになって俺は顔を逸らした。
――。
その時、突然サイレンが鳴り響く。
「これは?」
『ふむ……誰かが外のゲートに近付いてるのかしら?』
「そうなのか?」
『はい。何処かのワープゲートに人が近づけば警報が鳴る様になっています。まぁ入れる人間はいないので娯楽みたいなものですけど。ただ、おかしいですわね?』
「何がだ?」
『第7ゲートは秘書が調べる為にそちらに行ってましたので、たぶん違う。とすれば王がいらっしゃった第12ゲートの警報のみ稼動中だと思われるのですが……秘書は第7ゲートだと言ってますわ。漏れたのかしら?』
「なんにせよ、彼女と合流した方がいいな」
『それが宜しいかと』
その後、軍曹と別れた俺は再び観光エリアに戻ってきた。
するとワープゲートの前に秘書がいた。
彼女に警報の事を聞こうとすると、それより早く頭を下げられた。
『……無断で記憶を解析したこと、誠に申し訳ありませんでした』
頭を下げた理由はそっちらしい。
「構わないよ。断片的なら見られて困る物もないし、俺は俺で君達を人として心の何処かで尊重していなかった。お互いに悪いさ」
『……ありがとうございます。その上で』
彼女はその場に跪き頭を垂れる。
『楽園代理管理者として神崎真一にしてハレルド・シンを正式な、我々がお仕えすべき管理者として認めます。今後、我らは貴方様と共に生きます。ですからここにいて、旧文明を知るただ一人の日本人の管理者として、どうか我々をお導き下さい。マスター』
彼女の言葉は重かった。
ずっと不安だったのだろう。文明の崩壊に取り残され、創られた目的も達せられず、守ってきた文明もあと少しで全て崩れ去る。
それを次へと繋げ活かすのが、世界でただ一人のこの文明を知る俺の役目でもあると思う。だから彼女の肩に手を置いた。
「俺も同じ意思だ。ただ……俺は俺で救わなくちゃならない者達と、闘わねばならない相手がいる。それに君らを巻き込んでしまうぞ?」
『構いません。まだ生体ボディを手にしてない者を含め全員、覚悟は出来ております』
「ならこれから宜しく頼む。みんなもだ。どうせ聞いているのだろう?」
俺の言葉に立ち上がりずっと無表情だった秘書が微笑んだ。
なんだか予想していたより大変な事になった。自分一人の戦いではなくなってしまったらしい。
「あ、そういえばさっきの警報なんだったんだ?」
『あ、はい。第12ワープゲートの転送先の予備ゲートに動物が入り込みました』
「予備ゲート?」
『マスターがいらっしゃったゲートが封鎖された際に使用する、非常用の一方通行なゲートです。ただの動物を感知しただけですのでお気になさらず』
そうか。
それは良かった――そう安堵仕掛けた瞬間、俺はその嘘に気付いてしまった。
――俺の彷徨った死雪山脈に野生動物など存在しない。
あの山は動物がいないゆえに、死の山なのだ。つまりこの警報を鳴らしている存在は……。
『ご安心を。すぐに警報も解除され――』
「……そのワープゲートは、一方通行だと言ったな。つまりこちらから行ったら帰ってくるには、また同じ洞窟を目指さなくてはならない、と?」
一瞬、秘書の動きが止まった。
『え、ええ。ですので動物を見ようなどとは思わないで下さい。魔物でしたら危険です。マスターはここで安心して、我々を――』
「いないんだよ」
『導い……え?』
「あの山に野生動物は存在しない」
秘書の顔が強張った。
『と、鳥という可能性も』
「どうせ見たんだろう? 君は他のゲートが安全か前に調べていた。なのに予備のゲートが確認できないはずがない」
指摘すると彼女は唇を噛んで震えながら視線を落とす。
「…………………人間なんだな。それも」
――恐らく追手か何かに襲われている状況。
彼女は俺の言葉に沈黙した。それが答えだった。
「知れば俺が行こうとする。そう思ったのだろう?」
彼女の嘘は、決して俺を貶めようとするものではない。無謀な行動に出る可能性がある俺を止める為のもの。
逆に言えばこの警報の先にはそれだけ危険があるのだろう。
俺の記憶を見たのなら彼女はこの事実を隠すはずだ。
「映像を見せてくれ」
『……見たらマスターは』
「頼む」
彼女は俯きながら、恐る恐るといった風に駅の壁へとブレスレッドをかざす。映像が投影される。
そこに映っていたのは――。
『どうか! どうか誰でもいい! 神でも悪魔でも構いません! 我々を――』
雪原に血と臓物が散らばる殺戮現場だった。
上等な服を着ている者達と、粗暴な見た目の者達。
襲っているのは粗暴な見た目の山賊の様な連中。
次々と殺されていくのは上等な服を着ている者達だった。
彼らを守るべく騎士らしき者達も戦っているが、数人に囲まれ多勢に無勢。さらには武器も何も持たぬ女子供まで切り殺されていく。
――たすけでぐださいっっ!
無意識だった。
その懇願が聞こえるより早く、俺の足はワープゲートへと踏み込んでいた。
だが彼女が服を掴む。
『待って! お願い……待って……』
「駄目だ。待てない。時間がない。それに君は言ったじゃないか。覚悟は出来ていると」
『ですが敵は武装しており二百人を超えています!!』
彼女は堰を切った様に人間らしく叫ぶ。
『私達は人間を攻撃できないのです!! これだけの科学文明を持ちながら役立たずなんです! そして予備のゲートは一方通行、飛んだら最後、すぐに帰って来れずマスターが殺されてしまいます!? 分かって下さいっ、私達では守れないのですっ……私達じゃ助けに行く貴方を守れないんです……ッ!? お願いですからどうかここに居て……私達を置いていかないで……っ』
彼女は震え泣きながら俺の服を掴んではなさない。
だから。
「――なら帰ってくればいいだけのこと」
『……ぇ?』
「必ず戻る。……俺、実はそこそこ強いんだぜ?」
一瞬、彼女の手が弱まったタイミングで強引に引っ張りゲートの中に入り込む。
気付くと足は廃墟に立ち、寒さが俺の身体に吹き付ける。
そして目の前には膝を折り天へと叫ぶ男。
「お願いだからっ、誰かたすけ――」
「――ああ、任せろ」
俺はその男を殺そうと迫る賊の首をすれ違いざまに切り飛ばす。
振りぬいた何たらソードを見る。
軽い。滑らかだ。何より……恐ろしい程の切れ味。
――悪くない。
俺はさらに連行した騎士がくれたあの玩具の杖を口に加え、二本目の剣も抜いた。
「ぇ……貴方様は……」
「すぅっ――オイッッッ!!!!」
見上げる男の声に応えず、怒声で賊達の意識を俺へと集める。
まるで時間が止まった様に賊共は動きを止め全員が俺を見た。
「……貴族の私兵が山賊ごっこかい? 随分と雇い主の品位が低いと見えるナァ?」
賊共を見れば分かる。
剣の太刀筋、集団戦闘への慣れ、指揮系統の確立。
彼らの身なりは酷く野蛮だ。けれど、どう見ても山賊ではない。騎士や正規兵。
「馬鹿な、貴様は…………ハレルド・シンだと!?」
そう挑発すると簡単に乗った。
「はっ、ハレルド・シン、ハレルド・シンだ!?」「やつが生きていやがったのか!?」「他は放置でいい!」「囲め囲めぇ!!」と敵が騒ぎ立てる。
そうして俺のいる廃墟を中心に集まったのはざっと外にいるのも含めて百人。二百はいると言ってたのでまだまだ増えるのだろう。
「死体を見たって報告があったんだが間違いだったとはな……だがなんにせよ貴様はここで死ぬ。愚かにも一人で出来た事を呪えハレルド・シン!」
「ハレルド・シン? 知らねぇなあそんな騎士。今の俺は――」
「全員、最優先であの大罪人を殺せぇ!!!」
指揮官の声に応じて後ろで控える奴らが弓と魔術を一斉に放つ。
それを転がっている兵士の死体を真上に蹴り上げ、壁にしながら叫ぶ。
「――通りすがりの平和主義者さァ!」
貫通した矢や魔術はブレスレッド型のシールドで弾きながら、俺は剣の切れ味に任せて山賊を装った正規兵百人に突撃した。