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冤罪で死の山へ追放されたけど、なんか文明的に大変なものを見つけてしまった  作者: 光彦 マイナスドライバー 仮設トイレ 澪 ハギス 神戸天皇杯優勝おめでとう
13/13

1-13 黒天を破る

【三人称視点】



 魔族達の潜む都市は地獄と化していた。

 毒で苦しみ、火で焼かれ、剣で斬られる住民達。それが人間だろうが魔族だろうが関係ない。見分けなど簡単にはつかないゆえ、その都に住む者は問答無用で殺されていく。


 東からは数千の兵が。西からは常夜のハイドラが。

 それぞれ彼らを挟撃しこの都市の生物を根絶やしにすべく迫る。


『――虫にすら劣る悪漢共が』


 だがそれも巨大な船が天より現れ、稲光の様な一撃で常夜のハイドラを葬るまでの話。


「……なんだ……ありゃあ」

「船……だよな?」


 誰も彼もが空から現れた船に釘付けとなる。


 その船の正体は原始的なガレオン船をモチーフにした実は観光用の飛行艇だ。

 飛行機でも飛行船でもヘリでもない。メルサート316ガスに荷電粒子を当てる事で生じる反重力により航行する、神崎真一の死後に生まれた世間一般にも認知された空中船舶。それを軍事に転用した改造空母、蒼鷲あおわし


「あれは御使い様だ……」


 ――ではあるが、中世或いは近世の文明レベルにしかないこの場全ての人間にそれが理解できるはずもない。魔術を唱え剣を振る彼らにメルサート316ガスも荷電粒子など完全な理外の物質と理論。


「な、なんなのだあれは……なにが……いや、どうやって船を飛ばしている??」

「……ああ、やっぱり飛んでるんですねアレ。俺の頭がおかしくなった訳じゃないのか」


 伯爵とその護衛のボージャンはまだいい。彼らはまだ理解しようという知識がある。

 けれど民に至っては天変地異に等しく、彼らがそれを理解する為の定義は一つ。


「使徒様だ……」

「神々が我らに使徒様を遣わせられたんだ……」

「使徒様が光の船でご降臨なされた……」


 理解不能なものを前に彼らは宗教的に解釈する。けれど地獄の顕在と共にそれを救うべく現れた桜花はまさに天啓。


 一方。


「なんだあの船はッッ!?!? 誰が乗っている! どうやって空を飛んでいるのだ!? 支えている竜は見つからないのか!」


 東の門に構える魔物の背中、王国軍の本陣へと戻っていたベルゴ王家の第一王子ティーチは慄き、部下に叫び散らしていた。

 敵だ。

 あの船は神の奇跡でも使徒でもない。魔族を救うと言い放ちハイドラを一撃で消し飛ばしたのだ。現実の脅威として彼らの前に存在している。


『王国軍に告ぐ』


 そんな中で飛行艇の艦首から男のホログラムが映し出される。

 腰と手にバンドが付く襟の尖った黒いトレンチコート。鮮やかなエンジ色のスラッとしたダブルスーツに中は白シャツ。さらに首に掛けるは紺の長いマフラー。まるでマフィアのボス。或いは詐欺師や怪盗の類か。

 そして顔の上半分を隠す白いドミノマスクを身に着けた男――ハレルド・シンが腕を組み不遜な態度で空に浮かび上がる。


 すぐさまティーチは己の声がシンに届くよう魔術師に拡声させた。


『貴様らは何者だッ!? 一体何処の者だ! 私をベルゴ王国第一王子ベルゴ・ティーチと知っての狼藉かッ!』

『聞いていなかったのか“お飾り”。我らは正しき歴史の修正者。名を桜花史伝騎士団』


 ティーチは思わず本陣にいる参謀や重鎮達に振り返った。

 けれど全員が焦った様に首を振る。

 誰も知らない。そんな騎士団は聞いた事もないし存在した事実すらない。全く未知の勢力である。

 ティーチが再び焦りながら振り返る。


『そっ――その桜花の騎士団が何のつもりだっ!? そのけったいな船が何かは知らないが、我々は世界の敵である魔族の駆除をしているのだぞ! なにより私こそがベルゴ王家の嫡男、すなわち神人類である!! それを邪魔するという事は貴様らは天に逆らう――』


『――ことがどうしたというのだ? いちいち喚きたてるな小物が』


『なっ……』


 恫喝したはずが一笑に付されティーチは逆に絶句する。それどころか。


『ベルゴ王家が神人類だと? ハッ! 笑止。貴様らは神人類ではない、偽者であろう』


『――』


 これには王国軍もティーチも魔族達までも絶句した。

 神人類。

 彼らは大陸の絶対支配者。神よりこの大陸を、厳密には旧日本列島を支配する権利である恩寵魔術を授けられた天上人。

 それを事もあろうに偽者と言い切ったのだ。


『な…………なな、何という侮辱かッ!! 我らこそが旧文明の末裔たる神人類であるぞッ!?』


『否。真に旧文明その王家の血を受け継いでいるのは他ならぬこの私のみ。ましてや旧文明の民の血を引くのも他でもない、お前達ではなく彼ら魔族である。ゆえに私は臣民である魔族を支援及び救出し、貴様ら――偽りの神人類を打ち倒しに参ったのだッッ!』


 その怒気に大気、正しくは魔力が震えた。

 けれどティーチも気圧されている訳にも行かず怒鳴り返す。


『妄言はだはだしいっ……この私が偽者であの害虫共が本物だとっ!? 何者か知らんがこれほどの侮辱をして生きて逃れられると思うなッ!! 騎士共、早く魔族共を根絶やしにしてあの空飛ぶ船を撃墜するのだッ! 早くしろッ!!』

「っ、ハッ!」


 王子の拡声された命令に本陣の騎士や兵士、召喚術師達が慌てて動き出す。


『お前達もだッ、都市に潜り込ませた工作部隊よ! 空の船は魔族を助けるなどと世迷言を述べたのだ! 奴らを巻き込む様な先程の攻撃は出来やしないっ。今のうちに都市の魔族を出来る限り殺し尽くしてやれッ!』


 それは正しい。先程の攻撃を放とうとすれば都市は甚大な被害を受け敵味方関係なく焼き殺される。

 それを理解した都市の住民に紛れ込み、毒で弱った魔族達を殺していた工作員達が再び魔族達にその凶刃を向ける。

 このままでは再び惨劇が巻き起こる。


『――ヘキサグラムを起動しろ』


 だがそれに対して白面の男シンは船上で呟くのみ。

 その間にも都市の至る所で魔族にその刃を振り下ろされる。


「死ねぇいッ、害虫が!!」

「ひっ!?」


 毒で弱った彼らにそれを防ぐ術などなく、造作もなくその命は奪われる――より早く、その剣の先に割り込む飛行物体がその剣を弾いた。


「なっ――!?」

『言ったはずだ。誰一人殺させやしないと』


 割り込んだ飛行物体――それは六角形の歩兵支援用ドローン、通称ヘキサグラム。それが工作員達の剣を全て弾き返した。


「なんだコイツっ!?」


 全力で振りぬいたはずの剣が謎の六角形の物体に弾かれた工作員達も、助けられた側の魔族達も目を見開く事しか出来ない。


『全機、武装化せよ』


 再び王の号令が天に響く。

 同時に魔族達を守ったヘキサグラムと呼ばれたドローンが空中で二つに分離、自動で支援対象とその腕部を認識すると強制装備する。


「えっ、はっ?」


 ――ヘキサグラムとはすなわち自動装着型戦闘補助装備。


 さらに装着された魔族達の頭の中にヘキサグラムを通じて脳にデータが流れ込む。


 “右腕 電空銃MT-1755の取扱いデータの外部電信開始”

 “左腕 対物対魔力盾CCK-020の取扱いデータの外部電信開始”


「――」


 脳波で無理やり流し込まれる知識。

 先程まで理解できない者を神の奇跡と祈っていた者達が、途端に数百年歴史を先行した電空銃と対物対魔力盾の使用方法を習得する。


「寄生したのか? 気味の悪いッ」


 だが工作員達もその強制的な学習の僅かな隙を逃さない。再びその剣を振り上げ雄叫びと共に迫る。


 “左手の盾を掲げろ!”


 最中、装着したヘキサグラムを通じて魔族達の脳裏にシンの声が響く。

 彼らが命じられるままに咄嗟に左手を前へと突き出すと――キィンッ! と甲高い金属音と共に剣が弾かれ砕け散った。


「なっ――」


 “あとはただ、その右手の銃を放てェいッ!”


 見えざる盾に剣を破壊され絶句する工作員。そこへ放てと命じる脳内の声。


「ッ、う……うおおおおおおおッッ!!」

「っ!?」


 シンの声に導かれ反射的に右手の銃口を騎士へ向け、植えつけられた知識のままにトリガーを引くと――バァンッ! と短い轟音と閃光が走る。


 閃光と衝撃。跳ね飛ばされたかの様に背後へ吹き飛ぶ工作員。

 彼らが放った兵器は実弾を使用せず、数百メートルの距離でも電気を直線的に放つ電空銃。絶縁体を使用してないたかが鎖帷子程度で防げる武器ではない。


 一撃必殺。

 倒れた工作員達はピクリとも動かない。

 そんな光景が都市の各地で発生した。中にはヘキサグラムが自動で迎撃した者達もおり、老若男女、動ける動けない関係なく魔族達と歩兵支援用ドローンにより工作員達は全滅した。


「……た、倒してしまった」


 だが倒した魔族達もまた困惑していた。

 彼らは脳裏に響く声に従い、神託の様に囁かれた武器を手にして言われるがまま撃退しただけ。声の主も手にした武器も何一つ分っていない。


 そこへ彼らの脳裏に聞き覚えのある声がする。


 “みな無事か!? 私だっ、リュウセラ・ロウだ!?”


「その声はっ……同胞の騎士様か!?」


 先ほどのシンとは異なる男の声。魔族達の副リーダー的な立ち位置にいた男の息子リュウセラ・ロウその人である。


「無事だったのですかご子息様っ!?」

「まさかこれはリュウセラ様が!?」


 どうやって会話しているのか謎でありながらも、自分達の知る人物の声にようやく彼らは次々と安堵の声を上げた。


 “無事といより私も救われた。死の山にて追っ手に殺される寸前、本物の王に助けられたのだ”


「本物の王? それはあの船上に映る……」


 “ああ。彼こそが本物の神人類、そして魔族王の祖先! 彼は臣民である我々を助ける為に立ち上がってくれたのだ!”


 魔族王の祖先?

 本物の神人類?

 自分達がその臣民?


 それはあまりにも驚愕の内容であった。まともに理解できた人間はいない。けれどそれ以上に、同胞の願いに応え自分たち魔族を救いに来てくれた事に彼らは衝撃を受ける。


 “交代しよう……リュウセラ卿の言った通りだ。我ら桜花は君達を救いに来た”


 脳内に響く声が再びリュウセラ・ロウから仮面の男、シンへと交代する。


 “訳あって間接的な支援しか出来ずすまない。だがここから先は――”


『オイ、どうなっている!! あの都市内部で起きた閃光はなんなんだ!? なぜ魔族達が生き残り、王家の騎士達が倒れ伏している!!』


 しかし不意にシン達の脳波による会話を打ち消す程のティーチの狂った様な怒声が拡散される。

 外部に向けたものではなく部下に命ずるもの。それが魔術で戦場全体に響いているのだ。


『もういい! 父上から預かった召喚獣を出せ! ゴーレムとドレイクを出すんだ! 最初からゴーレムで踏み潰し、ドレイクであの飛行する船を叩き落せば良かった! お前達も魔物と共にも侵攻せよ!』


 慌てた様にティーチ王子が陣取る都市の東側の荒野に幾つもの赤い光が立ち昇る。召喚門の光だ。


「まさか召喚獣まで用意していたのかっ!?」

「どっ、どうするんだ! ゴーレムを相手にこの銃って奴は効くのか!?」


 立ち上る光の意味を理解し魔族達は慄きと、光と共に現れた石の巨人たちに震える。

 さらにその背後から飛び上がるは、腕のない足と翼だけの小型のトカゲの大群。もっとも小型と言えど大きさは人間の二倍に及ぶ。

 また魔物という切り札を得た数千人の兵を束ねる指揮官が召喚術師や兵士達に命ずる。


「よしッ……ドレイクは地上を掃討後、あの天空の船を討て! ゴーレムは地上を破壊しながら魔族を潰せ。総員は俺と共に都市内部に突入し弱った魔族達を駆逐するッ!」


 ――おおおおおおおおおおおおおおおおッ!


 荒野に待機していた数千人の兵士達がゴレーム、ドレイクと共に攻め込んでくる。

 その戦力は大国に匹敵するだろう。魔族達が震え上がり逃走を決断するのに十分な暴力である。


「あれは無理だ! こっちは怪我人や毒で動けない者ばかりだぞ! 今のうちに助ける者を西へと逃がすしか――」


『うろたえるなッッ!』


 今度は脳裏ではなく上空の船から、シンが王子の声量を遥かに超える大声で叫んだ。混乱し身近な者達を逃そうとした魔族達も動きを止める。


『言ったはずだ。この私が助けに来たと』


 力強い宣言。

 だが直後、無常にもその言葉とは裏腹に最初のドレイクが一人の魔族を攫うべく急降下してきた。


「――ぁ」


 強襲する空のハンター。

 人間でも牛でも魔物でも食える物ならなんでも攫う空の暴君ドレイクが、叫び声を上げる暇もない程の速度で魔族達を掴み攫う。


『消えろ、羽虫が』


 ――はずがその瞬間、底冷えする様な女の声。軍曹の声と共に同時にドレイクが爆散する。

 風圧で飛び散った肉片が魔族に掛かり、やや遅れて死に掛けたその魔族が尻餅をつく。


「ひっ――え!?」


 恐怖から腰砕けになった彼だが風圧と重低音に再び顔を上げる。舞い降りてきたのは四つの回転する線と真っ直ぐな羽を持つ鋼鉄の巨鳥。

 すなわち戦闘ヘリ。


『戦闘ヘリ(ハンマーヘッド)各位に告ぐ。不遜にも王の前に飛び回る羽虫がいる。目障りだ。油断なく、丹念に、そして丁寧に』


 機体から軍曹の声がする。その命に応えるかの様に巨鳥――ハンマーヘッドが砲門を開けてドレイクへ向けて舞い上がった。


『……ただの一匹残らずブチ殺せィッ!』


 号令と共に始まったのは三十機のハンマーヘッドによる空の虐殺。


 ――GYAAAAAAAAAAAAAAA!?!?


 我が物顔で空を飛び回る無数の戦闘用ヘリたちを前に逃げる様に滑空するドレイクたち。

 だがハンマーヘッドから放たれる対空ミサイルは、どれだけ逃げてもドレイク達を必ず捉え――閃光と共に彼らを爆散させ肉片に変える。


 ――GYAAAAAAAAAAAAAAA!!


 中には逆に挑み掛かるドレイクもいた。

 けれど近づこう者なら前後二つと左右二つ、計四つのプロペラと緊急回避用のブースターを使われ、上下左右と変幻自在の空中機動で逆に背後を取られる始末。

 そして無防備な背後から見舞われるのは、機体名の所以たる横に伸びた細長い顔の下に四門並ぶチェーンガン。釘を爆弾で滅多討ちするかの様な打撃音と共に空の暴君が蜂の巣となる。


『はは……はははっ。アハハハハハハハっ! たかがトカゲがッ、人でないのなら貴様ら如き戯れ程度で殺し尽くせるのだよ!』


 結果は一方的な虐殺。空に木霊するはドレイク達の断末魔。降り注ぐは肉片と血。

 気付くと空に飛ぶのはプロペラの重低音を響かせるハンマーヘッドしかいなくなっていた。


 ――しかし一方的な蹂躙は空だけではない。


 人間を掴み引き千切り、踏み潰し、握り潰す恐ろしき魔物、ゴーレム。

 魔族達はその進撃に震え上がった。


「――やっ、やめろおおおおお!」


 けれど絶叫が上がったのはゴーレムを操作する召喚術師達。

 彼らのゴーレムがまるでオモチャの様に掴み持ち上げられる。掴んだのは同じく巨大な、鋼鉄の逆関節の巨人。掴み上げられたゴーレムは両腕をそれぞれ握られ――。


『……悪いが俺が作った人型防衛兵器アーマードとオタクの子じゃあ、馬力が違うんでね』


 巨人から男――工場長の声がするとバンッ! と轟音を響かせ、岩で出来たゴーレムの身体がバラバラに引き千切られる。


「あの鋼鉄の巨大騎士は一体なんだっ!? なんて魔物だっ!? あんなゴーレムを人形の様に破壊する化物、俺達は知らないぞっ!?」


 ゴーレムを破壊された召喚術師が錯乱気味に叫ぶ。

 彼らによって地上に召喚されたゴーレム達も、いつの間にか現れた一つ目の逆関節の巨人――工場長が作り上げられた人型陸上支援機アーマード達によって蹂躙される。


 ――UOOOOOOOO!!


 無論、ゴーレムも必死に抵抗しその身体を殴る……しかしビクともしない。むしろアーマードがその腕を掴み、引き倒すと砲門となっている右手を腹に添え。


 ――爆散。


 強大な閃光と共にゴーレム自体が破裂し木っ端微塵となる。

 所詮、岩なのだ。そして動かしているのはたかだか数十人の魔力。


『……そんなもんに俺の作った超合金の身体と縮退炉エンジンが負ける訳ねぇんだよ!!』


 数十体のアーマードの進撃の前に、ゴーレム達はその動きを捉える事もできず、殴り飛ばされ、踏み潰され、握り潰され、その全てが粉塵と化す。

 結局わずか数分で進撃するアーマード達により、ゴーレム達は粉塵と石ころとなり無残に転がった。


 ――天地全滅。


 ティーチが満を持して投入した空の暴君と地上の覇者は、科学文明の前に全て瞬く間に敗れ去った。


「……すげぇ」

「これが王の力……」


 先ほどまでの魔族達を覆う絶望感も消え去り、彼らもただただその力の前に呆然とする他にない。


『諸君、言ったはずだ。我ら桜花は魔族の守り手にして旧文明の再興者。我らがいる限りこれ以上、何人足りとも理不尽な目にはあわせはしない』


 シンの力強い言葉にふと魔族たちの多くが先程のリュウセラ卿の言葉を思い出す。


 ――彼は臣民である我々を助ける為に立ち上がってくれたのだ!


 本物の味方。その存在と力強さをようやく実感し、誰もが満身創痍の身体で震えた。

 実際のところハレルド・シンが何者かは誰にも分っていなかった。けれど生死の極地にあった今まさに桜花は彼らを支える希望となったのだ。


 ……しかしだからこそシンを恐れ慄く男が一人。


『なんだ……なんなんだよいったい……桜花史伝騎士団だと? 魔族を守る? 旧文明の再興者? お前達は……いやお前はいったい何者だ、白面のッ!?』


 ティーチが混乱と恐怖からシンに向かって混乱気味に叫ぶ。白面とは当然、この戦場には一人しかいないシンの事だ。


『白面、か。ならばそれを私の名としよう――なに、どうせ私はこの世界では無名の王。けれどこの大陸をかつて支配した本物の神人類の血を引き、旧文明の唯一無二の正当なる後継者。それがこの私だ』


 空飛ぶ船を操り魔族達に味方する桜花史伝騎士団と、それを率いる謎の神人類“白面”。


 そんなものは子供の創作の様な下らない陰謀論にしか聞こえない。

 だがもはやその言葉を笑い飛ばせる者はこの戦場に誰もいない。王国兵ですら正体不明のシン達の言葉を否定できないでいる。


 ――それでもティーチだけは己の正当性を守る為に絶対、死んでも認める訳にはいかない。


『ッ、ふざけるなァッ!! そんな話が真実であるはずがないこの狂人がッ! 例えどれだけ貴様が力を持っていようがッ、その様な世迷言が認められる事は決してない! 我々こそが正しき神人類であり、魔族や貴様などが神人類であるはずが――』


『ならばッ!』


 最後まで言い切ることをさせずシンが不敵に笑った。


『そこまで言うならば私が真の神人類であることを今ここに示そう……世界よ、この【神埼真一】の名の下にベルゴ王家の偽り暴き立て、魔族達と私の正しき血を今ここに証明せよッ!!』


 今の世界の人間には聞き取れない言語、日本語で【神埼真一】と名乗り上げたシンは船上から天高く剣を掲げる。


『っ……なにを?』


 ただただ困惑。

 戦場にいる者達はシンが何をしようとしたのか分らなかった。魔族達も王国軍の兵士もティーチでさえも、掲げられた剣に何の意味があるのか理解できない。


 …………だがそれは千の言葉より劇的だった。


『――ぇ?』


 不意にティーチは懐かしい明るさを感じる。


「……あ、れ?」


 兵士達は雪と雲で見え辛かった視界が開け始めた事に気付く。


「これは――」


 魔族達が水溜りにふと煌きを感じその顔を自然と上げる。


 そうして戦場にいる者達が天を見上げた先に。





 ――黒天を破り太陽が現れた。





『――』


 音が消えた。

 誰も彼もが言語を喪失する。呼吸すら忘れその光景に見入った。


 天が、晴れる。


 まるで彼の掲げた剣が天を引き裂く様に黒い雲がゆっくりと退けられ、雲間から次々と太陽光が差し込む。

 やがてそれは十分に広がりハレルド・シンが王国を追放されて以降、一向に晴れる事のなかった雪降る空は突如、何の前触れもなくその輝かしき繁栄の光を取り戻す。


『分るか。これこそがこの大陸を千年に渡り繁栄させてきた本物の神人類の力』


 それはシンがこれまで見せたあらゆる科学技術をも凌駕する衝撃を人々にもたらす。


 ――なぜなら天気はベルゴ王国の象徴なのだ。


 この東北の雪国において決して雪が降らない国。だからベルゴは未開の地にあってなお栄えた。それを成しているのは神人類のベルゴ王家であり、それゆえ人々は王家をずっと敬い従って生きてきた。


 ――だが今まさにその絶対の理屈が崩れ去る。


 言葉なく畏敬の念に奮えと共に膝をつく魔族たち。

 自らが剣を向けてしまった存在が決して不敬を働いてはならぬ存在と気付き、後悔と恐怖に震える王国兵たち。

 誰も彼もが驚きの言葉も『世界が変革する瞬間』に呑まれていた。


 そんな中でシンは掲げた剣を振り下ろしティーチへと向ける。


『……さぁ偽りの王家ベルゴよ、これこそが本物である。我が真実の前に怯え! 恐れ! 慄きながら己が罪に震えるがいいッッ!!』


『な…………ん……で……』


 一方のティーチでさえ、もはや反論する言葉もなく震えながら天を見上げるしかない。

 その間にも雲はどんどん晴れ太陽が大地を照らしていく。


『うそだ……うそだ…………うそだうそだうそだぁ!?!?』


 恥も外聞も何もない。彼の『王族』という絶対の自信がこの天候の変化を前に脆くも崩れ去ったのだ。

 そんな事もお構いなしにまるでずっと彼らを苦しめていた呪いを祓うかの様に、新たな国家とその民を祝福するかの様に、やがて伯爵領の天は一変の雲もなく晴れ渡る。

 それが切っ掛けとなり戦場が一気に騒然となる。


「奇跡だ……」

「まさか我らは……本当にあの御方の仰る様に……」


 魔族達は自然と涙を流しシンに対して膝を着いて祈り、逆に王国の兵達は大混乱に陥る。


「どっ――どうなってやがるんだよッッ!!」

「天が晴れた。晴れやがった!! これじゃあまるで俺達の方が、王子の方が偽者じゃねぇかっ!?」

「私達はなんて相手に剣を向けてしまったんだ!? このままでは我らの方が神敵だっ!」


 全員がシンを見るしかない。そうだ。彼は、彼こそが――。


『お前は本当に、本物の神人類だと言うのかっ!?』


 ティーチの全員の思いを代弁した絶叫。

 けれどシンはそれに応えず感情のままに魔族達へと高らかに叫ぶ。


『見たか我が臣民達よッ、これこそが魔族の尊き血の証明である! 天は我らを本物と認めたのだ!』


 魔族達がハッと顔を上げた。

 そう、今こうしてシンの言葉が証明された事で、もっとも意味があったのは彼が臣民と呼ぶ魔族達の血、その説得力。

 それを理解した彼らはシンの言葉に次々と傷ついた身体でなお、子供から老人までもが導かれる様に立ち上がる。


『諸君、真実は今ここに証明された。天の祝福は王家でなく我らにこそあった。ならば――今こそ私と共に立ち上がれッ! 

 示せ! 己が正当性を、その潔白を、虐げられた怒りを、奪われた苦しみを今ここで示すのだッ!

 自らが人間であると胸を張るなら剣を取れッ!

 自らの血脈を誇りに思うならば血を繋げッ!

 然らばこの王と共に来いッ!

 共に偽りの神人類共を打ち倒し、この世界、失われた祖国と歴史を奪還せよッ!』


 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


 魔族達が雄叫びを上げる。

 彼らを縛る枷は輝く太陽と王の言葉の前に砕かれた。この瞬間、シンと彼らは正しく王と臣民になったのだ。


 それだけではない。

 同時に都市の至る所でまた新たな奇跡が起こる。……なぜなら彼らはシンの恩恵を得たのだから。




 ――恩寵魔術。




 王の言葉に宿る力。

 それに彼らが心より応える事でその恩恵が動けぬ程の毒や火傷、裂傷を瞬く間に消していく。満身創痍の魔族達はもはや何処にもいない。


「……王に続き我らも魔族の誇りを取り戻せ!」

「……俺達は害虫でも成り損ないでもない、人間だと示すんだ!」


 今こそ反攻の時。

 王の号令の元、ヘキサグラムを装備した者達がシンと同じ様に武器を掲げる。


 ――ウオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!


 科学技術のバックアップと王の力を授けられた最強の兵となり逆に、東門の王国軍へと我さきへと雪崩れ込む。


「どっ、どうするんだよこれっ!」


 ……一方でその迫る武威の前に恐怖と混乱に陥るのは、シンにより自分達の正当性を打ち崩された王国の兵士達。

 彼らには天より降臨した神人類の言葉を否定する力も大儀もない何もない。


「あの白面の御方がもし本当に神人類だったら、我々こそが神敵だぞ!?」

「天を晴らしたんだから神人類様以外にないだろっ! その御方が認めた彼ら魔族を殺すのはまずいっ」

「ならどうするんだよこの状況!? 逆らって再び雪が降り出したら王国が滅んじまうぞ!?」

「しゃっ、謝罪を! 武器を捨てて神人類様に謝罪しようっ!」


 迫る魔族。

 失われた大義名分。

 睨む本物の神人類。


 泣きたくなる様な状況に指揮官達が指示を求めて本陣へと振り返る。


「ッ。なんだこれ……王子、そうだ王子はなんと――なっ!」


 けれど既に、彼ら以上に自らの精神を築いた土台である絶対権威を打ち倒されたティーチは錯乱状態に陥り、周りの重鎮達の手で魔物と共に本隊を置き去りに逃走させられていた。


「に、逃げやがったあの男……ッ!」


 さらに。


『――さすれば王国兵よ。ここから我らに挑むのならば、自ら神敵となる自覚はあるという事だなッ!?』


 シンの恫喝。

 押し寄せる魔族達。さらにその背後から迫る地をならすアーマードと天を支配するハンマーヘッド。

 彼らの選択肢は当然一つしかない。


「こんなのっ、やってられるかぁッ!! ――退却だッ! 退却せよ! 全員、退却だああああああっ!!」


 指揮官の宣言で一瞬で総崩れとなる王国軍。

 軍列も何もなく、照付ける太陽に焼かれる様に王国兵は逃げ惑い、第一王子率いる王国軍はここに甚大な被害もないに関わらず、その大儀と力の前に破壊され完全崩壊した。


















 そんな状況で一方のティーチは子供の様に頭を抱えていた。

 己の正当性を目の前で全否定され錯乱した彼は魔物の上に作られた本陣の中で震えるくらいしか出来ない。


「し、知らないっ……あんなもの知らないよ!! なんだあれっ、桜花とはなんだ、白面とは何者なんだよっ!?」


 彼のいる天幕の中に他に誰もいない。そのあまりに見っとも無い取り乱し方を見て、重鎮達が気を利かせたのだ。


 なにせ自らの正当性を幼少期から絶対の物として教え込まれて生きてきた。否定されたこと等、一度たりともない。

 それを今になって言葉と力で完全否定されたのだ。

 第一王子として大切に育てられたティーチがそんな精神的な足元の崩壊に堪えられるはずがなかった。


「なんで!? 私こそが本物なんじゃないのか!? 私だって弱いかもしれないが恩寵魔術は使えるんだぞ? ……なのにあんなっ、天を晴らす様なこと、父上にだって出来る訳がないじゃないか!?」


 ティーチが恩寵魔術を使えるのは真実である。

 だがそれは微弱なもの。他の王族も同じ。第三王子にしてシンの怨敵フェリペに至っては使えさえしない。


 だからこそシンが見せたものが嘘偽りなく、自分達よりも圧倒的に優れる恩寵魔術であると誰よりも根底で理解してしまったのだ。


「どうしてこんな事になったっ。父上になんて説明すればいいんだ! 私はただ害虫を殺せば良かっただけなのに……っ」


 確かに簡単な仕事になるはずだった。

 都市にいる魔族を父の代わりに殲滅し、それを手柄として代替わりの箔とする。


 が、まさか本物が現れ、その力を見せ付けた上に自らの権威すら打ち崩さるとは思わなかっただろう。

 仕舞いにはへたり込み肩を落とす。確かに次期王のこんな姿は誰にも見せられない。


「くそっ、どうしてっ!? 本物の神人類ってなんなんだよ! これじゃあまるで私達の方が本当に」





「――偽者の神人類みたいじゃないか?」





 ぞくりと、ティーチの身体が震えた。

 この場には誰もいない。なのに声がする。それは暗殺者の類に他ならない。


「だっ、誰だ――ぶはっ!?」


 声の主を探そうと口を開いた直後、その口に何もない空間から霧状の何かが吹きつけられる。


「まさか毒――えっ!?」


 死の恐怖から焦ったティーチだが、その霧を吹き付けられたことで自らの声が掠れでしか発せられないのに気付く。


「せ、声量が出ないっ」


「外の人間に入って来られても困るんでな。声帯の水気を飛ばすものだ。大声は出せまい」


 そう話す声は目の前から聞こえる。

 けれどティーチの目の前には誰もいない。


「どこにいるっ、誰だ!」

「お前の目の前さ――トリコロール光学迷彩解除」


 次の瞬間、何もない空間から仮面の男が現れた。

 黒いトレンチコートを纏い、鮮やかなエンジのダブルスーツを着こなし、紺のマフラーを垂らす白いドミノマスク、あの白面の男である。


「――なっ!?」

「よう、ティーチ」


 彼は久しぶりだと言わんばかりの気軽さでポケットに手を入れたまま、へたり込んでいたティーチを見下ろす。

 いやそれどころか――。


「お前が無様にやらかした竜帝国からの撤退戦以来か」

「――は?」


 白面が魔族達には決して見せない悪辣な顔で笑う。

 その顔をマジマジとティーチは見る。今の言い方ではまるで男とティーチが顔見知りだと言っている様なものだ。

 だが声、輪郭、雰囲気と言った部分から目の前の男をいくら観察しても身に覚えはない。


「……認識阻害のジャミングは恐ろしい威力だな。声で分りそうなものだがこの距離でも分らんか」


 そう呟くと男は仮面に手を掛ける。


「ジャミングを解除しろ」

「――え?」


 ふと男の持つ雰囲気が激変する。

 そして、過ぎる。

 その風貌、口調、顔立ち、髪の色、それがティーチの記憶に、かつて竜帝国との戦いで逃げる自分の背後で殿を務め、逆に旗を翻し追撃部隊を打ち破った化物の姿が完璧に重ねる。


「馬鹿な――」


 否定する。

 なにせその男は既に死んだ事になっていたから。


 けれどゆっくりと横にズレていく白い仮面の下から覗くその顔は……。


「あ、有り得ない……そんなはずはないッ!! だってお前は……確かに……死んだはずっ……なのになぜ、なぜお前が生きている――大罪人ハレルド・シンッッ!?」


 弟と父により大罪人に仕立て上げられ死の山に葬られたはずの男の顔がついぞ、姿を現す。


「ああ、そうだ。久しぶりだな第一王子殿下? 如何にも俺は貴様ら王家によって葬られた騎士ハレルド・シンだ」


「ひぃっ!!」


 ――貴様ら王家によって葬られた騎士。


 そのフレーズだけでティーチに巻き起こる死の恐怖。

 へたり込んだまま無様に後ずさるが、すぐに作戦会議用の机にぶつかり止る。


「なんでっ? どうしてっ? き、き貴様は確かに父上が殺したはず!」


「だからだよ。一度死んで、こうして秘密国家大和その国主にして、旧文明の歴史と技術を引き継ぐただ一人の神人類たる神埼真一として甦った。すべては」


 そういってシンはコートのポケットから筒状のものを取り出し、ティーチへと突きつける。


「まっ――!!」

「――貴様らベルゴ王家をこの世界から消し去る為にな」


 直後、音もなくティーチの視界は暗転した。








連続投稿もこれで終わりです。次話から書いたらその都度出すか、連休に連日投稿にするかは未定。


あと投稿再開してから、楽しんでくれている人はいいのですが、あまり評価が芳しくないので何人かの方の期待には添えなかったのかなと申し訳なく思います。

ただ続けるにしろ話を締めるにしても幼馴染み奪還と対フェリペとの決着、偽りの神人類の正体までは書く様にします。

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