1-10 『旗』と『鎧』
時系列的に前話のリュウセラ・ロウとシンが邂逅する前夜の話。
【ハレルド・シン】
死の山にて二百人の兵を切り捨てた翌日。
俺は助けたリュウセラ卿達を秘書やメイド長に任せ、低体温症であった妹のフィーネに付き添っていた。
彼女が目覚めてからはしばらく二人で話した。なぜあんな場所にいたのかと。俺の出生について。そして偽りの神人類とは何なのか。
その後、話し疲れて眠ってしまった彼女に毛布を掛け俺は病院を出た。
今は一人、秘書の用意してくれた自動運転の車に乗っている。行き先はバイオロイド達が集まっている湖畔ホテル内の巨大な儀式場。
だが頭の中は先程のフィーネとの会話で混乱しきっていた。
“現在この大陸にいる神人類こと各国の王族達は、本物の神人類達を殺して成り代わった偽りの簒奪者達なんです”
――偽りの神人類。
現在のこの大陸、と言うより恐らく日本列島を支配しているのは神人類と呼ばれる者達だ。
彼らは恩寵魔術を使い様々な奇跡を起こす。それこそが神により人々を統治するのに与えられた力だと主張している。
……だがフィーネの話だと彼らはこの列島を支配していた俺の祖先を根絶やしに、神人類と呼ばれる存在へと成り代わった偽者にして『簒奪者』だった。
妹は言った。
『私達の一族は本物の神人類に代々御仕えしておりました者達です。
しかし突如現れた簒奪者により、本物の王であった神人類達は殺され、彼らの持つ恩寵魔術とその地位を奪われました。民達にこそ被害はありませんでしたが緘口令が敷かれ存在自体が歴史から消されたのです。
その中で本物の王に御仕えしていた私達の祖先は、何とか本物の王であった兄さんの祖先を逃し、共に辺境へと逃げ延び今があります。
……これは父さんと母さんに小さい頃に教えられた話です。だから何があっても、正当な神人類である兄さんを守れと。それが私達の血筋の使命だと。なのに杖をお渡しするだけで精一杯で……お守りできずにごめんなさい』
と頭を下げていた。
あの時、俺に杖を渡した騎士は彼女と関わりのある人間だったらしい。あのあと泣き腫らす彼女をあやすのに大変だった。
「…………これまで俺が信じていた者はなんだったのか」
溜息を吐く。
かつて神人類としてこの大陸を支配した俺の祖先。それを殺してその立場と恩寵魔術を奪い取った今の王族達。
簡単に受け入れられそうな話ではない。ただ何となく腑に落ちる部分もある。
「俺の祖先である本物の神人類は『科学文明を掌握していた日本人』だったんだろうな」
この施設に入れた事から俺に日本人の血が流れているのは確定している。俺が黒髪なのも、先祖帰りし記憶を取り戻したのもその血に拠るものだろう。
必然的に簒奪者たちに殺された祖先である本物の神人類は日本人だった事になる。
また王国民の中にもアジア系の様な、それこそ日本人のハーフらしき顔立ちの人間もいる。フィーネの話では民に大きな被害はなかったと言っていた。彼らは文明を失い原始的な生活をせざるを得なかった、旧文明を何も知らない被支配者層の日本人の末裔ではないだろうか。
そして対照的に、ベルゴ王家を筆頭に俺が知っている神人類には全く東洋人らしさがない。旧文明の力を持ちこの大陸を治めていた日本人から、その立場と力を奪い取ったのなら当然である。
――許し難し。
思わず歯を食いしばっていた。
騎士として忠誠を誓っていた王族達こそが、かつて俺の生きた文明と祖先を殺し尽くしその地位を奪い取っていたのだ。
「しかしそうなると恩寵魔術はまさか科学が一枚噛んでいるのか? それを簒奪者であるベルゴ王家や他の神人類が使えるのはなぜだ?」
彼らは宝玉が盗まれていた期間も恩寵魔術を使っていたはず。
「……あ、いや。宝玉の盗難はフェリペの自作自演なのだから、ずっと王家に宝玉は隠されていた、のか? だから宝玉がなくとも恩寵魔術が使えている様に見えていた」
つまり宝玉がある限り彼らは俺と同じ力を持ち続ける。偽りの彼らの立場が脅かされる事はないだろう。
「………………ならば、どうする?」
ふと状況を見つめ直す。
先祖返りなのか前世の記憶を取り戻した、ただ一人の科学文明を知る日本人として。
かつて偽者にその立場を追われた、旧文明の末裔として。
友人に裏切られその魔の手から、幼馴染みや友人を助けようとしている騎士として。
「――取り戻すのか? 俺が? この文明の滅んだ大陸で偽者を討ち滅ぼし再び王位を奪還する?」
怒りはある。簒奪者達への復讐は正当性すら感じる。けれど……。
「悲劇は既に数百年以上も前の話だぞ。なによりこの大陸では神人類達が国を束ねている。この大陸の秩序を全てひっくり返す覚悟と大儀があると?」
俺の生存が知られれば簒奪者達は殺しに来るだろう。
それに抗うのは分かる。だが無関係な多大な血を流して奴らを殲滅する必要も感じない自分もいた。
少なくともこの国には日本人の末裔らしき者達もいる。彼らがいる限り日本人の血が途絶える可能性はなく、それなりに国家群としてこの大陸はまとまっているのだ。
「自分の復讐心だけで現体制を引っ繰り返し世界を大混乱させる意味、か」
――怒りに囚われてはいない。俺がもしそれを表沙汰にして動けば、世界は大変な事になる。
そう分析できる事に安堵しながらも、車のガラスに映っていた顔はまるで他人のようだった。
『お帰りなさいませマスター。大変でしたね』
ホテルのエントランスに降り立つと秘書が待っていた。
「ああ。フィーネから聞いた俺の出生とこの世界の現状は電話で伝えた通りだ」
俺はここに着くまでに電話で秘書を通じて先程の話を伝えていた。隠すべきではないし、今後の事は彼らにも知って貰いたかったからだ。
それから二人してホテルにある儀式用の大部屋へ向かった。
王の謁見場の様な作りの厳粛な空間に立ち入ると、思ったよりも人間がいた。
玉座に向かって並び立つのは軍曹、ドクター、工場長、メイド長。
そして『料理長』と呼ばれたインド系の青年。白衣を着た少女である『博士』。インフラを統括しているらしいパーマの青年『管理人』。共に来た秘書が並んだ。
彼ら八人が四人ずつ左右に分かれ俺を見た。距離を取りその後ろにいる看護師や工場作業員、メイドや執事などもそうだ。
だから最初に頭を下げる。
「ただいま。そしてまずリュウセラ卿達を助けてくれて、俺のワガママを聞いてくれて有難う」
『頭をお上げ下さい。感謝するのは私達の方です。生きて我々の元に帰ってきて下さり有難うございます』
秘書が代表して首を振った。続いて軍曹が前に出て、膝をついて頭を垂れる。
『――申し訳ございませんでした。あなた様を愚かにも見誤っておりました。あなた様は身を呈して守るべき存在だと、不遜にも考えておりました』
「それは……」
『あなた様が道を踏み外さない様に、この力を悪用しない様に導くべきなのだと、傲慢にも驕り上がっておりました。
しかし!
あなた様は我々を必ずしも必要としない力を持ち、己を見失うことなく、自らの意思と力で道を開くことの出来る本物の王であらせられましたわ!』
周りの者も静かに俯き、彼女はさらに深く頭を下げた。
「いいんだ軍曹。むしろ感謝する。俺が暴走しない様に君が見ていてくれたなら、それは俺にとっても大事なことだ。また力のない俺でも導こうとしてくれたのなら、それは俺の心の在り方を評価してくれた事に他ならない。ありがとう」
そういうと彼女の肩が一瞬震えた。
『過分なお言葉……ありがとうございます』
感極まった様な声に少し申し訳なく思う。俺は話題を変える様に努めて明るい声で言う。
「……それで、だ。連れてきてしまったリュウセラ卿達なんだが、正直どうしようかと思うんだ。俺と君達の事をなんて説明すれば――」
『マスター』
だが俺の言葉を遮りドクターが前に出た。
そこで異変に気付く。
周りの者達も雰囲気を変えようとした俺の言葉に微動だにせず、決意に満ちた目で見つめている。
『……私達はマスターに従う。マスターを王として定め、貴方の望みのままにあろうと決めた。決して貴方は世界に破滅をもたらす存在ではないから。でも――』
悲しそうに、しかし強い眼差しでこちらを見る。
『今、私達は“リュウセラ卿と呼ばれる彼らの置かれた状況”に対してとてつもなく怒っている。それどころか彼らを救いたい。その為ならば、全員が戦う覚悟を決めた。たとえ自分の定められた在り方に背いたとしても』
「え?」
何事かと秘書を見た。けれど彼女までも静かに頷く。
妙な不安を覚えながら視線を戻すとドクターが続く言葉を口にする。
『マスターにどうしても知って貰いたい、リュウセラ卿と妹様、そしてマスターに殺された兵士についての三つの事実が分かった』
「三つの事実?」
『うん。魔族というのは知ってる?』
「え? ああ。角がある人種だろう?」
『うん。なら魔族とは一体何か、分る?』
魔族とは何かだって?
あまりにも突飛な質問に俺は首を振る。そんなもの考えた事もない。
『……実はリュウセラ卿と呼ばれる彼らを調べた結果、彼らは魔族と呼ばれる頭に角がある人種だと分った』
「は?」
え? 魔族? 魔族って本当にあの?
「馬鹿な。あの末端とはいえ王国の貴族である彼が……魔族だった?」
魔族はこの時代に存在はする。ただ普通に生きていて邂逅する存在ではない。存在自体は知っている程度の者達。
また彼らは神人類の敵と呼ばれる存在だとされ、かつて彼らは国を築いてたが神人類に破れ滅ぼされた種族。
生き残った者達も各地に散らばり、角を隠し生きているという。
“あれは人間の成り損ないだよ”
ふと本性を現していなかったフェリペが表現した言葉を思い出す。それが世間に聞く魔族と呼ばれる者達のイメージと知識。
だが問題はなぜ今、そんな者達が突然ここに現れた?
むしろ彼らの状況になぜ君達が怒りを覚えている事に繋がる?
『魔族という種族は彼らの国が神人類に――王のお話では偽りの神人類ですが――滅ぼされ多くは殺されたそうです。ですが難を逃れた一部は角を隠し、各地で生きているそうですわ。リュウセラ卿達もその一部かと』
ドクターのあとを軍曹が引き継いで説明する。
「待ってくれ軍曹。なぜ君達がそれを知っている?」
『……実は王がお戻りになった後、打ち漏らしを探していたところ、息がある兵士を見つけました。尋問した結果、彼らがなぜこの死雪山脈と呼ばれる場所に来たのか分かったのですわ』
軍曹は今、ベルゴ王国に起きている現実を静かに話し始めた。
王国は俺が離れた事が原因で雪が降り続いている。
しかしベルゴ王家がそれを素直に認める訳もなく、フェリペが憲兵隊長となり俺の関係者を次々と捕らえた。
――その中に魔族がいたのだ。
なぜ分かったのかと言えば血液だそうだ。
『王家は何らかの方法で血によって魔族を見分ける事ができるそうです』
それにより正体が発覚し、彼らは王都から逃げ出した。
あの二百の兵団はその追っ手。
「そう、だったのか」
魔族が身近にいたなど驚くべき話だ。けどやはり……それがなぜドクター達が怒りを覚える理由になる?
それに彼らは――まて、なら彼らと一緒にいた彼女は?
「まさかフィーネは……」
『はい。フィーネ様も髪で殆ど見えませんがレントゲン撮影では小さな角の存在を確認致しました』
「――」
殴られた様な衝撃だった。
自分の妹と血が繋がっていないどころか、その正体は噂でしか聞かない魔族だったなど。
そうなると彼女の一族は、父も母も魔族だったのか?
「いや。いや待て。待ってくれ。フィーネが魔族だと? 電話で伝えたよな? 彼女達は神人類の正当な血を引く俺に尽してくれていたんだぞ。どうして魔族が本物の神人類である俺に――」
ふと、ぞっとした。
――魔族とは一体何か?
その答えが偶然にも頭に浮かんだ瞬間、全ての事に説明がついてしまったから。
魔族。それは人間でありながら身体的に不自然な角を持つ種族。
彼らは俺と同じく簒奪者に敵視され、虐げられている者達。
俺を王の末裔と信じ守ろうとした妹もまたそうであった。
さらにドクター達は彼らが虐げられている事に何故か怒り狂っている。
そこで俺が思い出したのは旧文明の崩壊した理由とその効果。
「確か、旧文明を崩壊させたのは魔力汚染だよな…………そうだ。それは人間に取り返しのつかない害をもたらす。巨大化、凶暴化。そして」
“変異”
頭に角が生えた様な事もまた変異の一つ。
もし変異した人間の中に、理性を保ち魔力に適応した者達がいたとしたら?
『マスターの推測は正しい……私はリュウセラ卿や妹様、魔族達のDNAを調べた。その結果彼らは』
ドクターが俺と同じ答えを述べた。
『彼らこそ――現在、生き残っている最後の日本人の末裔だった』
視界がぐらついた。
『彼らは神人類と呼ばれるマスターの祖先とは異なる道を歩んだ日本人達……と言うより肉体の変異により一緒にいられなくなった者達だと思う。その中で角が生えてなお魔力に適合した者達が後に、再び社会に戻ったのが妹様の血族。また自らを別種族の魔族として国を興したのが恐らく滅ぼされたリュウセラ卿の血族』
吐き気がする。少し前の自分を殴りたくなった。
――殺戮は、簒奪者達の暴虐は未だ終わってなどいなかった。
俺の祖先である日本人達を殺しその地位を奪った奴らは、変異し人としての形を変えた者達までも殺そうとしている。
虐げられる魔族達に自覚などないだろう。自分達が命を狙われ国を滅ぼされた理由すらきっと分かっていない。
恐らく彼らは見た目の違いや戦争の因縁で狙われているのではない。俺の祖先を殺した簒奪者共が、もし彼らの血筋を知っていたとしたら……。
「――滅ぼす気なのか」
すべては侵略者にして簒奪者達が、旧文明を知る可能性がある日本人を全て処分するため。
だから彼ら最後の――。
「…………待て。ドクター、君はなぜ今『最後の』日本人の末裔と言った?」
彼女を見ると痛ましそうに顔を逸らした。
最後の日本人の末裔。それはおかしい。だってこの大陸にいる人種は実に様々に見える。ヨーロッパ系やアジア系も多く、日本人に似た顔つきの者もいる。ようはハーフの様な者が多いのだ。
何よりフィーネは神人類の簒奪が起きた時、民にまで大きな被害はなかったと言っていた。
つまり今も普通に生活しているアジア系の血を引く国民に、簒奪者達は害を加えていない。
なら俺の祖先と違い文明を捨て、何も知らない国民として今も生きている日本人がいるはずだ。
『マスター……これは、落ち着いて聞いて欲しい。私達はマスターに殺された兵士達を調べた。最初は軽い気持ちだった。DNAから今どんな民族構成になっているのか調べ、病気に対して役立てようとした。けれど……流れてないんだ』
彼女は決してこちらを見ず、苦しそうに呟く。
『この大陸の人間に、日本人の血は一滴たりとも流れていなかったんだ』
――え?
「そ、そんなはずはないだろ! アジア系とヨーロッパ系のハーフと思わしき人間は王国にはそこそこいるんだぞ?」
彼女の言葉が理解できなかった。
大陸なんて言ってるがここは地球だ。日本列島だ。なにより王国には明らかに日本人の血を引いていると思わしき人間がいるのだから。
『違うんだ。違うんだマスター。日本人だけじゃない。みんなそうなんだ。旧文明どの国の人間の血も、観測できる範囲に住む人間には一切流れていなかった』
「なにを言ってるんだ?」
ならば彼らは一体――。
『彼らこの大陸の人間達は、全く未知の新種だったんだ』
不意に、自分の足元が消えた気がした。
『彼らはかつて存在したどの人種にも該当しない。ヨーロッパ人でもアフリカ人でもアジアでもない。彼らは千年前の地球には痕跡すら存在すらしなかった。突然現れて今の人類に成り代わったUnknownなんだ』
頭が理解を拒む。
意味が分からなかった。
俺が今まで接してきた人間達が、俺の知るどの人種にも該当しないなど、信じられなかった。
「冗談、だろ」
だがドクターは首を振る。顔は悲壮に満ちている。
眩暈がした。
同時にリリスや俺の友人達、銀狼騎士団の者達、それこそこの大陸にいる人間達が、突然まるで見知らぬ他人になってしまった感覚に襲われる。
『本当だマスター。軍曹と秘書に手伝って貰い、なるべく可能な限り広範囲で鑑定した。けれど千人以上分析して全てが同じだった。異常な事に顔立ちがヨーロッパ系でもアジア系でも全てが同一の遺伝子を元にしている。それはかつていたどの人種でもないし有り得ない。彼らは生物学的には人間だ。けれど間違いなく遺伝子工学の外にいる新種でもある』
思考が追いつかない。俺は勝手にこの大陸は魔力汚染を生き残った人類の坩堝か何かだと思っていた。
けれどその実態はこの世界に存在しないはずの者達。
――ならば皆、何処へ消えた?
アフリカ人もヨーロッパ人もアジア人も皆、何処へ行ってしまった?
逆に俺以外の全ての人間は一体、どうやって、何処から、この世界に現れた?
千年で全ての人類が消えた訳がない。
千年で突如存在しない人類が現れ文明を築けたはずがない。
『マスター……ここに閉じ籠もっていた私達にはこの千年で何が起きたのか分からない。だから新種の人類である彼らが何処から来たのか、どうやって生まれたのか分からない。
もしかしたら宇宙人かもしれないし、異世界人かもしれない。けれどたった一つ、言える事がある』
彼女は縋るように俺を見た。
『マスターの祖先である国家概念的に言えば日本人は、おそらく明確な悪意を以って未知の侵略者達に滅ぼされその地位を奪われた。……そして今、この大陸に残された最後の日本人の末裔も、粛清されかけている。侵略者達は魔族を根絶やしにするつもりなんだ』
“――たすけでぐださいっっ!”
怖気と共にリュウセラ卿の悲鳴を再び聞いた気がした。
あれはあの場だけのものではない。何よりそれは神埼真一だった頃の両親、恋人、友人、仕事仲間の子孫達、果ては俺の知っている日本人全ての叫びだった。
――真一、おかえり。
ふと、神埼真一としての忘れていた懐かしい日常が甦った。
――水くせぇな神埼! こんなときくらいダチに頼れよ!
――国立合格したのか!? やった! やったなぁ真一! 流石は俺の子だ!
――いいんだよ。仕事の失敗なんて若い時はやったもん勝ちだ。で謝るのが俺の仕事。
――こうしてご飯食べて愚痴って、遊んで……お前らがいてくれて良かったよ。
――いつでも帰っておいで。アンタは私の前じゃ一生、子供なんだから。
ああ。
彼らはもはや誰一人としてこの世界にいない。
皆死んでしまった。俺が今いる時間において彼らはどうあっても過去。
だけれど彼らが紡いだ世界は俺のいる今に、確かに繋がっている。そう、一人信じていた。
――偽りの神人類は魔族を根絶やしにするつもりなんだ。
なのにそんな彼らの残された最後の子孫が今、次々と歴史を簒奪した侵略者により葬り去られようとしている。
「――」
俺は震える手で顔を隠した。そうしなければ大事な何かがこぼれそうになったから。
秘書が静まり返った中で言葉を続ける。
『……丸一日、私もリュウセラ卿達を観察しましたが、むしろ彼らの方が自分達を人間だと思っていませんでした。彼らに故郷は存在せず、自らを人間の成り損ないなのだと。虐げられ生きるのが当然だとすら思っている節があります』
彼らは自分達がどんな人間達の末裔なのか知らない。
こんな素晴らしい技術を持った世界の子孫だとは微塵も思ってない。
ただ自分達は敗戦国の人間の成り損ないだと思っている。
そう仕向けたのは他でもない――この大陸の日本人を殺し奪い取った簒奪者たち。
なにより神人類と魔族の共通点に気付いている俺達だから分かった奴らの本当の目的。それは。
――旧文明から存在するあらゆる人種を根絶やしにすること。
「……ふざげるな」
底冷えする声が口から出た。
どうしようない怒りが滾る。
内なる声はもはや止まりそうにない。かつてない激情が荒れ狂う。
「かつての生き残り達を殺しその立場を奪っただけでなく……旧文明の人種を全てを民族浄化するだと? 俺達が紡いできた千年以上の文明も血も歴史も人種までも全てを消し去ろうというのか?」
怒りのあまり口の中に血の味が広がる。
惨劇過去ではない。今起きていた。それも取り返しのつかない所まで来ている。
「ふざけるな……ふさげるな、ふざけるなよ侵略者共がァッ! そんな悪逆をこの俺がやらせるとでも思っているのかッ!!」
フェリペだけではない。神人類を名乗る全ての簒奪者達に底知れぬ憎悪が沸き上がる。
もし俺が立ち上がらなければ、生き残った日本人達は何も知らずにこの世界から奴らに駆逐される。そんな事は絶対に許せるものではない!
『マスター』
顔を上げると秘書が、この場の全員が俺を見ていた。
今なら分かる。
彼らの憤りが。成さなければならない事が。なにより俺に求められている事が。
『私達はここで生き残った旧文明の日本人をいつか守るべく、悪意ある者達に利用されぬ様にずっと、待ち続けておりました』
使えと、彼らは言っている。
今こそ自分達を使い彼らを救えと。
――言われるまでもない。
俺がやる。
他でもないこの俺がやってやる。
簒奪者達の存在を把握し、旧文明を理解し対抗できるのは日本人の血と知識を持つ俺しかいない。
「――呼べ」
不退転の覚悟と共に口は勝手に動いていた。
「今より俺を王と呼べ!!」
目を見開かれるバイオロイド達に叫ぶ。
「俺は日本人の血を引く者達の守り手なる。国を興し彼らの王となる。そしてこの地上を支配する簒奪者達を駆逐しこの大陸をこの手に奪い返すッッ!!!」
言葉が決意となる。
決意が力となる。
力が自信となる。
「――全員聞けぇッ! 悔恨の涙を流し、虐げられ消え行く日本の血を救いたくばこのハレルド・シン、いやこの神埼真一に恭順しろ! 然らば俺が全てを賭け、日本国家及び民族再興という千倍以上で返してやるッ!」
俺の激情に一瞬気圧される彼ら。
「さぁ道を示したッ! ――お前達の返答は如何にッ!?」
だがすぐに儀式場にいる全員が一斉に跪く。
バイオロイドもアンドロイドも全てが俺の言葉を、この時を、ずっと待ちわびたとばかりに頭を垂れる。
秘書が全ての作られし者達の言葉を代弁する。
『マスター、いえ我らの王よ! 全てのバイオロイドとアンドロイドはこの身朽ち果てるまで、貴方様と共に世界の果てまで付き従う事を宣誓致します!
この人工島群とあらゆる設備をどうか残された歴史と血族、失われかけた大和民族を救う為に存分にお使い下さい!
さすれば我らは今より貴方様の部下ではなく臣下となりましょう!』
跪きながら全員から向けられるのは強い意志の目。俺はそれに応える。
「ならば今よりこの神崎真一を王としてこの楽園を秘匿されし国家へと改めるッ。名は大和。今この時よりここは秘密国家大和とする!」
『御意!』
大和民族。
秘書がそう呼んだとき国の名はそれが一番正しいと確信した。
「大和の存在意義は日本人の末裔達の保護と簒奪者である神人類への対抗。
ゆえにこれから始まるのは俺と君達で行う偽装世界への反逆にして国取りである!
そのために……軍曹!」
『ハッ』
「秘密国家大和には二つの顔を持たせる! その一つである表舞台に立つ武装組織の名と形に希望はあるか!?」
『あり難き幸せにございますッ! ……であれば名に桜花を。形を騎士団に。桜花と騎士団の文字と形を頂きたく』
「ならば――桜に彩られし正当なる歴史を紡ぐ騎士団……桜花史伝騎士団、君にその団長を命ずる! これより我らが戦いに出る際は桜花の名を謳え!」
『――Yes, my lord. これこそ千年、ひたすらに待ち続けた最上級の存在意義にして誉れにございます!』
彼女の歓喜の言葉に彼らの生まれた意味を思い出す。
崩壊した文明と難民を守る為に作られた彼ら。けれどその力を発揮する事も出来ず、千年近く誰も来なくなったこの場所でその時を待ち続けたのだ。
「秘書! もう一つの地下組織としての名と形に希望はあるか!?」
『っ、ありがとうございます。ならば……大和皇国再興機関。それを略し『機関』と。騎士団と違い、秘密裏に国家の策謀の中心として暗躍するのがその使命となるでしょう』
「いいだろう! 秘密国家大和は戦いの際は桜花史伝騎士団を名乗り! 地下組織としては機関を名乗る! そして秘書、君を機関の局長へと命ずる!」
『感謝の極みにございますっ!』
この瞬間、この世界に日本国を継ぐ武力を担う騎士団と、内政外政を担う機関が双璧を成す、大和の歴史を再び取り戻す為の秘密国家が誕生した。
「諸君ッ!
王と兵。
大儀と信念。
騎士団と機関。
……今その全てが日本人の血を救う為にここに揃ったッ!
歓喜せよ! 覚悟せよ! 決起せよ!
君達の千年越しの悲願はこれより果たされる!
今宵これより我らは大和! 桜花煌く旗の下、魔族と生き残った旧文明の人間を庇護下におき、偽り歴史を作り上げた簒奪者を討ち果たす! そして失われた国と血筋、文明を我らの手で必ずや奪還するッッ!!」
『ウォオオオオオオオオオオ!!!』
俺の鼓舞にバイオロイドやアンドロイド達が叫び立ち上がる。
「これは反撃であるッ!
我々は必ずや簒奪者にして偽りの簒奪者である神人類を討ち、この世界に正当なる日本国の後継である大和皇国を顕在させるのだッ!」
旗は掲げられた。
――我らの正しき歴史を取り戻さんッ!
――我らの正しき血脈を取り戻さんッ!
――我らの正しき国家を取り戻さんッ!
千年も取り残されたバイオロイドとアンドロイド。そして一人ぼっちの俺が共に謳う様に叫ぶ。
傍から見ればこれは酷い不恰好な建国だろう。すべては所詮、ハッタリとハリボテに過ぎない形だけのもの。
だがそれでいい。
目的を失くした人形達には確固たる信念を。一人だけ記憶を取り戻した異邦人には不退転の使命を。
それぞれの運命が偽りの征服者と戦う為の王と国としてここに確かに定まったのだ。
――やらせはしねぇ……歴史修正なんて、民族浄化なんてこの俺が絶対にさらせやしねぇッぞ侵略者どもッ!
『ならば今一度、陛下となったマスターに我ら加護を受けし我らバイオロイドもまた、ここに新たな誓い立てましょう』
秘書達が俺の前に並び、順に跪いていく。そして彼女が珍しく、いや初めて笑った。
「ハッ……ここから先は何がどうなるか分らない。それこそ泥沼の殺し合いの果てに滅亡するかもしれない。なのに笑うのか?」
『ええ。もはや後戻りは出来ません。時間もありません。怒りと共に覚悟も決めた。ならば……せめてせいぜいド派手に参りましょう、陛下』
そういって微笑んだ彼女は誰よりも人間だった。
「ああ……せいぜい派手に行こうッ! やってやる。やってやるさ、この間違った世界をこの手でぶち壊してくれるわッ!」
滾る怒りは消えやしない。
俺達の歴史と血をこの世界から抹消しようとしたその悪意、必ずやこの手で討ち果たすまで。
そうして大歓声に祝福される様に今、確かに一つの国が産声を上げた。