後
学校の先生って存在は、俺たち生徒から見たら大人で、ドイツもコイツも自分等のガキだった頃のことを忘れて、子どもを見下してる奴等ばかりだ。
何言ったってクソガキの戯言で済ませて、こっちの言うことなんか流すかキレるかで──だからあんな風に泣くなんて思わなかった。ガキの戯言だとバカにした目で説教でもするんだと思った。
当たり前だけど大人だって泣くんだなとボンヤリと涙を流す先生を眺めた。
懐かしい夢だ。
思えばあの時に先生に惚れたんだろうな。
なんか儚くて壊れそうで、無力なガキのくせに守ってやんないとダメだとか思った。
あの人が結婚して教師辞めて、あの人を守ってやる存在が出来て諦めようと思ったのに・・・
居場所がない──毎日が辛い──もう泣かなくてよくなった筈なのに、あの人はやっぱり泣いている。
放ってなどいられなくたって仕方ないよなと、少しでもあの人の心の負担を取り除いてあげたいだけだと、自分に言い訳してLINEのやり取りや逢って話したりした。ダメだと知りながら。
サークルで知り合った仲間と別れた帰り、噴水側のベンチで本を読む恋人を見かけた。
イタズラ心が沸き黙って隣に座って肩を抱く。
「!?」
ビクリと肩を震わせこっちを向いた恋人は、驚いた顔をした後一瞬だけ苦しそうな顔を見せた。──思っていた反応と違うことに戸惑いを覚えるが、気づかなかった振りで話す。
「約束もしてないのに会えるとか、俺たちって運命の二人じゃね?」
おどけてみたが何時ものような反応がかえってこなかった。
「ちょっと馴れ馴れしくないかな。」
肩を抱いていた手をやんわり外された。
「え、いや・・・え?普通だろ。付き合ってるわけだし。」
見たこともないような彼女の瞳の冷たさに戸惑う。
「付き合ってる?私と貴方が?」
「お、おう。」
「・・・最後に会ったのが、連絡取り合ったのが、何時なのか覚えてる?」
「・・・・・・」
言われて初めて気づく。──思い出せないことに。
「連絡は何時も私から。誘うのも何時も私。今まで貴方から連絡してくれたことも無ければ、誘ってくれたことだってなかった。」
「そう・・・だった・・・か?」
いや、そんなバカな──考えてみたが、誘った記憶がない。先生を誘ったりLINE毎日したりで全く気づかなかった。
「半年。──もう半年だよ。会わなくなって。貴方はどうせ気づいてないだろうけどね。私が居ても居なくても、貴方はこれっぽっちも気にしない。気づかない。私なんてどうでもいいのよね。そんなのって、付き合ってるって言うの?私たちが付き合ってるって自覚あるの?ないでしょ。有るわけがない。だって貴方は・・・」
そんなことはないと否定出来ない。
「・・・ごめん」
「それは何の謝罪なの?」
「何のって・・・」
咄嗟に謝ってみたが自分でも何の謝罪なのか分からなかった。──ただ、謝らないと取り返しがつかないようなそんな焦りが心に広がって出た言葉だった。
彼女が立ちあがり俺を見る。すがるでも責めるでもなく、その目にあるのは何処までも悲しみ。
「・・・もしも、・・・もしも貴方から連絡してくれたら、もう少しだけ頑張ってみようって、馬鹿な私はあり得ないことを夢見ちゃった。・・・ホント救いようのない馬鹿な女。」
本当に好きだったから──風にさらわれそうな小さく小さく溢された言葉は、それでも俺の耳に何故だかハッキリと届いた。
今にも消えてしまいそうなくらい、見たこともない儚い彼女を、思わず抱きしめようと手を伸ばしてみても届かない。
「さよなら。」
彼女なら何をしても許してくれると、俺を嫌いになるわけないと、何処かで思っていた。
何時からだろう。一緒に居るのにスマホを弄る俺に何も言わなくなったのは。
何時からだろう。ドタキャンして他の人を優先しても何も言わなくなったのは。
去り行く背中に掛ける言葉が見当たらない。
ああ、そうか。もうとっくに取り返しなんてつかなくなってたんだ。
気づけばあの人の家まで来ていた。
一目でいい、チラッとでもいいから顔が見たい。
スマホで連絡を入れようとした所で玄関前に男が居ることに気づく。
男がチャイムを鳴らすとドアが開き先生が
「おかえりなさい!」
「ただいま。」
満面の笑みで胸に飛び込む先生を男がなんなく受け止める。
そして楽しげに話ながら家の中へと消えて行く二人を、俺はただ立ち尽くし見送った。
既婚者の言うことは真に受けちゃダメっていう