表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

所沢市狩人課

作者: 猶路 豊

「申し訳ありませんが、この様なことが続くようですと、狩人免許証を失効と言うことになりますが?」


男はそう言って黒縁のメガネのブリッジを右手で押し上げた。彼はいかにも役所然とした室内に不釣り合いな、動物の皮から作った様な鎧とモヒカンで世紀末な男達とカウンターを挟んで向かい合っている。

男達は彼の言葉に顔を赤くしたり青くしたりして、その中でも真ん中を陣取っている血気盛んそうな男が彼のネクタイを掴み持ち上げ声を荒げた。


「うっせぇ、役所の犬にどうこう言われる必要はねぇ。俺らは体はってんだ、お前らの言うなりになる必要がなぜある?」


「はぁ、何度も申し上げますが、規約を読まれましたか?国の管理するダンジョンを使用する代金として月に一度はFランクの依頼を受けて貰わないと。」


そう言ってネクタイを掴んでいる手を握り押しのけた。彼の細身の体からは出たとは思えない力に男は驚き、手の痛さに顔を顰める。


「俺らは、Dランクだぞ。それをわざわざ...」


「現在Aランクの方達も行っていただいています。ご理解いただけないとなると、こちらとしても失効の手続きというかたちをとらせていただきますが、いかがなさいますか?あぁ、それと暴力に訴えられましたので、ペナルティとして次の更新まで買取価格に5%の手数料がかかりますので、そちらもご理解いただければと思います。」


血の通わない事務的な彼の言葉に血気盛んな男は再び彼に摑みかかろうとしたが、同じパーティの男達はこれ以上ペナルティーをもらってはいけないと男の両腕をホールドして引きずりながらその場を慌てて立ち去って行くのだった。

男達が視界から離れると彼は今時めずらしい73に固めた髪とネクタイのみだれを整えて踵をかえした、


「田中君、お疲れ様。いつも面倒ごとを押し付けて悪いわね。はいこれでも飲んで休憩なさい。」


そして田中と呼ばれた男はそう声をかけてきた、泣きぼくろが印象的な黒髪の大変スタイルの良い美女から、コーヒーをもらい自分の席で一息をつくのだった。




平成から安晴あんせいに変わる頃、それはスタンピードとともに起こった。

日本各地に異界化したダンジョンが突如現れ、出入り口と思われる場所からゲームでよく見るようなモンスターが溢れ出て人々に危害を加えていったのである。日本国内はそれから数年暗黒の時代となった、不思議な事に全世界に張り巡らされているネットワークが日本だけが空白となり近寄ろうとしても何かに阻まれ各国はなすすべもなく、ただ待つことしかできなかったのである。世界が日本に起きた事を知ることができたのはそれから20年が経とうとするころだった、1人の男が一つのダンジョンを踏破したことが引き金となり、通信や阻まれていた結界の解放による国交の復活へと進んでいくのだが、これはまた別の話である。

そして、結界から晴れた日本の姿は3分の2に減った人口と新たに増えた狩人課という役所機能とダンジョンから産出される想像上のものだった金属や植物、ダンジョンで与えられる不思議な力、まさにゲームの世界になっていたのである。

それから先の日本はまるで20年の時間を埋めるように国交の回復、ダンジョンの観光地化と勢力的に進めていくのだが、全世界の夢見る大人達が競い合うように日本へ向かったのは想像に難くないのである。


そしてここは埼玉県所沢市市役所狩人課、かれこれ30年前に某球団の本拠地のドームがある山の近くの狭山湖に出来たダンジョンとそこに一発千金をあてに来る狩人達を管理する、とんでもない美女と冷酷な73メガネの男が有名な役所である。


「課長も優しいね〜、あんなやつらほっておけば?督促だけ出しといて強制徴収すればいいじゃん。田中もよく付き合うよ、苺はむり〜」


田中の机の向かいに座っている一見中学生に見間違えるようなツインテールの少女がそう悪態をついている。彼女はこう見えて一児の母で30代なのだが態度からしてそう見えない。


「苺ちゃん、駄目ですよ。そんなに短絡的では狩人達がすぐ使い物にならなくなりますよ。田中君ももう一人前ですね。」


「おぎのっち、顔に似合わずひど〜、田中も立派な大人になったのね〜じゃ、これもよろしく!」

そう言って、結構な量の書類の束を田中の机に積み上げていく。


「お二人とも田中君をからかわないであげてちょうだい。これも狩人課の大事な仕事なんだから、苺ちゃんも現場仕事ばかりじゃなく事務仕事もこなしてちょうだい。荻野さんも駄目ですよ書類混ぜちゃ。ほんとうちの課の人たちは事務仕事を嫌がるんだから。脳筋だからかしら?」


好々爺とした笑顔を引きつらせた荻野が、泣きぼくろが妖艶さをにじませた課長から書類をしぶしぶ受け取るのだった。もちろん苺もたいそう嫌な顔をさせながら半分だけ書類を戻す事にしたようだ。そして土下座しそうな勢いで田中に頼みこむ、


「田中お願い!! 駅前のエミエルのケーキ奢るから。バディ組んで不明狩人探索に向かった書類だし、もう何日も帰ってないからさぁ大志たいしにも会いたいし。」


「はぁ、いいですよ。生クリームたっぷりの苺ケーキで手をうちます。大志くんも母親を恋しがってるでしょう。」


癖になっているのか再び右手でメガネのブリッジをあげながら机に向き直り書類を片付けていくのだった。

狩人課はダンジョンに関わる全てを統括する課であるにもかかわらず、なにぶん特殊なため人手不足のブラックな職場である。


「田中〜、3層でGランクのパーティーが3日前から帰って来ないって親から連絡があったって。行くよ。」


「はぁ、ここ最近多いですね。新設の狩人学園の初年度卒業生ですか。3層に行くには適正とは思えないんですが。確か学園で行けるのは2層入り口まででしたよね。いま6月ですから、2ヶ月で2層踏破は難しいと思いますが。」


「どうやら3層まで、一番乗りするんだと息巻いてたみたいだね〜。そういや大志がさぁ、ト○ロいる?って聞いてきてさぁ。例のアニメ見たみたいで、いじめないであげてね〜って可愛いよね〜、あぁ、ばかな奴の為にまた何日も帰れないとか苺ブチ切れていいかなぁ。」


「ブチ切れると可哀想なのでやめてあげてください。うちのタマ貸しましょうか?あのアニメのバス気分を味わえますよ。乗るのは中じゃなくて上ですけど。」


「サンキュ〜、田中まじいいやつ。さてと、忘れもんないね、古椿と田中、狭山湖ダンジョン行ってきます。」


苺は篭手の先に出し入れのきく爪の付いた武器と何故かロリータファッション、田中は大ぶりな両手剣と背広という姿でそれぞれバイクと大きな猫に乗って航空公園近くにある市役所から出て遠く離れたダンジョンに向かうのだった。


狭山湖ダンジョンは湖に出来たダンジョンらしく1層は水生のモンスター、2層も同じく水生である。ただし、2層はスキルを使って来るモンスターが現れ始めるのである。たった1種だけとはいえ厄介なのだ。


2人は難なくと1層を通り抜け2層を隅々と回る。2層のスキルを扱うモンスターは鉄砲カエルである、口から名前のごとく鉄砲のように水を撃って来るのだ。苺は爪でその水を弾き飛ばしながらカエルを切り刻んで仕留めていく、その姿は踊りを踊っているように足取りが軽い。


「う〜ん。遺留品もないかぁ。」


「勝手に死んだ事にしないであげてください。3層に行きますか?一応ボスが倒された記録がここ数日に何件かありました。」


ダンジョンでは入り口に日本のエンジニア達が苦心して作り上げた装置があり、個人のダンジョンの出入りと各層のダンジョンのボスがいつ倒されたかの記録のみが残るようになっている。ただし未踏破のボスは記録装置が付いてないので残らない。まさに血と知の結晶である。


3層はダンジョンが異界化していることが実感できる場所である、なぜなら木が鬱蒼としげる森になっている。モンスターも水生から陸上で見られるものに変わる、ここは狼系のモンスターが出て、厄介なのは爪に毒をもつポイズンウルフがいることである。隠蔽のスキルがあり初心者殺しといってもいい。


「あぁうっとおしい、キャラ被りなんだけど。こんなに群れてたっけ?」


襲って来るポイズンウルフを避けながら軽々と首を落として行く苺を見ながら田中は苦笑する。そんな田中は、取り回しのきかなそうな両手剣を片手で滑らかに扱いながらポイズンウルフを両断していく。田中の周りに結界が張られているのか後ろから襲ってきたポイズンウルフの爪は弾かれて田中の体まで届かない。


「ポイズンウルフは単体でしたね、ここまで群れるとは再びスタンピードが近いかもしれませんね。」


「げぇ、もう前のから4年経った?」


「そうですね、私が入って5年目になるので。」


「そっか〜毎日忙しくて忘れてたわ」


3層の安全地帯にたどり着くと、そこには満身創痍だが息はある5人組がいた。彼らはこの前、田中が対応した例のパーティだった。


「あなた達でしたか。今回で1年の免許失効になりますよ。」


「おぎのっちの地獄のブートキャンプ付きのね。」


「苺さん...」


彼らは2人の男女に連れられて血の気の引いた状態でダンジョンの入り口に現れることになる。入り口に居た狩人達は覚えのいる者もいるのか、この先に待ち構えている特訓を哀れんでいる目をしている。


「これに懲りて精進してください。」


そう言ってまずは、連絡しておいた親達に引き渡したのだった。涙をながして喜んでいる親達に彼らも反省した顔をしている。ダンジョンで通じる電子機器を持っているのは役所の人間だけであるため遭難捜索が多いのは狩人課のもっかの課題である。警察は?とかあるかもしれないが、ダンジョンの数と人材の数が合わないのである。これも繰り返されるスタンピードが原因の一つでもある。


2人は課に帰り着き、今回の件とスタンピードのついて報告を課長へと行うのだが、


「苺ちゃん、田中君お疲れさま。彼らだったの...まったく今時の若い子ったら。スタンピードが近そうだって?荻野さん彼らの早急な教育しつけもよろしくね。人手が多い方がいいわ。ほらほら2人とも報告書よろしく、私は上に報告あげてくるわ。」


課長の表情はいつものように穏やかだが、目の奥が笑っていない。それを見た田中の背中に寒いものが走るのだった。心の中で面倒な奴らだった彼らがどんな目にあうのかと思うと可哀想になってくる。


それから1ヶ月後スタンピードの時期が来たことが広報に載り、対策に向けて近郊の狩人達へ連絡がまわされ大掛かりな掃除が行われる事になったのは3ヶ月後のことである。


「田中さん、先日はすいませんでした!今後ともご指導お願いします。」


スタンピード対策の掃除の日、あいかわらずの時代遅れのぴったりした73と黒縁メガネ、背広と不釣り合いな大ぶりの両手剣を持つ田中にそう言って声を掛けてきた男たちが居た。


「はぁ」


「俺たちっす、聖野老団せいところだんです。」


「その様相が変わられているので気づかず失礼いたしました。今日は命大事でお願いします。」


「ありがとうございます。低層にて未熟ですが協力いたします。先生に敬礼」


その何とも言えないネーミングのパーティーはこの前のお騒がせな奴らだった。どうやら彼らは荻野さんの教育しつけにより、ヒャッハーな見た目だった姿からは想像できない爽やかな青年へと変わっていたのだ。そして、荻野に向けてなんとも綺麗な敬礼をして去っていくのだった。


「うっわ〜えげつないほど変わってるわ。おぎのっちだけは敵に回したくない。」


「苺ちゃん、私は自らの経験をもとに教育しているだけですよ。田中君もそんな目で見ないでほしいです。私はただ若い命が散っていくのを見たくないだけですよ。」


荻野はかつて、警察学校の教官を務めていた前歴がある。そして歴史が変わった初めてのスタンピードの経験者であった。荻野の彼らを見る目には深い慈愛が含まれていた。


突然黄色い「お姉様〜」や「うぉ〜」という低い唸り声、一部に「踏んで下さい」という声が聞こえて来る。入り口にもうけられた台に登壇したのは、いつもきっちりしたスーツ姿から露出の高い黒の体の線もあらわなドレスを着た課長である。その姿は色の白さと赤い唇から吸血鬼を思わせる怪しさと色気があった。


「皆様お集まりいただき、ありがとうございます。狭山湖ダンジョンにてスタンピードが起こっております。地上まで溢れない様力をあわせて掃除して参りましょう。 皆様命大事でね。」


語尾にハートがついている様な色気たっぷりの激励をうけ、現在最到達地点の層を踏破しているグループから順に入っていく。狭山湖ダンジョンは現在15層が最到達地点である、各層の広さで遅々と進まないのでも有名な場所なのだ。


狩人課はすべてのグループが入るのを見届けて、いつもの様に2人ひと組で各フロアを巡回していく。流石に4人では周りきれないため、中央や警察、自衛隊からも応援に入ってもらっている。各層でモンスターを掃討しながら、危機に陥りそうなグループを見つけては助太刀に入ったり低層に送り届けて治療させたりなど行っていくのだ。


狭山湖ダンジョンの掃除は一週間かかり、残念ながら数名の死者と重傷者を出し今回のスタンピードは収束を迎えたのだった。


そして再び、通常業務へと向かう狩人課。


「苺ちゃん、田中君。申し訳ないけど隣の八国山ダンジョンから応援要請よ。」


久しぶりに投稿しました。色々設定を考えてはいますが、今回は短編にしてみました。続きが気になりましたら評価いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 実家が所沢市なんですが、 市役所は航空公園の中にありませんよ! 【航空公園】は通称としては合ってますが、 【所沢航空記念公園】が正式名称です。 最寄り駅は【航空公園駅】です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ