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昔の恋とバイとママーニ

作者: 芦川玲

 高校二年の秋、自殺しようと思った。


 自殺するのだからもう学校に行く意味もないやと思い、月曜から木曜まで仮病で休んだ。親に見つかるとまずいので学校に行くふりをして、親が出勤した後で家に戻ったり図書館に行ったりした。今から話すのはその、木曜日のこと。




 まずは自殺動機をば。


 私はバイだ。

 私がはじめて好きになった女の子がいた。仮にめぐろとする。

 めぐろとは中学の時友達を介して知り合った。地味な子だった。それから同じ高校に進み、知り合いも少なかったので一緒にいることが増え、なんだか親友っぽくなった。春に我が家に泊まりに来ためぐろの、私の横で眠るブスな寝顔を見て、やべえ恋だわコレ、と思った。


 彼女とこの頃、喧嘩をしたのである。


 女子の仲いい二人というのを想像してほしいんだけど、時々歯車が噛み合わずめちゃくちゃ距離を置く時期というのがあると思う。それと、他の外的要因がバッドなタイミングで組み合わさり、めぐろが私を大嫌いになった。

 桜に飽いたら菜の葉に止まる蝶のようにめぐろは他の女子に移り、私をシシトウのような目で見るようになった。


 それが、動機だ。


 それで死にたがるなんて馬鹿らしいのだけど、平凡な女子高生が世を儚む理由なんてそんなものだ。

 学校は閉鎖的で常に水圧がかかっているので孤独が非常に沁みるし、ハイティーンにぼっちでいるのは誰に言われなくとも惨めな気がしてくるもの。まして私はめぐろに恋をしていたのだから。


 というわけで私は死ぬ準備を始めた。


 まず貯金をおろした。その額二万円。私はこの金を『自殺貯金』と呼んでいた。

 もちろん本気で自殺するために貯めてるわけじゃない。お金を使っていつでも死ねると思うと気が楽だし、逃げ道を目に見える形にすることで心の余裕が~とか、そんな理由だ。ちなみに今もやっている。オススメ。

 その金を、私はマジで自殺するためにおろした。


 さて、自殺するからにはやはり最高に美人でなければいけない、というのが私の美学だ。美人薄命でなければ。ブスのまま死んでたまるか。

 なので月曜に服を買った。

 トレンドを押さえたかわいいワンピとカーディガンと靴。あとネックレス。おしゃれなんてほとんどしたことがなかったけど、勇気を出して色つきリップクリームも買った。真っ赤なやつを。


 火曜は図書館に行った。昔読んだ本を読み返して、「私は最高の本を読んで生きてきた。いい生き方をした」と悦に入った。


 水曜日は一日家で過ごした。やっぱり自殺は決定事項だな、と決意を固めた。


 そして件の木曜日である。

 いつものように制服で家を出、親が出勤したのを確認して家に戻る。予定では昼に家を出ることになっていた。それまで適当に時間を潰し、親に怪しまれないように弁当を食べて、隠蔽工作して『娘が学校から帰宅して、荷物をおいてどこかに出かけた図』を作り上げた。

 一時過ぎ、服を着替え、ネックレスをつけ、リップクリームを塗り、髪を巻いた。おろしたてのヒールの高い靴を履いて、私は自殺トラベルを始めた。


 死体が見つかりにくいのがいいと思ったので、海に身投げすることにしていた。

 身投げスポットへのルートとして、まずは隣町へのバスに乗った。隣町から電車が出ていたからだ。言い忘れていたけど、私の地元はめちゃくちゃ田舎なので隣町に行かないとJRがない。


 バスに揺られて一時間。時刻は二時。

 小腹が空く時間帯だよね。当時の私もお腹がへったので、自殺する身でありながら隣町でパン屋に入った。


 平日の昼のパン屋はガラガラだった。

 はじめて入った店なのに店員のおばちゃんは気安く、クロワッサンともちもち白パンを買う私にニコニコ話しかけてきた。


「いい天気ねえ」

「そうですねー。カーディガン着てきたけどちょっと暑いです」

「これからどこ行くん?」

「引っ越した友達のとこ行くんです。泊まりで」

「楽しそうやねえ。それやったらこれ、おまけ」


 しれっと嘘をついた。

 陽気なおばちゃんは小さなバターをおまけしてくれて、クッキーも半額にするから買っておいき、というのでありがたく買わせてもらった。


「……いや、パンが冷めるのはもったいないやろ」


 お腹の空いた自殺予定者はとんちんかんな事を言って、徒歩五分の駅ではなく徒歩十五分のところにある波止場に向かった。


 港はほぼ無人で作業着の老夫婦だけがいて、あみから魚をとったり、寄ってくるたくさんの猫に魚を投げていた。猫は十匹くらいいた。

 完全にど田舎の風景である。『のどか ~自然に寄り添って生きる~』なんてタイトルの写真集に載ってそう。


 私は波止場の、コの字に突き出したコンクリートの先まで歩いた。コの先端には三メートルくらいの赤い灯台があった。都会の人、イメージできなかったら『波止場 灯台』でググってください。


 私はそこで海をぐるりと見渡して、灯台に背を預けて王さまのようにどっかり座った。


 あったかいパンにバターを乗せて食べた。

 さすがバス停の斜向いにいるだけあってパンはすごくおいしかった。

 クロワッサンは一枚一枚の皮が薄く、表面は軽やかにサクサクくずれ、噛むと生地からバターがじゅわりとしみてくる。

 白パンはもっちり甘くて中の方にイチゴジャムが塗ってあった。


 食べ終わると三時前。

 お腹が満たされると次はなに? もちろん昼寝ですね。

 灯台の落とす影は人一人がちょうど横になれるくらい幅があり、子守唄代わりに波音が聞こえ、ロケーションはパーフェクト。

 当時の記憶の中でもこの辺は特に鮮明で、「ちょっと眠ったら自殺するから」と思ったことを覚えている。アホである。


 硬いコンクリートに寝そべっていると空が高く見えた。

 秋の空は雲が少ないところは冬に似て、空が水色なところは夏に似ている。一番風景がきれいなときだよね。

 この時も私は往生際が悪く「十七歳が死ぬのに最適なシーズンじゃん」と考えていた。


 目を閉じて息を吸う。磯の香り。


 昔読んだ、髪の長い女の子の絵本を思い出した。

 女の子は川の上流から髪を昆布のように流し、川の下流まで使って髪を洗う。ゆらゆら揺れる髪のあいだを魚がすべる。

 私もゆれる髪になったみたいに、水の中でぶくぶく泡を吐いている。ゆれる。真っ黒なもずくのように。

 それがやがてバラバラになって、吹き流しのように空に登っていく。てんとう虫に並んで太陽に飛んでいく。よだかのように燃える。



 ――今何時だ?


 意識が浮上して、真っ先に思ったのはそれだった。私は眠ったらしい。

 やけに快適な目覚めだった。感覚もクリアで、iOSが正常に更新されたかんじ。


 しばらく海の音を聞いて聖母たちのララバイを口ずさんだあと、むくりと起き上がって、海の写真を撮った。

 着いたころには深緑だった海が、時間とか夕陽とかプリズムとかの深遠な関係で赤紫になっていた。シャッターを切る。


 せっかく携帯で写真を取れるようになったのに未だにシャッター切るときにカシャッとかパシャリとか効果音付けちゃうのはなんなんだろうね。でもわかるよその方がかっこいいもんね、厨二だね。と考えて、私はひとりで笑った。


 海を撮ったついでに、海を撮った自分を撮った。自撮り。はいチーズのチーでボタンを押す。したことないけどたぶんすごくうまく盛れたはず。

 スノウなんてまだないからシンプル自撮り。毛穴もニキビもそのままで、画質の粗い女の子が、海を背景に不幸せそうな顔をしている。


 私はそれをとても可愛いと思った。


 誰が見てもハピネスライフなJKファッションで世界の中心は我ってかんじの図々しい表情。端的に言って無敵な顔。絶対可憐だから負けない。どこを歩いてもランウェイ。クレオパトラすらピラミッドを譲る。

 それくらいきれいで。


 めぐろがいなくてもこんなにかわいい。

 めぐろとの軋轢が私を少しも損ねていない。


 こんなに悩んでこんなにしんどくてこんなに死にたいと思ったのに、これでは死ぬにはもったいない。



 それから、残しておいたクッキーをゆっくりかんで食べた。バターのきいた味がした。鼻をすする。なんとなくしょっぱすぎる気もした。

 むせそうになって、ポカリでも買っておけばよかったと後悔した。

 リップを付けた唇は潮風とクッキーでぱさぱさになった。無理して色付きになんかするから。仕方ないじゃないオシャレって我慢だもん。

 ひとりごちて、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


 陽が山のあなたの空遠くで橙に燃え、浜辺には国道沿いに連なる山が影を落とす。

 夜が近くなっていた。死ぬには暗く、はしゃぐには寒く。

 満潮。

 潮時。


 そこでようやく、私は、失恋しようと決めたのだった。



 帰りのバスは学生が多くてなんとなく居心地が悪かった。

 私はうつらうつらしながら将来の夢を考えた。

 めちゃくちゃ景気がよくなってほしい。自分より五歳くらい若い女と付き合って、二人で同じ職場に勤めるのがいい。勤め先はちいさなレストランで、奥さんが厨房担当、私は裏方の狭い部屋でタイプライターをぱちぱちやって、提携してるパン屋さんやケーキ屋さんにお礼の手紙を書く仕事をする。

 ‬私は、必ず幸せになってやる。



 結局使わなかった自殺貯金で、ネイルセットとCDを買った。

 お金がなくなったので困ったことにもう自殺はできなくなった。残念ですね。よかった。



 それからめぐろとはなし崩しで和解した。

 卒業まで、時々近づいたり離れたりしながら、前ほどは近くない距離で、友達をしていた。

 どうにかなるもんだ、と思った。




 どうしてこれを書いたのかというと、先日、好きな人ができたからだ。

 マジでかわいくてロックが好きな女だ。めぐろとは真逆の。黒い服でボブカットで、iPhoneカバーにデカいシルバーのリングなんかがついている。ダサい。


 とにかく、だから今のうち、私が今のことで頭がいっぱいになる前に、昔のことを書いておこうと思った。

 自殺を止めてくれたおいしいパン。寂しい港のフォトジェニックな風景。絶対幸せになるって誓ったバス。

 私が、死にたいくらい熱烈にめぐろを好きだったこと。


 おしまい。

どきどきしながら書いたので評価、感想、ツイートなどしてもらえるととても喜びます。


作業中BGM:

ミットシュルディガーは恋人

清廉なるHeretics

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