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第二章  旅は道連れ 04



 寂しい山道を行くのなら、大勢の方が賑やかでいい。だが、これはあまりにも賑やかすぎるのではないか、リオンがそう思ったのはその初日からだった。シナンの町に立ち寄ることなく素通りして、山を手前にして野営を張ることになった。山越えはリオンの旅における最初の難所でもあるが、明日の昼過ぎごろには山道を進んでいることだろうし、隊商の一行と共であれば思ったよりか楽に行けるかもしれない。

 食事の提供はリスターが約束してくれたように、エルマの分と合わせて温かいものが用意されたとはいえ、一緒に酒まで勧められてリオンを辟易とさせた。

 公道を外れた林の中で、乾いた大地の上にたき火の炎を中心にして、車座になって宴会を始めたのだ。妖熊ようゆうを撃退したことに対する、これは祝いだとリスターはリオンの手に酒杯をにぎらせて、酒をあふれんばかりに注いだ。薄暮の時間はすでにすぎ、見上げる天空には星が瞬いて、細い月が遠慮がちに渡っている。


「さあ、リオンさまも飲んでください」

「わたしは、酒はそれほど強い方ではない」


 飲まないわけでもなければ、飲めないわけでもない。ただ飲まないですむのなら、そうしたいというのがリオンの心情であれば、リスターの好意は迷惑でしかない。リオンのとなりに陣取って、リスターは満面の笑みでリオンが酒杯の中身を空にするのを待っている。

 やむなくリオンは溜息をひとつ吐き出すと、酒杯を傾けた。ただし、リオンが口にしたのは一口だけで、その様子にリスターは露骨に不満そうな顔をした。だからといって、リオンにはリスターの期待に応えてやらなければならない義務はない。


「夜だからといって、妖魔が現れないわけではない。盗賊の輩とて、どこに潜んでいるか知れない。妖熊を討ち取ったからといって、浮かれている場合ではないと思うのだが」

「リオンさまは、なかなかに慎重でいらっしゃる……」


 そう言うと、リスターはゆるく首を振ってから立ち上がって、他の騎士の元へと行ってしまった。面白味に欠けると思われたのかもしれないが、これからの道中を思えば、誤解されたままでもかまわない。もっとも、リオン自身それほど陽気な方ではないと思っている。

 リスターを見送って溜息したリオンに、それまでリスターが座っていた場所に腰を下ろしたのはディールだった。


「リスターどのに、悪気はないのだ」


 そう言うと、ディールは自らの酒杯を空にして、片手に持っている酒瓶を傾けた。もう一方のとなりでは、木の碗に顔をうめる勢いで食事するエルマが座っていて、ディールはそのエルマの様子に苦笑して続けた。


「それにしても、リオン卿は人が悪い」

「……?」

「リオン卿は、王都の剣術大会で二度も優勝しておられるそうではないか」


 正確には三度であるが、三度目はつい先日のことであるから、まだうわさは届いていないのだろう。そして、何も自ら訂正することもないだろう、とリオンが沈黙していれば、碗から顔を上げたエルマがリオンに代わって訂正した。


「リオンさまは、三連続勝者だ!」

「ほお……それは失礼をした」


 頭を下げるディールに、今度はリオンが苦笑して言う。


「わたしには、どちらでも同じことだ」

「それは、謙遜しておられるのか」

「そうではない。あなたと同じで、わたしの身の丈には合わない」


 リオンの答えに、ふうん、と口にしてディールは意味ありげな顔を見せたが、それ以上は何も言わないで酒をあおった。リオンが一口だけ飲んで、そのまま口を付けることなく大地の上に直接置いておいた酒杯の中身は、もったいないからという理由でディールの胃袋に収った。

 こうして、その夜は何事もなく明けて、いよいよ山越えが始る。超える山の名はラギ山といって、緑雲りょくうん山脈の中でもっとも低い山である。冬でも雪に閉ざされることが稀であるため、東西交易を行う商人は好んでこの山を越える。もちろん、山を越えない道もあるが、日数がかかる上に戦時ともなれば武装した騎馬の群れが優先されて、通行を禁止される恐れがあった。もっとも、現在はそうした不穏の動きはないが、威張った貴族の行列と行き交う可能性は大いにある。

 山の麓まではなだらかな登り坂、それが山を迂回する公道との分かれ道をすぎてから、本格的に山に入れば勾配はきつくなってくる。だが、舗装されていないだけで、道は整備されてあるので、馬の足でも登ることができるのはありがたい。

 先日、妖熊を倒したことで何やら自信を得たらしい数人の傭兵を先頭にして、五台の荷車が馬に引かれて坂を登るその最後尾を、リオンはディールと馬を並べて進んでいる。エルマはリオンの先を、ひとりで馬の足を進めている。


「さっそく、こうしてリオン卿と旅路を共にできるとは思わなかった」

「ディール卿……」


 上機嫌のディールに向けて、リオンがあきれながらも声をかければ、ディールは片手を上げてリオンの言葉の先を制した。


「おれは確かに騎士の血統に生まれたが、リオン卿とは違って騎士の洗礼は受けていない。そんなおれを呼ぶのに、敬称など不要だ」


 他の連中も同じで堅苦しいことが嫌いだから傭兵などしている、そう言ってディールは荷馬車に従う仲間に視線を向けた。それに釣られるように、リオンも先を行く騎士を見やって言う。


「では、遠慮なくディールと呼ばせてもらうことにする」


 リオンが言えば、ディールはリオンを振り返ると片頬を上げて、口の端で笑って見せた。そんなディールに向けて、リオンは言葉を続ける。


「その代わり、わたしのこともリオンでかまわない」

「そうか。だったら、リオンどのと呼ばせていただく」


 生まれが騎士家というだけあって、意外と律儀であるのかもしれない。そう思いながら前を向いたリオンだったが、おれに用があったのではないのか、とディールに言われてリオンは苦笑すると口を開いた。


「理由を聞いていないと思ったのだ」

「それは?」

「わたしを追いかけてでも共に旅をしたいという、その理由だ」


 リオンが言えば、ディールは少年のような笑顔を見せて言った。


「リオンどのの強さに惚れた、ただそれだけだ」

「たったそれだけで?」

「おかしいか?」


 不思議そうに首を傾げるディールに、リオンは首を横に振る。これまでにも、多くの賞賛と憧憬を向けられてきたリオンであるから、ディールがそのひとりに加わったくらいでは動じたりしない。

 ただし、同道を認めるかどうか、それはまた別の問題だった。


「あなたがどう思われようが、わたしはあなたを一緒には連れて行けない」

金銭かねを取ろうとは思っていない。おれにも、それなりに蓄えがある」

「そういうことではない」

「危険だから無理だというのなら、おれは是が非でもついて行く」


 そう言って不敵に笑うディールに、リオンは眉をしかめる。そして、ひとつ溜息すると、リオンは声を潜めた。


「わたしが向かっているのが、試しの森でも、着いてこられるか」

「ほお……ふたつの国を滅ぼしただけでは飽き足りず、聖剣までも求められるとは、国王もずいぶんと欲張りなのだな」

「陛下を侮辱なされるのなら、今ここであなたを斬るがよろしいか?」


 リオンが剣の柄に手をかければ、ディールは両手を軽く挙げて降参の意を示してきた。

 そんなつもりで言ったのではない、ディールはそう言ってから、リオンに向けて言葉を続けた。


「おれが欲するのは強さだ。そして、自らを高めるには、試しの森はうってつけの場所になるだろう」


 ひとりでは近付こうとは決して思わないが、そう言ったディールの横顔には、微かな恐れがあるようにリオンには見えた。それでも着いてくるというのなら、リオンに言えることはひとつしかない。


「……好きにしてくれ」

 

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