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第二章  旅は道連れ 03

 闇雲に振り回される妖熊ようゆうの爪をリオンは剣で受け止め、弾いていく。仲間を倒されたことに対する怒りのためか、妖熊の深紅の瞳がいっそう深みを増して見える。その瞳を正面から見返して、リオンは自身の魔力をまとわせた剣で、うねりを上げて振り下ろされる妖熊の片腕を、人でいえば手首の辺りから切り落とす。

 黒味を帯びた青い血が空に弧を描いて、妖熊の手が大地を転がる。返り血を避けるため、リオン自身は後方に退くが、片手を失った妖熊は大気を震わせて咆哮を上げ、青い血を滴らせながら身を大きくのけぞらせる。そして、口からは涎を垂らしながら、残る片腕をリオンに向けて振り上げる。

 しかし、振り上げた腕を振り下ろした際に、妖熊の重心が傾いて、妖熊は均衡を保とうとして結局は大地に轟音と共に横たわることになった。


「……今だ!」


 妖熊が自らの巨体を起こそうともがく今が、妖熊を討ち取る最大の好機であるはずだ。リオンの声に濃茶の髪をした騎士が、奇声と共に大地を蹴って跳び上がると、垂直にかまえた剣を妖熊の首に突き立てた。妖熊の放つ断末魔が大気を切り裂き、そして、大地に新たな青い流れができる。

 そこへもう一匹の妖熊が地に倒れる轟音がして、妖熊との闘いが終焉した。


「妖熊を討ち取った証を得るのなら、急いだ方がいい」


 妖熊の頭から飛び降りて、傍にきた騎士に向けてリオンは言う。

 妖魔は空間のひずみから現れる、いわば異界の生物である。そうであれば、その亡骸はこの世界に留まることができない。実際、リオンが最初に倒した妖熊は、全身のいたる箇所から黄金の光を発しつつある。そして、光が生まれた箇所から、妖熊は大気に溶け込むように消滅していく。

 妖魔を討ち取った証を立てるのなら、妖魔から生じる黄金の光を、自身の魔力でつなぎ止めなければならない。そうはいっても、己の魔力が妖魔に対して似合っただけなければ、黄金の光をつなぐことはできない。よって、他者が倒した妖魔を、己の手柄にすることは不可能なのだ。

 騎士として己を高く売り付ける必要があるだろう傭兵であれば、妖熊を倒したという実績はほしいはずだ。他の騎士も証を得ようと、黄金の光を我が物にしようと躍起になっている。それに対して、リオンのとなりに立った男は、興味のなさげな顔をして言う。


「おれの身の丈には合わんよ」

「……?」

「おれは臆病だからな、妖熊を討ち取ったなどと吹聴して回るつもりはない。そんなことをしてみろ、次からはひとりでも大丈夫だと思われて、その結果こちらが生命いのちを落とすことにだってなりかねない」


 そういうものだろうか、とリオンが男を振り仰げば、男は不適な笑みを口元に宿して続けた。


「せっかく、おれに手柄を譲ってもらったのに、悪いな」

「譲ったつもりはない。妖熊を討ち取ったのは、あなたの実力だ」


 語らう目の前で、妖熊はその姿を大気の中に霧散させていく。果たして、複数いる騎士の中で、何人がその証を得ることができたのだろうか、とリオンは周囲を見渡す。

 商人たちは馬をなだめたり荷を確認したりと、こちらも忙しそうであったし、その後方からはエルマがリオンの馬と一緒に、リオンの名を声高に呼びながらやってくる姿が見えた。大きく手を振る少年に、リオンも軽く片手を上げて応えれば、となりの男が口を開いた。


「騎士どのは、お名をリオン卿と言われるのか?」

「リオン・ハーン、王朝騎士団第三騎馬隊に所属している。今は理由わけあって隊を離れているが、復命の後は、隊に復帰するつもりだ」

「……金のメダルをお持ちのようだが?」


 金のメダルを所有できるのは、王の直属の騎士に限られる。男の視線がリオンの剣の柄にあるのを確認して、リオンは苦笑すると言う。


「この旅の間だけ、借りることにしただけだ」


 だから、本来は自分のものではない、と続けてから、リオンは抜き身に着いた妖熊の血を払うと鞘に戻した。男の方も同様に剣を鞘に戻して、姿勢を正してリオンに向き直ると、口調を改めて言う。


「リオン卿、おれはディールと言う。生まれは歴とした騎士家だが、家を出奔してからは姓を捨てた」

「……」

「今はまだ引き受けた仕事の途中であるが、この仕事が終われば、リオン卿と旅路をご一緒したいと思っている。仕事が終わり次第、リオン卿に追い付く。いずれの地へ向かわれるのか、ぜひともお教え願いたい」


 真摯な眼差しがリオンに向けられる。その口調からも態度からも、ディールが本気であることはうかがい知ることができるが、向かう先は試しの森だとは簡単に口にすることはできない。押し黙るリオンにディールがさらに言葉をつなげるように口を開きかけた時、それよりも先に背後から別の声がした。


「騎士さま、お助けいただき、ありがとうございます」


 そう言ったのは隊商のかしらで、肩までありそうな紺色の髪を後ろで束ねた、五〇代半ばくらいのずる賢そうな顔をした男で、リスターと名乗ってから言葉を続けた。


「騎士さまの先ほどの見事な剣の腕前、わたしどもただただ感服するばかりにございます」


 それを商人だからとしてしまうのは、偏見であっただろうか。だが、下心のありそうなやに下がった顔をした上に、リスターは揉み手でリオンにすり寄ってくると言葉を続けた。


「騎士さまが助成してくださったお陰で、怪我人だけですみましたし、荷もあの通り無事でございます」


 妖熊の腕に払われて大地にたたき付けられた騎士も、大事にはいたらなかったようで、今では自身の足で立っている。他にも妖熊の爪に傷を負った者もいるようだったが、動けないほどの深手を負った者はいないようだった。


「お見受けしたところ、騎士さまも旅の途中のご様子、もしもよろしければわたしたちとご同道願うというわけにはまいりませんでしょうか?」

「わたしに、用心棒をしろと?」


 リオンが逆にそう問えば、リスターはとんでもないと首を横に振る。だが、どれほど言葉を変えてみたところで、本質が変わるわけではない。


「わたしはこれからシナンの町に寄って、山越えの仕度をしなければならない。だが、そこまででよければ、ご一緒させていただく」


 しかし、リオンのその言葉に、リスターは表情をいっそう輝かせると、さらにリオンに詰め寄った。


「それは何と奇遇な。われらも山を越える予定なのです。ただ、ご覧の通りの荷ですから町に入ることはできません。騎士さまもシナンに立ち寄って、時間を無駄にすることはございません」

「……」

「お食事のお世話から何まで、すべてこちらでご用意いたします。ですから、わたしたちと旅を共にしていただけませんか?」


 もちろん連れの方の分も用意いたします、とリスターは追い付いてきたエルマに視線を向けた。


「リオンさま、何かあったのですか?」


 状況の飲み込めないのだろうエルマが、馬から下りて二頭の手綱をにぎって、不思議そうにリスターとリオンの顔を交互に見やっている。


「……エルマ、シナンの町に寄るのは、あきらめてくれ」

「……?」

「リスターどのと旅を共にすることになった」


 リオンの言葉に目を瞬かせるエルマを余所に、リスターはリオンの両手を取ると、改めて感謝の言葉を口にしてから続けた。


「騎士さま、わたしのことは、リスターと呼び捨てくださいませ」

「なら、わたしもリオンでかまわない」


 憮然として応じたリオンのとなりで、ディールがほくそ笑んで、リスターは出発の仕度にかかるために荷馬車の方へと戻っていった。

 そして、リオンはひとり溜息するのだった。



 

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