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第二章  旅は道連れ 01

 王都マエリアを後にして三日、妖魔に遭遇することも盗賊に襲撃されることもなく、リオンの旅は順調に進んでいた。目指す試しの森はリアンデル王国の西端に位置するので、公道を西にと馬を進めていく。

 夏の陽射しは容赦なく照り付けて、日除けにと求めたマントも、あまり役に立っているようには思えない。青く晴れ渡った空には雲のひとつもなかったが、田畑には農作業に励む農夫の姿を見ることができた。

 ただし、道を挟んだ北側はなだらかな丘になっており、斜面には張り付くように家々が並んで、そこに小さな集落を作っていた。

 大地に伸びる緑の山々はまるで地に下りた雲のように見える、ということで名付けられた緑雲山脈からもたらされる、豊かな水流が肥沃な土壌を生み出して、広大な穀倉地帯を作り出している。

 そうした風景さえも物珍しいのか、エルマはリオンの横に並んで、興味深そうに左右を見渡している。その最初は何だかんだとリオンに質問を浴びせてきたエルマであったが、旅も三日を迎えたからかあまり多くを質問することはなくなった。


「エルマ、あの木陰で、少し休憩しないか」


 丘にそって大きく曲がる道の手前に、林とまでは呼べないまでも十数本もの大樹が作る木陰が見えてくる。道の片側にだけ生えた木々は、人為的に作られた果樹園であるのかもしれない。いずれであれ、炎天下を旅する者には憩いの場となりそうだった。

 太陽の光をいっぱいに浴びようと繁らせた緑の下は、濃い影となって涼しげであった。

 リオンの言葉に素直にうなずいたエルマと一緒に、リオンは馬から下りる。大樹の枝に馬の手綱を結わえて、ふたりは大樹を背にして座る。草を食む馬を視界の端に捉えて、リオンは腰に下げた水筒を取ると渇いたのどに流し込んでから、大きな息を吐き出すと同じように水を飲むエルマに言う。


「今夜はこの先にある、シナンという町に宿を取ろうか」

「おれはかまいませんけど、そんなに宿屋にばかりに泊まってもいんですか?」


 野宿も覚悟していたのだろうエルマには、贅沢に思えるのかもしれない。心配そうにするエルマに苦笑して、リオンはさらに一口水を飲んで言う。


「シナンの町を抜ければ、しばらくは屋根の下で眠ることはできなくなるだろうから、かまわないだろう。今夜は充分に英気を養っておくことだ」

「緑雲山脈を越えるのですか?」

「その山のひとつを超えるのだ」


 公道にそって峰を迂回するより、山を越える方が早い。


「山越えの仕度も、整えなくてはならないだろうな……」


 そう言って、そろそろ行こうか、とリオンが立ち上がったその時、リオンは不穏な空気の流れを感じた。おそらく、常人であれば何も感じることはなかっただろうが、騎士であるリオンは常人とは異なる。筋力もそうなら、あらゆる身体能力において常人をはるかに凌駕する、それが「騎士」と呼ばれる存在である。

 精霊を意のままに操って魔導を用いる魔導師とは異なり、騎士が有する魔力は微量でしかない。せいぜい使えるのは、精霊の力を必要としない簡易の魔法くらいであるだろう。もちろん、両方の能力を兼ね備えて生まれてくる者も稀にはいるが、リオンはただの「騎士」にすぎない。

 そして、微量ながらも魔力を有する騎士であるからこそ、リオンは大気に含まれる妖気に気が付くことができた。


「リオンさま……?」


 行く手に見える大きく曲がった道の先を見つめて、表情を険しくさせるリオンに、エルマが猜疑の眼差しを向けて言う。市井に生まれたからというわけではないが、騎士でも魔導師でもないエルマには、妖気を読み取ることはできない。

 リオンから剣を習っているのはたしなみからで、エルマが「騎士」に叙せられることはないのだった。


「勘違いであればいいが、いやな気配を感じる」


 少し急ごうか、そう言うとリオンは馬の手綱を解いて、鞍にまたがると同時に馬腹を蹴った。その後を遅れてエルマが着いてくることを馬蹄の音で確かめながら、リオンは前だけを見つめる。


「リオンさま、妖魔ですか!」

「おそらく!」


 杞憂であればいいが、誰かが妖魔に襲われている可能性も否定できない。騎士の務めの一番が民を護ることにあるのなら、わずかでも可能性がある以上リオンには看過することはできなかった。





 己の剣の腕だけを頼りに世を渡っていくのなら、傭兵という家業も悪くないとディールは思っている。一五歳で成人をして、三年の修行を要して独り立ちして以来七年、傭兵として生きてきた。常に危険は付きまとうが、それは何も傭兵だけが特別ではないはずだ。王国に仕える騎士も、いくさだ何だと駆り出されては生命いのちの遣り取りをする。

 もっとも、襲ってくるのは常に妖魔だけとは限らないので、盗賊を相手にすれば生命を奪うこともある。人を斬っても罪に問われないのが「騎士」だけであるのなら、本来であれば極刑ということになるのだろうが、相手が盗賊であるからか目こぼしされる。

 自身よりも腕の勝る者と対峙すれば、生命を奪われるのなら、何も正式に「騎士」になることもないだろうとディールは思っている。

 そんなディールが、現在雇い主として選んでいるのが、五台にも及ぶ荷馬車を連ねて商品を運ぶ商人だった。荷を馬に引かせているくらいだから、傭兵もディールがひとりではない。徒歩で行く者もあれば、ディールのように馬に乗る者もあったが、その数は一〇人はいる。傭兵などという稼業にいそしむからには、一〇人はそろって「騎士」の血統に生まれている。

 緑雲山脈を越えた西にある、レントという町にまで無事に荷を運ぶことができたなら、ひとり当たり金貨を五枚もくれるというのは破格の報酬である。

 旅程も半ばをすぎていることを思えば、今度の仕事も何事もなく終われるだろう。

 そう思ったから、油断をしたわけではない。妖魔というものは、空間のひずみから昼夜関係なく現れる。何故空間にひずみができるのか、その理屈は解明されていないらしいが、解明されたからといって妖魔が現れることに違いはないだろう。

 だからこそ、自分のような人間が必要とされるのだ、とディールは馬上の高見から空の一点を凝視する。それと同時に、他の騎士が周囲に向けて声を張り上げる。


「妖魔だ……っ!」


 その一言で、隊商の列はにわかに慌ただしくなる。妖魔が襲うのは荷ではなく、それを運ぶ人である。野盗の群れも厄介であるが、言葉が通じない分、妖魔の方がよりいっそう始末が悪かっただろうか。

 ディール自身も馬から飛び降りて、腰の剣を抜いて身構える。戦う術を持たない商人を背後にかばって、公道の真ん中で陣を組む。妖魔の襲撃を受けても、荷の傍を離れようとしないのは、さすがは商人だといったところだろうか。

 それとも、騎士が一〇人もそろっているのだから、妖魔といえども恐れるには足らないと思っているのだろうか。いずれであれ、ディールは期待に応える必要があり、他の九人も報酬をもらうためには妖魔を撃退しなければならない。

 黄玉にも似た瞳でもって、ディールは黒くひび割れていく空間をにらんで、そこから発生する生ぬるい風に、短く切りそろえた濃茶の髪を揺らす。男らしい精悍な顔だと自負する、その口元に不適な笑みを宿して片頬を上げる。

 背丈も体躯も他の傭兵仲間よりも一番なら、剣の腕も他の連中よりは優れている、という自信がディールにはあった。


「くるぞ……っ!」


 誰かが叫んで、ひび割れた空間から漆黒の塊が姿を見せた。

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