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第十二章  対峙のとき 04

 

「リアンデル王の行いを、アシュタールの民として許すつもりはありませんよ」


 王子でもなければ、王族でもなく、ましてや王と名乗ることもせず、アシュタールの民だとクリフは自身を表わした。それに、シュメールとカエサルが、同じように目を細めたが、込められた意味は異なるはずだ。それとも、嫌悪という一点において、思いは同じであっただろうか。

 しかし、両者の存在など、意に介することなく、クリフは言葉を紡いでいく。


「ですが、復讐などという行為は、愚かです。憎しみは、新たな憎しみを生み出すだけです」

「……」

「父上は、ぼくや兄上に、生きよとおっしゃった。それは、血を残せという意味であったのかもしれませんが、ぼくはこの血統を残すつもりはありません」


 何故だかわかりますか、弟の問いかけに兄は沈黙で応える。


「自身がアシュタール王国王家の、正統なる後継だと知ることで、兄上のようになってほしくないからです。そして、リオンが、ぼくたちの悲願を叶えてくれる……」

「それは違う」


 クリフの言葉を簡単に否定して、シュメールはさらに歩を進める。

 この場の主導権を、アシュタール王国のふたりの王子に奪われたカエサルが、何を考えているのかなどリオンにはわからない。今すぐにでも殺してやりたいと、あるいはそう思っているかもしれない。自らをたばかり、王子に呪術を施した男は、長年その行方を捜させていたアシュタールの王子だったのだ。

 殺せと命を下すにカエサルがためらうのは、王子にかけられた呪術があるからだろう。シュメールを殺めて、それで呪術が解かれるという保証がない。

 だから、リオンだけでなく、誰もが黙って聞いている。ただし、ここまでリオンと共に旅をしてきた六人には、別の思いがあるはずだ。何やらおもしろくなってきたようだ、そんな不謹慎な台詞を口にしたイズヴェルもまた祖国を消失した身である。カエサルが追いつめられていく様に、イズヴェルなりに思うところがあるのだろう。

 そのイズヴェルの傍らでは、王子さまでも村長むらおさが務まるだろうか、とこの場に似合わぬ心配をするのはアーニャだ。顎に手を当てて考え込むディールに、緊張感がなさすぎると溜息するレイシアも大概である。

 常であれば、そんな一同を見やって苦笑するリオンだが、現状そんな余裕はない。リオンの背後で、聖剣を胸に抱くエルマも同様であったはずだ。リオンさま、と呼びかけてくる声音は、小さく震えている。


「この世界は闇に閉ざされる」


 弛緩した空気も一瞬にして凍て付かせるほどの低音で、愉悦を含んだシュメールの声音が、ゆっくりと室内を周回していく。


「おまえの思いとは別に、おまえはこの世界が闇に飲まれる様を見届けることになる。だから、わたしは安心して死ぬことができる」


 それは誰に向けての言葉であったか。聖剣を手にしたリオンに対してであったか、それとも、リオンに聖剣を手にさせたクリフに対してのものであったか。続いた言葉が、リオンに向けられたものであることだけは間違いなかった。


「さあ、王子を助けたいのであれば、おまえが手に入れた、その聖剣でこのわたしを殺せ」

「……っ!」

「そうでなければ、わが思念は現世に留まり、王子は冥府の門をくぐることになるだろう」


 まるで挑発するように、シュメールはリオンへと近付いてくる。

 一歩、また一歩、死に魅入られた目をして、シュメールは薄く笑む。どちらに転んでも、シュメールを待っているのは「死」があるのみだ。アシュタール王国の王子というだけで、あるいは、王子に呪術を施した大逆の罪によって、シュメールは裁かれ極刑に処される。


「さあ、どうした? おまえは、何のためにその剣を手に入れた?」

「少なくとも、あなたを殺めるためではありません」


 毅然と返すリオンだったが、その視線の先のカエサルが、玉座の高見からリオンに命じる。


「リオン・ハーン、リアンデル王国国王に代わって、シュメール・レ・ヴァレントなる謀反者を討ち取れ」

「それは陛下、玉座を血で穢すことになります」


 そう言ってはみたが、ただの言い訳でしかない。本音のとこで言えば、クリフの兄だというシュメールを、クリフの目の前で斬ることにためらいがある。だが、カエサルはリオンの言い訳を許してはくれなければ、シュメールはそんなカエサルを嘲笑った。

 そして、クリフは無言を貫く。


「陛下は、わたしをアシュタールの王族ではなく、ただの謀反人として処罰したいらしい……」


 しかも、この場で殺めてしまえば、謀反そのものさえなかったことにできるのではないか。ここでシュメールを斬れとカエサルがリオンに命じるのは、つまるところ体面を保つためなのだろう。この場に集った面々さえ口を噤んでしまえば、外にもれることはない。

 ただし、宮廷に仕える面々はそれでいいだろうが、そうではない者もこの場にはいる。シュメールを害したその剣で、他の者も殺せと命じられはしないか。

 ためらうリオンに、シュメールは目の前に立って、侮蔑と嘲笑を込めて言う。


「今、王子に対する呪詛を強めた。一刻もしない内に、王子は死ぬだろう」


 不穏で不吉な言葉に、リオンが驚愕する視線の先では、カエサルが顔色を失って、力なく玉座に腰を落とした。

 挑むようにシュメールが足を動かし、リオンはそれに合わせるように後退する。そんなリオンをとがめる複数の声音がして、痺れを切らしたのだろう近衛の隊長であるモンハートが剣を抜いた。その剣先が、シュメールを背中から斬りつけ、鮮血が飛沫上げる。

 エルマとアーニャが短い悲鳴を上げて、レイシアが眉根を寄せる。ディールの低くうなる声が聞こえて、イズヴェルのこんな場面でも変わらない陽気な声がリオンを呼んだ。


「やるしかないんじゃないの? クリフだって、その覚悟はできてるんだろうと思うよ」


 そう言われてリオンがクリフを見やれば、クリフは感情のない冷めた顔をしてシュメールに視線を注いでいた。

 その視線を追った先で、床に片膝を付いたシュメールは、苦悶に顔をゆがめながらも傲然とおもてを上げて、荒い息を繰り返す合間に言葉を紡いでいく。紡ぐ言葉に皮肉が宿ったのは、モンハートの短慮を嘲っているからだろうか。


「このまま、わたしが死ねば、わたしの思念は残ったままになる」


 その言葉に息を飲んだのは、モンハートだったか。今さらながらに、自身の行為を悔いているのだろう。

 リオンは返す言葉もなく、静かにシュメールを見下ろす。そんなリオンに、クリフがささやく。


「リオン、終わりにしてください」

「……っ!」

「憎しみの連鎖を、リオンの手で断ち切ってください」


 そう言って、クリフはエルマの手から剣を奪うと、リオンに向けて突き付ける。リオンにしか抜くことのできない剣、この世のあらゆるものを両断することができるといわれたその剣を、リオンは震える手で受け取る。

 そして、リオンはその剣を抜く。白銀に輝く月のように、冷めた鋭利な閃きに、短い感嘆の声が上がる。シュメールでさえ目を瞠り、剣が放つ冷徹な光を見上げていた。

 鞘をエルマにあずけると、リオンは剣を高く構えてから念じる。この剣に意思があるのなら、この剣に斬れぬものがないというのなら、シュメールの憎悪が作り出した呪詛だけを断ち切ってほしい。


「……剣よ、わが命に従え」


 低くつぶやいて、リオンは一度目を閉じる。そして、ふたたび目を開けると、リオンは剣を振り下ろした。その瞬間、クリフが顔を伏せるのが、リオンには確かに見えた。




 

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