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第十二章  対峙のとき 03

 今、クリフは何と言ったか。

 リオンの聞き違いでなければ、クリフはシュメールを「異母兄あに」と呼んだ。リアンデル王国で宮廷魔導師長を務めるシュメールが、クリフの異母兄だという。


「クリフどの……?」


 そんなはずがない、リオンがそう思うのは、クリフの素性を疑っているからだ。アシュタール王国がリアンデル王国の前に滅亡を強いられた時、アシュタール王国にはふたりの王子がいた。行方どころか生死さえ明らかではない王子の、そのひとりがクリフなのではないか。

 リオンの嫌疑が正しいものであるのなら、クリフが異母兄と呼んだシュメールも、アシュタール王国王家の血を受け継ぐ、王子のひとりということになる。仮にそうであるのなら、シュメールが王子に呪術を施したことにも納得がいくのだろうが、シュメール自身がそれを認めたわけではない。


「……感動の対面、ってわけでもないのかな?」


 場にそぐわぬ台詞はイズヴェルのもので、レイシアににらまれて、イズヴェルは両手を軽く挙げてみせる。そんなイズヴェルの裾を引いて、どういうことなのかと問いを口にするのはアーニャだ。宮廷魔導師長と呼ばれた男と、クリフが異母兄弟にあるなどと、アーニャには理解することができないのだろう。

 もちろん、それはアーニャに限ったことではなく、カエサルもまた同様のようだった。


「シュメール、その者の申すことは、真であるのか?」

「真かとお尋ねにございますか、陛下?」


 戦慄さえ覚える、そんな冷ややかな笑みでカエサルを見返して、シュメールは言葉を続けた。


「この者が弟であるかどうか、わたしには判断が付きかねますが、王子に呪術を施したのは、間違いなくわたしです、陛下」

「おぬし……っ!」

「お静かに、陛下」


 玉座の高見から、今にも跳びかからんばかりの勢いを見せるカエサルに、シュメールはさらなる冷笑を向ける。


「幼い王子の生命を、惜しまれるのでしたら、どうかそのままに」


 呪詛を施したのがシュメールであるのなら、王子を生かすも殺すもシュメールの思惑次第ということになる。

 王子の生命を楯にされれば、カエサルとしても従うより他にないのだろう。音がしそうなほど唇をかみしめて、にぎりしめたこぶしを震わせながらも、カエサルは玉座に座り直した。

 そんな王を正面に見て、リオンはクリフを振り返る。シュメールの正体を明かしたのはクリフである、何か思うところがあるのは確かだろうが、何を考えているのかリオンには理解できなかった。





 理不尽さに対して、何度もその同じ単語を繰り返した。

 何故、いくさになったのか。

 何故、戦に敗れたのか。

 何故、城は燃えたのか。

 何故、国は滅びたのか。

 何故、父と母は死ななければならなかったのか。

 何故。何故? 何故!

 天までも焼き尽くしてしまうのではないか、そう思えるほどの炎に包まれて、燃え落ちる城を眺めて、少年だったシュメールは「何故」とつぶやいた。


「何故、復讐をしてはならないのか……!」


 復讐をしようと思うな、父王のその言葉も理不尽であったし、それでも「生きよ」と言われたこともシュメールには理不尽だった。

 それらすべての理不尽を糧に、シュメールは本来の名を捨て素性を隠し、リアンデル王国の宮廷魔導師長という地位にまで登りつめた。もちろん、容易なことではなかった。シュメールを怪しむ者も、シュメールの能力の高さを妬む者も、ひとりやふたりではなかった。そうした者たちを魔導の犠牲にして、その謎をシュメールが自身で解き明かす。それでいて、罪だけは他者に着せて、シュメールはより高見へと近付いていった。

 階段をひとつずつ昇る過程で、王に王子が誕生したことで、シュメールは標的をカエサルから王子へと変更した。唯一の世継ぎである王子を失えば、この国は混迷へと転がるはずだ。

 巨大に膨れ上がった版図を、誰が治めるのか。それを巡って、殺し合うのもいいだろう。各地で反乱が起き、併合された国はふたたびの独立を目指す。

 リアンデル王国が滅びる様を、何度も脳裏に描いては、カエサルが追いつめられていく行程を楽しんだ。

 王子を殺してしまうのは簡単だったが、シュメールはあえて呪詛という回りくどい方法を用いたのは、カエサルに奪われる苦しみを知ってほしかったからだ。


「わたしが味わった苦しみの、万分の一でも知るべきだ」


 呪術に犯され、床に伏したわが子を前に懊悩とするカエサルを前に、こみ上げる愉悦をこらえるのに、どれほどの忍耐を強いられたか。それとも知らずに、シュメールに打開策を求めるカエサルが、シュメールには滑稽でしかなかった。

 聖剣のことを口にしたのは、わずかでも希望をあたえて、その希望が絶望に変わる瞬間を見てみたかったからだ。王子の生命の灯火を消してしまうのは、それからでよかった。

 しかし、結果はどうであるか。


「……おまえは、われらが悲願の騎士になるのか?」


 剣と共に帰ってくる、剣の封印が解けたと知った日から、この日を指折り待った。そして、その雄姿を目にしたシュメールには、もはや未練も後悔もなかった。カエサルの表情が引きつる様も見届けた。世界が闇に閉ざされる瞬間は、異母弟おとうとが見届けてくれることだろう。


「いや、おまえは絶望の騎士となるのだ」


 語り継がれてきた伝承が正しければ、剣の封印が解けた麒麟は、この世界に数多の妖魔を招き入れることだろう。そして、リアンデル王国だけに留まらず、世界が妖魔によって滅ぼされる。

 そうとわかれば、シュメールには満足だった。


「さあ、絶望をもたらす騎士よ、このわたしを殺すといい」


 両手を軽く広げると、シュメールはその顔に愉悦をたたえて、リオンに向けて一歩を踏み出す。


「クリファリス、おまえには感謝をする」


 迫りくる炎の中、父王の遺言に黙ってうなずいた幼い異母弟が、兄としてシュメールには恨めしかった。だが、やはり兄弟であったのだ。兄とは違う手段ながらも、弟もまた、リアンデル王国を憎んで、復讐のため剣を甦らせた。





 殺せ、迷いもためらいもなく、その単語を口にして、シュメールはリオンに迫った。悲願の騎士、リオンをそう呼んだ口で、絶望の騎士とシュメールは言い換えた。それは、シュメール自身が聖剣のことを知っているからだ。聖剣だけでなく、もちろんクリフのことも知っている。

 クリファリス、シュメールが口にしたその名は、クリフの本名なのだろう。そして、リオンの憶測が間違っていなかったことは、おぬしは何者か、と問うたカエサルに、シュメールが侮蔑を乗せた声音で答えて証明してくれた。


「アシュタール王国最後の王……」


 自らを王と呼んで、シュメールはその視線をクリフに向ける。何かを訴えかけるようなシュメールの眼差しに、クリフは憐憫で返した。


「残念ですが、兄上、アシュタールに王はもういません」

「だが、王の名を継ぐ者はいる」

「だったら、ご自身をそうだとおっしゃるのなら、暴挙をお止めください」

「暴挙?」

「そうです。ぼくは、兄上の暴挙を止めるために、ここにきました」

「わたしの行為が暴挙だというのなら、あの男が成した行為は何だというのか!」


 あの男、そう言ってシュメールが指差した先には、玉座に座るカエサルがいた。

 祖国を奪われ、故国を追われ、復讐に囚われたシュメールに、リオンとしても同情は覚える。だが、カエサルに対して、仇なすというのなら、リオンとしては剣を抜くしかない。聖剣はエルマにあずけて、リオンは腰の剣に手をかける。リオンだけでなく、王朝騎士団団長も近衛隊隊長も、いつでも剣を抜ける体勢でいる。

 一触即発の緊張をはらんだ空間に、クリフの冷めた声音が響いた。

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