第十二章 対峙のとき 02
「よく、無事に帰ってきてくれた」
グレンの言葉に、リオンは姿勢を正して軽く頭を下げた。グレンも小さくうなずいて、そして、リオンの背後に控える六人に目をやる。出るときにはひとりであったはずだと思えば、グレンが不思議に思うのは当然で、彼らはとグレンが視線だけで問うてくる。
怪訝な顔をするグレンに、リオンは胸を張って答える。
「わたしの旅を支えてくれた仲間です。彼らがいなければ、わたしは、ふたたび閣下にお目にかかれなかったでしょう」
リオンの言葉に、そうかとグレンがうなずいて、それでとリオンを促す。そんなことよりも、聖剣はどうしたのか、とグレンには気になるのだろう。
「……剣は、こちらに」
そう言って、リオンはエルマを振り返る。エルマの手には、布に巻かれた長物がある。エルマが大事そうに、かかげるようにして持つそれに、グレンの手が伸びる。だが、それを、閣下と呼ぶことで、リオンは制止した。
触れられたくない、瞬間的にそう思ったその事実に、リオンはおののきながらもグレンに対しては、平静を装って言葉を選ぶ。
「王子殿下は、いかがしていらっしゃいますか?」
リオンの言葉に、リオンが持ち帰った聖剣が何のためのものであるのかを、思い出した様子のグレンが暗い表情で首を横に振る。
「一進一退といったところか……」
そして、ようやく自身の責務に立ち返ったグレンが続けて言う。
「陛下が、そなたの帰りを待っておられるのだった」
こっちだ、と先になって歩くグレンに、リオンは迷うことなく従う。その後ろをクリフがためらうことなく着いてくるのがわかったが、それ以外の靴音が聞こえてこない。
リオンが足を止めたことで、グレンまでもが振り返る。
「閣下、彼らの同席をお許しいただきたいのですが」
「……」
「剣を無事に持ち帰ることができたのは、彼らの功績によるものです。どうか、それをお認めください」
クリフは言った、一日でも長く生きていたいので、できれば王の前まで生かしておいてもらえれば、助かるのだ、と。それは、王に会いたいということなのだろう。恨み晴らすつもりで、クリフがそう言ったようには思えない。
しかし、もしもクリフが王に敵対するというのであれば、リオンはクリフをためらうことなく斬るだろう。純粋な魔導の勝負ではリオンに勝ち目がないだろうが、リオンには聖剣がある。そして、今のところ、その聖剣を鞘から抜くことができるのは、リオンがひとりあるだけだ。
試しの森から脱出して、いろいろと試してみたが、リオンの他には誰にも剣を抜くことができなかった。
「……わかった、陛下にはわたしから、お知らせしておこう」
ありがとうございます、リオンは深く頭を下げて、謝意を示した。
*
エルマとアーニャにとって、その目にするすべてが物珍しいようだった。広く長い廊下は鏡と紛うほど磨かれ、壁には金と銀で装飾されている。水晶を組み合わせたシャンデリアが、見上げるほど高い天井から吊り下げられ、窓にはすべて硝子が入れられている。
驚きに声さえ出てこないエルマとアーニャを横目に、趣味が悪いと評したのはイズヴェルで、グレンが肩越しに振り返って視線で牽制する。それを受けて肩をすくめるイズヴェルに、リオンは頭を抱えたくなる。せめて王の前だけはおとなしくしてほしい、と願いながらリオンは廊下を曲がり、階段を昇ってまた廊下を進んでいく。
そして、ある部屋にリオンらは通される。
ここが謁見の間に通じる、控えの間であるのなら、奥に見える扉の向こうに王がいるのだろうか。
「陛下にお知らせしてまいる。そなたらは、ここで今しばらく待っておれ」
その言葉を残してグレンは部屋を出て行き、リオンの緊張が解けぬ間にグレンが入ってきたのとは違う、部屋の奥にある扉から顔を出す。
「……決して粗相のないようにな」
グレンがそう言って念を押したのは、イズヴェルに対してであったかもしれない。まだまだ剣士としては衰えを知らないその眼光に、鋭くにらまれたイズヴェルが、二度三度とうなずいて了承の意を示した。だが、グレンが背中を向けると同時に、舌を出して見せる辺り、老将の気迫も効果はなかったようである。
何はともかく、グレンの先導で控えの間を出る。そして、その視線の先に見える玉座に座す、カエサルの姿をリオンは認める。旅に出る前よりか、また少し面やせしたように見えるのは、リオンの気のせいであるのだろうか。
「陛下、お久しゅうございます」
鷹揚にうなずくカエサルの周囲には、宰相リヒタールと近衛騎士隊隊長モンハート、そして、宮廷魔導師長シュメールの姿がある。そこにグレンが加わって、リオンを上座から見返してくる。
未だ旅装の身で謁見を願い出た無礼をリオンが詫びる間、カエサルの視線はリオンの背後に控えるエルマが手にするものに向けられていた。もちろん、カエサルだけでなく、リヒタールとモンハートの視線も同様にエルマに注がれていて、エルマが剣を落としはしないだろうかとリオンは危惧する。
そうした中で、ただひとり、シュメールの視線だけは別のものを捕らえているようだった。
「早速ではあるが、リオン……」
王の代わりに口を開いたのは宰相で、一歩前に進み出ると、沈痛な面持ちで続けた。
「……そなたが持ち帰った聖剣を、こちらへ渡してもらおう」
剣を持ち帰ったその時点で、リオンはお役御免ということのようだった。この度の労いと報償は後日改めてなどと宰相は言うが、リオンとしても、はいそうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。
何故といって、剣を抜くことはリオンにしかできないのだ。王子にかけられた呪詛を、どのような方法で解くのかはリオンの知るところではないが、鞘に収めたままで剣が威力を発揮するとは思えない。
恐れながら、とリオンが口を挟んで、リオンの言葉に嘘がないことを、グレンが自ら実践することで証明する。エルマの手からリオンを介してグレンの手に渡った剣は、グレンがどれほど力を込めようが、その実の姿を現さなかったのだ。
それには、カエサルも譲歩せずにはいられなかったのだろう、リオンが立ち会うことを許可した。
しかし、低くうなったカエサルが、何を思ったのかは、リオンの知るところではない。
そして、カエサルが玉座から腰を浮かせたその時、お待ちくださいとリオンの背後で声を発する者があった。いっせいに全員の視線が向けられて、それらの視線を正面から受け止めたクリフは、一向に臆することなく言葉を紡いだ。
「リオンに剣を抜かせて、何をなされるのですか?」
「クリフどの、無礼である!」
鋭くたしなめるリオンに、クリフは冷めた嘲笑で応えた。
「無礼であるのは、百も承知ですよ」
王の眉間に不快感を示す皺が深く刻まれる。それがクリフにも見えていないわけでもないだろうに、クリフは口を噤むことをしない。
「ですが、自ら主君と呼ぶ王のご子息に、呪術を施すのは、さらに無礼なのではありませんか?」
「どういう意味か?」
地を這うように低く響いた声音はカエサルもので、玉座から立ち上がったカエサルは、数段高い位置からクリフを真っすぐ見下ろしている。だが、それさえも、クリフは嘲笑で返す。
「言葉のままです。そうでしょう、宮廷魔導師長シュメールさま?」
クリフを捕らえていた視線が、今度はシュメールへと向けられる。クリフの言葉にわずかに目を細めたシュメールだったが、言葉にしては何を発することなく、クリフとはまた違う冷めた目をして佇立していた。
そのシュメールに、クリフはこの場の誰もが予期せぬ言葉を投げかけた。
「それとも、こうお呼び申し上げる方がよろしいでしょうか? わが親愛なる異母兄さま……と」




