第十二章 対峙のとき 01
それは、重くリオンの両手にのしかかった。剣そのものが重いわけではない、剣を受け取ったことの重圧がリオンを押しつぶそうとする。
あの瞬間、はじけ飛んだ黄金の光は、この剣によって封じられていた麒麟であったのではないか。自由になったその身で、どこまで翔ていったのだろうか。リオンは麒麟が描く軌跡を追いかけて、いつかは麒麟を討ち取らなければならない。
それが、この剣を受け取った者に課せられる、責務であり使命でもある。だが、今は麒麟を探索している時ではない。
「王都へ、華栄宮へ帰ろうか……」
青く晴れ渡った空を見上げて、リオンはそう言った。
*
これからどうするか、試しの森から無事に脱出して、ふたたび戻ってきたレ・シャリフォンで、リオンはここまで同道してくれた仲間を見やって問いかけた。聖剣を手に入れたリオンには、これから王都マエリアに帰還して、王に報告する義務がある。
それに対して、ディールもイズヴェルもレイシアにも、これ以上リオンに付き合う理由はないはずだ。クリフに限っては別であったし、クリフがリオンと行動を共にする以上、アーニャがそれに着いてくるのは当然の結果だった。もちろん、エルマはリオンと一緒に王都へ帰る。
「おれは、リオンどのと一緒に行く。聖剣を手にしたリオンどのが、どれほどの騎士となるのか、見届けずにはいられないだろうな」
「わたくしも、リオン卿に同道したいのじゃが、よろしいか? 王都の大聖堂に、今度の旅の報告をしたいのじゃ」
ディールに続いてレイシアがそう言えば、それを聞いていたイズヴェルは、二度三度とうなずいて言う。
「このイズヴェル、どこまでもレイシアどののお供をして行こうよ」
「共など不要じゃ」
「だったら、従者として……」
こうして始まるいつもの様相に、リオンが苦笑をもらせば、傍らのエルマがリオンの袖を引いてささやく。
「リオンさま、帰りも何だか賑やかになりそうですね」
「そうだな」
賑やかになる以上の苦労もしそうだ、とリオンは溜息をもらす。だが、心強い仲間であることに違いなく、王都までまた共に旅ができることは頼もしい。
「また、よろしく頼む」
リオンが言えば、その言葉にそれぞれがそれぞれの笑顔で応じてくれる。
そして、レ・シャリフォンで一泊して、きた時とは逆の道をたどって、王都を目指す。ただし、帰らずの森は迂回する道を選ぶので、クリフとアーニャの村は立ち寄らない。それを知ったクリフが残念そうに、村に寄ればアーニャを置いていけはずなのに、と言ったのはもしかしたら、アーニャのことを思ってのことではなかったのか。
親元に帰ればこれ以上危険な旅をする必要がなくなる、クリフはそう考えたのではないか、と思うのはリオンのうがちすぎだろうか。
カユタユの町にまで帰り、ふたたびリムル川を渡ってレタークの町に入る。妖魔の気配を感じさせない町の穏やかさに、リオンは安堵してこの町を後にする。だが、それから王都に帰るまで、妖魔に三度遭遇することになる。
剣の封印を解かれた麒麟によって、妖魔が出現する頻度が増したためであるのか、それを確かめる術はない。クリフも静かに首を横に振っただけで、明言は避けた。
「今はまだ、その時ではないのだと思いますよ」
その時、それはリオンが麒麟と対峙する時のことだろう。だが、麒麟と対峙する前に、リオンは王子にかけられた呪詛と対峙しなければならない。
もしかしたら、二度とこの町には帰ってこられないかもしれない、そう覚悟してくぐった城門をふたたびリオンはくぐった。季節は夏をすぎて、秋も終わろうかというころで、吹き抜ける風には冬の気配が感じられるようになっていた。
しかし、王都マエリアの町は、何も変わることなくリオンを迎えてくれる。
「へえ……すごい、これが王都なんだね」
これまでも幾つもの町を巡ってきたが、そのどことも違うマエリアの大きさと、華やかさにアーニャが笑顔を輝かせる。富貴の証明である豪商の邸宅と、権威の象徴である貴族の屋敷が軒を連ねる向こう側に、支配者の居城である華栄宮の尖塔が見え隠れする。
「いやだね、欲目丸出しで」
感嘆の声を上げるアーニャと違って、イズヴェルはそう言って心底からいやそうな顔をする。
「ふふ、権威というものは、中枢に近付けば近付くほど、目を覆いたくなるものですよ」
「だが、そこへすり寄りたい者は、後を絶たないのだろう?」
常に先頭を歩いていたディールだったが、王都に着いてからはリオンが前を歩いている。そのリオンの後ろを歩くディールが、クリフの言葉の後を受けた後に、リオンに向けて声をかけてきた。
「それで、リオンどの、これからどうする?」
「権威の中枢へ向かう」
「つまり、華栄宮か……」
そうだ、とリオンがうなずいてみせれば、ディールは低くうなって言う。
「おれたちは、どこかで待っていようか?」
「その必要はない」
リオンの言葉に、ディールだけでなく、クリフを除いた全員が驚く。華栄宮へと続く通りの真ん中でリオンは足を止めると、背後を振り返って続ける。
「功績は、決してわたしひとりのものではない。わたしが、こうして王都へ無事に帰ることができたのは、みながいてくれたからだ」
だから、みなを王に紹介したい、リオンが言えば、これまたクリフを除いた全員が口と目を丸くする。
「わたくしは、一介の女神官にすぎぬ」
「それを言うなら、おれはただの傭兵風情だ」
「あ、あたしなんて……っ!」
「……おれは、異国の民だよ?」
「それでも、わたしの頼れる仲間だ」
そう言って、リオンは笑いかける。困惑する顔、戸惑う顔、狼狽する顔、そして、面白そうにする顔を順に眺めて、当然と言いたげな顔に行き着いて、リオンが苦笑に変えればエルマの声が聞こえてきた。
「だったら、おれは、先に帰ってハンナさんに、リオンさまが無事にお帰りなったと伝えておきます」
「エルマ、わたしは、みなと言ったはずだ」
今にも駆け出して行きそうな少年を、リオンがそう言って呼び止めれば、少年は怪訝そうな顔で見上げてくる。そのエルマの頭に手を乗せて、リオンは言う。
「みなの中には、エルマも入っている」
「お、おれ、も……?」
もちろんだ、付け加えたリオンの言葉に、エルマは泣きそうな顔をして、リオンだけでなく全員の失笑を買った。
そして、ふたたび歩を進めるリオンに、イズヴェルが問いかけてきた。
「ひょっとして、リオンはおれを掏摸の容疑で、王宮に差し出すつもりじゃないよな?」
「そうだった。忘れていた」
「何を?」
「あなたが、掏摸だということをだ」
「……だったら、このまま忘れておいてくれると、助かるんだけど」
どうしようか、と応じてみたところで、イズヴェルの表情は変わらない。リオンを信用しているからなのだろうが、リオンはひとつ溜息して言う。
「今回は見逃してやるが、次は間違いなく警吏に突き出す」
やれやれといった態で、肩をすくめるイズヴェルに、リオンは声を上げて笑った。
*
「リアンデル王国王朝騎士団第三騎馬隊所属の騎士、リオン・ハーンが帰ったと、陛下にお取り次ぎ願いたい」
金のメダルを突き出されて、慌てて姿勢を正して敬礼をする衛兵に、リオンはそう言って応答を待った。金のメダルを持てるのは近衛の騎士だけで、本来ならリオンが持てるものではない。だが、それを偽物と疑われることなく、取り次いでもらえたのは、リオン自身が王都では有名であったからだ。
二年に一度の剣術大会で、三期連続の勝者であるリオンを、騎士の身分にあれば知らない者はいない。
そして、待つことしばらく、リオンの前に現れたのは、王朝騎士団団長グレン・ラ・ヴァッハだった。




