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第十二章  対峙のとき 01

 それは、重くリオンの両手にのしかかった。剣そのものが重いわけではない、剣を受け取ったことの重圧がリオンを押しつぶそうとする。

 あの瞬間、はじけ飛んだ黄金の光は、この剣によって封じられていた麒麟であったのではないか。自由になったその身で、どこまで翔ていったのだろうか。リオンは麒麟が描く軌跡を追いかけて、いつかは麒麟を討ち取らなければならない。

 それが、この剣を受け取った者に課せられる、責務であり使命でもある。だが、今は麒麟を探索している時ではない。


「王都へ、華栄宮へ帰ろうか……」


 青く晴れ渡った空を見上げて、リオンはそう言った。





 これからどうするか、試しの森から無事に脱出して、ふたたび戻ってきたレ・シャリフォンで、リオンはここまで同道してくれた仲間を見やって問いかけた。聖剣を手に入れたリオンには、これから王都マエリアに帰還して、王に報告する義務がある。

 それに対して、ディールもイズヴェルもレイシアにも、これ以上リオンに付き合う理由はないはずだ。クリフに限っては別であったし、クリフがリオンと行動を共にする以上、アーニャがそれに着いてくるのは当然の結果だった。もちろん、エルマはリオンと一緒に王都へ帰る。


「おれは、リオンどのと一緒に行く。聖剣を手にしたリオンどのが、どれほどの騎士となるのか、見届けずにはいられないだろうな」

「わたくしも、リオン卿に同道したいのじゃが、よろしいか? 王都の大聖堂に、今度の旅の報告をしたいのじゃ」


 ディールに続いてレイシアがそう言えば、それを聞いていたイズヴェルは、二度三度とうなずいて言う。


「このイズヴェル、どこまでもレイシアどののお供をして行こうよ」

「共など不要じゃ」

「だったら、従者として……」


 こうして始まるいつもの様相に、リオンが苦笑をもらせば、傍らのエルマがリオンの袖を引いてささやく。



「リオンさま、帰りも何だか賑やかになりそうですね」

「そうだな」


 賑やかになる以上の苦労もしそうだ、とリオンは溜息をもらす。だが、心強い仲間であることに違いなく、王都までまた共に旅ができることは頼もしい。


「また、よろしく頼む」


 リオンが言えば、その言葉にそれぞれがそれぞれの笑顔で応じてくれる。

 そして、レ・シャリフォンで一泊して、きた時とは逆の道をたどって、王都を目指す。ただし、帰らずの森は迂回する道を選ぶので、クリフとアーニャの村は立ち寄らない。それを知ったクリフが残念そうに、村に寄ればアーニャを置いていけはずなのに、と言ったのはもしかしたら、アーニャのことを思ってのことではなかったのか。

 親元に帰ればこれ以上危険な旅をする必要がなくなる、クリフはそう考えたのではないか、と思うのはリオンのうがちすぎだろうか。

 カユタユの町にまで帰り、ふたたびリムル川を渡ってレタークの町に入る。妖魔の気配を感じさせない町の穏やかさに、リオンは安堵してこの町を後にする。だが、それから王都に帰るまで、妖魔に三度遭遇することになる。

 剣の封印を解かれた麒麟によって、妖魔が出現する頻度が増したためであるのか、それを確かめる術はない。クリフも静かに首を横に振っただけで、明言は避けた。


「今はまだ、その時ではないのだと思いますよ」


 その時、それはリオンが麒麟と対峙する時のことだろう。だが、麒麟と対峙する前に、リオンは王子にかけられた呪詛と対峙しなければならない。

 もしかしたら、二度とこの町には帰ってこられないかもしれない、そう覚悟してくぐった城門をふたたびリオンはくぐった。季節は夏をすぎて、秋も終わろうかというころで、吹き抜ける風には冬の気配が感じられるようになっていた。

 しかし、王都マエリアの町は、何も変わることなくリオンを迎えてくれる。


「へえ……すごい、これが王都なんだね」


 これまでも幾つもの町を巡ってきたが、そのどことも違うマエリアの大きさと、華やかさにアーニャが笑顔を輝かせる。富貴の証明である豪商の邸宅と、権威の象徴である貴族の屋敷が軒を連ねる向こう側に、支配者の居城である華栄宮の尖塔が見え隠れする。


「いやだね、欲目丸出しで」


 感嘆の声を上げるアーニャと違って、イズヴェルはそう言って心底からいやそうな顔をする。


「ふふ、権威というものは、中枢に近付けば近付くほど、目を覆いたくなるものですよ」

「だが、そこへすり寄りたい者は、後を絶たないのだろう?」


 常に先頭を歩いていたディールだったが、王都に着いてからはリオンが前を歩いている。そのリオンの後ろを歩くディールが、クリフの言葉の後を受けた後に、リオンに向けて声をかけてきた。


「それで、リオンどの、これからどうする?」

「権威の中枢へ向かう」

「つまり、華栄宮か……」


 そうだ、とリオンがうなずいてみせれば、ディールは低くうなって言う。


「おれたちは、どこかで待っていようか?」

「その必要はない」


 リオンの言葉に、ディールだけでなく、クリフを除いた全員が驚く。華栄宮へと続く通りの真ん中でリオンは足を止めると、背後を振り返って続ける。


「功績は、決してわたしひとりのものではない。わたしが、こうして王都へ無事に帰ることができたのは、みながいてくれたからだ」


 だから、みなを王に紹介したい、リオンが言えば、これまたクリフを除いた全員が口と目を丸くする。


「わたくしは、一介の女神官にすぎぬ」

「それを言うなら、おれはただの傭兵風情だ」

「あ、あたしなんて……っ!」

「……おれは、異国の民だよ?」

「それでも、わたしの頼れる仲間だ」


 そう言って、リオンは笑いかける。困惑する顔、戸惑う顔、狼狽する顔、そして、面白そうにする顔を順に眺めて、当然と言いたげな顔に行き着いて、リオンが苦笑に変えればエルマの声が聞こえてきた。


「だったら、おれは、先に帰ってハンナさんに、リオンさまが無事にお帰りなったと伝えておきます」

「エルマ、わたしは、みなと言ったはずだ」


 今にも駆け出して行きそうな少年を、リオンがそう言って呼び止めれば、少年は怪訝そうな顔で見上げてくる。そのエルマの頭に手を乗せて、リオンは言う。


「みなの中には、エルマも入っている」

「お、おれ、も……?」


 もちろんだ、付け加えたリオンの言葉に、エルマは泣きそうな顔をして、リオンだけでなく全員の失笑を買った。

 そして、ふたたび歩を進めるリオンに、イズヴェルが問いかけてきた。


「ひょっとして、リオンはおれを掏摸すりの容疑で、王宮に差し出すつもりじゃないよな?」

「そうだった。忘れていた」

「何を?」

「あなたが、掏摸だということをだ」

「……だったら、このまま忘れておいてくれると、助かるんだけど」


 どうしようか、と応じてみたところで、イズヴェルの表情は変わらない。リオンを信用しているからなのだろうが、リオンはひとつ溜息して言う。


「今回は見逃してやるが、次は間違いなく警吏に突き出す」


 やれやれといった態で、肩をすくめるイズヴェルに、リオンは声を上げて笑った。





「リアンデル王国王朝騎士団第三騎馬隊所属の騎士、リオン・ハーンが帰ったと、陛下にお取り次ぎ願いたい」


 金のメダルを突き出されて、慌てて姿勢を正して敬礼をする衛兵に、リオンはそう言って応答を待った。金のメダルを持てるのは近衛の騎士だけで、本来ならリオンが持てるものではない。だが、それを偽物と疑われることなく、取り次いでもらえたのは、リオン自身が王都では有名であったからだ。

 二年に一度の剣術大会で、三期連続の勝者であるリオンを、騎士の身分にあれば知らない者はいない。

 そして、待つことしばらく、リオンの前に現れたのは、王朝騎士団団長グレン・ラ・ヴァッハだった。

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