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第十章  試しの森 01

 自分こそは、そんな思いに駆られて、一体どれだけの者がこの森に挑んだのだろうか。麓から山頂へと向かって伸びる広大な森、その森を「試しの森」と最初に呼んだのは誰であるのか。

 なだらかな傾斜地に果樹園が広がり、森と人里を分ける緩衝地帯を挟んで森へと足を踏み入れる。不可思議な夢に導かれて、リオンはここまでいたった。結果として山中に二泊して、山を下った。気分は優れず食欲もなく、エルマの介助を得て無理矢理粥を流し込んだ。体調は万全ではなかったし、もう一晩ここでゆっくりしてはどうか、と勧められるのをリオンは断った。


「……聖剣を、手に入れる」


 自らを鼓舞するように、リオンはそう言った。

 躊躇も逡巡も、消えたわけではない。希求してはいけないのだと、ささやく内なる声もあった。それを切望すれば、世界は闇に包まれる、それを受け入れることができるのか。責める声がリオンを苛んだが、別の声がリオンに決断させた。

 待っている、夢の中でリオンに語りかけた何者かは、確かにそう言った。内容は半分も覚えていないのに、その言葉だけはリオンの鼓膜の奥に消えることなく、今も反響していた。それが聖剣が自らリオンに呼びかけてきたのか、聖剣を作ったという魔導師が語りかけてきたのか、リオンにはどちらでもかまわなかった。

 もしかしたら、夢はリオンが作り出した虚像であるのかもしれない。だが、何かにすがらなければ、リオンは前に進むことができそうになかった。





「身体の方は、もう大丈夫そうですね」


 かつて、アシュタール王国と呼ばれたそこは、リアンデル王国アシュタール領と名を変えた。だが、国名が変わって君主がすり替わろうと、その地で日々を営む民の暮らしに影響はないようだった。それは、ここレ・シャリフォンという名の町でも同様で、市場には活気があって、通りは華やかに賑わっている。

 征服者の優越を誇るように、町を囲む防壁のいたるところに、リアンデル王国の旗が雄々しく翻っているのを、クリフはどう思ったのだろうか。リオンを気遣う言葉を口にするクリフは、穏やかな表情を見せているが、その内心を覗き見ることは誰にもできない。


「騎士の回復力というものには、あきれるばかりです」


 そう言って肩をすくめるクリフに、リオンは苦笑を返す。

 山を下ってから三日、リオンの体調は万全といっていい。さらに加えて、今のリオンは精霊の存在を認識できる。魔導を使いこなすまでにはいたっていないが、修練を重ねるしか会得する方法はない。


「で、リオン、本当に覚えてないわけ?」


 太陽の残照に染まる空の下、家路を急ぐ人の群れに混じって歩きながら、後ろを歩いていたイズヴェルが、リオンのとなりに並んで恨めしげな視線を寄こしてくる。先頭はディールが歩いて、そのとなりに追い付いたクリフが今夜の宿を指示している。

 リオンの前を歩くエルマが、無言でリオンを振り返って、自身の前を歩いているレイシアの背中を見上げる。アーニャを相手に会話するレイシアに、リオンも視線を向けてイズヴェルに答える。


「何度も言うが、あの夜のことは何も覚えていない」

「……」

「それほどわたしを妬むのなら、イズヴェルも熱を出して寝込んでみてはどうか」


 リオンのあずかり知らぬことだが、どうやら夢にうなされたリオンは高熱を出していたらしい。病人の看病なら自分の方が慣れていると、うろたえるだけのエルマに代わって、レイシアがリオンに付き添ってくれていたという。

 何度も目を覚ましては、レイシアの手から水を飲んでいたらしいが、リオンにはまるで覚えがない。イズヴェルから向けられる妬みも、リオンにとっては迷惑だ。


「ふむ……その手があったか」


 リオンの本気ではない提案に、なるほどと本気で首肯するイズヴェルに、エルマが再度振り返って言う。


「リオンさまを、余計なことに巻き込むな」

「それは違うな。巻き込まれたのは、むしろおれの方だよ」

「勝手に巻き込まれてきたのではなかったか」


 溜息交じりにリオンが言えば、そうだったかな、とイズヴェルがとぼける。リオンがふたたび溜息を吐き出せば、前を行くクリフから声がかかる。

 どうやら今夜の宿を決めたようで、ここにしましょう、というクリフの言葉にうなずいて「出会いと別れ」亭の扉をくぐる。借りる部屋は三つ、リオンとクリフとそれにエルマで一部屋、ディールとイズヴェルで一部屋、最後にレイシアとアーニャで三部屋になる。支払いはリオンが行うが、かさむ宿屋の支払いを王都でリオンの帰りを待つ者たちがどう思っているか、それは考えないようにしている。

 それぞれがそれぞれの部屋に引き取り、風呂で汗と埃を洗い流して食堂で落ち合う。

 七人で食べるには多すぎるだろうと思われる料理も、気が付けば綺麗になくなっていて、ふくれた腹に満足してふたたびそれぞれの部屋に引き取る。いよいよ、明日から試しの森へと向かっていくのだ、そう意識すれば、高ぶった精神は眠ることを拒否する。


「……眠れませんか?」


 開け放した窓の、その窓枠に腰をかけて夜空を渡る月を見上げていたリオンを、クリフが呼んだ。リオンが視線を室内に戻せば、クリフは寝台に上体を起こす。


「ぼくも、何だか寝付けません」


 ただひとり、幸せそうに眠るエルマを見やってクリフは目を細めると、リオンに向けて言葉を続ける。


「そちらへ行っても……?」


 返事の代わりに身体をずらして、リオンが空間を作って見せれば、寝台から降りたクリフは部屋にある椅子を持ち上げた。そして、そのまま椅子を窓辺にまで運ぶと、クリフはそこに自らの居場所を作る。

 編むことなく背中に流しているクリフの、栗色の髪が窓から吹き込む風に揺れるのを見ながら、リオンはためらいがちに問う。


「クリフどのは平気なのか?」

「何がですか?」

「この地は、あなたが生まれて育った場所だ。そこにリアンデル王国の旗が翻る、それを見るのは……」

「ぼくはね、リオン」


 リオンの言葉の先をさえぎって、クリフはそう言うと、はるか天空の高見を見上げる。そうやって、しばらく虚空に視線を遊ばせてから、口を噤んだままのリオンにクリフは笑いかけた。

 それは、もしかしたら、アーニャが見たいと望んだ微笑みであっただろうか。

 わずかに口の端を持ち上げて、ゆるやかな弧を唇に描いて、クリフは紫の瞳に穏やかな光をたたえて口を開いた。


「民が日々を何の苦しみもなく生きていられるのなら、ぼくはそれだけで満足なのです」

「……」

「それを知ることができただけでも、帰ってきてよかったと、リオンに着いてきてよかったと、ぼくは思っていますよ」


 そして、ありがとう、と言ってクリフは笑う。


「……クリフどのは、リアンデル王国が憎くはないのか?」

「憎いですよ、もちろん」


 そう言ったその表情から笑みを消して、クリフは今一度虚空を見上げる。クリフの膝に置いた手が、こぶしを作るのが見えたが、クリフは語る声音に感情を乗せることなく、淡々と言葉を紡いだ。


「ですが、憎んでどうなります。亡くなった者たちが、それで甦ってくるとでもいうのですか」

「クリフどの……」

「憎んでも、恨んでも、呪ってみたところで、失われたものは還ってこないのです」


 だから、過去うしろではなく、未来まえを向いて生きていこうと決めた、クリフはそう言って一度言葉を切るとゆっくりと瞬く。


「そう思えるようになったのも、もしかしたら、リオンに出会うことができたからもしれません」


 リオンが未来きぼうを見せてくれる、クリフはそう言って声に出すことなく笑った。




 

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