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第七章  光の中の闇 05

 クリフの言葉に、どこだ、とイズヴェルが急かす。逸る思いはリオンもイズヴェルと同じだとしても、イズヴェルがリオンの思っていることを代弁してくれる。よって、リオンは無言のままクリフを見返すだけでいい。

 さらにディールの視線までも受けて、クリフがようやく言葉を続ける。


「この先に雑木林があって、そこを連中はねぐらにしているようですよ」


 しかし、クリフが言い終わるよりも先に、イズヴェルはひとり夜の中に駆け出していく。リオンが制止の声をかけると同時に、クリフが片手を軽く払う。それで何が起きたのか、イズヴェルは何もないはずの道の真ん中にひれ伏していた。

 イズヴェル自身も状況を把握できないようで、道の真ん中に座り込んで、周囲を見渡している。そんなイズヴェルを上から見下ろして、クリフが目を細めて言う。


「ぼくに魔力を使わせないでくださいね」

「それって、おれが転んだのは……」

「はい、地の精霊に命じて、きみの足を引っかけました」


 そう言って、クリフは片手をイズヴェルに向けて差し出す。その手をしばらく凝視して、それから溜息を吐き出すと、イズヴェルはクリフの手を借りて立ち上がった。

 昼間に降った雨のせいで、舗装されない道は少なからずぬかるんでいる。イズヴェルの衣服が泥にまみれたのは、言うまでもない。





「何とも、他愛のないものじゃ」


 白い衣裳の長い裾を持て余すことなく、レイシアは優雅にそこに立って、大地に横たわって寝息を立てる複数の男たちを睥睨する。その男たちの間を渡り歩いて、何やら文句を口にしながら、イズヴェルが男たちをひとりずつ小突いていく。

 雑木林の中に張られた天幕がひとつあるだけのこの場所が、村から不当に搾取していた連中のねぐらであった。各地を転々としながら悪事を働いていたのだろう証拠に、馬だけでなく、幌の付いた荷馬車が三台ある。その荷馬車のひとつには、別の村から連れてこられたのだろう若い娘がふたり、互いに寄りそいながらリオンたちの様子を伺っている。

 しかし、この場で何が起きたのか、それは大地に転がる酒瓶と酒杯とが物語っていただろうか。


「それにしても、そなた、眠り薬をどこで手に入れたのじゃ?」


 潜入したレイシアが、薬を混ぜた酒を一味に飲ませた。自他共に認める絶世の美女が酌をするのだ、連中が飲まないわけがないとはいえ、これほど事が上手く運ぶとはリオンの思ってみないことだ。薬が効果を現すのと同時に、レイシアがたいまつを揺らして合図を送る。それを確認して、リオンとディールにイズヴェル、そして、クリフの四人が駆け付けた。

 これまで要求してきたあらゆるものを手に入れて、連中は有頂天になっているだろう。だからこういった小細工が通用するかもしれない、そう言ったのはクリフだ。そのクリフが、顎に手をやって何事かを思案する中、イズヴェルが新たなひとりを蹴飛ばして言う。


「おれの生家は商家でね、それこそ、人以外のものなら、何でも商っているようだよ」


 その中のひとつに、今度の薬が混じっていたということなのだろうが、それを鞄に潜ませて旅をするイズヴェルの真意をリオンとしては疑ってみたくなる。だが、リオンが話題を振る前に、クリフがつぶやきを口にした。


「おかしいですね……」


 そう言って、クリフは大地に横たわる男たちを、ひとりずつ指差して数えていく。


「ぼくが精霊を介して把握した人数は三四人、ひとり足りないのですが……」


 その数の中には、レイシアとふたりの娘も含まれているらしい。それで、さらにもうひとり足りないのだとクリフは言う。


「すでに逃げたか」


 ディールが悔しそうに舌打ちして言う。

 しかし、ディールの言う通りであるのなら、逃がしたのは一味のかしらということになるのだろうか。何やら禍根を残したようで、苦い思いに駆られながらリオンは言う。


「クリフどの、後は追えないだろうか」

「レイシアから合図をもらうと同時に、精霊は放してしまいましたからね。逃げたのだとしたら、見付け出すのはほとんど不可能ですよ」

「アレッチ平原では、ディールたちを見付けたのにか?」

「それは、ぼくがディールを認識していたからですよ」


 それに対して、今回は相手の顔を知らない。

 クリフも残念そうにするが、どうにもならないものは、あきらめるしかない。


「ま、これだけの戦果を上げたんだから、村の連中からだって、文句を言われることはないだろうよ」


 そう言ったのはイズヴェルだったが、その視線は残された荷馬車の中で震えている若い女ふたりに向けられている。人好きのする笑みを浮かべて、イズヴェルはふたりに歩み寄る。ただし、衣服の前面は泥に汚れていて、それが何やら滑稽だった。

 あれでは色男ではなく泥男だな、失笑と共にディールがそう言って、イズヴェルが片頬を引きつらせる。それにリオンも笑みを誘われて、レイシアが小さな溜息をもらしたが、クリフだけは難しい顔をして、何事かを考え込んでいるようだった。


「クリフどの、イズヴェルではないが、これで村の者たちも納得してくれるだろう。この無法者たちを締め上げて、わたしたちも村へ戻ろう」

「そうですね……」


 リオンの言葉にクリフがうなずいたその時だった、リオンの立つ大地が淡い光を発して輝き始めた。大地に現れた輝きは、それ自体が意思を持っているかのように、縦横無尽に大地の上を駆け抜けていく。


「これは……っ」


 突然のことにリオンだけでなく、ディールもイズヴェルもそうなら、もちろんレイシアも動揺する。それでも、イズヴェルが荷馬車に向けて走り寄る辺りは、さすがというべきだろうか。

 そして、ただひとり、事態を理解したのはクリフだった。


「リオン! 逃げてください!」


 出会ったその日、リオンが聖剣のことを尋ねた時も、虹色に輝いた輝石のことに触れた時も、クリフは動揺を示した。だが、今日のそれはその時とは明らかに別の、鬼気迫る迫力があった。


「これは招喚陣です! 光の外へ、早く!」


 招喚陣だとクリフは叫ぶ。

 しかし、それが何なのかリオンだけでなく、他の面々にも理解できない。わかるのは、置かれている状況が危険なものだということと、この場から逃げなくてはならないということだ。

 猶予がないことはクリフの必死な形相からも一目瞭然だったが、リオンはイズヴェルの元へと走った。その際、ディールとレイシアには先に行くように告げることは忘れない。そして、イズヴェルと一緒に、捕らわれていた女を腕に抱えて走る。

 未だ大地に横たわったままの男たちは、捨て置いていくしかない。

 光はいっそう輝きを増し、視界を白く染めていく。方向さえ見失いそうなリオンに、クリフのこちらだと言う声が聞こえてくる。それだけを頼りにリオンはイズヴェルを励まして、光の中を走り抜けて、夜の闇の中に戻る。


「リオン、まだ間に合うかもしれません!」


 何がとリオンが問うよりも早く、クリフが駆け出す。腕に抱えていた女を、レイシアにあずけるとクリフの後を追ってリオンも走る。その前を、すでにディールが走っている。

 前を追いかけながら、リオンが説明をも取れば、クリフが振り返ることなく言う。


「招喚陣ですよ。夜盗の一団の生命いのち、あわよくばぼくたちの生命を代償にすることで、誰かが禁忌を犯して妖魔を招喚しようとしているのです」

「それを止められるのか?」


 クリフの横に並んでリオンが問えば、クリフが一瞬だけ視線を寄こして答える。


「わかりません」

「……っ」

「ですが、大地に走った招喚陣を発動させているのは、間違いなくアシュタール王国の魔導師です」


 だから放ってはおけないのだ、その表情を悲痛に染めてクリフは前だけを見据えて走る。故国を追われた同胞を、闇から救い出そうと懸命なのだろうクリフの姿に、リオンはクリフを追い抜くと先を走った。

 おそらく、この光の淵をたどっていけば、そこに何者かがいるに違いない。

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