第七章 光の中の闇 04
夜盗の一団を捕らえる。
命題は至極簡単で、しかも相手は明日になれば、向こうからきてくれる。そこを一網打尽にしてしまえばいいだろう、そう思うリオンに水を差したのはディールだった。
「娘をひとり引き取りにくるだけに、連中が一団となって押し寄せてはこんだろう」
「それなら、尾行していけば、勝手に案内してくれる」
改めてリオンが言えば、もっとよい方法がある、とレイシアが言う。
「わたくしが、この村の娘になりすまして、連中のあじとにもぐり込もうと思うのじゃ」
危害を加えないと約束したところで、囮となって、夜盗の一団に連れ去られる役を、引き受ける娘がこの村にいるとは思えない。仮にいたとしても、危険であることに変わりない。
「その点、わたくしは騎士であるゆえ……」
「却下! 少なくとも、おれは承知しないよ」
そう言ったのはもちろんイズヴェルで、積み上げられた藁の上から下りると、リオンのとなりに足を組んで座る。そして、リオンをにらむように見つめて、イズヴェルが言う。
「どうしてもって言うんなら、レイシアどのの代わりに、リオンが娘役をするべきだ」
「わ、わたしは男だ」
「けどさ、あんたのその顔なら、女の子の格好すれば、充分に女に見えると思うよ?」
「それは面白そうですね」
イズヴェルの提案に、クリフまでもがそう言って同調する。そして、何を思ったのか、ディールが自らの顎をさすりながら、口角を持ち上げた。
*
村の外れにある一本の大樹、そこが村の娘を受け取る場所として、夜盗の指定した場所だった。この日の夜はあいにくの空模様で、昼すぎから夕方にかけて降った雨は上がったものの、未だ厚い雲が覆っていて、星明かりさえない暗い夜だった。
それでも、大樹の根元に佇むひとりの女の姿を確認することはできる。夜でも目立つようにと、その女が身にまとうのは白い衣裳で、頭からはヴェールを被っている。
「本当に、大丈夫なんだろうな?」
そう言ったのはイズヴェルで、大樹からはずいぶんと離れた繁みの中に身を隠している。同じように身を屈めたクリフが、自信ありげに答える。
「風の精霊を貼り付かせていますから、見失うことはありませんよ」
「その精霊っての、おれにはちっとも見えないんだけどね」
視線を真っすぐ大樹に固定して、イズヴェルはそう言って肩をすくめる。
「イズヴェルの魔力では無理でしょうけど、リオンの魔力なら見えるようになると思いますよ」
「ちなみに、おれはどうだ?」
「ディールでも、無理ですね」
やはりリオンさまは特別なんだ、エルマがこの場にいれば、そう言って目を輝かせたかもしれない。だが、エルマもそうなら、アーニャも騎士ではないので、村に置いてきている。もっとも、アーニャは弓には自信があるようで、一緒に行くと言い張った。だが、結果として、言うことが聞けないのならこの村に置いていく、というクリフの言葉に、アーニャはすんなりと引き下がった。
ただし、その落ち込みようは見ている側が、気の毒に思うほどだったが、危険であることに変わりない。
「わたしに精霊の姿を見せようとする、あなたの真意がわたしにはわからない」
リオンが言えば、以前に話した通りですよ、とクリフは目を細める。それを受けて、リオンが口を開きかければ、それよりも先にイズヴェルが溜息して言った。
「何で、あんたがここにいるんだよ……」
つまり、視線の先に佇むのはレイシアで、リオンを女に仕立て上げたかったイズヴェルには、面白くないらしい。
「レイシアどのに何かあったら、全部、リオンのせいだからな」
イズヴェルが言い終わるのと同時に、夜の闇にたいまつの炎だろう、小さな明かりの揺れるのが見えた。ひとつだったそれは、数を増して、五つまで数えることができる。
常人よりも夜目が利くとはいえ、そこには限界がある。たいまつの数から少なくとも五人と推測するが、レイシアの元へと明かりが近付く。レイシアを囲んで、ひとりが何事かを話しかけ、それにレイシアが答えている。もちろん、雰囲気からそれと察するだけで、実際に何を話しているのかは聞こえない。
そんな中、ひとりがレイシアの肩に腕を回すのがわかる。
「あの野郎……っ」
イズヴェルがこぶしをにぎりしめて、歯ぎしりせんばかりに悔しがる。
「このおれでさえ、レイシアどのには、指一本触れたことがないんだぞ」
後で絞め殺してやる、物騒な台詞に、殺しはなしだ、とリオンが静かに指摘すれば、イズヴェルの視線がリオンを貫いた。
「やっぱり、リオンが囮役すればよかったんだよ!」
「ほら、いつまでも言い争っていないで、行きますよ」
脇からクリフのおかしそうに笑う声がして、視線を前に戻せば、大樹の根元に立っていたはずのレイシアの姿は見えなくっていた。闇の向こうでたいまつの明かりの揺れるのが見えれば、そこにいるのだろうことがわかる。
しかし、夜盗の一団の中に騎士の血統を持っている者がいないとも限らないので、尾行するには細心の注意を払わなければならないだろう。よって、頼りとするのは、たいまつの明かりではなく、クリフが放った風の精霊である。
「もっとも、一味に加わっている魔導師の能力次第では、レイシアに寄りそう精霊を見付けられる可能性もありますけどね」
充分な距離を置いてレイシアを尾行しながら、クリフがそう言って不安をあおる。それに、イズヴェルが反応して、リオンをにらんだのは言うまでもないか。
「わたしが囮では、イズヴェルが本気にはならないだろう、そう言ったのはレイシアだ」
さらに加えて、リオンでは声で男だと知られてしまう。
左右には田畑が広がるだけの、細いあぜ道をリオンらは歩いている。いつもならディールが行く先頭を、光の精霊を掌に乗せたクリフが歩いて、その次をイズヴェルが進む。さらにその後ろを行くリオンを振り返って、イズヴェルが当然だとばかりに声を怒らせる。
「何だっておれが、あんたのために、頑張れるんだよ」
「クロンの町で、リオンどのに助けてもらっておきながら、ずいぶんな言いぐさだな」
その声はリオンの背後からで、もちろん、ディールのものである。それをどんな表情でディールが口にしたのかは、リオンにはわからなかったが、反論したイズヴェルが皮肉に口元をゆがめているのはわかった。
「それは、リオンが勝手にしたことだよ。おれは助けてくれなんて、一言も言ってないね」
やれやれ、というディールのあきれた声音が聞こえて、リオンは苦笑をもらす。だが、イズヴェルにしても、恩は感じているのだろうことは確かだ。いざとなれば共に剣を抜いて戦ってくれるし、エルマが倒れた時も、頼まれずとも処置をしてくれた。
口で言うほど悪い人間ではない、ただ悪ぶっているだけなのだ。
リオンの過大評価であるかもしれないが、それでもいい。ふたたび前を向いたイズヴェルの背中に笑いかけて、それからリオンはクリフに声をかける。
「クリフどの、まだだろうか」
ずいぶんと歩いたような気がするのは、焦燥感がもたらす錯覚だろうか。たいまつの明かりはどこにも見えず、クリフが灯す淡い光だけが闇を照らしている。
「まだ行くようです」
苛立ちさえにじませて、クリフはそう言うと彼方の暗闇に視線をやった。精霊を操るのにどれほどの魔力を消費するのか、そもそもどれほどの魔力を備えているのか、クリフに関してリオンは何も知らない。だが、魔力も無尽蔵にわき出てくるものではないので、いつかは尽きることになる。
それまで夜盗の一団が夜道を行くとは思えないが、クリフとて体力を消耗することに違いはない。
大丈夫か、と気遣うことはもしかしたら、クリフを侮ることになるかもしれない。そう思いながらも、リオンが案じてやれば、クリフが歩みを止めた。
そして、リオンを振り返ると、悪戯っぽいと表現するには、どこか危険な笑みをたたえて言った。
「ようやく、見付けましたよ」




