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第七章  光の中の闇 03

 

「……もしやすると、夜盗にでも襲われたのではあるまいか」

「わたしも、今、それを考えていた」


 レイシアの言葉にリオンが応じれば、可能性としてはありそうだ、とディールが同意を示す。固く閉じられた扉も、無法者の侵入を恐れてのことであるかもしれない。


「そうなると、ぼくたちは無頼の連中と思われているわけですか」

「いやだね。ほら、リオン、早く次の村へ行った方がいいって」


 そう言って、イズヴェルが肩をすくめるのに対して、リオンは厳しい表情で言う。


「夜盗が出るというのなら、ますます放ってはおけない」

「そんなもん、守備兵にでもやらせればいいんでない」

「イズヴェルが関わりたくないというのなら、先に行ってくれ」


 突き放すようなリオンの物言いに、イズヴェルは不満げな顔をする。だが、レイシアがリオンに応えるように、わたくしも手を貸そう、と言えばイズヴェルは簡単に態度を軟化させた。


「レイシアどのを危険にはさらせない。ここはおれも一肌脱ぐことにしよう」

「他人の厄介ごとに首は突っ込まない、のではなかったのか?」


 そう言ったのはディールで、人の悪い笑みを口の端に浮かべている。それをいやな奴だと思ったかどうか、イズヴェルが言い返す。


「レイシアどのは、他人ではないよ」

「わたくしには、他人でなくなった覚えはないが」


 よせばいいのにレイシアが反論すれば、イズヴェルが常の調子で言う。


「いずれそうなるってことかな」

「残念じゃが、それだけは永遠にあり得ぬ」

「ほお、それ以外なら、あり得るというわけか」

「そなた、何を納得しておる」


 意外と仲がいいのではないだろうか、言い合うふたりを横目に見ながらリオンは思う。そして、改めて一軒の玄関をたたいた。

 すでに何軒かの扉をたたいて、応答が得られなかったのは、あきらめるのが早かったからだろう。だから、今度は根気よく応えがあるのを待つ。家の窓には明かりがあって、煙突からは煙が上っているので、留守ということは考えられない。

 扉をたたくと同時に、怪しい者ではないことを主張して、リオンは自身が王朝騎士団に所属する騎士であることを告げる。それが功を奏したのか、屋内で人の動く気配がして、扉が内側から開いた。


「王朝騎士さまが、おれたちを助けてくださるのか」


 わずかなすき間を作って顔を覗かせた男は、そう言ってリオンにすがるような目を向けてきた。これでこの村に何かあったことは間違いなく、横に立つディールと顔を見合わせると、リオンは改めて男に向き直って言う。


「この村で起きていることを知りたい」

「騎士さまは、おれたちを助けにきてくれたのではないのですか」


 芽生えたばかりの希望を、男は失望に変えた様子でうなだれると、力なく首を横に振った。


「わたしは、他の任務で旅をしているが、事と次第によっては、力をお貸しする」


 リオンがそう言えば、男は信じられないとばかりに、リオンを凝視する。それにリオンがうなずいてみせれば、男はようやくここ最近のことを話してくれた。

 そして、最後に男は腹立たしげに付け加えた。


「おれたちは、レタークとラムーラの両方に助けを求めたんだ。それなのに、どちらの町からも何の音沙汰もないどころか、町へ向かった村の者も行方知れずになったままだ」


 ラムーラの町には一泊しただけであるが、神殿は供物を横流しして、露店商はそれを堂々と売るだけでなく、偽物まで扱っていた。それは個人の腐敗だとリオンは思っていたが、町ぐるみで不正を働いていたのだとしたら、どうだろうか。

 近隣の村を不当に支配して、略奪をほしいままにしていることだって考えられる。

 本来であれば、旅人の立ち寄ることのない村で、リオンが訪れたのもただの偶然だ。





 食糧に酒、最初の要求はそこから始まったのだと、村の男はリオンに語った。もちろん、村の側としても不当な要求に対して抵抗を試みた。だが、無頼な連中が簡単に引き下がるはずがなく、連中は村の中で暴れた。

 田畑を荒らし、家屋を壊す。それでも、屈することなく拒否すれば、連中は妖魔を呼び寄せると脅した。そんなことができるはずがない、村の誰もがそう思ったその日の夜、本当に妖魔が現れたという。ただし、その姿は朝には消えており、怪我人もいなかった。だが、次はどうなるかしれない。

 植え付けられた恐怖を前にして、村は要求を受け入れた。


「……連中の仲間に、魔導師がいるのでしょうね」


 村の男の話を黙って聞いていたクリフが、男が屋内へと顔を引っ込めるのを待ってそう言った。


「魔導で妖魔を喚べるのだろうか?」


 男の好意とこちらの都合で折り合いを付けた結果、母屋に隣接する納屋を、一夜の宿として借り受けた。不平に不満を口にすれば、気に入らないのなら村へ帰るようクリフに言われるアーニャは、何か言いたそうにしながらも黙っていた。

 それに対して、誰に遠慮もないイズヴェルは、どうせなら母屋の一室を借りればよかったのに、と文句を述べた。そのイズヴェルは今夜の寝床になるわらの上で、すでにふて寝を決め込んでいる。そうはいっても、母屋に赴いているエルマとアーニャが、食事の仕度を整えて帰ってくれば、起こさなくとも起きてくることは確かだ。

 身じろぐように寝返りを打ったイズヴェルに、ちらりと視線を向けてから、クリフがリオンの疑問に答える。


「強大な妖魔を招喚することは、魔力の消費は大きいですし、こちらの生命いのちに関わるほどの難儀ですが、脅す程度であるのなら小物の妖魔でいいわけですから、不可能ではありませんよ」


 そして、何だったら実践してみましょうか、と涼しげな顔をして、物騒なことをクリフは口にする。実践する必要はない、と引きつった笑みでリオンが言えば、クリフは表情を改めて真摯な口調で言葉を発する。


「とにかく、連中に味方している魔導師は、妖魔を招喚できる高位の魔導師だということです」


 クリフの意見に、同意を示してリオンがうなずけば、ディールが低くうなる。


「つまり、その魔導師が本気になれば、上級の妖魔でも喚べるということか」

「それこそ、生命と引き替えにすれば、ね」


 妖熊ようゆうであろうが、妖狼ようろうの群れであろうが、またはそれ以上の妖魔であっても、招喚することは理屈上不可能ではない、クリフはそう言ってから、皮肉に口元をゆがめて続けた。


「ですが、どんな妖魔を招喚しようと、騎士はそれを倒してしまう……」


 だから、妖魔を招喚することは、魔導師に危険があるだけで意味はない。


「それでは、その魔導師とやらが、妖魔を招喚することはないと思ってよいのじゃな?」

「ぼくなら、二度としませんよ」


 何よりも、従順な村人を相手にその必要はない。それよりも、招喚した妖魔の気配を察した何者かが、街道を外れて村に立ち寄ることの方を恐れるのではないか。


「妖魔なんて、どうでもいいね」


 そう言ったのは、イズヴェルだった。

 寝ていたのではないのか、リオンが指摘すれば、イズヴェルは藁の上に上体を起こす。そして、リオンの問いかけには答えることなく、実にイズヴェルらしい言葉で、腹立たしさを表現して見せた。


「おれが許せないのは、悪党が悪党らしく、若い娘を要求してるってことだよ」


 要求の行く付くところはそこで、期限は明日であるらしい。だが、村にいる娘の中で、誰を差し出すかは決まっていないらしい。扉を固く閉じて屋内に閉じこもっているのは、それがあるからではないか。おまえの娘を差し出せ、そうでなければ、おまえの娘を差す出すことにした、そう言われることを恐れているのではないか。

 そして、その事実を知った以上、リオンのするべきことはひとつしかない。

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