第七章 光の中の闇 02
イズヴェルを見返す店主の視線が、侮蔑のものから好奇へと変わったのは、イズヴェルが肩から斜めにかけた鞄から、火鳥の羽根を二枚取り出して見せたからだ。
偽物を扱うということは、本物を知っているからだとすれば、イズヴェルが手にする二枚の羽根が、本物だと店主にはわかったのかもしれない。音を立てて唾を飲み込むと、店主は舌で唇をなめてから口を開いた。
「おい、エイドリアの兄さん、その羽根をどうしたね?」
「拾ったんだけどね、買い取ってくれない?」
詐欺紛いの商売をする、その男に装飾品として珍重される火鳥の羽根を売るという、イズヴェルの真意を測りかねて、リオンはイズヴェルを呼んだ。だが、名を呼ばれて顔を上げはしたものの、イズヴェルは片目を閉じて見せただけで、店主に向き直ると言葉を続けた。
「で、おじさん、幾らで買い取ってくれる?」
鮮やかな緋色の羽根が、陽射しを受けて陰影を深める。
売るのがもったいない、イズヴェルの手元を見ながら、そんな言葉を口にするあたり、男勝りなアーニャも女なのだとリオンに思わせる。エルマなど、所詮は抜け落ちた鳥の羽根だ、とまるで興味を示さなかった。今も別の露天を物珍しげに見ている。
その間にも、イズヴェルと店主との間で値段交渉が続いて、最終的には二枚で銀貨一枚に落ち着いた。
「銀貨一枚とは、いささか安くないか」
火鳥の羽根が二枚で、銀貨一枚というのは相場の半値以下だ。イズヴェルがエイドリアの出身というだけで、安値でたたかれたのだということは、リオンでなくてともわかる。だが、苦言を口にするリオンに、そうでもないよ、とイズヴェルは納得顔で返してくる。
火鳥の羽根を安く手に入れて、満足そうにする店主が小さく見え始めたところで、イズヴェルが掌を広げてリオンに言った。
「火鳥の羽根が二枚で、金貨二枚と銀貨が一枚、悪くはないだろうね」
「その金貨は?」
リオンが問えば、イズヴェルはそれを鞄にしまいながら、澄ました顔をして答える。
「正当な報酬だよ」
確かに、火鳥の羽根にはそれだけの価値がある。つまり、価値に似合っただけの金銭を、店主の足の間にあった籠の中から頂戴してきたということだ。
「どうせ、あくどい商売で儲けたんだろうし、かまいはしないって」
そう言うイズヴェルに、リオンは溜息で応えた。
あの露店の店主が、まっとうな商売をしていないことは明白だ。輝光石の偽物を扱い、神殿から横流しされた獅子の骨を売る。どちらも許されることではない。そうとわかっているのに、リオンにしてもレイシアにしても、店主をとがめることができない。
クリフに懇願されたから、というのもあるが、警吏に訴え出たところで、店主は知らなかったと答えるだろう。本物だと信じて商売をしていた、と言えば注意だけですまされる。それに対して、偽物を作った魔導師は、すべての責任を負わされて罰せられる。その魔導師が、アシュタール王国の生き残りだとすれば、容赦はないだろう。
ひとつ間違っていれば、クリフ自身もそうした悪事に手を染めていたかもしれないのだ。そうしなければ、生きていけない。それとも、祖国を滅ぼされた恨みがさせたことだろうか。いずれにしろ、戦がもたらした、弊害であることは間違いないはずだ。
そして、神殿が行っていることに、一介の騎士にすぎないリオンには、門外漢であるから口出しすることができない。レイシアも女神官であるが、査問役ではないので、悪行を質せる立場にはない。だが、おそらく、何らかの方法で不正を上層部へ報告はするのだろう。
「……リオン、怒っていますか?」
無言のまま突き進むリオンに、となりに並んだクリフが、真摯な口調でそう言った。
「確かに、わたしは怒りを感じている」
「そうでしょうね。ぼくは、きみが信じる正義を、ゆがめさせてしまったのですから」
店主を訴えることなく町を去る、それはクリフが言う通り、リオンの正義に反したかもしれない。だが、リオンが怒りを覚えるのは、そのことに対してではない。
「わたしは、無力である自分に怒っている」
「……?」
「アシュタールの土地を追われた魔導師たちが、悪事に荷担しなくても生けていける国、この国がそうではないことが腹立たしくてならない」
「リオンは、優しいのですね……」
そう言ってクリフが目を細める背後で、イズヴェルが茶化すように言う。
「ただ融通が利かない、とも言えるけどね」
「リオンさまは、そんな方じゃない!」
イズヴェルに抗議したのはエルマで、忠実な侍童をお持ちですね、とクリフまでもが揶揄する。それに苦笑してから、リオンは表情を改めると口を開く。
「イズヴェルのことにしてもそうだ。エイドリアの出身というだけで、差別を受ける」
奴隷にならなかっただけましだと思え、そうした考えは、いつ誰が広めてしまったのか。苦々しい思いにリオンが唇をかめば、アーニャが不思議そうに言う声が聞こえた。
「それなんだけどさ。あんたがその耳飾り、外せばいいだけのことじゃないさ。それ着けてるから、エイドリアの人間だって、知られるんだろ?」
アーニャのもっともな指摘に、イズヴェルはこれまでに一度として見せたことのない、剣呑とした表情をして答えた。
「おれたちエイドリアの民は、王と国を失ったけど、民族の矜持まで失ったわけじゃないんだよ」
そう言ったイズヴェルの、両の耳では金環の耳飾りが、誇らしげに揺れていた。
*
鬱屈とした思いを抱えたまま、リオンはさらに平原を三日かけて進んだ。本来は二日で次の町であるレタークへ到着して、そこで川越の船に乗るのだが、アーニャが騎乗する馬が蹄を怪我したことで、予定よりか半日ほど遅れてしまったのだ。
そこでやむなく、レタークの町へは明日入ることにして、今夜は近隣の村に宿を借りることにした。殺風景だった平原から、大河から引いた水で、のどかな田園風景が広がっている。
吹き抜けていく風に、緑の穂が波打つように揺れる。
しかし、目的の村に着いてみれば、どこか様子がおかしい。太陽はまだ充分高い位置にあって、外は明るいというのに、田畑にもそうなら村の中にも人の気配がしないのだ。寄りそうように建てられた家々の煙突からは、細い煙が立ち上っているので、誰もいないというわけではないようだった。
「まるで何かに怯えて、閉じこもっているかのようじゃ」
そのレイシアの言葉にリオンがうなずけば、イズヴェルが周囲を見渡して言う。
「妖魔が出た、とかじゃないのかな」
「そういう気配は残っていませんよ」
「わからなくなるほど、昔かもしれないし」
イズヴェルの言葉をクリフが否定して、アーニャが新たな可能性を提示する。それにはクリフも自信がないようで、あごに指先を当てて首を傾げる。
一行は馬を下りて村の中をさまようが、やはり誰も外に出てくる者はいない。
「過去の妖魔に、いつまでも怯えはしないだろう」
先頭を行くディールがそう言って、どうするか、とリオンに意見を求めてくる。事情を尋ねようと、何軒かの軒先で声をかけてみたが、応じる声はなかった。
「このまま、放っても行けない」
「そうやって、余計なことに首突っ込むんじゃなくて、次の村に行った方がいいと思うんだけどね」
移動するなら陽のある内がいい、イズヴェルはそう言ってリオンに翻意を促す。
「イズヴェルは気にならないのか」
「おれはリオンとは違って、他人の厄介ごとに、首を突っ込む趣味は持っていないよ」
リオンがクロンの町で、イズヴェルを助けたことを皮肉っているようだった。だが、それなら何故ここまで一緒にきたのか、と思わずにはいられないが、その答えは実に単純で、レイシアがいるからだ。
そのレイシアが、思案顔で言う。




