第七章 光の中の闇 01
長く平原を旅してきた者を迎え入れてくれるラムーラの町は、色鮮やかな花々に飾られた美しい町だった。大通りの両端には緑の街路樹があって、その街路樹の下は花壇になっており、彩り豊かな花が咲き乱れていた。それには、家々を囲む塀にも植木鉢が吊されて、やはり色とりどりの花が咲いていた。
そうした花に囲まれた夕暮れの町を、旅の疲れも忘れてリオンが目を楽しませる横では、イズヴェルが退屈そうに欠伸して言う。
「花なんて、どれだけ咲いたところで、腹の足しになるでもなし」
「綺麗なんだから、それでいいじゃないさ」
華やいだ町の様相に目を輝かせていたアーニャが、雰囲気を壊されたのか、イズヴェルに反論した。
「レイシアどのの美しさに比べれば、花などかすんで見えるよ」
「勝手にわたくしを引き合いに出すでない」
迷惑じゃ、とレイシアは蛾眉を寄せるが、すれ違う男は必ずといっていいほど、レイシアを振り返る。おそらく、本人だけが自身の美貌も、周囲の視線も気にしていないのだろう。リオンも男にしておくには惜しまれる美人だとしても、女である分レイシアの方が目を引いただろうか。
家路を急ぐ人の群れ、平原を越えてきた旅人に混じって、リオンらも馬を引いて通りを歩く。目指すのは町の中心にあると聞いた神殿で、獅子の骨を収めに行くのだ。
何度か道を尋ねた先に、神殿の丸い屋根が見えてくる。早朝であろうが深夜であろうが、訪れる者を拒むことのない神殿には門があっても門扉はない。その解放された門を、レイシアを先頭にして抜けて行く。踏み入った神殿の中も花で満たされていたが、時間が時間であるためか、人影は見えなかった。
正面玄関にまで通じる石畳を、かがり火がほのかに照らしていた。
「……神殿ってとこは、何とも寂しいとこだね」
そうつぶやいたのはイズヴェルで、クリフとアーニャは物珍しそうに視線をさまよわせている。リオンにしても神殿などという領域には縁がないので、やはり物珍しくはある。それはディールもエルマも同じようで、互いに神妙な顔を見合わせている。
ただひとりレイシアだけが、迷うことなく進んでいって、正面の両開きの扉を押し開けた。
*
明けた朝、宿屋の食堂で朝食をすませる。そして、支払いも終えれば、宿屋を後にして朝の活気に賑わう市場に向かう。火鳥の羽根を売ることが最大の目的ではあるが、これからの旅に必要なものを補う目的もあった。ラムーラは平原の途中にある町ということは、次の町に着くまでさらに平原を越えていかなければならない。
水はわき水か、湖があるので問題はないとしても、食糧は別である。穀物と塩漬けにされた肉と野菜を買い求めて、市を歩いていた途中で、レイシアがひとつの露店の前で足を止めた。
いらっしゃい、威勢のいい声をあげて店主はレイシアを認めて、一瞬だけ目を瞠る。だが、次の瞬間には目尻を下げて、その分だけ口角を上げて見せる。店主が何を考えているのかは、リオンにも明白であれば、イズヴェルにわからないはずがない。
「リオン、あの野郎のせいで、レイシアどのが穢れでもしたらどうしてくれるんだよ」
「あなたの視線に慣らされているから、平気なのではないか」
完全な八つ当たりを向けられて、リオンが意地悪く答えれば、どういう意味かとさらにイズヴェルが食ってかかる。それを無視して、リオンはレイシアのとなりに立つ。
踏み台を椅子の代わりにした店主は、足の間に貨幣を入れた小さな籠を置いて、広場の石畳に直接布を広げて商売をしている。その雑多な商品を並べた中に、リオンは見覚えのあるものを見付けた。それがレイシアの足を止めさせた原因であるだろうことは、間違いないだろう。
「これは……?」
膝を付いて座ったレイシアが、並んだ商品の中からひとつをつまみ上げる。同じものが五個並ぶ中で、一番大きなのをレイシアが選んだことで、いっそう機嫌をよくした様子の店主は、軽く身を乗り出すようにして言う。
「姐さん、いい目をしてるね。そいつは、なかなかお目にかかれない、獅子の骨だ」
「偽物ではないのじゃな?」
「偽物だなんて、とんでもない!」
冗談ではない、とばかりに店主は大仰な仕草で否定する。だが、レイシアの疑惑は晴れなかったようで、さらなる追求をする。
リオンは事もなげに獅子を討ち取ってみせたが、獅子それ自体はそう簡単に狩れるものではない。獅子を求める者は、ディールのような傭兵を数人雇って、一頭でも手に入れば儲けものだ。よって、価格も決して安くはないし、露店に並ぶような代物でもない。
それだというのに、この露店には大きさの違いこそあれ、五個もそろっている。
「姐さん、堪忍にしてくれよ……」
レイシアの追求に根を上げたのか、店主は今度は別の理由から眉根を下げて、盛大な溜息を吐き出すと周囲に視線を走らせる。そして、店主はレイシアを手招くと、その耳に小声で何事かをささやき始めた。イズヴェルが店主につかみかからんばかりに突進しようとするのを、ディールが二の腕をつかんで制止する様が、リオンの視界の端に映る。
何をやっているのか、とリオンがあきれるとなりで、クリフが小声で話しかけてきた。
「獅子の骨はどうか知りませんが、こちらの輝光石は、偽物のようですよ」
輝光石というのは、その名の通り、それ自体が光を発する石のことである。今は朝の光の中にあって、目立つことはないが、夜の闇にあれば満月ほど明るく照らしてくれる。その輝光石を加工して、天井から吊すなどという贅沢なことは、王侯貴族でもなければできない高価なものだ。
しかし、この露店に並んでいる輝光石が、何故偽物だとクリフにはわかったのか。
「わずかですけど、魔力の気配がしますからね」
落ちぶれた魔導師が、何の変哲もない石ころに、魔力を注いで光らせているのだろう。
「魔力が切れれば、光も消えるというわけです」
ただし、その頃には露店商は別の町に移っているのではないか、クリフのその言葉にリオンは怒りを覚える。だが、リオンが店主に向けて口を開くよりも先に、レイシアが声を上げた。
「つまり、神殿に仕える神官が、横流しをしておると、そう申すのじゃな?」
どうやら、獅子の骨は本物のようだったが、それはリオンが討ち取って、昨日の内に神殿に寄贈したもののようだった。
ふたつの不正を耳にして、リオンが今度こそはと口を開きかければ、クリフがリオンの腕をつかんで首を横に振る。黙っていろ、クリフはそう言いたいのだろうが、不正を見逃すことなどリオンにはできない。
「おそらく、輝光石の偽物を作ったのは、アシュタール王国の魔導師だと思いますよ」
そのクリフのつぶやきが聞こえたのだろう、しまったとばかりに店主は顔を上げて、リオンと目が合うと慌てて視線を逸らしてレイシアに語りかけた。
そして、クリフのつぶやきが続く。
「彼らも、必死なのですよ。生き残ったからには、生き続けなくてはならないのですから……」
「だが……っ!」
「リオン、ぼくをきみの敵にしないでください」
店主の不正をここでとがめれば、クリフはリオンの敵になるという。
見返してくる紫の瞳に宿ったものが、本気だと思えれば、リオンは目を閉じて深く息を吐き出した。わかった、苦渋の思いでリオンが言えば、クリフからは短い謝辞が返ってくる。さらには、行こうかという言葉が聞こえてきて、レイシアがゆっくりと立ち上がる。
それに否を口にしたのはイズヴェルで、金環の耳飾りを揺らして笑ってみせると、前に進み出てきた。
「その耳飾り、おまえ、エイドリアの生まれか?」
金環の耳飾りを着けるのは、エイドリア王国に生まれた者に限られる。イズヴェルがそれだと知った店主が、蔑んだ笑みを浮かべるのを、リオンは腹立たしく思う。だが、イズヴェル自身は、気にした風もなく晴れやかな表情をして店主と対峙した。




