第六章 旅の仲間 05
沈黙するリオンに、クリフも無言で見返してくる。大地を蹴る馬の蹄の音と、下処理だけをすませた獅子を詰め込んだ革袋を引きずる音がして、先を行くエルマが振り返ると言葉を発した。
「リオンさま、今よりももっと強くなるんですか?」
「魔導の使える騎士は、そう多くはいないでしょうからね」
エルマの純粋な疑問に応じたクリフが、目を細める。笑っているようにも見えるが、どこか作りものめいて見える。それがいっそう、リオンにクリフの真意を疑わせる。
リオンが強くなるとうれしいですか、もちろんです、目の前で交わされるそうした会話をさえぎって、リオンは声を落とすとクリフに向けて言う。
「あなたの目的は何か」
「目的?」
「わたしに魔導を教えて、何をさせたいのかと聞いている」
エルマが驚いた顔を向けてくるのは、リオンの発言が意外であったからだろう。そして、クリフにとっては、予想の範囲であったのかもしれない。
冷淡とも取れる目をして、嘲笑を浮かべるとクリフが言う。
「聖剣を手に入れようという者が、精霊の姿さえも見えないというのでは、格好が付かないでしょう?」
「……」
「そんなに、警戒することはありませんよ。ぼくはきみの味方です」
少なくとも、きみがぼくを裏切らない間は、付け加えられたその言葉が、氷片となってリオンの胸に刺さる。クリフの口元に浮かんだ嘲笑は、果たしてリオンとクリフのどちらを嘲っているのだろうか。
猜疑を込めてリオンがクリフを見返していれば、クリフは嘲笑を皮肉に変えて言う。
「リオン、ぼくは叶うなら、ずっときみの味方でいたいと思っています」
「それは……」
どういう意味か、リオンがそう続けるよりも先に、クリフが声を上げた。
「リオン、見付けましたよ!」
言われてリオンはクリフの指差す方向へと視線を向けるが、そこには茫漠たる大地が広がるだけで、何も見付けることができない。騎士であるリオンの視力をもってしてもそうであるのだから、クリフにも自らの目で確かめることはできないだろう。
もちろん、常人であるエルマには、なおさら不可能で、どこですかと視線をさまよわせている。それでも、クリフは自信を持って、この先ですよ、とエルマに教えている。そして、リオンを振り返ってクリフが言う。
「話の続きは、またいつか」
そう言うと、リオンの返事を待つことなく、クリフはエルマを促して馬を走らせていく。
「リオン、置いていきますよ!」
投げかけられた声に、今行く、と応じてからリオンも馬腹を蹴った。鞍に結わえ付けた縄の先にある革袋を気にしながら、リオンは先行するクリフとエルマの後ろを行く。
近付いているのだろうから、それは当然のことであるが、何も見えなかった大地に先に、黒い点が動くのが見えてくる。そして、点だった影は次第に像を結ぶ。さらに近付けば、向こうからでもこちらの姿が見えるようで、イズヴェルが指を差しているのがわかる。だが、聞こえてくる会話は、何やらもめているようで、険悪な雰囲気さえ感じられた。
「見ろ! リオンが追い付いてきただろうが!」
まず聞こえてきたのは、イズヴェルの怒鳴る声だった。その相手はもちろんディールだが、ディールの方は涼しげに応じている。
「リオンどのは関係ないだろう」
「問題なのは、リオン本人じゃないよ。リオンが引きずっている、革袋の中身だ」
「だから?」
「だから。あんたが邪魔したから、獅子に逃げられたんだって言ってるんだ」
そう言ってイズヴェルがディールに詰め寄れば、今度はアーニャが不満の声を上げる。
「最初から、あたしの弓に任せておけばよかったのさ」
そんな三人から離れた場所では、レイシアがリオンを振り返って、ゆるく首を振っている。どうにかしてくれ、ということのようで、リオンは馬を下りると何があったのかと問う。
「何にもないよ!」
両の耳で輝く金環の耳飾りを揺らして、イズヴェルはリオンから顔を背ける。そこで、今度はディールに説明を求めれば、ディールは頭を掻いて言う。
「獅子を一頭、見付けるには見付けたのだが、イズヴェルの狩りが焦れったくて、おれが文句を言ってやったら、イズヴェルは獅子を取り逃がしてしまったのだ」
「獅子に挑むのは、おれが先だって決めたんだから、あんたは黙って見てればよかったんだよ」
イズヴェルのことだから、文句を言われて黙っていることができずに、何か言い返したのだろう。そのわずかな隙を突いて、獅子はすんでのところで逃げ出した。
逃げられたことは残念であるかもしれないが、獅子ならばリオンが仕留めてきた。それで何の問題もないはずだ、とリオンが言えば、イズヴェルの機嫌はますます悪くなる。
「リオン、イズヴェルは、レイシアにいいところを見せられなかったから、怒っているのですよ」
「ついでに付け加えておくと、いいところを全部、リオンどのに持って行かれるのがイズヴェルはおもしろくないのだ」
帰らずの森で兎鬼に襲撃された時もそうだった、クリフの言葉をディールが補足して、レイシアが溜息を吐き出す。そして、リオンに向けては、労いと謝意をレイシアはくれた。
*
平原の真ん中でたき火を囲んで、リオンが仕留めた獅子の肉を頬張る。必要なのは骨であるので、肉の方は食べてしまっても問題はない。ただし、塩だけの味付けだから、というだけでなく、肉は固く臭みもあって、決して美味しいと言えるものではない。本来であれば、香草と一緒に半日は煮込んで食べる。
しかし、味はともかくとして、腹は満たされる。
空には星が輝いて、月明かりが優しく大地を照らしている。
「……静かな夜だな」
そう言ってディールが顎をなでれば、そのとなりに座っているイズヴェルが憮然として言う。
「肉をかむのにあごが疲れて、みんな何も言いたくないだけだよ」
「そう申すわりに、そなたが一番多く食べておったようじゃが」
「そうさ、あたしが食べようと思ってた分まで、横取りしてさ」
レイシアだけでなく、アーニャにまで責められたイズヴェルがたじろぐ。それを見てリオンが小さく笑えば、イズヴェルからは鋭い視線が飛んでくる。
何とかしてレイシアに自身のいいところを見せたいイズヴェルには、今夜の展開も面白くないのだろう。自業自得だと言ってしまえば、それまでのような気もするが、リオンとしてもにらまれてばかりもいたくない。そういえば、と思い出すことがあって、リオンは不機嫌を隠そうとしないイズヴェルに言う。
「イズヴェルは、笛を吹くのではないのか?」
「だったら?」
イズヴェルと出会ったクロンの町、その警吏の詰め所で、イズヴェルの持ちものの中に笛があったはずだ。演奏しないものを持ち歩くことはないだろうと、リオンは言ってみたのだが、イズヴェルはそれを否定しなかった。
「一曲、聞かせてはくれないか」
「何で、おれがあんたに、笛を聞かせないといけないんだよ」
「わたしにではない」
そう言って、リオンがレイシアを視線で示せば、イズヴェルにも通じたようで、なるほどとうなずく。ようやく機嫌を直したようで、イズヴェルはうれしそうに鞄から笛を取り出すと唇に当てた。
そして、イズヴェルが奏でた旋律は、どこか切なく響いて、夜の闇の中に染み渡るように流れていった。普段は決して見せない、イズヴェルの内面に触れたように感じたのは、リオンの気のせいであったか。それに対して、レイシアの評価は辛辣で、そなたの笛は独創性に欠ける。だが、それはレイシアの負け惜しみなのではないか、リオンにはそう思えた。
「ふむ、レイシアどのなら、聞くに堪えぬと言われると思ったんだけどな」
イズヴェルはそう言って、レイシアに向けて片目を閉じて見せれば、レイシアは苦い顔をして視線を逸らせた。
この翌日の夕刻、門が閉じる直前にリオンら一行は、ラムーラの町に到着する。




