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第一章  旅立ち 03

 この建物が何であるのか、この場所がどこであるのか、リオンは何もわからないままここにいたった。何のための用心であるのか、まぶしい陽射しが射し込む館の内に、忙しなく働く者たちの気配は感じられない。

 静まり返った館の内に、リオンとその前を歩くシュメールの靴音だけが響いて、やがて突き当たることでシュメールの足が止まった。

 そして、リオンの見守る中、シュメールは目の前の重厚な扉を押し開ける。シュメールに促されるままに足を踏み入れたそこは、朝だというのにカーテンが閉められたままで、その薄暗い空間に宰相リヒタール・ラ・ヴァレンシュタット公爵だけでなく、王朝騎士団団長グレン・ラ・ヴァッハまでもがいた。

 名と姓の間に入る「ラ」の称号が貴族であることを証明するのなら、さらに同席する近衛騎士隊隊長モンハート・ラ・フォルテも、騎士でありながら貴族として準男爵の位を有している。ただし、一代限りのもので、よって所領は許されていない。

 ちなみに、シュメールが有する「レ」の称号は、魔導師のみに贈られたもので、貴族の中にはふたつの称号を合わせ持つ者もいる。

 そうした、そうそうたる顔触れでさえ、リオンには無縁であるのに、さらに奥にあってただひとり肘掛け椅子に座った男を目にすれば、リオンとしてはその場に片膝を付いて恐懼するしかない。リアンデル王国国王カエサルを前にして、リオンには顔を上げていることなどできない。


「おぬしが、リオン・ハーンか」


 それは、質問ではなく確認であった。ただし、それがカエサルの口から発せられたことに驚きと同時に喜びを覚えれば、リオンの応える声は微かに震えた。


「はい、陛下、リオン・ハーンにございます」


 王の尊顔は知っていても、常に遠くから眺めるだけであったし、王に名を覚えてもらえるなど騎士としてこれほど誇らしいことはない。


「昨日の、おぬしの試合、余も見させてもらった」


 あの場に王がいた、それだけで、リオンは慶びに身体が震えるようだった。

 しかし、立つようにと促されて目にしたカエサルの、その疲れたような顔を目にして、リオンの興奮は一気に醒めた。カエサルが王に即位して三三年、その間、ふたつの国を併合して大陸の覇者とまで讃えられる王が、覇気もなく項垂れて見える不思議にリオンは戦慄さえ覚えた。

 そして、発せられた次の王の言葉に、リオンはわが耳を疑った。


「おぬしを本日ここに招いたのは他でもない、おぬしにわが子を救ってもらうためだ」


 王と王妃の間に子はなかったが、遅くになって娶った妾妃との間に、今年五歳になる王子があったはずだとリオンは記憶を探る。ただひとりの御子で唯一の男子であるその王子は、立太子こそまだすませていないだけで、次期国王となることが決まっている。

 その王子を王は救ってほしい、とリオンに言った。一介の騎士にすぎないリオンに、何をせよとカエサルは言うのだろうか。緊張するリオンに、カエサルは笑みもなく言葉を続ける。


「王子に呪詛をかけた者がある」


 親として、王として、憎しみを隠すことなくカエサルがそう言った後を、シュメールが引き継いだ。


「王子殿下は、現在、昏睡と覚醒を繰り返している状態なのです」

「……」

「それもやがては、お目を覚ますこともなくなり、昏睡したままいつかは……」


 身罷る、最後の一言は発せられなかったが、それは王の心情を慮ってのことで、つまりはそういうことだろう。

 しかし、呪詛だとわかっているのであれば、リオンよりもシュメールの方が専門なのではないか。そう思うリオンに、宮廷魔導師長を拝命するシュメールが言う。


「呪詛を解く方法は、試しの森にあるという聖剣で、呪詛を断ち切るしかないのです」

「それは、わたしに試しの森へ赴いて聖剣を持ち帰れと、そうおおせになられるのですか」


 シュメールではなく、リオンは王をその視線の先に捉えてそう言った。だが、返ってくる言葉はなく、リオンは一度目を閉じてゆっくりと息を吐き出すと、ふたたびカエサルに向けて言う。


「わたしにそれが可能だと、陛下は思われるのでしょうか?」


 試しの森、その場所は聞かずともリオンにもわかる。そこに眠っているという聖剣の伝説も有名な話で、おそらくこの国の者でなくとも、一度くらいはおとぎ話にでも聞いたことがあるはずだ。だが、その剣を目にした者がなければ、手に入れた者もいない。

 森の奥深くで金色こんじきの麒麟に護られているという剣は、覇者の象徴とも言われるが、それを求めて森に入った者で、生きて還ってきた者は誰もいないのだ。だからこそ、伝説としておとぎ話に語られるのだ。

 その聖剣を、リオンに持ち帰れとカエサルは言う。


「おぬしに敵わぬというのなら、誰にも敵うまい」


 向けられる期待の大きさがわかるだけに、リオンは戦慄さえ覚える。承知いたしましたと応じるだけなら簡単なことだったが、聖剣を手に入れることができなければどうなるのか。

 リオンの疑問に、カエサルは歪な笑みを宿して答える。


「その時は、わが血統が途絶えるだけのことだ」


 玉座が血統によって受け継がれるものであるのなら、それはここリアンデル王国の滅亡を意味するのだろうか。それとも、他の何者かの手によって王国は存続していくのだろうか。

 瞑目するリオンに、王が言う。


「玉座を何人なんぴとに継がせるか、それは余の責務であって、おぬしの責務ではない」


 その口調こそ厳しいものだったが、聖剣を手にすることが叶わなくとも、リオンが責めを負うことはないとカエサルは言ってくれているのだ。リオンが何をためらっているのか、目の前の王は何もかも承知なのだ。承知の上で、リオンに聖剣を持ち帰れと言っている。

 王国に忠誠を誓った騎士であるのなら、王の命は絶対でなければならない。これ以上、拒み続けることは許されないはずだ。

 王を正面から真っすぐに見つめて、リオンはその場に片膝を付くと、片手を胸に当てる。


「……勅命、謹んでお受けいたします」


 この場に集う全員が、リオンのその言葉を待っていれば、緊張が解けて安堵に変わる。王でさえも表情を緩めて、リオンにふたたび立つよう促す。

 そして、王に代わって宰相リヒタールが口を開く。


「そなたには、王の御名の下、あらゆる行為が許されるだろう」


 畏まるリオンに向けて、リヒタールが続けて言う。


「ただし、王の騎士であることは忘れないよう」


 つまり、王と国を貶める真似はするな、ということなのだろうが、言われずともリオンにも騎士としての矜持と意地は持っている。

 さらに幾つかの注意がなされて、出発は明日と決定する。旅に必要なものはその都度現地で調達すればいい、とはいささか乱暴にも聞こえるが、事態はそれだけ猶予ならないということであるのかもしれない。


「……勅書と金銭かねは、本日中にそなたの家に届ける」


 金銭が尽きれば公設の騎士館を訪ねるか、土地の領主に出させるかすればいいと言う。もちろん、領主から借りた金額は国庫から支払われる。


「……最後に、シュメールどのがそなたに魔除けの玉を、授けてくれる」


 旅先で妖魔と遭遇することがないようにという、ただの呪まじないで、気休め程度にしかならないということだったが、宮廷魔導師長自らがリオンのために結んでくれた玉だと聞けば、それだけでリオンにはもったいなく思える。

 シュメールから黄金に輝く、小指の先ほどの玉を受け取りながら、リオンの視線はシュメールの右手にはめられた指輪に向いた。七色にも光る不思議な石、リオンの視線がそれにあると察したからか、シュメールはその石を隠すように左手を重ねた。



 

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