第六章 旅の仲間 04
だったら何なのさ、そんな風にしか答えを返せない自身を、アーニャは可愛くないと思う。クリフのことが好きなのか、レイシアからそう問われて、アーニャは愛想もなく応じた。そんなアーニャにあきれるでもなく、レイシアはアーニャを見て言う。
「わたくしは、悪いとは申しておらぬ」
調材司として神殿に仕えるからか、レイシアがまとう雰囲気は独特で、神聖な高貴ささえアーニャには感じられる。それとも、ただ単純に、生まれと育ちの違いによるものだろうか。だが、血筋と環境を差し引いても、アーニャにはレイシアに近付けそうな気がしない。
もちろん、アーニャはレイシアになりたいわけではない。そんなつもりはないが、レイシアの美貌は妬ましい。自分もこんな風に生まれていれば、クリフも今とは違う目でアーニャを見てくれたのではないか。
「そなたを、羨ましいと思うただけじゃ」
騎士に生まれただけでも羨望に値するのに、さらに容貌と容姿にさえ恵まれたレイシアが、アーニャの何を羨むというのだろうか。怪訝な表情でレイシアを見返せば、そうではないとばかりに笑ってレイシアが言う。
その微笑だけでも、多くの男が振り返ることだろう。
「わたくしは、恋というものを知らぬ故に……」
だから、クリフを好きだというアーニャが羨ましいというのだろうか。そうであるのなら、神官など辞めて還俗した後に、誰とでも恋をすればいい。レイシアほどの美貌があれば、相手に不自由することはないだろう。
「だったら、イズヴェルとでも恋をしたらいいじゃないさ。あいつは、あんたのことが好きみたいなんだしさ」
「あれは、麻疹のようなものじゃ」
アーニャの意見にレイシアが憮然として答えるのに、ふうん、と応じてアーニャはイズヴェルを見やる。ディールと勝負について条件を取り決めているようだったが、言葉の合間に振り返るとイズヴェルはレイシアに愛想笑いを向けてくる。
あんたも大変そうだね、アーニャがささやかな同情を寄せてつぶやけば、溜息したレイシアが、そなたほどではない、と言ってから表情を改めて続ける。
「クリフどのは、そなたの想いを存じておるのであろうに、何故か、そなたに対する態度はいささか冷淡に思えてならぬのじゃが」
自身はイズヴェルに冷ややかに振る舞いながら、クリフを非難するのはどういうものだろうか。だが、アーニャはクリフから冷たくあしらわれているとは思っていない。だからといって、クリフがアーニャに優しいわけでもないし、優しくされたいという願望がないわけではない。
勝ち気な顔に悲しげな笑みを浮かべて、アーニャは自らに言い聞かせるような口調で言葉を紡いだ。
「あたしはね、あいつに笑ってほしいんだ」
笑わない、というわけではない。揶揄や皮肉を込めて笑うこともあれば、嘲りや蔑みの笑みを見せることだってある。
しかし、それはアーニャが見たいクリフの笑顔ではない。
「あいつに、クリフに心の底から笑ってほしくて、それで、クリフのところへ通うようになって、気が付いたら意地になってたってだけさ」
だから、これはレイシアが羨むような「恋」ではない。
伸びきらない水色の髪を、吹き抜ける風になでさせて、アーニャは目を細める。
「……それでも、そなたはクリフどのを好いておるのであろう?」
「あたしの想いなんて、クリフには小さな棘なんだ」
結局、最後までアーニャは、レイシアの問いに否定も肯定も返さなかった。そして、けど、とアーニャが言葉を続けようとしたところで、イズヴェルが振り返って、満面の笑みで自信ありげにレイシアを呼んだ。
「レイシアどの、おれが獅子を仕留めるところを、見ていてくれようか」
「……そういうことは、少なくとも、獅子を見付けてから申すものじゃ」
広い平原には点在する低木の木々が見えるだけで、獅子の姿もそうなら、他の獣も見られない。イズヴェルもそこは認めたようで、ふむ、と小さくうなずく。
「つまり、レイシアどのは、おれが獅子とにらみ合うところは見てみたい、とそうは思っていてくださるわけだな」
「誰がそのように申したか」
「口にはされないレイシアどのの、心の内がわからぬおれではなし……」
イズヴェルの軽口を聞きながら、アーニャはどこまでも広がる土地の雄大さを見渡す。
「イズヴェル、どうせなら、獅子の心の内を読んだらどうだ?」
そう言ったのはディールで、おれの心の耳はレイシアどの限定で聞こえるんだよ、とイズヴェルが返す。その後に続いたレイシアの溜息を、心の耳を使う必要もなく聞きながら、クリフはどうしているだろうかとアーニャは空を見上げる。
そして、青く輝く空に、緋色の翼を優雅に広げて飛翔する鳥の姿をアーニャは目にする。翼同様の緋色に染まった長い尾で、空の青を切り裂くようにその鳥は高く上昇していく。
「ほお……火鳥か、珍しいな」
火鳥というのが、緋色の鳥の名であるようで、イズヴェルが鳥の軌跡を追いながら言う。
「向こうの枝から飛んできたようだけど、落としものでもしてくれてないかな」
「落としものって?」
アーニャが問えば、イズヴェルは馬の向きを変えながら答えた。
「火鳥の羽根だよ。飾りとして好まれる」
売ればいい儲けになるんだよ、そう言った時には、イズヴェルはすでに馬を走らせていて、その後をアーニャはディールとレイシアと共に追っていく。
緑を繁らせた低木の根元、そこでイズヴェルが見付けたのは、鮮やかな緋色の羽根が二枚だった。いずれも翼から落ちたもののようで、尾羽であればさらに価値が増しただろうにとは、イズヴェルの言である。
*
それはリオンの目には見えなかったが、クリフの目にははっきりと映るようで、何の迷いもなく真っすぐ馬を進めていく。
魔導師は自らの魔力を代償に、精霊の力を借りる。精霊は受け取った魔力で、己をより強大な存在へと成長させる。力の強い精霊を操るためには、魔導師の魔力もそれに似合うものでなければ、精霊の方で見向きもしないのだとクリフはリオンに語る。
「精霊にだって、相手を選ぶ権利はあるみたいですよ」
「だが、そうすれば、最終的には精霊の方が、人間よりも力が上ということにはならないのか?」
馬を並べてリオンが問えば、それはありませんよ、とクリフは言う。
「精霊にも寿命があるのですよ」
「えっ……?」
「そして、寿命が尽きる時、精霊は自らに変わる新たな精霊を産む。精霊はその時に、魔力のすべて使い切るのです」
蓄えた魔力の少ない精霊は、新たな精霊を産むことなく滅びる。代わりに、魔力の多い精霊は、複数の精霊を産む。そうすることで、精霊は一定の数を保っているらしい。
「アシュタール王国では、子どもでも知る常識でしたよ」
初めて知った、そう言ってリオンが感心してみせたことに対する、それがクリフの答えで、改めて「魔導王国」と異名を取ったアシュタール王国の、魔導の水準の高さをリオンは思い知る。だが、そのアシュタール王国は、過去にしか存在しない。
それをクリフはどう思っているのだろう、とリオンがクリフを見やれば、クリフは唇の端を持ち上げて見せる。リオンにはそこからクリフの感情を理解することはできなかったが、クリフが続けた言葉の意味は理解することができた。
「生まれて間のない精霊であれば、リオンの魔力でも操ることができると思いますよ」
ただし、力は小さなものでしかないが、身体にかかる負荷も少なくてすむ。
「リオンにその気があるのでしたら、ぼくが教示してもかまいませんよ」
魅力的な申し入れの、その裏に潜む真意を、リオンは測りかねて沈黙した。




