第六章 旅の仲間 03
「明日の夜までに、ラムーラに行ければいいのだから、獅子を狩る時間くらいはある」
地図をたたんで荷袋に仕舞いながらリオンが言えば、大地の上に胡座を組んだアーニャが、水筒を片手に言う。
「夜までにって、それって、町には入れないじゃないさ」
どの町も夕暮れ時には門を閉めるので、アーニャが言うとおり町には入れない。ただし、何事にも例外というものがある。
「門にまで到着できれば、わたしが門を開けさせる」
「何それ! あんたって、もしかして偉いわけ?」
アーニャが上げた頓狂な声に、リオンが苦笑で応じれば、イズヴェルが揶揄するように言う。
「リオンは金の騎士さまなんだし、門番を脅すことくらい何でもないんだよ」
「誤解を招くような物言いは、止めてもらいたい」
うんうんうなずくイズヴェルに、リオンが苦情を述べれば、イズヴェルが口元を皮肉にゆがめて言う。
「何と言おうが、結果的にはそういうことなんじゃないの?」
そして、ふふん、とイズヴェルは笑って見せる。憮然とするリオンだったが、獅子を狩るのならそろそろ出立した方がよくないか、とディールに声をかけられて振り返る。
そうだな、リオンが短く応じたところで、クリフが口を開く。
「獅子を狩るのでしたら、二組に分かれて競い合うというのはいかがです?」
大地に座って長い栗色の髪を編みながら、クリフが上目遣いにリオンを見てくる。
「組み分けはどうやって決めるのか」
「そうですね……」
編み終えた髪を胸に垂らすと、クリフがひとつ小さくうなずく。
クリフの足元には、細く長く伸びる草が生えている。その草を人数分七本摘み取ると、その先を三本結わえてにぎりしめる。
「まずは、リオンからどうぞ」
突き出されたそれをリオンが引いて、さらに順番に引いていくことで七人は二組に分かれた。
*
平原を渡る風がリオンの頬をなでて、耳にかけた亜麻色の髪を揺らす。獅子の姿を求めて街道を外れて、平原へと馬の足を向けさせた。獅子は純白の毛並みをした肉食獣だが、群れることなく個で狩りをする。番うのは繁殖の時だけで、子育ては雌の獅子が単独で行う。
獅子の骨は粉末にして飲むことで、身体の疲れを取る効果がある。熱病に効果があるという、一角獣の角と同等の価値があるとは思えないが、このままレイシアを手ぶらで神殿に向かわせるわけにはいかないだろう。
そうはいっても、獅子を狩ることができなければ、結局は同じことになる。
さらに加えて、獅子も簡単に姿を見せてはくれない。
「騎士が獅子を狩るところを、一度は見てみたいと思っていたのですが……」
肝心な獅子がいないことには、見学のしようもないということで、クリフは溜息してリオンを振り返る。妬ましげに見つめられて、リオンはクリフをにらみ返した。
「何か細工をしたのではないのか?」
「何のことです?」
そう言うクリフの口調がどこか白々しく聞こえれば、リオンの口からは溜息がこぼれた。
「先ほどのくじのことだ」
「……」
「わたしの他が、あなたとエルマというのは、いささかできすぎだ」
「レイシアがいた方がよかったですか?」
細工をしたことは否定しないで、クリフは笑顔を見せる。それに再度溜息してリオンが理由を問えば、そうですね、とクリフは右手の人差し指をあごに当てて言う。
「アーニャと一緒ではぼくが疲れますし、イズヴェルをレイシアと別にして恨まれたくないですし、ディールはどっちでもよかったのですけどね、レイシアにも恨まれたくはないので、イズヴェルの牽制に向こうへ行ってもらいました」
そして、悪戯に成功した幼児のように笑って、クリフはリオンをあきれさせる。だが、リオンもあきれてばかりではなく、先行するエルマを視界に捕らえて疑問を口にする。
「クリフどのは、アーニャを嫌っているのか?」
「嫌ってはいませんけど、ぼくに向けてくる真っすぐな想いには、応えてはあげられませんからね」
「それは、何故と問うてもいいのだろうか」
「ためらうのでしたら、聞かないでください」
そう言われてしまえば、リオンとしては口を噤むしかない。やむなく視線を正面に向けたリオンだったが、その視線の先に何かが動いたのが見えた。
ただし、それが獅子であるのかは、騎士の視力をもってしも、距離がありすぎて判断できない。
「地の精霊に命じて、足を止めさせましょうか?」
「その必要はない」
クリフの申し出に即答して、リオンは馬腹を蹴った。それが獅子でないのなら仕留める必要はないだろうし、それが獅子であるのなら魔導に頼ることなく対峙したい。
「でしたら、ぼくは高みの見物とさせていただきますか」
愉快そうなクリフの声音が馬蹄の音と一緒に、リオンの背後から聞こえてくる。リオンは先行していたエルマに追い付くと、さらに促して馬を走らせる。
標的との距離が縮まると同時に、それが獅子だと確認できるようになる。ただし、獅子の側もリオンの存在に気が付けば、猛然と逃げ出す。競走だけなら獅子よりも馬の足が勝り、短距離だけなら馬よりも騎士の脚力が勝る。
馬上で剣を抜いて、リオンは獅子を追走する。そして、逃げる獅子を馬が追い抜いたところで、全力で駆ける馬の背から飛び降りる。獅子は頭の向きを変えてきた道を帰ろうとするが、方向を変えるその一瞬、獅子の速度が落ちる。
そこを背後から狙って、獅子に向けてリオンは剣を繰り出す。獅子の大きさは大人の男が、四つん這いになったほどはあるので、一撃で仕留めることができなければ、狩る側が致命傷を負う可能性だってある。だが、リオンの剣は獅子の首に深く突き刺さって、鈍い音と共に獅子の身体が大地に横たわり、純白の毛並みが鮮血に染まった。
ただし、リオンに返り血の一滴もかかっていないのは、さすがというべきだろうか。後から駆け付けてきたクリフが馬の背から下りて、両手を打ち鳴らす。次いで馬を下りたエルマは、自身が獅子を討ち取ったかのように声を張り上げて喜んだ。
「さすがですね」
そう言った次の瞬間、クリフの顔からは笑みが引く。そして、夏の陽気さえ凍てついてしまうのではないかと思えるような、冷淡な表情を見せると、皮肉に口元をゆがめて低くつぶやいた。その視線は、目を見開いたまま絶命した、獅子に向けられていただろうか。
「父を追いつめた、これが騎士の能力の一端なのですね……」
「クリフどの?」
様子を一変させたクリフに、リオンは怪しむように視線を向けて、その名を呼んだ。エルマにいたっては、クリフに畏れを抱いたようで、表情を強張らせてリオンとクリフを交互に見やっている。
「ふふ……何でもありませんよ」
吹き抜けていった風に、クリフは目を細めると、常の様子を取り戻して続けた。
「亡国の魔導師の、戯れ言です。気にしないでください」
「……」
「さて、獅子も討ち取ったことですし、合流しますか」
合流する場所はラムーラと決めている、それにもかかわらず、今から追いかけようとクリフは言う。だが、この広い平原で、どうやって合流するのか、リオンの問いにクリフは実に魔導師らしい答えを口にした。
「風の精霊を捕まえて、案内させればいいのですよ」
*
アーニャにとって、この展開は想定外だった。だが、これが仕組まれたことだと、アーニャは気が付いていない。
どちらが先に獅子を狩れるか、先を行くディールとイズヴェルが競争だと言い合う声音も、アーニャには遠くに聞こえたか。ここにクリフがいれば、アーニャ自身も競争の輪に加わって、自慢の弓を披露したことだろう。ただし、帰らずの森の傍で育ったアーニャは、獅子を目にしたことがない。
「先ほどから、元気がないようじゃの」
案じてくれるレイシアに、そんなことはないと、アーニャは虚勢を張る。比較してどうなることではないが、同じ女としてレイシアに負けたくはないので、弱みも見せたくない。
そんなアーニャの心情を知ってから知らずか、レイシアが質問を投げかけてくる。




