第六章 旅の仲間 02
「アーニャ、わかっていますか、物見遊山に行くのではないのですよ?」
「でも、クリフは行くんでしょ?」
それにクリフがうなずけば、アーニャもうなずき返して、だったらと続ける。
「あたしも、行くしかないじゃない」
「だから、何故です」
「そんなの、クリフと一緒にいたいからに決まってる!」
アーニャの真っすぐで正直な態度は、羨望にさえ値する。だからといって、アーニャを一行に加えることとは別の問題だろう。ただし、女だから一緒には連れて行けない、というのではレイシアがいるので通用しない。また同様に、騎士ではないというのには、エルマがいる。
「どうする、リオンどの?」
そう言ってきたのはディールで、その表情はどこか他人事のようだ。そして、当事者同士のクリフとアーニャは、何やら不毛とさえ思えるような論戦を始めている。アーニャが一緒でなくても困ることはない、そう主張するクリフに、アーニャが食い下がっているのだ。
言い合うふたりは、しばらく放置しておいた方がよさそうだと判断して、リオンはディールに溜息で応えてから、レイシアに向けて問いかける。
「レイシアは、この先どうするつもりか」
その目的が一角獣の捕獲にあるのなら、これ以上リオンに付き合う理由はレイシアにはない。
「リオン卿の目的が聖剣であったとは意外じゃが、聖獣の宝庫とも呼ばれる、試しの森には行ってみたいと思うておった。リオン卿さえよろしければ、これからもご一緒させていただけまいか」
「……調材司の仕事はよろしいのか?」
もっともらしくリオンが言えば、レイシアは涼やかに答える。
「聖獣は薬としても重宝される。なれば、一角獣にこだわる理由もない」
「……」
「さらに、わたくしが旅をするのは、神殿という息苦しい場所にいたくはないからじゃ」
しかし、旅の費用を肩代わりしてくれるので、神官であることを止めようとは思わない。薬の原料を求めるのは、その半分が建前でしかない、とレイシアは隠すことなく言う。
そうしたレイシアの告白に神妙な顔でうなずくイズヴェルに、リオンは意見を求めるために視線を向けたが、結局は何も口にしなかった。レイシアが行くと言えば、黙っていても着いてくるのだろう。そうなると、残る問題はアーニャをどうするか、ということになる。
「……アーニャ、何のかんのと言っても、結局のところ、決めるのはリオンですよ?」
クリフとアーニャの言い合いも結論を得たようで、クリフがそう言って冷ややかな笑みを浮かべれば、アーニャからは挑むような力強い眼差しがリオンに向けられる。
それで怯むようなリオンではないが、その代わりに自然と溜息が口を突いて出た。
「とりあえず、アーニャのご両親に会ってからだ……」
若い娘が男を追いかけて旅に出るなど、親であれば反対するに決まっている。この時のリオンは、自らの常識を基準にしてそう考えた。だが、夜になっても、それこそ朝になっても帰らない娘を捜しにさえこないアーニャの両親に、リオンの常識が通用しなかったのは言うまでもないか。
村長だという父親は、娘の旅立ちを祝った後で、豪快に笑って言ったものである。
「婿どのをしっかりと捕まえておくんだぞ!」
婿どの、とは当然ながらクリフのことのようで、引きつった笑みを浮かべるクリフの肩を、未来の義父はぽんとたたいたものである。父親がそんなものだから、母親の方ものん気なもので、幾日したら帰ってくるの、と小首を傾げただけだった。
それでも、やはりアーニャが心配であることは確かなようで、よろしく頼むとリオンの両手を取って、父親は何度も頭を下げた。そして、最後にクリフに向けて村長らしく言った。
「エフロフとリィザさんのことなら、心配いらんからな!」
この自分の目が黒い内は、村の連中から何と言われようとも守ってみせる、と村長が頼もしい言葉を口にしたからではないだろうが、クリフはエフロフとリィザのふたりをこの村に残した。
そうすることで、クリフにも帰る場所があることが、リオンにはうれしく思えた。
*
王都マエリアを出発した時、リオンの共はエルマがひとりいただけだった。それが、今では五人も増えて、リオンの旅はいっそう賑やかになっていた。馬を持っていなかったイズヴェルにも、立ち寄った町の市場で買い求めてやった。
出費としてはこれまでで一番大きかったが、イズヴェルのぼやきを背中に聞かずにすむようになったことで、精神的には解放されたリオンである。だが、その代わりに、馬を横に並べられたレイシアが迷惑そうにしているが、我慢してもらうしかないだろう。
先頭は変わることなくディールが努めて、その後ろにレイシアがイズヴェルと並んで進んで、クリフとアーニャがそれに続く。そして、最後尾を行くリオンに馬を並べたエルマが、陽射しの暑さのためか頬を上気させて、小さく溜息するのがリオンの耳に聞こえた。遠くの空には積乱雲を見ることができたが、見上げる上空には陽射しを遮る雲はない。
連日の暑さで、その当初はひとり元気だったアーニャも口数が少なくって、今は黙々と馬の背に揺られている。魔導師であるクリフが、この暑さをどう思っているのかが、リオンにはわからなかった。ただ、背中に流した、栗色の長い髪が暑そうだった。
「ディール、少し休憩をしないか」
昼にはまだ早いので、昼食を目的とした休憩ではない。
左右は見渡す限りの平原が広がっている。緑の草が辺り一面を、とまではいかないが、まばらに草が生えて低木の広葉樹がちらほらと見えて、その下に広がる影は涼しそうだった。
「ん? そうだな、気が付かなかった」
騎士は運動能力に優れている分、筋力だけでなく体力も常人に勝る。
リオンの言葉にうなずいたディールは、街道を少し逸れたところにある木陰を指差した。そこへ向けて一行は移動すると、真っ先に馬を下りたアーニャが言う。
「ちょっと、リオン、次の町にはいつ到着するのさ」
平原を渡ること、今日で三日となれば、代わり映えしない風景に苛立ちさえ覚えるようだった。それに地図を広げながら、そうだな、とつぶやくリオンの傍でクリフが言う。
「アーニャ、いやなら、今からでも引き返してかまいませんよ」
「だ、誰もいやだなんて言ってない!」
頬を膨らませて唇をとがらせるアーニャを、クリフは揶揄するように笑った。それを見たアーニャが、休憩を終わらせて先を急ごうと言い張る。
「先は長い、そんなに慌てることはない」
地図に視線を落としたままリオンはそう言うと、今度は視線を上げてディールに言う。
「ラムーラには、明日の夜には到着できるだろうか?」
「それは問題ないだろう」
傭兵として各地を回ったディールは、リオンよりも地理に明るい。それは、調材司として旅してきたレイシアも同様であるようで、それを証明して水筒の水で喉を潤したレイシアが言う。
「なれば、ラムーラにてお待ち願えようか」
「……?」
「このアレッチ平原で、獅子を狩って行こうかと思うのじゃ」
ラムーラには、小さいながらも神殿がある。調材司として手ぶらでそこを訪ねるのは、気が引けるのだとレイシアが言えば、なるほどとつぶやいてイズヴェルが続ける。
「レイシアどのは、このおれとふたりになる機会を待っておられたのだな」
「何のためにじゃ」
「またまた、わかっておられるくせに」
そう言って、イズヴェルは意味ありげに片目を閉じて見せる。金環の耳飾りが揺れて、夏の太陽を反射する。それに目を細めてから、リオンは口を開いた。
「だったら、獅子狩りにわたしも協力しよう」
帰らずの森では一角獣を目撃しながら、みすみす逃してしまった。その責任がリオンにはあるような気がしたのだが、イズヴェルはいい顔をしなかった。




