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第五章  魔導師の山小屋 04

 魔法には二種類あって、神の名の下に発動させる神聖魔法と、精霊の力を借りて発動させる精霊魔法がある。そうはいっても、クリフもその例にもれることなく、神という存在にお目にかかったことがない。神という存在は、信仰の対象として崇拝し畏怖するもので、決して力を貸してくれるわけではない。

 神聖魔法とは神の威光にすがりたい者たちが呼び始めたもので、己の内にある魔力のみで発動させる純粋な魔法にすぎない。それに対して、精霊魔法は自然界に浮遊する精霊に、己の魔力と交換にその力を借りる魔法である。広くは、前者を単純に魔法と呼んで、後者を魔導と呼んで区別する。

 そして、たった今、クリフがエルマに施したのは、治癒を目的とした魔法だ。


「クリフ、あの子は?」


 奥の部屋から出てくるのを待っていたのだろうアーニャが、そう言ってクリフを振り返った。残る三人も卓を囲む椅子にそれぞれ座ったまま、視線だけで問いかけてくる。


「朝には、目を覚ますと思いますよ」


 そうではない、本来であれば今すぐ意識を回復させることだってクリフにはできた。三流の魔導師であれば、精霊の力に頼らなければ施すことのできない治癒を、己の魔力だけで行ったのだ。だったら魔導を施して、さらに回復を促すことは、クリフにとって赤子の手をひねるよりも易い。

 それをしなかったのは、リオンという騎士があらゆる意味において気になるからだ。

 しかし、クリフの心中など知らないアーニャは、わがことのように得意げな顔をして言う。


「さっすが、あたしのクリフ!」

「その言い方、魔導師どのは迷惑そうだぞ」


 そう言ったのは、アーニャの向かいに座った男で、名をディールという傭兵だろう。そのディールのとなりに座って欠伸をもらしたのがイズヴェルで、イズヴェルの向かいに座っているのがレイシアということになる。

 ディールに指摘されてアーニャが食ってかかるのを脇に聞きながら、クリフは扉を開けて屋外へと出た。屋内に留まることで、途中で終わってしまった議論を、アーニャに再開されたのでは面倒だった。相手ができたことで、忘れてくれているのなら、このまま忘れていてほしい。

 扉を閉めれば窓からもれる明かりの他には、天空で存在を誇示する、太い月だけになる。その月に向けてクリフは首にかけて衣服の下に隠していた革紐を外すと、先端にあって輝く小さな石をかざし見る。月の光を弾く石は、七色の光彩を自ずから生み出して、まるで地上に落ちた星のようにきらめく。


「……引っ越しどころではなくなりましたね」


 石が放つ輝きを頬に受けながら、律儀に着いてきたエフロフを振り返ってクリフが笑って見せれば、エフロフは険しい顔をしてクリフの名を呼んだ。だが、続く言葉を飲み込んだのは、リオンが姿を見せたからだろう。

 クリフも月にかざしていた石を、慌てて右の掌に包み込んでリオンを迎えた。


「クリフどの、エルマを助けていただき、礼を言う」


 そう言って頭を下げるリオンを、クリフは冷めた思いで見やる。そのままクリフが沈黙していれば、やがて顔を上げたリオンが、ためらいがちに口を開く。


「呪文は適当なようだったが、あれは神聖魔法だった」


 本来が己だけの魔力が頼りの魔法であるのだから、呪文の詠唱など意味がない。それでも、呪文を唱えるのは集中力を高めることを目的としているので、地域だけでなく師事する魔導師によっても文言は異なる。

 そこまでリオンは知らないようだったが、魔法を得意とするクリフの正体には覚えがあるようだった。


「あなたは、アシュタール王国の出身なのか?」

「そうだ……と言ったら?」


 魔導に頼ることをせずに、自らの魔力だけで治癒して見せたのは、暗にそれと知らせるためであったのなら、問われたことに否定で答える意味はないだろう。

 挑むようにクリフが見返せば、リオンは明らかな動揺を翠玉色した瞳ににじませる。それを嘲るように笑みを浮かべて、クリフは黙るリオンに向けて言葉を続ける。


「アシュタール王国の魔導師の生き残りである、ぼくを捕らえますか?」


 視線を逸らすことなく、クリフは左手を胸の高さにまで上げる。すでに治癒魔法を行った後ではあるが、クリフにとってそれは微量の魔力を消費したにすぎない。それに対して、相手は騎士とはいえど、剣は手にしていない。

 そして、何よりも素手で魔法なり魔導なりを弾き返すには、リオンの魔力は少なすぎる。ここにいたる過程において、何らかの事情があって魔力を消費したようである。先ほどは気が付かなかったが、よくよく見ればどこか顔色がさえない。


「もしかしたら、ぼくはアシュタール王国の王子の居場所を、知っているかもしれませんよ?」

「それは、王子が本当に生きているということだろうか?」

「ぼくを捕らえて、白状させてみますか」


 かざした掌の中に、クリフはいかずちを宿す。生命いのちを奪うほど強大なものではないが、一時的に意識を奪うことができる。そうでなくても、動きを封じるだけの効果はあるだろう。そうして、リオンを動けなくした後で、この小屋に火を放ってしまえばいい。

 中にいるのは三人とも騎士であるのだから、炎が回りきる前に、脱出することくらいはやってのけるだろう。アーニャとエルマは騎士ではないが、エルマは三人の仲間であるし、アーニャだけを残して行くような薄情な真似はしないだろう。その点だけは、何故か信じてもいいような気がした。

 そして、リィザも歳は重ねたものの、エフロフの母として騎士の血を持っているので、己の身を守る術は心得ている。馬にしても逃走の際の足になるし、売れば金銭かねになるので、見殺しにするつもりはない。

 よって、この小屋が燃えてしまっても犠牲者はでない。ただし、一緒に燃えてしまう荷は何やらもったいないと思わなくもない。

 しかし、リオンから返ってきた答えは、クリフが想像したものとは正反対だった。リオンはゆっくりと首を横に振って言う。


「あなたを捕らえるつもりはない」

「何故です?」


 アシュタール王国の魔導師を捕らえるにしては、手勢が少なすぎるが、偶然とはいえ生き残りを見付ければ捕まえようとするのが普通だろう。それを、リオンはそのつもりがないと否定する。

 それでも、一応の用心から、掌に宿した雷を解くことなくその理由をクリフが問えば、またしてもリオンはクリフの思いもしない答えを口にした。


「あなたを捕らえることは、今度のわたしの任務ではないからだ」

「へえ……だったら、きみの任務とは何ですか?」


 将来脅威となるかもしれない、この自分を見逃してまでも優先しなければならない務めとは何であるのか。単純に覚えた興味から、クリフはリオンに問いかけた。


「それを話す前に、魔導を解いていただきたい。わたしは、あなたと話がしたいのであって、あなたと戦いたいわけではない」

「いいでしょう……」


 この程度の魔導であれば瞬時に結ぶことができる、その余裕からクリフは左手を下ろした。それと同時に、エフロフが一歩だけ前に進んで、リオンとの間合いをつめる。何かあった時に備えているのだろうが、それと察したからか、リオンが半歩後退してみせた。

 敵意がないことを示してのことなのだとしたら、この騎士は「卑怯」という単語とは無縁であるのかもしれない。それとも、ただ人が好いだけなのだろうか。


「あなたが、アシュタール王国の生まれであるというのなら、わたしはあなたに伺いたいことがある」


 月明かりの中に起立したリオンは、姿勢を正すと言葉を続けた。

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