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第五章  魔導師の山小屋 02

 これまで多くのものを、アーニャはこの山小屋に運んできた。穀物を初めてとして、野菜に肉や魚と食糧がそのほとんどで、お陰で小屋の裏に作った狭い畑で収穫できるわずかな量と合わせて、食べるに困ることはなかった。

 時によれば、生活に必要な道具を荷車に積んで、村の男に引かせて運んでくれたこともある。だが、剣などという物騒なものを運んできたのは、今夜が初めてのことだ。片手では持てないようで、両手で抱えるようにしてアーニャは駆けてくる。

 月明かりしかない暗闇でも、アーニャが満面の笑みをたたえているだろうことがわかる。喩えるなら、沈んでしまった太陽が、今一度戻ってきたかのようでさえあったか。


「クリフ、遅くなった!」


 少女の幼さを残しながら、男勝りな口をきく。そんなアーニャを迎えて、危ないとクリフが思った次の瞬間、アーニャは大地から顔を覗かせた石にけつまずいて、そのまま四本の剣を空に放り投げると大地にうつ伏せに横たわった。

 アーニャが倒れ込む音に重なって、四本の剣が大地に転がる派手な音が夜の闇の中に響いて、あきれを含んだ声音が聞こえた。


「こらこら、もう少し、大事に扱ってくれないかな……」


 その言葉と一緒に、馬の手綱を引いて現れたのは、黒味を帯びた赤い髪とクリフと同じ紫の瞳をした男だった。その男は両の耳に下げた金環の耳飾りを揺らして、大地に未だうつ伏せたままのアーニャの傍に片膝を付いた。

 金環の耳飾りから、男がここリアンデル王国の人間ではなく、今はもう過去にしか存在しないエイドリア王国の人間だとわかる。滅びた国の民が何の用あってここにいるのだろうか、身構えるクリフが続いて目にしたのは、肩まである亜麻色の髪をした別の男で、さらには濃茶の髪をした大男と、目を瞠るような美貌の女だった。

 そして、最後からウサギを提げた男が、憮然とした表情で現れる。男の顔には見覚えがあれば、村の男だろうとクリフにもわかる。それにしても、奇妙な顔ぶれだと、クリフは顔だけ上げて照れ笑いを浮かべたアーニャを見下ろした。





 ずいぶんと通い慣れた道のようで、月明かりしかない暗い山道を、アーニャと名乗った女は迷うことなく進んでいく。両腕に抱えた四本の剣を、賑やかに触れ合わせる音がする。

 リオンが馬を下りて、アーニャの後ろに従って歩くのは、アーニャが徒歩であるのに、自分は馬で楽をするのが申し訳なく思えたからだ。そして、ディールまでもが歩きであるのは、リオンに付き合ってくれているからだろう。残るイズヴェルとレイシアは騎乗したままだったが、イズヴェルは別として、レイシアはエルマを抱いているので仕方がない。


「どこまで登るのだろうか?」


 その背中に向けてリオンが問いかければ、アーニャが前を向いたまま答える。


「もう少しだよ」


 ただし、この場合の「もう少し」というのは、例外なく「もう少し」ではない。何度も道を曲がって、急勾配の山を登っていく。急峻な山に住まいを構えるなど、アーニャがクリフと呼んだ魔導師とはどんな人物だろうかと、リオンは興味を覚える。

 しかし、それで浮かんでくるのが、青白い顔をした宮廷魔導師長シュメールであるのだから、リオンとしては苦笑するしかない。


「ほら、あそこ……っ!」


 一本道であるのだから迷いようがないとはいえ、アーニャはそう言うとリオンを置き去りにして駆け出していく。大声でクリフを呼ぶアーニャの声をたどりながら、山道を進んでいけば、そこには充分な広さを持った開けた土地が現れた。

 小屋と呼ぶには立派な建物と、それを背景にして月明かりの中に佇むふたつの影を見付けて、最後に大地にひれ伏したアーニャの姿をリオンは見付けた。そんなリオンを追い越したイズヴェルが、アーニャの脇に片膝を付いて、転がっている剣を拾おうと手を伸ばせば、アーニャはイズヴェルの手首をつかんで言う。


「何勝手なことしてんのさ!」


 アーニャの勢いに圧倒されてか、返す言葉を見付けられない様子のイズヴェルが、リオンには滑稽に思えたが今はそれどころではない。


「クリフどのとは……?」


 目の前に立つふたりの男、そのどちらかがクリフであることは、アーニャの態度からしても確かだろう。だが、背後にかばわれる男がそうであるのか、または背後にかばう男がそうであるのか、リオンには判断できない。

 ふたりは共に剣を携えるわけでもなく、ましてや魔導を発動させるために印を結ぶこともしない。もっとも、高位の魔導師ともなれば、呪文さえ必要とすることなく魔導を発動させることができるので、奇襲をかけるつもりなら前にいる方が都合がいいだろうか。

 だから、リオンとしても警戒するべきなのかもしれないが、リオンには攻撃する意思はない。ようやく起き上がったアーニャの手に、剣を未だ捕らわれたままにしているのもそのためだ。もちろん、素手でも闘う術は心得ているので、剣だけがすべてではないが、リオンの意思だけは伝えたい。


「アーニャ、これはどういうことです?」


 そう言ったのは若い男の方で、一歩だけ前に出ると、リオンに一瞬だけ視線を投げてからアーニャに向き直って続ける。


「返答次第では、ぼくにも考えがありますよ」

「その前に、目の前で転んだのに、大丈夫の一言もないわけ?」


 わずかに口をとがらせて不満を口にするアーニャに、男は不思議そうに目を瞬かせて言う。


「アーニャが無事だとわかっているのに、気遣う必要があるのですか?」

「……それでも口にするのが、優しさってやつなの!」


 抗議するアーニャに、そういうものですか、と男は首を傾げる。それに溜息すると、アーニャはリオンを振り返える。


「もういいからさ、この人の連れが蜘蛛百合草の毒に犯されたみたいなんだ」


 さらに視線を馬上のレイシアに向けて、それから男の面に視線を戻すとアーニャは続ける。


「クリフなら、何とかしてあげられると思って、連れてきた」

「それで、ぼくのことを、そこの彼に話したのですか?」

「クリフのことを最初に話したのは、ジッド!」


 ジッドとは、ウサギを持たされた男のことのようで、アーニャににらまれると、気まずそうに顔を背けた。


「あいつは、恩知らずにもクリフのことを売ろうとしたんだ」

「……ここへ彼らを案内してきたアーニャも、同罪の気がしますけどね」


 男ことクリフはそう言って、小さな溜息を吐き出すと、あきらめの言葉を口にした。


「ま、ここまできて帰れと言うのも薄情でしょうし、アーニャにはこれまで世話になっていますからね……」


 そこで一度言葉を切ると、クリフは目を細めてリオンを見返して、口元に何やら皮肉めいた笑みを浮かべて続けた。


「とりあえず、屋内なかへどうぞ」


 そして、今度はもうひとりの男を振り返って言う。


「エフロフ、厩へ案内してあげてください」


 そう言うと、クリフは踵を返して小屋へと向けて歩き始める。剣を抱えたアーニャが、ウサギを提げた男を伴って追いかけていき、エフロフと呼ばれた男が短くこっちだと告げて、リオンらを小屋に併設された厩舎へと案内してくれる。

 そこにはすでに二頭の馬がつながれていて、小さいながらも幌の付いた荷馬車まである。

 気になることは多くあったが、今はエルマのことを優先するべきだろうと、リオンは指示されるままに馬をつないで、レイシアからエルマを受け取った。相変わらず、エルマは目を閉じたまま、細い息を繰り返している。

 エフロフに促されて、続いて案内された屋内では、アーニャのクリフを怒鳴る声がリオンを迎えた。


「出て行くって、どういうわけさ!」


 それと関係があるのか、扉をくぐったすぐそこには大きな木箱が三つ、行儀よく並んでいた。

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