第三章 新たな出会い 05
ロベルと歩いた道を、今度はイズヴェルと並んでリオンは歩いていく。静まり返った町の中に、ふたりの靴音が響いて、イズヴェルが肩から斜めにかけた鞄を直しながら口を開く。
「とりあえず、礼は言うよ」
「……」
「あいつらに、頭まで下げさせるとは思わなかったけど」
そう言って、イズヴェルは声を忍ばせて笑う。イズヴェルにしてみれば、あのふたりの騎士が自身に頭を下げる光景は痛快ですらあったようだった。
ただし、リオンには特別なことではないので、イズヴェルを横目に見ただけで話題を変える。
「それで、わたしが行かなかったら、あなたはどうするつもりだったのか」
「どうするも何も、あんたはきたろ?」
まるでそれを確信でもしていたかのようにそう言って、沈黙するリオンに笑いかけるとイズヴェルは続ける。
「あんたは、おれをエイドリアの出身だとわかっていた」
それにリオンがうなずけば、イズヴェルもひとつ小さくうなずいて、さらに言葉を重ねていく。
「それでも、あんたはおれを蔑んだりはしなかった」
「……」
「だから、あんたならおれが謂われなき罪に問われているとわかれば、助けてくれるって思ったわけ」
そして、リオンは実際にこうしてイズヴェルと夜の町を歩いている。だが、イズヴェルとしても、リオンがこなかった時のことも考えていたはずだ。おそらく、その時は実力行使に出たのだろうから、イズヴェルには己の剣に対する自信もあるのだろう。
利用されているという自覚は充分にあるし、それとわかってリオンもイズヴェルを迎えに行った。それでも、リオンの口からは自然と溜息がもれるが、イズヴェルを恨む気持ちはない。出自がエイドリア王国であるというだけで、しなくてもいい苦労をしてきたのだろうという同情の念があるからだとしても、イズヴェルがそんな安っぽい同情を求めていないことも確かだろう。
「あんたと一緒に、明日おれもこの町を出るよ。それまで、あんたの世話になる」
「ずいぶんと勝手な言い分だ」
イズヴェルの主張にリオンが不満を示せば、イズヴェルは当然とばかりに言う。
「従者の面倒を見るのは、主人の責務だよ」
「だったら、本当にわたしの従者になるつもりはないか」
すでにエルマがいるが、イズヴェルをさらに従者に加えても問題はないだろう。旅に必要な費用は最終的には国庫から払われるのであれば、リオンの懐が痛むことはない。もちろん、従者を増やせば支出も増えることになるが、これからも続く旅路を思えば騎士である従者がひとりいてもかまわないだろう。
そして、騎士というのであれば、リオンにはディールがいる。だが、ディールは従者でもなければ、傭兵として雇ったわけでもない。ディールがリオンに着いてくるのは、あくまでもディールの自由意志である。
「従者といっても、それは建前で、あなたを束縛するつもりはない」
足を止めてリオンを不思議そうに見返してくるイズヴェルを振り返って、リオンは返答を待つ。辻に置かれた常夜灯のかがり火が、イズヴェルの両耳で揺れる金環の耳飾りに反射すると同時に横顔を照らして、その顔が皮肉にゆがむ。
「……それで、あんたはおれを更正させようとでも?」
「掏摸は犯罪だ。それを許すつもりはない」
しかし、イズヴェルをそうだとする証拠に欠けるリオンであるし、今はそれを議論するつもりがないのはイズヴェルも同様のようで、肩をすくめると答えた。
「あんたのことは嫌いじゃないけど、あんたと一緒に行くのは面倒そうだ」
そう言うと、イズヴェルはリオンの脇を抜けて行く。その後を追いながら、そうかと応じたリオンは、やはり残念だった。
そして、無言のまま「虹の橋」亭にまで戻ると、リオンはイズヴェルと共に無人の一階を通りすぎて二階にある部屋に入る。リオンの帰りを待ちながら眠ってしまったのだろうエルマが、寝台の端からだらりと両足を垂らして横になっている。
部屋にある寝台は二台、その内の一台をエルマが占領しているということは、残るのは一台である。
「……で、おれはどこに寝るわけ?」
「わたしと一緒だ」
イズヴェルに答えながら、リオンは剣を壁に立てかけて上着を脱ぐ。その背後で何を思ったのか、イズヴェルが慌てて言う。
「待て、おれには男と寝る趣味はない」
「……わたしにも、そうした趣味はない!」
幾分、声を高めてリオンは否定する。本当は怒鳴りたいところだが、エルマを起こすわけにはいかないだろう。
「わたしと一緒の寝台がいやだというのなら、床にでも寝ればいい!」
声を抑えながらも乱暴に言い放つと、リオンは寝台に入って布団を被ると壁を向く。そして、目をつむっていれば、イズヴェルが寝台に入ってくるのがわかる。布団をそろりとめくって、寝台に上がってくる。
「……襲ったりしないよな?」
「黙って寝ろ!」
目を閉じたまま一喝したリオンだったが、大の男がふたりで眠るには寝台は狭い。
結果として、目覚めた朝に互いの顔が向き合っていたのだとしたら、それは不可抗力であり、エルマが驚いたのは愛嬌だと信じたいリオンだったか。
*
「昨夜は、同じ寝台で寝たのか?」
それはさぞいい夢が見られたことだろう、大勢で賑わう朝の食堂で、イズヴェルと共に現れたリオンから昨夜の顛末を聞いたディールが揶揄する口調でそう言って、朝から巨大な肉の塊にナイフを入れる。ディール以外の面々の前には、白パンとサラダにオムレツ、それからスープといった簡素な朝食が並んでいる。
憮然としながらも白パンを半分に割りながら、ディールの言葉を無視してリオンは向かいの席でサラダをつつくイズヴェルに問いかける。
「それで、イズヴェルはこれからどうするのか?」
「ん? そうだな、とりあえず、町を出るところまでは付き合うよ」
そうでないと、昨夜の騎士に見付かった時に困るいったところだろうか。
「本当に一緒にはこないのか?」
「褥を共にしたからって、惚れられてもね……」
頬杖を付いて、片手でフォークを弄んでいるイズヴェルを鋭くにらんで、リオンは表情を改めると言う。
「もし、イズヴェルが一緒にきてくれるというのなら、帰らずの森を抜けて行こうと思っている」
「ほお、腕試しにはもってこいの場所だな」
豪快に肉を頬張りながらディールがそう言うとなりで、イズヴェルが驚きの表情を見せる。
「昨日は、そんなことを言わなかったよな?」
「話していれば、承知してくれたのか?」
イズヴェルの質問に質問で返して、リオンはイズヴェルの返答を待つ。だが、リオンが真っすぐ見つめる先で、冗談じゃない、そう言ってイズヴェルは首を横に振った。
「帰らずの森といったら、妖魔にも負けない獣の住処で有名な場所だ。そんなところへわざわざ好き好んで行くとか、あんた正気じゃないね」
「西に向かうのなら、帰らずの森を抜ける方が早い、それだけだ」
「それだけって……あんたの目的は何なわけ?」
「これから袂を分かつあなたには、関係のないことだ」
そう言ってリオンが食べかけのパンをちぎった時、その声は聞こえた。
「今、帰らずの森と聞こえたのじゃが、そこへ行かれるのであれば、ご一緒させてもらえぬであろうか?」
剛毅とも思える台詞を紡いだ声音は、涼やかな響きを宿した女のもので、そうであるからこそ朝食を囲んでいたリオンを初めとする、四人の視線が一斉に声の主を見上げることになった。そして、視線の先にリオンが捕らえたのは、長い黒髪を頭頂部で束ねて背に流した、まさに絶世と呼ぶに相応しい容貌をした女だった。
一度見れば二度と忘れないだろう美貌に似合わない、意志の強さを宿した瞳は黒曜石のようでさえあったか。男装までしたその女を見上げて、リオンが目を細めたのは、女の真意を測りかねたからだった。




